ダイヤモンドダスト③
廃墟の中に入ると、そこはほとんどの蛍光灯が切れ、薄暗く荒廃した廊下だった。壁紙は破れてめくれ、床に敷き詰められたタイルもひび割れところどころ失われていた。
カビたような臭いがツンと鼻をつく。本当に長い間人間が立ち入らなかった場所なのだというのを、改めて実感する。
廊下の左右にはところどころドアが並んでいたが、それらはどれも長らく開けられた形跡はなかった。涼馬と詩音はそれらを無視し、罠などに引っかかることのないように慎重に長い廊下の先へと進んだ。
「意外と早かったね」
曲がり角を曲がった途端、御門レオが姿を現した。このような場所に彼がいるとは予想もしていなかった二人は思わず身構える。
「君たちは予想していたよりも有能か、もしくは幸運か……」
レオはいやらしく笑った。
「黙れ! お前、由衣菜をどこへやった!」
彼の態度に腹を立てた涼馬は大声で言う。
「まぁそう焦らないで。ついてくるといい、彼女のいる場所まで案内しよう」
そう言うとレオは二人にクルリと背を向けて駆け出した。
「待て!」
涼馬は迷わずそれを追う。詩音の「待って!罠かもしれないでしょ!」と言う制止も、彼には全く聞こえていなかった。
レオは建物の内部を知り尽くしているようで、薄暗い廊下でも荒れ果てて不安定な足元を気にすることなく駆け抜けていく。その後ろから慎重に足元を確かめて追いかける涼馬と、更にその後ろを追う詩音はなかなかレオに追いつけない。
やがて長い廊下は終わり、正面に大きな扉が現れる。レオは壁の非常ボタンを力強く叩くと、その扉に飛び込んだ。
けたたましくサイレンが鳴り響く。レオの押したのはどうやら火災報知機だったようだ。長い廊下をブロックごとに隔離するための防火壁が頭上から現れ、ゆっくりと廊下を分断し始める。涼馬の目の前、今しがたレオの飛び込んだ扉も、頭上からの防火壁で閉ざされようとしていた。
「クソッ! させるかあ!」
涼馬はやけくそで走る速度を上げると、今まさに完全に閉じようとしている地面と防火壁との隙間へとスライディングの要領で飛び込んだ。ギリギリの所で涼馬の身体はその隙間をすり抜け、すぐ頭上で防火壁が完全に閉じた。タイミングが一瞬遅ければ、分厚い防火壁に押しつぶされていたかもしれない。涼馬は一瞬ヒヤリとした。
そして防火壁によって、詩音とは完全に隔絶されてしまった。防火壁を反対側から強くたたく音、続いて恐らく炎の鞭で破壊しようとする音が響くが、そもそも防火のために作られた分厚い隔壁は彼女の攻撃にはビクともしなかった。
「詩音!」
壁越しに涼馬は叫ぶが、恐らく分厚い隔壁とサイレンの音にかき消されて、声は届いていない。完全に二人は隔絶されていた。
「この施設はね」
涼馬の背後から、レオが言う。
「かつては化学薬品の工場だったんだ。ここはそのメインブロック、実際にその製造ラインが敷かれていた場所だね。今は生産設備こそなくなったものの、厳重な火災対策の設備はまだ生きていたんだ。僕がここを拠点に選んだ理由の一つさ」
コンクリートで固められただだっ広い部屋の中心で、レオは腕組みして笑っていた。そしてその奥に置かれた台の上には、気を失った由衣菜が横たえられていた。
「由衣菜!」
涼馬はその姿を見て慌てて駆け寄ろうとするが、その瞬間レオがバレットを放ち、それを制止する。
「てめえ……」
涼馬の目は怒りに燃えていた。
「まあまあ、そう怒らないでよ。せっかく邪魔者は排除したんだ。ちょっと話をしようじゃないか」
「話だと?」
「ああそうだよ。この前の話の続きさ。もうすぐ僕の仲間がここへ迎えに来る。僕は任務を終えて、この学園都市を去ることになってる」
そこでレオは、一度言葉を区切る。
「涼馬くん、僕達と一緒に来ないか?」
