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出来損ないのサイキッカー  作者: 白星マサキ
第五章 ―君のために―
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君のために②

 終業のチャイムが鳴って、生徒たちは各々帰りの支度を始める。涼馬と由衣菜もその例に漏れず、そそくさと準備を始めていた。

 帰り道に付き添うとは言ったものの、今は二人とも妙にお互いを意識してしまってどうもぎくしゃくとしてしまっていた。

「えっと……じゃあ帰るか……」

「う、うん……」

 ただ寮まで送っていくだけなのに何をやっているんだとは思いつつも、一度意識してしまった以上どうも調子を取り戻せず、涼馬はついついぶっきらぼうになってしまう。

 このままじゃまずい。どうしよう……などと弱気になっていたところに、いつも能天気な悠司の声が響き渡った。

「うぉーい涼馬ー由衣菜ちゃん送っていくんだろー俺も一緒に――ぐふぉ」

「はーい悠司ーちょっと付き合ってねー」

「お前!今みぞおち!みぞおちだったろ!お前!」

 悠司は抗議の声を上げながら、琴葉に襟首を掴まれてズルズルと引きずられて行った。二人はそんな様子に一瞬キョトンとしたが、張りつめていた空気の反動で弾けるように声を上げて笑い出した。

「俺たちも、帰ろうか」

「ふふ、そうだね」

 よほどおかしかったのか、由衣菜は笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を拭いながら笑った。

 悠司には悪いが、おかげで助かったと涼馬は内心ホッとしていた。


「あっ」

 正門を出たところで、由衣菜が何かに気付いたように小さく声を上げた。

「ん、どうした? 忘れ物でもしたか?」

「ううん、そうじゃないんだけど……」

 涼馬は不思議そうに由衣菜を見つめる。

「ちょっと帰りに本屋さんに寄ろうと思ってた事を思い出しただけ。急ぎじゃないし全然大丈夫」

「何だよ、そんなことか。それならちょっと寄り道して行こうぜ」

「そんな、悪いよ! わざわざ送ってもらっていて……」

「そんなん気にするなって。俺もちょうど本屋に行きたかったところだし」

「ほんとに? うーん、それじゃあお言葉に甘えちゃおうかな……」

 由衣菜は申し訳なさそうに笑った。涼馬もちょうど行こうと思っていたというほどではないものの、誰かが本屋に行くというのならついて行ってもいいなと言うような気分だった。

 二人はそれまで女子寮に向けていた足を、今度は商店街の方へ向けた。


 夕方の商店街はこの前と同じくそこそこ賑わっていた。二人はまっすぐに商店街で一番大きい本屋に向かった。ここの本屋は結構の大きさがあって、4フロアにわたって様々な種類の本がそろっている。目当ての本はたいていここに来れば揃わないことはなかった。

 本屋の中に入ると一度二人は別行動をして、買い物が終わったらもう一度集合することにした。涼馬は買い物をするつもりはなかったが、適当に立ち読みでもしようと店内を回る。

 気付けば、涼馬はファンタジー関係の棚の近くにいた。棚に並んだ背表紙の「魔術」と言う言葉が目に飛び込んできて、自然とその棚に近づいた。適当にそのうち一冊に手を伸ばし、適当にページをめくる。

 その本は古今東西の魔術を網羅的に紹介していく、と言うコンセプトのようで、ページごとに様々な趣向の怪しげなイラストや言葉が並んでいた。錬金術、ホムンクルス、天使と悪魔、ルーン文字、魔女狩り、東洋の仙人達、シャーマン、死海文書、ソロモンの72柱、黄金の夜明け、アレイスター・クロウリー……さまざまな項目が存在したが、その中に魔術教会や二階堂たちのような「魔術師」についての記述は存在しなかった。辛うじて四精霊についての記述は存在したものの、彼らが人間の特定の部族に対して力を貸し与えたなどと言う伝説にも言及していなかった。

 その本を棚に戻し、また別の本を手に取る。今度は西洋の魔術に関する歴史をまとめた本だった。しかし、それにも涼馬の知るような魔術師の記述は一切なかった。

 何冊かの本を覗いてみたが、結局どこにもそれらしき記述はない。二階堂らの作り話であると考えることも可能だろうが、しかし対立しているレオまでもが同じ作り話を共有しているとは考えにくい。少なくとも魔術師や教会に対する認識は、彼らの間で一致しているように思われた。

