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出来損ないのサイキッカー  作者: 白星マサキ
第四章 ―僕たちの世界は―
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僕たちの世界は④

 それから数日間、涼馬はひたすらに二階堂の特訓を受けた。彼の特訓は非常に過酷だったが、同時にそれは確実に涼馬の能力を伸ばしていった。涼馬は少しずつ、水が自分の手足の延長であるという感覚が分かり始めていた。まだ十分に力を扱えているとは言いがたかったが、それでも最初のころと比べると驚くほどの上達具合だった。

 数日の後には、涼馬はようやくマナから水それ自体を生成する方法を学び始めた。それは今までやってきたこととはまた別の技術で涼馬はひどく苦戦したものの、しばらく練習するうちに少しは形になり始めていた。

「驚いたな……」

 空中にサッカーボールほどの大きさの水球を作り出し、そのまま形を保つ涼馬を見て、二階堂は感嘆の声を漏らした。

 涼馬の呼び出した水の塊に初めのころのような不安定さはなく、それは空中でまるでガラス細工のようにぴたりと静止していた。それは涼馬の能力が、完全に水それ自体を制御していることを意味していた。

 しかしそれを行う涼馬はこれが精いっぱいだと言う様子で、水の塊もそう長くはもたずに弾けて靄のように消えていった。

「はぁ……はぁ……」

 涼馬は肩で息をする。少しの間能力を使っただけなのに、まるで長い距離を全力疾走してきたかのように全身に疲労が広がっていた。

「なかなかやるじゃない」

 近くで腕組みして見ていた詩音も、感心したように言う。余裕のあるように見せているが、完全に素人だった涼馬がここまで力を使いこなすことは予想していなかったので、内心多少焦っていた。

「短期間でここまで来るとは、正直予想していなかった。噴水の一件で、回路の容量には恵まれているだろうと思ってはいたが……」

 褒められた涼馬はまんざらでもないという顔をする。実際ここ数日、涼馬は気合だけでかなり無理な特訓を続けていた。それも全て、自分の力で妹を守りたいという気持ちからだった。その思いがあっただけに、成果を認められる喜びはひとしおだった。

「でもまぁ、実戦ではまだまだ使い物にならないだろうけどね」

 素直に認めにくいのか、詩音はそんなことを言いながら、空中に呼び出した炎で細かく、複雑な紋様を描いては消していた。かつての涼馬なら腹を立てたのだろうが、実際に自分で訓練をしてみて、彼女の能力がどれだけ高度なものなのかは嫌と言うほど思い知っていた。その裏にどれほどの血の滲むような努力があったのかは計り知れない。

「まぁそう言うな詩音。お前だってついこの前まで半べそかきながら練習してただろうが」

「なっ、やめてよ! どんだけ大昔の話してんのよ」

「俺にはついこの前のことに感じるがな」

「ったく年寄りはこれだから……」

 詩音は悪態をつきながらそっぽを向く。彼女の頬は恥じらいで多少紅潮していた。


「ところで真木原、お前とは今後のことを話しておく必要がある」

「今後のこと、ですか?」

「教会との関係だ」

 彼の言う「教会」とは、つまり魔術教会のことだろう。

「正直なところ、私にもお前の処遇は判断しかねるところがある。まず前例がない。魔術師は魔術師として生まれ、そして魔術師として死ぬ。途中で魔術師になるということは、本来はあり得ないことだ」

 確かに涼馬は、自分がどれだけ特異な存在であるかということは、今までも常々聞かされていた。

「だが現に、お前は魔術師としての性質を示してしまった。本来なら教会に参加し、魔術師としての人生を送るのが正しいだろう。だが、私は必ずしもそれが正しいとは思っていない。だからこそ、まだお前の存在は教会には報告していない」

「えっ、まだ報告してなかったの!? 貴方自分が報告しておくからって言ったじゃない!]

