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エピローグ

「はーいケーキが来たわよ! ほらテーブル空けて空けて!」

 琴葉がミトンをつけた手で焼きあがったばかりのケーキを持って、涼馬の部屋へと入ってきた。焼きたてのケーキの甘い匂いが部屋に広がる。

 例の事件から一週間経った週末、涼馬の部屋には悠司と琴葉、由衣菜、美羽、そしていつの間にか由衣菜と仲良くなったらしい詩音までが呼ばれて、盛大に涼馬の誕生日&退院祝いパーティーが行われていた。


 結局あれから涼馬は丸二日間も眠り続け、目を覚ましたのは病室のベッドの上だった。なかなか目を覚まさない涼馬のベッドの脇には、ずっと付きっきりだったらしい由衣菜が疲れて眠ってしまっていた。

 目が覚めてからもしばらくぼんやりしていた涼馬だったが、あどけない彼女の寝顔を見ていると、彼女を助け出すことが出来たんだという実感が湧いてきて、なんとも言えない感慨があった。

 目は覚ましたは良いものの、気力だけで動かし続けていた涼馬の身体はボロボロでそのまま回復するまで病室での生活を余儀なくされた。涼馬が学校を休んでいる間、毎日のように由衣菜がノートを届けては、学校であったことを楽しそうに話してくれた。

 美羽が見舞いに来た時には、泣きついてきて涼馬を困らせた。その後も何度か美羽は見舞いに来たものの、そのたびに大量の果物や見舞いの品を持ち込むので、涼馬の病室は小さな店を開けそうなほどの品揃えになってしまった。

 一度だけ悠司と琴葉も見舞いに来たが、いつものような馬鹿騒ぎを繰り広げて看護婦さんからつまみ出されてしまった。そんな光景は涼馬に日常が戻ってきたことを感じさせ、病室で凝り固まった涼馬の気持ちを和ませた。

 病室には二階堂と詩音も揃って見舞いに来た。どうやら涼馬の寝ている間に、例の一件についての後処理に奔走していたらしい。二階堂は右腕をギプスで固定して三角巾で吊っており、彼にも彼なりの戦いがあったことを物語っていた。彼が別働隊を食い止めてくれていなければ、涼馬もレオの目論見を阻止することは出来なかっただろう。

 二階堂らの話によると、今回の一件は表には公表されないように根回しがされたようだ。琴葉や悠司などの直接の関係者には、レオは超能力者を利用したテロ組織の一員であり、エリート超能力者の集まる敷島学園がその標的にされたのだと説明された。二階堂と詩音はテロ組織を追う特殊部隊から、工作員として学園に送り込まれており、涼馬は偶然彼らの抗争に巻き込まれ、その正体を知ってしまったことから秘密裏に協力を余儀なくされていたと。

 実際魔術師という要素を除くと、その説明はあながち間違ってもいないのだった。

 由衣菜のことについても、彼らの調査である程度明らかになっていた。結局由衣菜の本来の人格は、涼馬たちも良く知る由衣菜の方だった。この学園都市で研究員を両親として生まれた彼女は、幼少期を敷島研究所付属の保育施設で過ごしていた。その時、敷島喬一郎の一派がそこの子供達を対象に、魔術師殲滅に特化して強化された超能力者因子の適合実験を秘密裏に行ったと言うのだ。由衣菜はその数多くの子供達の中で、唯一適性を示してしまったということだった。

 事件の直後、喬一郎の一派は教会の手によって解体された。それにより彼らの行っていた非人道的な実験の数々は魔術教会によって停止され、それは教会内にも波紋を呼んだらしい。だがそれは、また別の話だ。由衣菜の話に戻ろう。

 由衣菜は結局、あの夜のことを覚えていたし、彼女自身の中のもう一つの人格が目覚めたことによって魔術師や超能力者の正体について知ってしまっていた。そのことも含め、彼女自身が教会にとっても無視することは出来ない存在であることから、教会の管理下に置かれることとなった。

 しかし同時に、彼女はその性質上魔術師の社会で生きる事も出来ない。由衣菜のもう一つの人格は、彼女本来の人格が表に出ている限りは姿を表すことはないが、魔術師に囲まれた環境になどいたらいつまた封印が解けてしまうかわからないからだ。

