君のために①
昼休み、涼馬はいつものように由衣菜、琴葉、悠司と四人で昼食をとっていた。ここのところ訓練に明け暮れている涼馬にとって、昼休みのこの時間は心休まる数少ない時間となっていた。
相変わらず琴葉と悠司はくだらない小競り合いをしながらワイワイと騒いでいるし、由衣菜は「まぁまぁ」と言いながらニコニコとお弁当をつついている。
いつもはその光景にほっこりとする涼馬だったが、今日は少し事情が違っていた。涼馬の心の中には、自分がこの平和を捨てるか、そうでなければ破壊するかと言うジレンマが巡っていた。
そんな涼馬の様子に気付いたのか、由衣菜が心配そうに涼馬の顔を覗き込む。
「どうしたの涼馬くん?」
由衣菜の澄み切った瞳に射抜かれて、涼馬はドキリとする。
「いや、ちょっと考え事をな」
「大丈夫?なんか最近ちょっと疲れてるみたいだし……それに何だか忙しそう」
「ああ、全然大丈夫だよ、ありがとう」
心から心配そうにする由衣菜に、涼馬は胸を痛める。「自分を偽り続けて生きていく」と言うことは、確かに、簡単な事ではないと思われた。
「なんだぁ涼馬、調子悪いのか? 徹夜でゲームでもやってたのか?」
「あんたじゃないんだから……」
とぼけたことを言う悠司の脇腹を、琴葉は竹刀袋でグリグリとする。悠司は「いでで、やめろよ」と身をよじる。
「それにしても由衣菜」琴葉は悠司を攻撃しながら言う「あんたこそ珍しいじゃない。授業中に居眠りなんて」
「えっ、やだ……見られてたの?」
恥ずかしい所を見られていたことを知り、由衣菜は赤面する。
「へー、由衣菜でも居眠りするんだなーやっぱり徹夜でゲームいででやめろって!」
琴葉は悠司に容赦はない。
「悠司の馬鹿は置いておいて、寝不足か何かか?」
「うん……ちょっとね……良く眠れなくて」
「馬鹿って何だよ!」
「何か心配事でもあるの? あんたは引っ込んでなさい」
「うん、実は……ちょっとね」
由衣菜の表情にはいつもの明るさがなく、どことなく思いつめたような様子があった。
「何だか最近、誰かに見られてるような気がして……」
「え、それってもしかしてストーカー!?」
「分からないけど……何だか不安で……」
「由衣菜可愛いんだから気をつけないと。結構狙ってる男子いるって聞くよ」
「そ、そんなことないよ!」
「あー、でも俺も良くあるぞ。女の子が俺のことやたら見てくるなーとか。もしかして俺に気が――」
「ちょっと黙ってて」
「うす」
琴葉の一段と鋭い言葉に流石の悠司も大人しくなる。
「それで、具体的に何かあったのか?不審な事とか……」
嫌な予感がして、涼馬は訊ねた。レオに言われた言葉が、どこかに引っかかっていた。もしかしたらレオは由衣菜も……
「ううん、具体的にって程ではないんだけど……歩いてる時とかに視線を感じたり……」
由衣菜の言葉はどことなく歯切れは悪かったが、なんにせよ不安な思いをしてることは確かなようだった。
「へぇー、涼馬も心配なんだ」
ニヤニヤしながらからかおうとした琴葉だったが、涼馬の「当たり前だろ」と言う声の真剣さにすっかり毒気を抜かれてきょとんとしてしまった。
「それで、他に何か不審なことがあったりしてないか?」
「え、ええっと……」
涼馬の反応が予想以上だったらしく、由衣菜も多少戸惑いながら答える。
「私の勘違いかもしれないんだけどね……最近は何だかお部屋にいるときも視線を感じたり……」
「えっ、でもうちって女子寮よ!? それにセキュリティーもかなりしっかりしてるし……」
「うん、だから勘違いかもしれないんだけど……」
由衣菜は控えめに言うが、もしそれが本当だとしたら、それは相手がただのストーカーなどではないと言う事になる。涼馬の中で、レオの言葉への不安が一気に膨らんで行った。
「でも、勘違いじゃなかったら大変だ。琴葉出来るだけ由衣菜と一緒にいてあげてくれるか?」
「それは良いけど……何であんたがそこまで必死なのよ」
琴葉は呆れ気味で言う。「そりゃ心配だからに決まってるだろう」と言う涼馬の言葉に、由衣菜はこっそりと頬を赤らめていたが、余裕のない涼馬はそんなことにも気付けない様子だった。
「ボディーガードするのは良いけど、私も一応女の子なんだけどな……」
「あのなぁ琴葉、女の子って言うのはもっとこうか弱くて、可憐で……うああああ!」
悠司がどうして学習しないのか、涼馬には不思議で仕方なかった。
「それで涼馬、登校するときとか夜、寮にいるときとかは良いけど、私も一応放課後は部活あるし……」
そうだった。琴葉は剣道部に所属していて、放課後は大抵練習で忙しそうにしているのを涼馬も見ていた。
「だから帰り道とかは、あんたがナイト役してあげなさいよ」
「ナイトって……」
相変わらず妙な事を言い出す琴葉に涼馬は呆れたが、確かに涼馬が自分で側にいてやるほうが、レオとの関係性を見極めるためにも合理的だと思われた。
「じゃあ由衣菜、放課後は俺が送って行くって事で良いか?」
「えっ、でも……わざわざ悪いよぅ」
「気にしない気にしない。本人がやるって言ってるんだからさ!」
そう言って琴葉は由衣菜の背中をポンッっと打つ。
「えっと……じゃあお願いしても、良いかな?」
由衣菜に上目遣いで訊ねられて、思わず涼馬はドキリとしてしまった。思わず少しぶっきらぼうに「お、おう」と答えながら、自分の一連の言動がどういうものだったかようやく自覚する。意識した途端に、自分の顔がカッ熱くなるのを感じた。
涼馬は心の中で「彼女が巻き込まれるのを防ぐためだ」と、必死で自分に言い聞かせた。