 二階堂らの話が本当であると仮定すると、それはつまり魔術師の社会、魔術教会の秘密主義がそれだけ徹底されているという事を示していた。人の口に戸は立てられない。長い歴史の中で、これだけ徹底した情報操作を行おうとすれば相当の力と、そして周到さが必要なはずだ。詩音が涼馬を野放しにすることに対してあれだけ抵抗を見せたこともうなずける。涼馬の思っていたよりも、おそらく、魔術教会は厳格な世界だ。閉鎖的な社会……

「何読んでるの?」

 唐突に背後から声をかけられて、涼馬は飛び上がる。思わず物思いにふけってしまっていて、由衣菜が近づいていることに気付いていなかったのだ。

「ああ、何でもないよ」

 慌てて涼馬は手にしていた本を本棚に戻す。しかしよく考えてみれば、その棚全体が魔術関連の書籍の棚だった。

「へー、涼馬くんってこういうの興味あったんだ。ちょっと意外かも」

 本棚に並ぶ本のタイトルを指先でなぞりながら、由衣菜は興味深そうに言った。

「いや別に、興味があるって程じゃないよ。歩いてたら目に入ったから……」

 涼馬は少しでも平静を装ってごまかそうとしたが、自分の鼓動がこれ以上にないほどに高鳴っているのを感じていた。

 もちろん、涼馬が魔術関係の本を読んでいたからと言って、二階堂たちのような魔術師の存在を知らない限り、、由衣菜に事情がバレるという事は考えられない。しかしそれでも、涼馬は自分の隠し事の一部が覗かれているような気がして非常に落ち着かなかった。

