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出来損ないのサイキッカー  作者: 白星マサキ
第六章 ―ダイヤモンドダスト―
18/21

ダイヤモンドダスト②

 詩音に導かれるままやってきたのは、学園都市の中でもはずれの方にある廃墟のような建物だった。たたずまいからして、どうやら何かの工場だったらしい。

 涼馬はその建物を端から端まで眺める。暗闇の中にぼんやりと浮かび上がるその姿はいかにも不気味で、いくつか存在する窓の大半はひびが入ったり、割れたりしていた。薄汚れた白い壁には複雑な模様を描いて蔦が絡み合い、元の壁の色はほとんど見えないような酷い有様だった。

「何なんだ? ここ……」

「学園都市建設初期の頃に作られて、そのまま放置された工場跡よ。急速な都市開発に乗じて無計画に参入しようとした企業のうち、いくつかは結局経営に失敗して次々と撤退していったの。そしてその中には、こうして施設をそのまま放置してこの場所を後にする企業も少なくなかった……」

 詩音の口ぶりでは、この学園都市のはずれには同じような工場や施設の跡がいくつも残されていると言うことなのだろう。この学園都市に来てから日の浅い涼馬は、普段の生活圏を一歩出た場所にそんなものが存在している事に全く気付いていなかった。いやもしかしたら、学園の生徒の多くはそんなことに気付いていないのかもしれない。明るく快適な学園都市中心部と比べると、荒廃しきったこの場所はまさに別世界だった。

「ここに、由衣菜たちがいるんだな……?」

「ええ、おそらく……」

 目の前にそびえ立つレオの砦を、涼馬は睨みつけた。彼の不敵な笑みが目に浮かび、一層強く拳を握り締める。

 そのとき、二人の背後で木の枝を踏み折るパキンという音が響いた。緊張感の高まっていた二人は弾かれるように背後を振り返り、詩音は振り向きざまに茂みへ向けて牽制のバレットを放っていた。

 バレットは茂みに吸い込まれると土を抉る鈍い音を響かせ、その後にはまた今までと同じ静寂が広がった。

「誰っ!?」

 何者かの潜む茂みに向かって、詩音は厳しい声で問いかける。反撃がないことを考えると、もしかしたら小動物か何かだったのかもしれない……涼馬がそう考えかけたそのとき、茂みの中から現れたのは予想外の人物だった。

「悠司!? どうしてここに……」

 敵意はない、と意思表示するために両手を掲げた悠司は、ゆっくりと茂みの中から歩み出る。それを見た詩音も、二発目のバレットを放とうとしていた右手をゆっくりと下ろした。

「お前こそ、こんな所で何してんだよ……美羽ちゃんほっぽり出してさ」

 悠司の声は今までにないほど真剣で、そして怒りに満ちており、涼馬は少したじろぐ。

「悠司、ここは危険だ。今すぐ――」

「うるせぇ!」

 明らかな怒気を込めた声で、悠司は涼馬の言葉を遮る。

「何が危険だ。お前の方こそ、自分が俺より強いとでも言うのかよ」

「それは……」

 彼は、超能力者としての涼馬しか知らない。そう感じるのも仕方ないだろう。しかし、どれだけ悠司が超能力者として優秀だとは言え、魔術師であるレオを相手にまともに戦うのは絶望的だ。魔術師の存在も知らない悠司では、その力に対処しようもない……しかし、そのことを悠司に伝えることは出来ない。魔術師の存在を教えるわけにもいかないのだ……

「お前が何を隠してるのか知らねぇがな、そう言う態度のせいで琴葉や由衣菜が、それに美羽ちゃんも、危険な目にあったんじゃねぇのかよ」

 返す言葉もなかった。悠司の言葉は何も間違っておらず、涼馬の胸に深く突き刺さる。

「あなたね、事情も知らずにそんな――」

 見かねた様子口を出した詩音の言葉は、唐突な地響きと地面の砕ける轟音によってかき消された。

 三人が慌ててあたりを見回すと、廃墟の目の前の地面が砕け、そしてその破片が宙に舞っていた。涼馬と詩音はすぐにそれがレオの仕業であると分かったが、事情を飲み込めない悠司は困惑する。

 三人の見つめる先で、浮かび上がった地面の破片はそれぞれがでく人形のような細身の人影を形成する。もうもうと立ち込める土煙の中に、ざっと20体以上の土人形の姿が浮かび上がり始めていた。