いつものように口元を歪めて笑い、両手をポケットにつっこんだまま、レオが訊ねた。戦う意志はない、という意思表示なのかもしれなかったが、それはいつ攻撃されても問題ないという余裕の表れでもあり、涼馬の神経を逆なでする。
「とっくに断ったはずだぞ」
「気が変わらないかと思ってね。実際に経験しただろうからさ、色々と」
レオは「色々」と言う言葉を強調した。それは間違いなく、由衣菜や琴葉、そして美羽が危険に晒されたこの一件のことを指していた。
「それはお前が仕組んだことだろうが! そんなことで――」
「確かに」
レオは遮って言う。
「今回は僕だったかもしれないね。それは否定しないよ。じゃあ君は僕を退治して、この一件が片付いたら一件落着。こういうことはもう起きない。そう言いたいんだね?」
「それは……」
涼馬は言葉につまる。
「ほらね、答えられない。問題をすり替えているだけだからだよ。自分でも本当は気付いているんだろう? 君がいる限り、君の大切な人は安全にはならないんだって。その事実から目をそらしたくて、僕に原因をなすり付けて、それで安心したいだけなんだ。まったく酷い人間だよね、君は……」
「黙れ!」
涼馬は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。レオの言うことが図星だったからだ。
「黙れ、か。そうだね、僕が黙ればとりあえずは言い訳も効くようになるからね。そうやって逃げるんだ。でもどこまで逃げ切れるかな? 今度は僕じゃない誰かがやって来て、君の偽りの平穏を脅かす。そしたら君はまたそいつを悪者にして言うんだろうね、黙れって」
そう言うレオは、もういつもの捻じ曲がったような笑みを浮かべてはいなかった。笑顔の消えた彼の表情はどこまでも冷たく、責めるように、涼馬を見つめていた。
「もう一度だけ訊くよ、涼馬くん。これで本当に最後だ。僕と一緒に来ないかい? 君の居場所はそこじゃない。もし君が、君の親しい人達を本当に大切だと思うなら、守るために遠ざけるってことも考えなくちゃね」
守るために遠ざける……その言葉はイガイガした感触で、まるでしこりのように、涼馬の胸につっかえた。
「僕らは君を歓迎するよ。僕たち保守派にとってはね、血が全てなんだ。力が全てなんだ。時としてはそれは、家柄よりも重視される。君の出自はまだ分からないけど、少なくとも君の血は生半可な濃さではない。僕ら保守派の人間が喉から手が出るほど欲しがるものを、君は持っているんだ。それを眠らせたままダメにしてしまうのは、あまりにも惜しい……」
涼馬は混乱した。レオの言っている意味が分からなかった。自分の血が濃いだとか、誰かにうらやまれるだとか……そんなことを言われてもピンと来なかった。むしろそれは、涼馬をかどわかすための戯言のようで、どこか薄ら寒く感じた。
涼馬は由衣菜の顔をちらりと見た。あの日の光景が鮮明に思い出される。一緒に買い物に行ったとき、彼女はなんだか上機嫌で、いつもより饒舌だった。彼女は誕生日を祝ってくれると、そう言っていた。涼馬も彼女の誕生日を祝うと言った。あのたい焼き屋はまたあそこに店を出すだろうか。一緒に食べたたい焼きは美味しかった。それから……
温かい、それでいてどこか切ないような気持ちが、涼馬の胸を満たす。何気ない日常が、悠司と琴葉の馬鹿騒ぎが、美羽のわがままが、そして隣で笑う由衣菜の笑顔が……涼馬にとってはかけがえのないものだった。
手放すなんて、考えられない。
「俺は……お前らとは違う」
血や、家や、魔術や……そんなものは、どうでも良い。
「お前と一緒に行くなんて、ありえないね」
涼馬ははっきりと、レオにそう告げた。それが最後の選択だった。それを聞いて、レオはあっさりと言った。
「そう、じゃあ死ねよ」
その言葉と同時に、レオの足元のコンクリートが砕け散る。そしてその破片が次々と、弾丸のように涼馬の方へと飛来した。
