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出来損ないのサイキッカー  作者: 白星マサキ
第四章 ―僕たちの世界は―
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僕たちの世界は③

「こぼすなと言ったろうが!」

 二階堂の罵声が飛ぶ。訓練が始まってからと言うもの、二階堂は完全にいつもの鬼教官の顔になっていた。

「はい!」

 額に玉のような汗を浮かべながら、涼馬は答える。しかしそうは言っても、涼馬が必死で制御しようとしている水はなかなか涼馬の言う事を聞いてはくれなかった。

 今涼馬がやっているのは、二つのコップの片方からもう一つへと水を移動させる訓練だった。離して置かれた二つのコップの間は、今までこぼれた水で水浸しになっている。「魔術を教えてくれ」と言った涼馬はもっといかにも魔術的なものを教われるものだと思っていたが、実際に今やっているものなどは超能力者の念動力の訓練とそう変わらないように思われた。

 涼馬の見つめる先で、コップの中の水がさざめき立つ。そして涼馬がイメージし、念じると、それはコップの中でふるふると震えて、少しずつコップから浮かび上がる。やがて空中で歪な楕円のような塊となった水は、ぶよぶよとその形を不安定に変えながら、もう一つのコップの方へと移動する。途中で、不安定な水の塊からぽたぽたと、水滴が滴り落ちる。そしてその塊は目的のコップに辿り着くと、途端に形を崩してぱしゃんとコップを満たした。勢い余ってコップの淵からまた水がこぼれる。

 かれこれ何時間も、涼馬は同じ訓練を繰り返していた。しかし未だに、こぼさずに水を運ぶなどと言うのはまるで夢物語のように思われた。

「最後まで集中を切らすなと言っているだろうが!」

「はい!すみません!」

 涼馬は勢い良く謝る。しかし、これだけ制御が持続できるようになっただけでも、涼馬にとっては驚くべき成果だった。始めのうちはどれだけコップを睨みつけても、水面が少しゆらゆらと揺れるだけで浮かび上がらせることさえもままならなかった。

 最初に涼馬が水の移動に成功したときには、既に一時間以上が経過していた。成功したと言っても、その時移動した水は途中でほとんど全てこぼれてしまい、三割も残っていなかったが。

 肩で息をする涼馬を見て、二階堂は「そろそろ休憩にするか」と言うと、手早くテーブルの上を片付けた。涼馬はようやく解放された思いでソファーに深く沈みこんだ。

 少しして、二階堂はコーヒーを淹れて戻ってきた。片方のカップを自分の前に、もう片方を涼馬の前に置くと、自分も反対側のソファーに腰を落とす。

「感覚は掴めてきたか?」

「多分、少しは……」

「ふむ……」

 二階堂は眉間に皺を寄せ、コーヒーを一口すする。それはまだまだダメだと言うことだろうか……涼馬は不安になる。

「どうして上手く行かないか、わかるか?」

「まだ集中力が足りないから……ですか?」

「それもある」

 それはつまり、他にも要因があると言うことだった。その要因が、涼馬にはさっぱり分からなかった。

 そもそも訓練を始めた時には、涼馬はすぐに力を制御できるようになるものだと思っていた。それは根拠のない自信ではなく、小野寺の研究室やあの日の噴水広場で、自分が水を「完全に制御していた」と言う事実からの推測だった。

 その時には力の正体も、その使い方も分かっていなかった。だからどうやったのか理解できなかっただけで、こうして魔術師に教えを請えばまた同じことがすぐ出来るのだろうと楽観的に考えていた。。

 しかし、その見込みは甘かった。とっさに使ったその力は、いざ意識して使おうとしても全く言う事を聞いてくれなかった。

 涼馬はここにきて、学園入学当初に感じた「出来損ないの超能力者」としての不甲斐なさと同じものを感じていた。

 ゆっくりとカップをテーブルの上に置くと、二階堂は話し始める。

「上手く行かない理由はもう一つある。お前は、中途半端に超能力者として訓練を受けていた、そのことも災いしている」

「どういうことですか?」

「お前は水を扱おうとしているのに、魔術の補助として超能力を使っているのだ。それも上手く扱えていない、中途半端な超能力をな」

「え、でも俺は超能力者ではないんじゃ……」

「ああそうだ。魔術師は超能力者ではない。しかし、それぞれの力の特性ゆえに、魔術師は訓練によって部分的に超能力を使うことが出来る。正確に言うと、無色のマナに干渉することが出来る」

 二階堂の言うことは、今までの話とは矛盾しているように思えた。そういう涼馬の表情を読み取ったのか、二階堂はもう一度説明を始めた。

「もう少し、魔術師と超能力者について教えておく必要があるみたいだな。我々が魔術を、マナを操ることが出来るのは何故だと言ったか覚えているか?」

「体内に、回路を持っているから……」

「その通りだ。そしてその点で、我々魔術師と超能力者は同じ存在だ。では何が、我々の能力を左右する?」

「干渉するマナの属性ですよね?」

「そうだ。だがもっと根本的な話をしている。どうして魔術師は属性のマナに干渉することが出来るのに、超能力者にはそれができないと言った?いやそもそも、火の魔術師が水や風、そして土のマナに干渉できないのはなぜだ?」