「何だよ……これ……」

「悠司、逃げろ!」

「なっ、ふざけんじゃねぇ!」

 涼馬の言葉に頑として従おうとしない悠司は、大声で言い返す。あくまでも退くつもりはないようだった。

「思ったより大所帯でやってきたみたいだねぇ」

 もうもうと立ち込める土煙の向こうから、いつもの不敵な笑みを浮かべた御門レオが現れる。そして彼の隣を歩く石造りの巨人、ゴーレムは、気を失った琴葉を人質のようにして連れていた。

「琴葉!」

 それを見た悠司がすかさず叫ぶ。しかし、琴葉は目を覚まさない。

「とりあえずで連れてきたけど、思った以上に役立ちそうだね、ふふっ……」

 取り乱す悠司の様子を見たレオは、意地が悪そうに笑った。

「てめぇ……琴葉を返しやがれ」

「おお、怖い怖い」

「てめぇ……!」

「何も返さないとは言ってないよ。自分で取り返せば良いのさ。こいつには、彼女に危害を加えないように言ってあるからね」

 レオは相変わらずニヤニヤと笑いながら、ゴーレムを指し示した。彼に対して怒りを感じているのは悠司だけではない。涼馬も、そして詩音までもレオのその態度には強い怒りを禁じ得なかった。

「彼女にはちょっとだけ時間を稼いで欲しいだけなのさ。僕にも事情ってものがあるからね」「事情だと……?」

「ああ。それじゃあせいぜい楽しんで、僕はお姫様を待たせてるからね」

 そう言って笑いながら、レオは廃墟の中に姿を消した。悠司が「待て!」と言って追いかけようとしたが、途端にでく人形がその進路を塞ぐ。

「糞野郎!」

 悠司は激昂し、目の前のでく人形に向かってバレットを放つ。でく人形はそのバレットが当たった途端、バラバラになってあっけなく吹き飛ばされる。

「えっ」

 涼馬と琴葉は少し拍子抜けする。あのレオが、そんなに簡単にこちらの進攻を許すとは思えなかったのだ。

 しかし次の瞬間、涼馬たちの感覚が正しかったことが分かる。バラバラになったでく人形の破片は、ひとりでに動き出すと再び元の形に集まり、何事もなかったかのようにまたでく人形の形を形成した。

「何だよ……これ……」

 目の前の光景が信じられないという様子で、悠司が呟く。涼馬は状況の説明を求めて、詩音の方を振り向いた。しかし、詩音もなにやら状況を掴み損ねている様子で困惑気味だった。

「どうするんだ、詩音?」

「はっきり言って、彼女を助けてる余裕もないしすぐにレオを追いたいところだけど……」

 詩音はそこで、全身の関節をカタカタと鳴らしながら廃墟の入り口を塞ぐように群がっていくでく人形たちに、立て続けに、そして的確にバレットを撃ち込んだ。

 彼女の正確な攻撃を受けたでく人形たちは、涼馬の目の前でみるみるうちにバラバラになって吹き飛ばされていく。だが……

「やっぱりね……」

 吹き飛ばされたでく人形は、ジワジワとそのパーツ同士で再び集まり、先ほどと同じように元の姿に戻っていた。

「こいつらを片付けないことには先には進ませてくれないみたいね。協力するわ、彼女を助けたいんでしょう?」

「えっ?」

 彼女の言葉は、涼馬には意外だった。さっきまでの言い草では、彼女が琴葉を助けることに協力してくれるとは思えなかったのだ。

「勘違いしないで、たまたま利害が一致しただけ」

 彼女はすましたように言った。

「手早く片付けちゃいましょう」

「片付けるって、一体どうするつもりだ?倒したそばから復活されたんじゃらちがあかないだろ……」

 涼馬はあたりを埋め尽くすでく人形を見て言った。

「術者がその場を離れているのに、こいつらを操り続けるということは不可能……」

「でも現にこうして――」

「だから、操っていないのよ。こいつらは、自律的に動いているだけ。一度倒されればお仕舞い。のはずなんだけど……」

「じゃあ、どうしてこいつらはいくらでも復活して来るんだ?」

「それが問題なのよ。必ず何かからくりがある。そして、彼がわざわざ人質なんかを使った理由も……」

 そう言って詩音は琴葉を人質に取っているゴーレムに目をやった。涼馬もその視線の先を追う。石造りの巨人の胸には、大きな緑色の水晶のようなものが鈍く光っているのが見えた。