涼馬は慌てて身体ごと横へ飛んでそれをかわす。弾丸のいくつかは涼馬の背後の壁に衝突し、大きな音を立てて砕けた。
間髪を入れずに第二波が飛来する。今度はかわし切れない。涼馬はとっさにシールドを張ってそれを防ぐ。出来損ないの超能力ではない、それは必死で訓練した魔術で張った、水のシールドだった。
前に差し出した涼馬の両手を中心として、水が外に向かって噴出するように壁を作り出す。レオの放った石の弾丸は、それに弾かれて軌道を変え、涼馬の背後の壁に突き刺さる。
「へえ、もうそんなレベルまで達してるんだ。やっぱり、君の血は強いよ。でもその強さが、君の宿命の強さでもある……」
「うるせえ! 血がどうとか、宿命がどうとか、そんなことは知ったことじゃあねえんだ!」
今度は涼馬は攻勢に転じる。拡散してシールドを張っていた水は収束し、渦を巻くように捩れながら、水の柱となってレオへと襲い掛かる。
「この程度……」
しかしレオが片手をかざしただけで、浮遊する瓦礫が壁となって涼馬の攻撃を防ぐ。瓦礫の壁にぶつかった水は、はじけるように四散して空中へと消えていく。涼馬の制御を離れて、水として束ねられていたマナが解けていっているのだ。
「クソッ!」
涼馬は再び、今度はより強く魔力を込めて、水柱で攻撃をかける。
涼馬の制御によって押し固められ、勢い良く襲い掛かるそれは、水とは言えかなりの破壊力を秘めている。普通の石壁程度なら砕いてしまうほどの破壊力だ。しかし、それは再び簡単に弾かれてしまう。その光景は、シールドを張るレオの魔力の強さを物語っていた。
「これだけかい?」
「まだ! まだだ!」
涼馬は何度も、様々な方向からレオへと攻撃を仕掛けるが、その全てが簡単に防がれてしまった。慣れない攻撃を繰り返した涼馬の方が、むしろ先に疲労を見せ始め、攻撃の勢いも削がれていく……
「そろそろ終わりかな?」
「くっ……」
涼馬は苦し紛れに、再び水柱を打ち出す。しかし……
「遅いよ」
涼馬の攻撃が発動する前に、レオが軽く足を踏み鳴らす。涼馬の近くの地面に亀裂が走り、砕けながら大きく盛り上がると巨大な拳を形成して涼馬に殴りかかった。
「うああっ」
涼馬はとっさにシールドを張ったが、巨大な拳はそんなことお構いなしにシールドごと涼馬を殴り飛ばした。衝撃が走って涼馬の身体は宙に浮き、背後の壁へと叩きつけられる。
全身が痺れる。シールドはある程度攻撃を吸収したものの、壁に叩きつけられた衝撃はまったく軽減されずに涼馬の全身を襲っていた。
涼馬はそのまま床に倒れこみそうになるが、すんでのところで膝をついて踏みとどまる。
「へえ、根性だけは立派だね。まあだけど、そんなものは何の役にも立たないって、君もそろそろ分かってきたんじゃない?」
レオの言葉はあながち的外れではなかった。最近になって魔術の真似事を始めた涼馬と、生まれた時から魔術師として訓練を受けているレオとでは、その技術はあまりにもかけ離れていた。
「確かに……魔術ではお前には到底勝てないかもしれない……」
涼馬はゆっくりと立ち上がりながら、そう言った。
「魔術では? 他に何かあるって言うのかい? まさかお得意の超能力とでも言うんじゃないだろうね?」
レオは「冗談よしてよ」と、おかしそうに笑った。
「違う」
涼馬は静かに答えた。その雰囲気に異様なものを感じ、レオは笑うのをやめた。
「魔術も、超能力も、付け焼刃だ」
そう言いながら涼馬は、右手の上に水の球を作り出す。
「そんなもんに頼ろうとした、俺が間違ってたんだ……」
涼馬の掌の上で、水球はゆっくりと回転しながら少しずつ大きくなっていく。
「俺が頼れるのは……自分の身体だけだ」
涼馬はその右手を勢い良く振り下ろした。水の球は遠心力で引き伸ばされ、そしてそのまま凍りついた。そうして涼馬の右手には、氷の剣が握られていた。
