お好み焼きと追跡者①
今回から一章を分割して投稿することにします。ちょっと長かったので。
翌朝、涼馬はいつもと同じように登校していた。
結局寮には戻ったものの、体中が痛くて雨樋をよじ登るのに一苦労、部屋に帰ることが出来たのはかなり遅い時間になっていた。
それから長くない睡眠を取ったものの、朝になっても全身の痛みは取れていなかった。
昨晩の出来事を、涼馬は誰にも話していない。今日もいつものように寮の部屋が近い悠司と一緒に登校していたが、彼にも単なる寝不足だと言っておいた。
悠司も同じく疲れ顔だが、こちらは洋子ちゃんの課題を夜中までやっていたからだ。昨晩涼馬の見たときに電気のついていた部屋の一つは、おそらく悠司の部屋だったのだろう。
涼馬と悠司は、二人して朝っぱらから負のオーラを放ち、言葉も交わすことなく通学路を歩いていた。
「なぁにあんた達、二人して死人みたいな顔して」
涼馬が顔を上げると、琴葉と由衣菜が女子寮の方向から一緒に登校してくる所だった。
「二人とも大丈夫?」
呆れたような様子の琴葉と違い、由衣菜は心から心配するように訊ねる。
「ああ、ちょっと良く眠れなかっただけだから。ありがとう」
涼馬は出来る限りの笑顔で答えるが、由衣菜は「無理しちゃダメだよ?」と相変わらず心配そうに言った。
由衣菜の底抜けの優しさに涼馬は救われる思いもしたが、同時に昨晩のことを隠していることに少しだけ後ろめたさも感じた。
四人が正門を入ると、噴水広場の周囲に人だかりが出来ていた。涼馬が人垣の間から様子を伺うと、広場の入り口は三角コーンで仕切られて立ち入り禁止になっているのが見えた。
昨晩は涼馬自身が満身創意だったことに加え、辺りが暗かったこともあり広場の様子は良く分かっていなかったが、こうして太陽の下で見るとかなり酷い状況だった。
水で濡れてぬかるんだ地面は衝撃でひび割れており、広場のトレードマークである噴水にも亀裂が走っていた。ここまでの惨状を予想していなかった涼馬は、昨晩の出来事が問題になって責任を問われるのではないかと青ざめた。
しかし、人だかりから漏れ聞こえる会話によると、どうも様子が違っていた。
「水道管が破裂したんだって」
「老朽化かな?」
「点検してなかったとかじゃねぇの?」
「人のいない夜中で良かったよね」
「ホントだよな」
どうやら、この惨状は水道管の破裂によるものだということになっているらしい。確かに、広場の外から見るとそのように見えなくもない。しかし、きちんと中に入って見てみればそうでないことは分かるはずだ。何より、水道管は破裂していないのだから。
涼馬ははじめ、それが誰かの憶測や、伝言ゲームのように情報が捻じ曲がった結果かと思った。しかし、三角コーンの横に「水道管破裂につき立ち入り禁止」と書かれた看板が立ててあるのを目にして、困惑する一方だった。
ここを立ち入り禁止にした本人が、つまり学園の関係者が間違ったということは考えられない。昨夜の一件を、なかったことにしたい人物がいるのだ。それも、恐らく学園内部に……
涼馬の脳裏を、昨晩の黒いローブを纏った人影がよぎる。あれは通り魔か何かだろうとぼんやりと考えていた。しかし、もしかすると昨晩の一件はもっと重大な意味を秘めていたのかもしれない。
だが、そうするとあの少年は何者だったのだろうか?彼は敷島学園の制服を着ていたし、年のころも涼馬と変わらない、むしろ年下に見えた。そんな少年が、どうしてこの事件に関わることになったのか……
しかしよく考えると、涼馬自身も事情は大して変わらなかった。たまたまそこに居合わせただけ。あの少年もきっと偶然巻き込まれた被害者の一人なのだろう。
そんな涼馬の思考は、由衣菜の声で遮られた。
「ええっ、噴水広場壊れちゃったの?」
「みたいね。水道管の破裂って、そんな古い建物でもないのにね、うちの学校」
「えー、あそこのベンチで読書するの大好きだったのになぁ……」
心から残念そうに由衣菜が言う。彼女のお気に入りの場所を破壊してしまった張本人である涼馬は、申し訳なさでいっぱいになった。
「まぁほら、水道管が破裂しただけみたいだし、すぐにまた元通りになるだろ」
本当は水道管も破裂してないしな……と、心の中で付け加える。
「うん、そうだね、ありがとう涼馬くん」
由衣菜の向けた笑顔は太陽のような眩しさで、後ろ暗い涼馬は直視することが出来なかった。