「あれか!」

「おそらくね。こいつら、一体一体は本体じゃない……あのゴーレムの手足みたいなもの……」

 それはつまり、あのゴーレムを倒してしまわない限り。いくらでく人形を倒しても意味がないと言うことだった。

「一気に焼き払えれば楽なんだけど……」

 しかし、いくら使命のためとは言え、詩音も琴葉ごと焼き払おうなどとは全く思っていないようだった。涼馬は少し安心する。

「おい、何ごちゃごちゃ話してんだよ! 一体これはどういうことなんだ、説明しろよ!」

 悠司は痺れを切らして詩音を問い詰める。詩音は部外者の悠司にどう説明して良いか迷っていたようであった。見かねた涼馬が助け舟を出す。

「俺にも良く分からんが、とにかく琴葉を人質に取ってるあいつ、あいつの胸の玉をぶっ潰せば片付くって事だ」

 そんな適当な説明で納得するかは不安だったが、悠司は「やってやろうじゃねぇか……」と思った以上にすんなりと受け入れたようだった。

 いつも通りに悠司は馬鹿なんだな、涼馬は一瞬そう思った。しかし、そうではなかった。怒りに燃える彼の瞳は、まっすぐに敵を見つめていた。琴葉を助ける手段さえ分かれば、細かい理屈はどうでも良いというように……

 悠司は地を蹴って、ゴーレムに向かって駆け出した。すぐさま、でく人形が群がってその進路を塞ぐ。それに向かって悠司はバレットを打ち込み、進路を切り開いていく。しかし、どれだけでく人形を弾き飛ばしてもまたすぐに次が周りから押し寄せ、結局進路は開けないまま悠司は足を止められてしまう。

「――くそっ!」

 悠司が小さく声を漏らすとほぼ同時に、すぐ近くまで迫ったでく人形の振り回した腕が悠司に襲い掛かる。とっさに両腕で身を守った悠司は、しかし勢い良く後ろに吹き飛ばされ、結局もとの場所まで押し戻されてしまった。

「大丈夫か!?」

 涼馬は倒れた悠司に駆け寄る。

「何なんだよこいつら!こんなんじゃ、琴葉に近づけもしないじぇねぇか!」

 吹き飛ばされた衝撃で切ったのか、口の中に溢れた血をペッと吐き出しながら、悠司が悪態をついた。悠司の言うとおり、この調子ではあのゴーレムを倒すどころか、指一本触れることが出来ない。一体一体のでく人形は大したことなくとも、これだけの数が集まると流石に手がつけられなかった。

「あなたたちは下がってて……私がやるわ」

 詩音はそう言うと、先ほどの悠司と同じようにでく人形の群れに突っ込んでいく。

「馬鹿、あいつ! 結局俺と同じじゃ……」

 悠司の言葉はそこで途切れる。前に差し出した詩音の手から放たれたのは、バレットではなくオレンジ色に燃える炎だった。彼女はそれを鞭のようにしならせ、目の前に立ちふさがるでく人形をなぎ払うように吹き飛ばしていく。

 それは出力こそ絞っていたが、あの日の夜に涼馬を襲ったものと同じものだった。彼女の腕の動きに合わせて、ブンと風切り音を響かせながらしなるその炎の鞭は、あっという間にでく人形の群れを左右に吹き飛ばしてゴーレムまでの間に道を切り開いた。

「何だよ……あれ……」

 見たことのない力に、悠司が唖然とする。彼に魔術師としての力を見られることは、詩音にとって都合が悪いはずだった。しかし恐らく詩音は、この状況で手段は選べないと考えたのだろう。それに、既に彼はレオの力も見てしまっている。どうせこのでく人形や、ゴーレムを操る力を説明知る必要があるのだ。説明は後で何とでもつく……

 今や詩音とゴーレムの間には障壁は存在しない。詩音はゴーレムとの間を詰めながら、胸の水晶めがけて、琴葉とは逆の側から炎の鞭を振るった。しかし……

「えっ!?」

 詩音は慌てて鞭を止める。いや、止めようと必死で抑える。ゴーレムはその見た目からはとても想像できない程の素早さで、詩音の鞭を防ぐように琴葉の身体を盾として差し出した。

「止まってっ!」

 詩音は慣性でしなる鞭を必死で押さえる。鞭は止まることはなかったが、無理矢理にその軌道を変えられてゴーレムの脇の地面へと叩きつけられる。盾にされて振り乱された琴葉のポニーテールの先を、鞭が掠めて焦げる臭いがした。

 一瞬の後、炎の鞭が消えると同時にでく人形らが再び進路を塞ぐ。そのうち一体がカタカタと音を立てながら、姿勢を崩した詩音に回し蹴りを叩き込んだ。詩音は小さく悲鳴を上げ、あっけなく後ろへと吹き飛ばされる。