「そ、そんなことより、買い物は終わったのか?」

「あ、うん!」

 由衣菜は思い出したかのように、今買ってきたばかりの本が入ったビニール袋を顔の横に掲げた。

「わざわざ付き合ってくれてありがとうね」

「良いってことよ。何の本を買ったんだ?」

「えっとね、毎月買ってるお料理の雑誌なんだけど、今月はお菓子特集で楽しみにしてたんだー」

 本屋の袋を大事そうに胸元で抱きかかえるようにして、由衣菜は言った。

「そういえば、料理が好きだって言ってたな。お菓子も作るのか?」

「うん、今まではあんまり作ったことはなかったんだけど、今度作ってみたいなーって思ってたらちょうどこの特集でね。すっごくタイミング良いなぁって思ってたの」

 ご機嫌な由衣菜はいつもよりも少し饒舌で、聞いている涼馬の方も自然と明るい気持ちになってくる。先ほどまでの暗い気分はいつのまにかどこかへ行ってしまっていた。

 そうして話しながら、二人は並んで本屋を出た。

「そういえばあれだな。美羽が良くお菓子作ってたよ」

「え、そうなんだ!」

「おう、クッキーとかは良く焼いてたし、たまに本格的なケーキ作ったりしてな」

「へぇー凄い!今度教えてもらおうかなぁ」

「そうだな、教えてくれって言ったら、多分あいつ喜ぶぞ。何度も俺に教えようとしては断られてたからな」

「教わってあげれば良いのにー」

「いやー、ちょっとめんどくさくて。料理は割と分量適当でも、味見しながらやればそれなりに美味しく作れるだろ?お菓子作りってその辺大変そうだからさ」

 涼馬は台所に計量カップやはかりなどをたくさん並べてお菓子を作る美羽の姿を思い出していた。

「なーんかな、ああやってきっちりやっていくのってどうしても面倒になっちゃうんだよ」

「ふふふ、涼馬くんもやっぱり男の子って感じだね」

「何だよそれー」

 由衣菜がやたらとおかしそうに笑うので、涼馬はなんだか照れくさくなってしまった。

「そういや、今年もそろそろ美羽のケーキの時期か」

「ケーキの時期?」

「ああ、あいつ毎年俺の誕生日にはケーキ焼いてくれるんだよ。ま、俺よりもあいつの方がそれを楽しみにしてるみただけどな」

「え、涼馬くん、もうすぐ誕生日なの?」

「ああ、そうだよ。来週の、えっと……木曜、かな?」

「どうして言ってくれなかったの!」

 ちょっと不満そうに頬を膨らませて、由衣菜は詰め寄った。

「どうしてって……自分でもあんまり意識してなかったし」

 アハハ、と誤魔化すように涼馬は笑った。それに、自分から誕生日を言うのは何だか祝うのを催促しているようであまり好きではないのだ。

「ちゃんと言ってくれないとお祝い出来ないじゃない!」

「いやいいよそんなわざわざ!」

「良くないよーせっかく一年に一回のイベントなんだから」

 そういう由衣菜は祝う事にむけてやたら気合の入った様子だった。参ったな、と涼馬は少し後悔する。面と向かって祝われるのは実は苦手だった。

「そういえば、由衣菜の誕生日はいつなんだ?」

「え、私?」

 逆に問われて、由衣菜は一瞬びっくりしたように答える。

「私は十月だから、まだまだ先だよ~」

「そっか、んじゃその時にはきちんと祝ってやらないとな」

 そう言いながら、その頃に自分がまだ学園にいるのかわからないということに気づき、涼馬はハッとした。急速に、ここを去りたくない、この日常を失いたくないという気持ちが広がっていく。

「あっ!」

 由衣菜が小さく声を上げて、涼馬は我に返った。

 彼女の目線の先を追うと、スーパーの店先に小さなたい焼きの出店が出ていた。辺りにはたい焼きの甘い匂いが漂っていて、それに気づいた途端涼馬も小腹が空いているのを感じた。

「もしかして、たい焼き好きなのか?」

 涼馬が訊ねると、由衣菜は慌てたように「ううん、そういうわけじゃないけど!」と手をパタパタさせた。

「か、カスタード……」

 そう小さく由衣菜がつぶやくのを聞いてよく見ると、出店には「あんこ・チョコレート・カスタード」と書いてあった。どうやら由衣菜は、カスタード味のたい焼きに興味を持ったらしい。

「へー、カスタードのたい焼きか」

 その文字を見て、涼馬もにわかに興味が出てきた。

「食べてみるか?」

「え、いや良いよ!そろそろ夜ご飯だし……」

 由衣菜は悩ましそうに言う。しかし、彼女の目はさっきから出店の方に釘付けだった。

「それに……太っちゃう……」

「え、お前ダイエットとかしてんの?」

 涼馬は意外そうに言うと、改めて由衣菜を上から下まで見直してみた。彼女は痩せ過ぎと言うほどではなかったが、どちらかと言うと手足も細くダイエットなど全く必要ないように見えた。