 隣で聞いていた詩音が、慌てたように口を挟んだ。

「まぁ落ち着け、私なりの考えがあってのことだ」

 驚き食ってかかる詩音を、二階堂は冷静に諌める。

「詩音も良く分かっているだろう、魔術師として生まれ、生きる。そのことがどういうことなのか。普通の家庭に生まれ、普通の人生を送ってきた彼にそれを強要するのは酷だとは思わんか?」

「そうかもしれないけど……」

「それにだ。彼には普通の魔術師が持つ『家』と言う後ろ盾が存在しない。いわば、最下層として生きることとなる。それは血統社会である教会の中は、大きな苦痛を伴うことだ……そしてその苦痛を、詩音、お前は知らない。私と違ってな……」

「……」

 詩音は何も言えずに俯く。涼馬には詳しい事情は分からないが、二階堂が家柄の問題で苦労をしてきたのだ、と言う事は何となく察した。

「だから真木原、私はお前に自分で自分の道を決めるチャンスをやろうと思う。今すぐに決めろとは言わない。だが少しずつ考えていてほしい。魔術教会に入り、魔術師として生きるか。それとも正体を、能力を隠したまま、出来そこないの超能力者として一生を終えるか……」

 自分の道を決める……そんな事を言われても、涼馬にはピンと来なかった。再び詩音が隣から口を挟む。

「でもそれじゃあ、教会の保ち続けてきた秩序が乱れるわ! 彼はもう私たちのことを知ってるし、それに何より彼自身が魔術師なのよ? ルーツが分からないにせよ彼の能力を教会は必要としてるし、それに彼の子供もその血を継ぐことになる……」

「確かに、お前が言うのがもっともだ。だが彼の場合は、本来なら何も知らずに普通の人生を歩むチャンスもあったはずだ。我々がそれを邪魔してしまった。私だって彼には教会の一員となってほしい。だが、決断は本人のものであるべきだとも思っている」

 詩音は、もう何も言わなかった。そして改めて、二階堂は涼馬に向き直る。

「改めて、お前の選択肢を伝えよう。教会の一員になるというのなら、私は全力でそのバックアップをする。お前の能力なら、間違いなく将来的に教会の中でも重要な地位を得られることは保障しよう。そしてお前は本来の居場所に収まり、優秀な魔術師として生きて行くことが出来る」

 優秀な魔術師としての人生。そんなものに、涼馬は魅力を感じなかった。

「ただし、今までの人生は捨ててもらうことになる。そして新しい人間として、新しい人生を生きてもらう」

「待って下さい!それって……」

「まぁ落ち着け。まずは最後まで聞くことだ。もしお前がそれを望まず、今まで通りの生活を望むのなら、私は教会へお前の存在を報告しない。お前は今まで通り、超能力者もどきとして生きていく。もちろん、今まで知ったことは全て忘れてもらうし、以後魔術を使わないことが条件だ」

 二階堂の提示した選択肢は、涼馬の中では選ぶまでもないものに思えた。今までの人生を、今の生活を、そして大切な家族や友人を捨てる、そんなことは涼馬には考えられなかった。

 時間など貰わなくても、答えはもう決まっている。涼馬はそう思った。だが……

「だがお前は覚えておかなければならない。お前はもう二度と、みんなと同じには戻れないと言うことをな」

「どういうことですか?」

「今までと同じ生活に戻っても、お前は常に自分を偽り続けて生きなければならない。どんなに親しい人にも、愛する者にも、本当のことは話せない。それだけじゃあない。お前が自分を偽っても、本性まで偽ることは出来ない。いずれまたこうして、我々の世界と交わることも出てくる……それがお前の宿命だ。そのとき、お前は大切な人を危険に晒すことになる……お前は常に、火種であり続ける」