 その上彼女には、彼女を超能力者としてケアする環境も必要と思われた。

 その結果、彼女は敷島学園で今まで通りの生活を送ることが許され、その代わりに事件解決後には引き上げる予定だった詩音と二階堂も、引き続き敷島学園に残ることとなった。

 つまり、大きな変化はなかったと言うことだ。

 その他も細々したことはいくつか起っていたが、それもまた別のお話だ。

 とにかくそうして色々なところで色々な人が動いてくれたお陰で、涼馬は無事退院して日常生活に戻ることが出来た。


 テーブルの上に置かれたケーキを見て、涼馬は「へぇ」と感心して声を漏らした。それは美羽が例年焼いてくれるものよりもずっと大きく、豪華だった。

 それもそのはずだ。これまでは涼馬の誕生日は二人で祝っていたが、今年はこんなに沢山の人が祝ってくれるのだ。

 それに、ケーキを作るのも、今年は美羽一人ではなかった。

「ごめんねー、遅くなっちゃって!」

 エプロン姿の由衣菜が慌てた様子で部屋に入ってくる、後ろから美羽も「由衣菜さん早く早く!」と由衣菜を急かしながら部屋に入ってきた。二人は涼馬の知らない間にすっかり仲良くなっていて、傍から見ていると、まるで姉妹のように見えた。

 彼女達がやってきたことで、ようやく部屋の中にはパーティーの参加者が全員揃っていた。一人暮らしのための手狭なワンルームである涼馬の部屋は、六人でパーティーをするにはとても窮屈だった。しかし、頑張れば何とか収まらないというほどではなかった。それでも料理やケーキを作るスペースは足りないため、涼馬の部屋からすぐ近くの悠司の部屋が、厨房として臨時で利用されていた。

「それにしても悠司、あんたのとこのキッチン酷すぎ! 調理器具も調味料もぜんっぜんないじゃない! あんたいつも何食べて生きてんのよ」

「へん、男の調味料は塩と醤油と塩コショウだけあればそれで十分なんだよ」

「まったく……まともなもの食べてないから馬鹿なんじゃないの?」

「何だと!?」

 二人はまたいつもの小競り合いを始めていた。

「はぁ……何なら私がたまにはご飯でも作ってあげようかしら……」

 そんな言葉が琴葉から漏れる。それは以前だったらなかったのかもしれない。二人はなんだか、前よりも少しだけ仲が良いように見えた。

「おいお前本気で言ってんのか?無理すんなって!お前みたいなガサツな奴が料理なんてしたらきっと大変なことに――」

「へえ、大変なことにねえ……」

 琴葉の顔からは表情が消え、その手は竹刀袋の紐を解き始めていた。

「落ち着いて琴葉ちゃん!狭い部屋でそんなの振り回したら危ないよ!」

 慌てたように由衣菜が琴葉を止めに入る。どうやら仲が良くなったというのは気のせいだったらしい。いや、これはこれで仲が良い……のか?

「それじゃあ改めまして!」

 何とかその場を収めた由衣菜が、みんなの注目を集めて言う。

「涼馬くんのお誕生日&退院おめでとうパーティーを始めたいと思います!」

 そう言う由衣菜は、祝われる涼馬よりもよっぽどこのパーティーを楽しんでいる様子だった。

「それじゃあ皆さん、せーの!」

『ハッピーバースデー!』

 涼馬の小さな部屋に、にぎやかなクラッカーの音が鳴り響いた。


 パーティーも終盤に差し掛かって、涼馬は一旦夜風に当たるためにベランダに出ていた。

 狭い室内は大人数の熱気で息がつまり、少し気分転換をしたくなったのだ。

 ベランダの段差に腰掛けた涼馬を、心地よい夜風が洗う。

 室内の騒がしさは、ガラス窓一枚を隔てただけでどこか遠くの世界の出来事のように聞こえていた。

 その時、涼馬の背後でサッシがガラガラと開く。一瞬喧騒が大きくなって、またそれは遠くの世界へと戻って行った。

「あーいたいた。いつの間にかいなくなっちゃうんだもん。隣、良い?」

 涼馬と同じく部屋を抜け出してきたらしい由衣菜は、涼馬の返事を待ってからその隣に腰掛けた。狭いベランダの段差は二人が座るのが精一杯で、自然と二人は肩の触れ合う距離で隣り合うことになった。

 心地よい風がまた、吹きぬける。

「風、気持ち良いね」

 由衣菜が本当に、気持ち良さそうに言った。そして新鮮な空気を大きく吸って深呼吸する。彼女の肩が揺れ、二の腕がちょこんと、涼馬と触れ合う。

 涼馬は心臓がトクンと跳ねるのを感じた。

「今日は……ありがとな」

「ううん、私の方こそ……涼馬くんには、感謝してもしきれないよ」

 そう言うと由衣菜は膝を抱いて、少し背中を丸めた。そして小さく呟くように「ありがとう」と言った。彼女がどんな表情をしているのか、涼馬からは見えなかった。

「あのさ……由衣菜。その……大丈夫なのか?」

 涼馬は由衣菜を気遣って訊ねる。何が大丈夫なのかとは、聞きにくかった。事情を知らない他の人の前では普通に振舞っているのかもしれない。しかし、彼女にとって自分の抱えている大きな秘密を知ったことは、決して小さいことではなかったはずだ。