水の魔術師は、水それ自体を操ることが出来る。そしてそれが、水の「在り方」それ自体まで制御できるものだと言う事に、涼馬は気付いていた。
「魔術でやりあっても勝ち目がないのは当たり前だよな。扱ってるもんの年季が違うんだ。だったら俺は、この手で、お前に攻撃を叩き込んでやるよ」
そうだった。そもそも超能力者としても出来損ないだった涼馬は、模擬戦では常にそうやって戦ってきたのだ。美羽を守る、その一心で鍛え続けた肉体は、いつでも涼馬を裏切らなかった。そうして勝利を掴んだ回数も、決して少なくはない。
魔術師として訓練を始めてから、そのことを忘れていた。未熟だが出来損ないではない。そんな思い上がりがどこかにあったかもしれない。
使えないものを使おうと足掻いても仕方ない。だが、使えるものは全て使って勝利に向かって手を伸ばす。それが出来損ないの超能力者だった涼馬の、戦いのスタイルだったはずだ。
「ふふふ……はは……はははは」
レオはおかしくてたまらないという様子で、堪えきれずに声を上げて笑い始めた。
「涼馬くん、君って本当に面白いよ。最高だ」
尚も笑いながら、レオは言う。
「超能力ですらなく、生身でやり合おうだなんて、そしたら勝てるだなんて、本気で言ってるのかい?」
ひとしきり笑ったレオの顔から、笑みが消えた。
「舐めてんじゃねえぞ」
レオの声はぞっとするほど低く、冷たかった。
「本気でそんな勘違いをしてるんだったら、かかって来なよ。人間なんかじゃ逆立ちしたって魔術師様には敵わないんだって、そのご自慢の身体に教えてあげるからさぁ!」
レオが叫ぶと、再び瓦礫の拳が涼馬に襲い掛かった。しかし涼馬は、氷の剣でそれをいとも簡単に切り伏せた。
真っ二つになった拳は、レオの制御から解き放たれて離れてバラバラになると、ガラガラと音を立てて地面に崩れ落ちた。
反射的に応戦しただけだった涼馬は、自分でもその予想以上の威力に驚いていた。涼馬の苦肉の策は、思いも寄らない恩恵を彼に与えていた。
未熟で魔力を扱うことに慣れていない涼馬にとって、たった一本の剣という対象に絞って魔力を働かせるということは、魔力の精度と濃度の面から非常に効率的な作戦だったのだ。
「へぇ、なるほどね」
レオはそのことを理解したようで、興味深そうに言う。
「少しは楽しませてくれそうだね。良いよ、仕切りなおしだ」
そう言って新たな攻撃を仕掛けてくるレオに向かって、涼馬は駆け出した。
涼馬はレオが打ち出す瓦礫の軌道を見極め、ギリギリの所でかわしながら、レオとの距離を詰める。
避けられない瓦礫は、氷の剣で叩き落す。魔力で固められた氷の剣は、レオの瓦礫を容易に粉砕する。
レオの打ち出す瓦礫の弾丸は確かに速かった。しかし、それは何度も模擬戦で対戦し、個人的にも手合わせをしてくれた悠司のバレットほどの速さではなかった。見切って反応することが不可能なわけではない。
10メートル
「俺は! 諦めたりしない!」
涼馬は着実に、レオとの距離を詰めていた。
レオの生み出した拳が、二つ同時に涼馬に襲い掛かる。涼馬は一方をかわしながらもう一方の拳に切りつける。そして返す刀で避けた拳も切り伏せた。二つの拳は瓦礫となって、バラバラと地面に散らばる。
7メートル
「大切だから遠ざけるとか、下らねぇ!」
目の前に現れた石壁を、涼馬の剣が切り裂く。パンッとはじけるような音を立てて、石壁は砕けてバラバラになる。
5メートル
「俺は! 大切な人達は、自分の力で守る!」
飛来する瓦礫を避ける。大きな塊を切り伏せる。剣に砕かれた瓦礫の破片が涼馬の頬をかすめ、一筋の血が頬を流れた。涼馬は止まらない。
3メートル
「力不足なら、その分死ぬ気で強くなる」
巨大なコンクリートの塊が、涼馬を押しつぶそうと頭上から襲い掛かる。しかし、涼馬は一瞥もくれることなくそれを両断した。
1メートル
「俺の人生に、口出ししてんじゃねぇ!」