「なっ……」

 大切な人。涼馬の脳裏にすぐさま、美羽の顔が浮かぶ。それから由衣菜、琴葉、悠司……

 この一件が片付いても、自分がいる限り、みんなを危険に晒すことになる……その事実は、涼馬の胸に重くのしかかった。

 そして何より美羽を、彼女を守ると涼馬は誓ったのだ。それなのに、その自分がいるせいでむしろ彼女が危険に晒される……自分では、守れない……

「そう言う事を理解した上で嘘をつき続けるのには、それ相応の覚悟が要る。生半可な気持ちでは不可能だ」

 生半可な気持ちでは、ない。涼馬はそう思った。だが、相応の覚悟が自分にあるとも、簡単には言い切れなかった。

「良く考えて選べ。まだ時間はある。我々はこの一件が片付けばこの学園を去ることになっている。その時に一緒に来るかどうか、今のうちに考えておけ」

 そう言うと、二階堂はそこで話を切り上げた。涼馬はしばらく、何も言うことができずただただ俯くばかりだった。


 電灯に淡く照らされた帰り道を、涼馬は一人で歩く。頭の中では相変わらず、先ほどの会話が巡っていた。選べ、と言われても、選べる訳がなかった。

 そんな思いにふけっていたせいで、涼馬は近づいてくる人の気配に気付けなかった。

「涼馬くん」

 聞き覚えのある声に、涼馬の背筋は凍った。声の主は、涼馬のすぐ後ろに迫っていた。

 涼馬は慌てて距離を取りながら振り返る。御門レオが、淡い電灯に照らされて不敵に笑っていた。

「殺してあげるよ」と言うあの日の言葉が自然と思い出され、涼馬は全身がこわばるのを感じた。

 確かにここ数日で涼馬はかなり強くなった。しかし、あの日見たレオの能力は相当に高いものだった。今の涼馬でも無傷で逃げ切れる保障はない。

「そう怖がらないでよ」

 硬直する涼馬を見て、レオはおかしそうにクスクスと笑う。

「心配しなくても取って食べたりしないよ。今日はね、君と交渉をしに来たんだ」

「交渉だと?」

 それは馬鹿げているように思われた。一度は自分を殺そうとした相手との交渉など、成立するはずがない。

「そうだよ、悪い話じゃないはずだ」

 しかし少しでも耳を傾けてしまったのは、涼馬が迷っていたからかもしれない。

「涼馬くん、僕と一緒に来ないかい?」

「何……?」

「君について色々と調べたんだ。君はとても面白いね。殺してしまうには惜しいんだ。不思議なくらい君は、事態の渦中にいる……偶然とは思えないくらいにね」

 レオの言っている意味は分からなかった。しかしそれが涼馬にとって、平穏な暮らしに戻ることを望む少年にとって喜ばしい意味ではないと言うことは明らかだった。

「誰がお前らみたいな連中に――」

「君がどんな話を聞いたのかは知らない」

 レオは鋭く、涼馬の言葉を遮った。

「でもね、それって本当に事実なの?彼らは僕たちの敵だ。敵のことなんだから、どれだけでも悪く吹き込んで当たり前だよね」

「それは……」

「僕たちは僕たちの正義に従って行動してる。そのことを忘れないで欲しいな。正義の反対は、別の正義だよ。悪じゃない」

 レオの言葉は正論で、涼馬には言い返すことが出来なかった。

「とにかく僕らは、君が来てくれることを望んでいる。少し協力してくれるだけで良い。そうすれば君と、そうだな、君の妹さんの安全は保障するよ」

 美羽の安全、その言葉に涼馬は思わずビクッと反応する。それを見てレオはフフッと不気味に笑った。

 その表情に、涼馬は寒気がした。一瞬揺らぎかけた心が、再び安定を取り戻す。平気で人を殺そうとする、そしてこんな脅しのようなやり方をする連中が、まともなはずはない。

「お前なんかに保障されなくても……」

 涼馬は低く、それでいてはっきりとした声で言った。

「美羽は俺が守る」

 それは、出来ないと言われたことだ。だが、そんなことで、誰かに言われたからって、あの日の誓いを捨てるわけにはいかない。

 この不穏な来訪者は、そう言う涼馬の決意をむしろ確かなものにさせた。

「そうかい。残念だよ」

 涼馬の返答を聞くと、レオはくるりと涼馬に背を向けた。

 いつ攻撃してくるかもしれない相手に平気で背を向けることなど、普通はありえない。その行為は、お前のことなんか敵だとすら思っていないという挑発に違いなかった。

 涼馬は悔しかったが、しかしそれだけの実力差があることも、また認めずにはいられなかった。

「ま、気が変わったら教えてね、まだもう少しはこっちにいるつもりだからさ」

 そう言ってレオは立ち去ろうとするが、不意に立ち止まる。

「あ、そうそう」

 顔だけを涼馬の方に向けて、からかうようにこう言った。

「君が守らないといけないのは、妹だけじゃないかもね」

 フフフッとまたいやらしく笑うと、レオは再び涼馬に背を向けて歩き始めた。

「おい! どういうことだ!」

 涼馬はその背中に向かって叫ぶが、返事はない。そのままレオは闇に溶けるようにどこかへ消えてしまった。

「クソッ」

 苦々しい思いで、涼馬はレオの消えた暗闇を睨みつけることしか出来なかった。

 そんな涼馬をあざ笑うかのように、ジージーと虫の鳴く声だけがやけに大きく響いていた。

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