「ダイエットってわけじゃないけど!」

「じゃあ良いじゃん。お前みたいなのはもうちょい太ったくらいがちょうどいいんだ。どんどん食おう」

「ちょっと涼馬くん!女の子にそんなこと言っちゃダメなんだよ!」

「良いから良いから。俺も食いたいんだから付き合えって。一人で食うのも寂しいだろ」

 そう言いながら涼馬はそそくさとたい焼きの出店の方に歩いて行ってしまった。

「ええ、あーもう……しょうがないなぁ……」

 困ったように言いながらも、由衣菜は嬉しさを押し殺しきれていなかった。

「おっちゃん、カスタード二つ」

「へい毎度!」

 ねじりハチマキのおっちゃんは威勢よくたい焼きを二つ、それぞれ紙の袋に入れて手渡してくれる。涼馬は二人分の料金を払うと、それを受け取った。

「あ、悪いよ!」

「良いの良いの。俺のわがままで買ったんだから」

「もーう、今度ちゃんと返すからね?」

 そう言いながら由衣菜は自分の分のたい焼きを受け取る。怒った表情を作ろうとしているようだったが、既に嬉しさで頬が緩み切っていた。

 こんな顔が見られるんなら200円なんて安いもんだなと涼馬は思った。

 二人は夕暮れの並木道を歩きながら、たい焼きをかじった。

「あ、美味しい!」

 そういう由衣菜の表情はこれ以上ないほどに嬉しそうだった。

 涼馬もそれを受けて、自分のたい焼きを一口かじった。もちっとした表面と、中からあふれる温かいカスタードが良い具合にマッチしていて、本当に美味しかった。

「おお、ホントに美味いな!たい焼きってこんなに美味いもんだったのか……買ってよかった……」

 涼馬が感慨にふけっていると、由衣菜は「大袈裟だなぁ」と笑いながらもう一口たい焼きをかじった。

「あ、涼馬くん」

「ん?」

「ほっぺにクリームついてるよ」

 由衣菜はおかしそうにクスクスと笑った。言われた涼馬は慌てて頬をさする。

「もぅ、逆だよー」

 そう言うと由衣菜は涼馬の頬のクリームを人差し指で拭うと、パクリと口に含んだ。

「あっ」

 涼馬は小さく声を上げる。羞恥で顔が赤くなるのを感じた。それを見て、たった今自分のしたことに気付いた由衣菜も「ご、ごめんなさい!」と言いながら顔を真っ赤にすると、慌てて前に向き直った。

 二人の間に沈黙が流れる。さっきまであんなにはしゃいでいた由衣菜もすっかりしおらしくなり、俯いて足元を見ながら歩いていた。涼馬からも、彼女の耳がまだ真っ赤なのが見て取れた。夕焼けの赤より、もっと鮮やかな赤だった。

 その沈黙はただひたすら気恥ずかしいものだったが、だが不快なものではなかった。二人は発する言葉が見つけられないまま、ただ一緒に、相手の様子をちらちらと伺いながら、女子寮の方へと歩いていった。


 やがて二人は女子寮の門へと差しかかった。男子禁制の女子寮には涼馬は入ることは出来ない。彼女を送ってこられるのはここまでだった。

「今日はありがとうね、涼馬くん」

 まださっきのことを引きずっているのか、気恥ずかしそうに由衣菜が言う。

「おう」

 と短く答える涼馬の方にも、羞恥の表情が残っていた。

「寄り道にも付き合ってくれて……」

「まあな」

「あの……たい焼きも」

「良いってことよ」

 たい焼き、と言われるとさっきのことを思い出してしまう。この先たい焼き食べるたびに思い出すのかな……などとくだらないことが涼馬の脳裏をよぎった。

「じゃあな、また何かあったら言えよ」

 涼馬はそう言って、その場を立ち去ろうとした。


「あの……涼馬くん」

 それを、由衣菜は控えめに呼び止める。呼び止められた涼馬は慌てて足を止め、由衣菜の方を振り返った。

「あの、どうしてここまでしてくれるのかなって……」

 ためらいがちに、由衣菜は訊ねた。

「どうしてって……」

「だって……わざわざこんなに付き合ってくれて……その……」

 由衣菜は何と言っていいのかわからない様子で、もじもじとしながら言葉を探していた。

「私って……もしかして美羽ちゃんと一緒なのかなって。私が頼りないから……」

「えっ?」

 予想外の言葉に、涼馬は少したじろぐ。その様子を見て、由衣菜もびくっとすると、慌てて誤魔化すように「ううん!何でもない!やっぱり忘れて!」と胸の前で両手をバタバタと振った。

「今日はありがとう!また明日!」

 そういうと、由衣菜は踵を返して寮の中へと入って行ってしまった。ちらりと見えた彼女の表情は、いつものような明るい笑顔だったが、どこか少し儚げに見えた。

 取り残された涼馬はそのままポカンと、由衣菜の姿を消した寮の入り口を眺めていた。だがやがて、寮に帰ってきた女子生徒に怪訝な顔で見られていることに気付いて、涼馬は慌ててその場を後にした。


 夕暮れの並木道を今度は一人で歩きながら、由衣菜の「美羽ちゃんと一緒なのかな」と言う言葉が、涼馬の脳裏を離れなかった。

 美羽と一緒……なのか?

 涼馬は自分でも、由衣菜の質問に何と答えればいいのか、分からなかった。

 ただ彼女が去り際に見せたあの表情だけが頭を離れず、何とも落ち着かず、いても立ってもいられなくなった。髪の毛をかきむしりながら、いつもよりも少し歩調を早めて、寮への道を歩いた。

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