間合いに入った。涼馬は最後の力を振り絞り、全力で剣を振るった。
遂に辿り着いた。何をしても届かなかった、絶対に魔術が通らなかったこの距離を、自分の足で駆け抜けた。
涼馬はそう思った。
「残念」
しかしその一振りは、レオの合図と共に地面からせりあがった分厚い壁に阻まれた。今までの粗末な壁とは訳が違う、一枚の岩で出来たかのような堅牢な壁。それを作り出す力を、間違いなくレオは温存していた。
「なっ……」
遂にレオを追い詰めた、そう確信していた涼馬は言葉を失う。涼馬の剣は分厚い壁にぶつかり、パキンと音を立てるとそのまま粉々に砕けて消えてしまった。固さで負けたのではない。小さな剣に極限まで集約させた涼馬の魔力より、レオが全力で作り出した壁の魔力の方が、大きかった。マナがマナに打ち消されたのだ。
そもそも、水の魔術師は土の魔術師に対して相性が悪い。火の魔術師である詩音らが水の魔術師である涼馬との戦いを避けようとしたように、本来涼馬がレオと戦うこと自体が避けられるべきことなのだ。その中で善戦していたこと自体が、奇跡のようなことだった。
分厚い壁が、涼馬の目の前で砕け散る。そしてその破片が瓦礫の奔流となって、涼馬に襲い掛かった。
「うあああああああ!」
涼馬はとっさに目の前で腕を交差させ、全力でシールドを張る。しかし涼馬の生み出した氷のシールドにはあっという間に亀裂が入り、やがて砕け散った。その衝撃で、涼馬は大きく後ろに吹き飛ばされる。
涼馬はそのまま全身に瓦礫を受け、背中からは強く地面に叩きつけられた。
痛みと衝撃で、何が何だか分からなくなる。額から流れた血が涼馬の右目に流れ込み、視界を赤く染めた。
勝てない……
涼馬はそう思った。力の差がありすぎる……
全力を尽くした。自分を信じて戦った。それでも……
「君は良くやったよ。まさかここまでやるとはね、僕も予想外だった」
レオの声が聞こえる。倒れた自分をあざ笑っている。悔しい。許せない……
動くのを拒む全身に鞭打って、涼馬はゆっくりと身体を起こす。脚に力を込め、身体を持ち上げようとする。
失敗。
膝の力がガクンと抜けて、地面に手をついた。
それでもまた、右脚に力を込める。
「ったく、呆れた執念だよ。まだやろうってのかい?」
涼馬の身体がようやく持ち上がる。両足で地面を踏みしめる。顔を上げる。レオは相変わらず先ほどの場所で、ニヤニヤと笑っていた。
「迎えが来るまでの暇つぶしと思ってたけどさ、いい加減……ウザいよ」
涼馬はレオを睨みつける。両手を握ったり開いたりしてみた。ぎこちないが、身体はまだ動く。どれだけやれるかは分からない。だが、この身体が言うことを利く限りは……諦めるわけにはいかない。
「お……俺が……」
言葉を搾り出す。口の中には血の味が広がっていた。涼馬はゆっくりと、両腕をレオに向かって掲げる。
「みんなを、守る……!」
ボロボロになった身体に残った、わずかな力を搾り出す。涼馬の最後の力は空気中のマナを凝縮し、水柱となってレオに向かってまっすぐに伸びた。
「ったく、どうしてこう無駄なことを……」
レオは造作もないように瓦礫で壁を作り、それを防ぐ。先ほどまでの攻撃とも比べ物にならない、弱々しい水柱では、瓦礫の壁を貫通することなどもちろんできない。
それはただの悪足掻き。だが、足掻かずにはいられない。大切なものを守るには、足掻いて、足掻いて、最後まで、足掻いて……
最後の力を振り絞り、魔力を搾り出すようにして攻撃を続けていたせいで、涼馬の意識は遠のこうとしていた。涼馬はそれに必死ですがりつく。これを手放したら、終わりだ。
視界が暗くなる。水流の発する音が、それが瓦礫にぶつかる音が、少しずつ遠くなる。
ダメだ。
手足の感覚が曖昧になる。五感が全て薄まっていく……
ダメだ、ダメだ。意識を手放すな。
ここで意識を手放したりしたら……