 涼馬は自分が魔術師であること、そして美羽と血が繋がっていないことを知った時のことを思い出す。あの時のは夜も眠ることが出来なくなった。今までの自分の人生が全て嘘になってしまったようで……

「うん、大丈夫。確かに最初は驚いちゃったけど……」

 由衣菜は多少ためらったようだったが、少し小さな声で続けた。

「涼馬くんが……戻って来いって……言ってくれたし」

 あの時のことを思い出し、涼馬は顔が熱くなるのを感じる。あまりに必死で、むきになっていて、自分がどんなことを口走ったかも曖昧だった。だが、恥ずかしいことを沢山言ったことだけは何となく覚えていた。

「私が何者だろうと、ここにいても良いんだって、なんか、そう思わせてくれたから……」

 そう言って、由衣菜は振り返り、涼馬にも初めてその表情が見えた。ちょっとだけぎこちなく笑う彼女の顔は、涼馬と同じく、耳まで真っ赤だった。

 そのままどの程度見つめ合っていたかは分からない。一瞬だったか、かなり長い時間だったかもしれない。二人とも不思議と、時間感覚が曖昧になってしまっていた。

 その静寂を、最初に破ったのは由衣菜の方だった。

「あ、そうだ!」

 彼女は思い出したかのようにポケットからきれいにラッピングされた小さな箱を取り出した。

「あの、これ……プレゼント!」

 そう言ってプレゼントを差し出す彼女の顔は、いつものように優しい笑顔だった。

「ああ、わざわざありがとう。開けてみても良いか?」

「うん、気に入ってもらえるか分からないけど……」

 直前になって急に不安になったのか、由衣菜はうつむいてモジモジとし始める。

 そんな彼女をいじらしく思いながら、涼馬は丁寧にプレゼントを開封した。中から出てきたのは、ティアドロップの意匠の小さなペンダントだった。

「あ、あの、こういうの……男の子が気に入ってくれるかわからなかったんだけど……涼馬くんに似合うかなって」

 そう言うと、由衣菜は不安そうに涼馬の顔を覗き込んできた。

「どうかな?」

 上目遣いの由衣菜に、涼馬はドキッとする。

「すごく気に入ったよ。ありがとう」

「良かった!」

 涼馬の言葉を聞いて由衣菜は弾けるように笑顔になった。本当に一生懸命選んでくれたらしいということが伝わり、涼馬の胸も温かくなる。

「貸して、つけてあげる!」

 由衣菜は涼馬の手からペンダントを受け取ると、涼馬の首に両手を回してペンダントをつける。顔と顔が近づく。由衣菜の髪の毛の良い香りが鼻腔をくすぐり、涼馬の鼓動が早鐘を打った。

 ペンダントをつけるのに夢中な由衣菜は、そんな涼馬にはまったく気付かない様子で「やっぱり似合う!良かった!」と言いながら本当に嬉しそうに笑っていた。

 涼馬もそれを見て、自然と笑みをこぼした、この笑顔が、何よりも好きだった。


 そのとき、二人の背後で再びサッシが開かれる音がして、二人は慌てて振り向いた。

「あー、こんなとこにいた!主役がいないんじゃ話にならないでしょうが!」

 そこには仁王立ちで腰に手を当てた琴葉が立っていた。

「ごめんごめん、ちょっと夜風に当たりたくてさ」

 そう言いながら涼馬は立ち上がる。もう少しこうしていたい気もしたが、いつまでも抜けさせてもらうわけには行かなかった。

「戻ろっか、由衣菜」

「うんっ」

 涼馬の差し出した手をとって、由衣菜も立ち上がった。

 そうして二人は、またみんなの待つパーティーの喧騒の中に戻っていった。かけがえのない、日常の中に。

長らくお付き合い下さりありがとうございました。

このお話は一応ここで完結です。

ですが、新キャラやキャラクターたちの描きたいストーリー、続きのお話など色々と考えていたりしますので、いずれ続編を書かせていただきたいなとは思っています。

しばらくは他に書きたいものがあるので、その後にはなるでしょうが。

ひとまずここで一区切り、付き合ってくださった皆さん、本当にありがとうございました!

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