「危ない!」

 地面に叩きつけられそうになった詩音を、涼馬は慌てて抱きとめた。勢い良く吹き飛ばされた彼女に押されて涼馬まで体勢を崩しかけるが、何とか踏みとどまる。

「大丈夫か?」

「けほっけほっ……何とか……ごめんなさい……」

 激しく咳き込みながら、いつになくしおらしく詩音は言った。

「これじゃあ、あそこまで辿り着いても……」

 涼馬は悔しさで拳を握り締めた。掌に爪が食い込む。由衣菜と琴葉は自分が助けるなどと啖呵を切っておきながら、何も出来ないじゃないか……

 ようやく足元の定まった詩音を離し、涼馬は前に向き直る。黙っているわけにはいかない。何とかして琴葉を助けて、あいつを叩きのめさなければならない……

「やってやるさ」

 涼馬は一歩踏み出す。策なんて考えていない。それでも、持てる力を全て出し切ってでも……

 しかし、涼馬は後ろから強く肩を掴まれて足を止められた。

「待てよ涼馬」

 振り返ると悠司が、先ほどの攻撃でボロボロになりながらも、それでも闘志は折られていないという目で涼馬を見据えていた。

「琴葉は、俺が守る」

 その言葉はずしりと、まるで質量を持ったように重かった。どれだけの覚悟が、どれだけの想いが、普段は能天気な悠司の言葉にこれだけの重みを与えるのか……涼馬には計り知れなかった。

「そこのお前、詩音とか言ったな」

 突然名を呼ばれた詩音は、驚いたように顔を上げる。

「さっきのをもう一度やれるか?」

「え、さっきのって……」

「あの泥人形をなぎ払った奴だよ。道を作って欲しい」

「出来るけど、あなた……」

「策はある。俺にやらせてくれ」

 詩音は迷うように涼馬を一瞥した。

「やらせてやってくれ。こいつは馬鹿だが、根拠もなくこんなことを言う奴じゃない。やれると言ったら、やる奴だ」

 涼馬の言葉に、詩音も根負けしたように言った。

「分かったわ、一度きりよ。確実に決めて」

「ああ、ありがとう」

 短く礼を言うと。悠司はゴーレムのいる方を睨みつける。必ず琴葉を取り戻す、そんな決意が全身から伝わってきた。

「行くわよ!」

 合図と共に、炎の鞭が再びでく人形をなぎ払う。燃え盛る炎に吹き飛ばされて、ゴーレムとの間に道が開かれる。

「今よ!」

 詩音が言ったときには、既に悠司は駆け出していた。

 速い。信じられないほどに速かった。

 彼の脚が地面を一蹴りする度に、ゴーレムとの距離がぐんと縮まる。それは脚力のみによってではなかった。

 彼が地面を蹴るその瞬間、悠司の超能力は彼自身の身体を的確に前へと押し出していた。正確で繊細なタイミングとコントロールが両立しなければ不可能な離れ業。それを、悠司はやってのけていた。

 一瞬の後に、悠司はゴーレムの目の前に躍り出る。詩音も辿り着けなかったその間合いまで、悠司はたどり着いた。

 しかし、胸の水晶に向けてバレットを放とうとする悠司に向けて、無情にもゴーレムは琴葉を盾として振りかざす。ゴーレムの懐へと飛び込んだ悠司は、意識のない幼馴染を前に、攻撃の手を止めざるを得ない。

 ダメだ……悠司のスピードを以ってしても、ゴーレムの反応に先んじて仕留めることは出来なかった……涼馬も詩音もそう思った。

 しかし、悠司は笑っていた。懐に飛び込んだところで手を封じられ、それでも、悠司は笑っていたのだ。

 次の瞬間、悠司の姿が消えた。

「えっ」

 涼馬と詩音は、同時に声を上げた。信じられない。

 自分達の見守る前で、たった今までゴーレムと対峙していたはずの悠司が、忽然と姿を消していたのだ。

 いや、違った。正確には悠司は消えてはいなかった。

 ただ彼の姿を、涼馬も、詩音も、そしてゴーレムさえも、その場の誰もが追うことが出来ていなかっただけだった。

 誰より速い速度で、誰にも追えないスピードで、悠司は世界を置き去りにした。

「うおおおおらあああああああ!」

 次の瞬間には、ゴーレムの背後に180°回り込んでいた悠司が、その胸の水晶目掛けて立て続けにバレットを打ち込んでいた。

 悠司のバレットは一秒に数発、いや数十発と言う速度で正確に、緻密に、緑色に鈍く光る水晶へと着弾する。そして一瞬の後、一発ごとに蓄積したそのダメージで、水晶はパキンとあっけない音を立てて粉々に砕け散っていた。