「それは……回路が違うから?」

「間違いではないな。ただ言葉が足りない。正確には、精霊の許しがないからだ。我々の回路は、マナを扱うための器官であると同時に、精霊からマナの扱いを許された、そのことの象徴でもある。だから、他の精霊の支配の下にある属性のマナには干渉することが叶わない。だが、無色のマナには……」

「元々精霊がいない」

「その通りだ。確かにマナの種類にって、扱う回路の構造的な違いは存在している。それは無色のマナについても同様だ。だから魔術師が超能力者の真似事をしようとしても、それは回路とは合わないマナを無理に回路へ通すことになって、非常に効率が悪い。だから基本的にそんなことはあまり行われない。だが、不可能と言う訳ではない」

「はぁ……」

 涼馬は分かったような、分からないような、曖昧な気分だった。

「そもそも無色のマナと言うのは、他のマナとは存在のあり方が少し違っている。四属性のマナはあらゆるものを構成する最小単位として存在しているが、無色のマナだけはそうじゃない。それは力を構成する最小単位だ。前も言ったように重力や磁力がそうだ。明確な実態を持った対象は存在しない。そしてこの点が、今のお前に悪影響を与えているんだ」

「悪影響?」

「ああ。お前は超能力者としての訓練を積んだお陰で、回路にマナを通す感覚はある程度養われていた。そうでなければ今日のこの短時間でここまで制御が出来るようにはならない。しかし、無色のマナで対象を制御しようとするやり方は、お前の力の使い方に非常に大きな癖をつけてしまった。お前は対象を、外部からの力で制御しようとしている」

「それは、魔術師も同じなんじゃないんですか?」

「いいや、違う。それがお前の勘違いだ。さっきも言ったように、無色のマナは対象を持たない。だから超能力者が念動力を働かせる時には、重力を制御する。上から重力をかければ物は浮かぶし、そこで横から重力をかければ移動させることが出来る。つまり、彼らの力の使い方は、ゲームのコントローラーや車の運転と同じだ。目的があって、そのための操作がある。道具を使って、対象を制御しているに過ぎない」

「じゃあ、魔術師はどうやっているって言うんですか?」

「魔術師にとって、マナは身体の一部だ。回路を通ったマナは、もはや自分の手足と同じ。だからこそ、そのマナで構成される対象も、手足と同じ身体の一部となる」

 そう言うと二階堂は、掌の上に小さな炎を作り出した。そしてそれは彼の手を離れ、空中をくるくると何度か飛び回ると、再び掌の上に戻ってくる。

「私はこいつに動けと命令したり、念じたりしていない。お前は手足を動かす時、わざわざそんな事をするか?」

「いいえ……」

「それと同じだ。何かを取ろうと手を伸ばしたり、歩くために脚を動かす。それと同じように、こいつは私の意のままに動く」

 そう言うと、二階堂の掌の上でフッと炎は掻き消えた。

「魔術師は、幼少期からそう言う訓練を受ける。人間が立てるようになり、歩けるようになり、自由に身体を動かして運動が出来るようになるのと同じように、自由にマナを扱えるように教育される。そしてそれからその精度や強度を上げていく。それはアスリートがより意のままに、彼らの身体を支配することに注力することと同じだ」

「俺はまだ、立ち上がることすら出来ない赤ん坊、ということですか……」

「そういうことになるな」

 二階堂の言葉に、涼馬はがっくりと肩を落とす。二階堂に言われた「すぐには役に立たない」と言う言葉の意味が、段々と分かり始めていた。

「赤ん坊はな」

 再び二階堂が口を開く。

「始めは自分の身体が自分のものだと分からない。自分の手が、足が、自分のどういう感覚や気持ちと対応して動いているのか分からない。だから、赤ん坊は自分の手足が動くのを見て面白いと感じる。自分の手足と遊べるんだよ。自分のものだと思っていないからな」

 自分のものだと思っていない……確かに涼馬はこの力も、水も、自分のものだとは思っていなかった。

「だが、そうしているうちに少しずつ、どうすれば手足が動くのかに気付いていくんだ。それを果てしなく繰り返して『身体を動かす』と言う事を、文字通り体で覚えていく」

 二階堂は残っていたコーヒーを飲み干し、ソファーから立ち上がった。

「お前も体で覚えろ。学習とは、そう言うものだ」

 涼馬は自分の右手を見る。それをゆっくりと閉じては開き、また閉じる。どうやっているかは分からない。ただ右手はそこにあって、それは確かに自分のもので、閉じたり開いたりすることが出来た。

 残っていた自分のコーヒーを飲み干して、涼馬もソファーから立ち上がる。ぬるくなっていたコーヒーの苦味が、喉を下って身体に溶けていく。

「よし、特訓再開と行こうか」

「はい!」

 涼馬の返事は、また強い決意を帯びていた。

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