 グワン、と空気が揺らぐ。その場を支配していた水晶の力が消滅し、でく人形が崩れ落ちるように土の山へと還っていく。

 水晶の心臓を撃ち抜かれたゴーレムも、その身体を繋ぎとめていた力が消滅したことでその場に崩れ落ちようとする。その石造りの腕が掴んでいた琴葉も、その場に放り出されようとしていた。

「琴葉!」

 それを悠司はとっさに抱きとめると、崩れる石から彼女を守るように遠ざけた。

 土と石が崩れる音が鳴り響く。それが止むと、辺りは再び静寂に包まれた。

「琴葉!大丈夫か?」

 お姫様抱っこされたような体勢で悠司にゆすられて、気を失っていた琴葉がゆっくりと目を開いた。

「良かった……怪我はないか?」

 そう声をかけられた琴葉は、初めは状況が飲み込めない様子であった。しかし、ようやく自分が助けられたのだということが分かったようで、悠司の顔を見ながら小さくコクコクと頷いた。それを見て悠司も「良かった……」とホッと安堵した様子だった。

「助けに来て、くれたの……?」

「あたりめーだろうが馬鹿野郎。心配かけやがって……」

 悪態をつきながらも、悠司の声色にはいつもとは違う、深い慈しみが感じられた。

「ありがとう……怖かった……」

 小さくそう呟いて、琴葉は目に浮かんだ涙を隠すように悠司の胸に顔を埋めた。

 そんな琴葉に、悠司もどこか調子が狂ったような様子だった。

「まあアレだ、どっかの暴力女に追い回されて鍛えた逃げ足が役に立ったってことよ」

 照れ隠しで軽口を叩く悠司の胸を、琴葉は「バカ」と小さく叩く。そこには普段のような威勢の良さもなく、まるで小さな子供のようで、悠司はなんだか微笑ましくすら感じた。


「あの……お二人さん」

 二人の世界に入ってしまっている悠司たちに、涼馬は恐る恐る声をかける。

「えっ! ええっ!?」

 それまで涼馬たちの存在に気付いていなかったのか、琴葉が慌てたように足をバタバタとさせた。

「降ろして! 降ろしてよ!」

「な、バカ暴れんな! 怪我人は大人しくしとけってんだ! ただでさえ重いんだか――」

「あんた! レディーに対して!」

 すっかりいつもの調子に戻ってやりあう二人に、涼馬はやれやれと肩をすくめた。

「涼馬」

 真剣な面持ちになって、悠司が言う。

「俺はこの先には着いていけない。琴葉を放って置くわけにはいかないし、何より今のでエネルギー切れだ。着いて行っても足手まといになるだけで何も出来ねぇ」

 足手まといになる。その言葉に涼馬は一瞬息の詰まる思いがする。結局今の戦いでも、涼馬は何もすることが出来なかった。この先に踏み込んで、一体どれだけのことが出来ると言うのか……

「気合入れやがれ馬鹿野郎!」

 涼馬の情けない表情に、悠司は声を張り上げる。だらしなく俯いていた涼馬は、雷に打たれたように顔を上げ、驚いたように悠司を見た。

「あんな最低な野郎に由衣菜を好きにされてて平気なのかよ!?」

「そんな訳ないだろ!」

「だったら!」

 悠司はまっすぐに、涼馬の目を見据えて言った。

「死ぬ気で由衣菜を助け出して来い。失敗したり諦めたりしたら……俺が許さねえ」

「……分かってるよ。由衣菜は必ず、俺が助け出す」

 涼馬の言葉には、もう躊躇いも迷いもなかった。悠司は目の前でやってのけたんだ。死ぬ気でぶつかって、大切な人を守って見せた。自分だって、立ち止まってるわけには行かない。

「ありがとな」

 短くそう言って、涼馬は悠司たちに背を向け、詩音と共に廃墟の入り口へと歩き始めた。

 その足取りは今までよりも、少しだけ力強かった。確かな決意が、涼馬をはっきりと強くしていた。

「涼馬」

 再び悠司が涼馬を呼び止める。今度は振り向かず、涼馬は足だけを止めた。

「帰って来たら……全部話せよな」

「……ああ、約束する」

 そう答えて、涼馬は再び歩き始めた。

 絶対に生きて帰って来いと、そう言われた気がした。

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