僕たちの世界は①
涼馬は、出されたコーヒーから立ち上る湯気をぼぅっと見つめていた。
結局あれから何も分からないまま、涼馬は二階堂が寝泊りしている教官室へと連れて来られた。二階堂は学園都市内にも別に住居を構えているものの、ほとんど帰ることなくこの場所で過ごしているらしい。
「少しは落ち着いたか?」
涼馬の正面、テーブルを挟んで反対側のソファーに身体を沈ませて、二階堂が訊ねる。先ほどまで着ていたローブは既に脱いでおり、今はグレーのスラックスにワイシャツ姿だった。
「いい加減だんまりはないんじゃないの?少しは話してくれないと私達だって――」
「詩音、そう言うな。彼も混乱しているんだろう」
二階堂はキツく詰め寄る詩音をたしなめる。詩音は近くにあったパイプ椅子に腰掛け、すらりと長い脚を組んで不機嫌そうな顔をしていた。彼女も先ほどまでのローブは既に脱いでおり、今はシンプルなTシャツにショートパンツの動きやすそうな姿だった。
「それでは、もう一度訊こうか。真木原、お前は魔術師か?」
先ほどと同じ問い、それを二階堂は少しだけ優しく問い直した。しかし、涼馬はそれに答えることが出来ない。何より、質問の意味が分からない。いや、正確には意味はわかっているのかもしれない。だが、未だにその質問が「大真面目に」「冗談ではなく」行われていると言うことがどうしても上手く飲み込めなかった。
もしかしたら、ここで真面目に答えでもしたらそれこそ恥をかくような、大掛かりなドッキリにでもあっているような、そう言う漠然とした居心地の悪さに涼馬は支配されていた。
「あなたたちは……魔術師なんですか?」
それで、逆に涼馬は訊ねる。まず、彼らの口にする「魔術師」と言う言葉の意味が分からないことには始まらない。
「本当に、何も知らないみたいだな……」
涼馬の返答を聞いて、二階堂はようやく観念したように背もたれに身体を沈ませた。その声の響きには、相変わらず信じられないという気持ちが滲み出しているようだった。
「お前の言う通り、我々は魔術師、と呼ばれる存在だ」
「ちょっと、二階堂!」
二階堂が語り出したのを見て、詩音が慌てたように遮った。
「そんな簡単に話したりしたら――」
「では話が始まらんだろう」
「それは……」
バツが悪そうに詩音は俯く。
「どちらにせよ彼には知る権利が、いや義務がある。それが彼の宿命だ……」
宿命。その言葉は涼馬に一つの確信のようなものを与えた。それは、この数日涼馬を悩ませていたことへの一つの答えでもあった。
「俺が……魔術師だって言うんですか?」
「……」
返事はない。二階堂は相変わらず難しそうな顔で、自分の分のコーヒーカップを見つめていた。
少しして、二階堂が再び口を開く。
「その答えは、自分で判断してもらうしかないな。そのためにも、お前は我々について知る必要がある。最も、信じるかどうかはお前次第だがな」
そう言うと、二階堂はソファーに沈ませていた上半身をゆっくりと起こし、先ほどより前のめりになって話し始めた。
「魔術師、と言う言葉はファンタジーの匂いがするな。しかしお前のイメージするものと我々のあり方は多少違うものだろう。我々は杖を振るったり、箒で空を飛んだりはしない。どちらかと言うと、超能力者の親戚のようなものだと考えてもらえれば良い」
「正しくはその逆だけどね。超能力者が私たちのレプリカじゃない」
「まぁそう言うな。分かりやすく説明しようと言うんだ。順を追って説明しないと彼も混乱する」
口を挟む詩音を、二階堂は呆れたように諌める。
「真木原、お前は超能力がどうやって働くと思う?」
「え、えっと……」
唐突に質問され、涼馬は必死で勉強した超能力学の知識を引っ張り出す。
「脳の特定部位が活性化して、その影響で特殊な力場が発生、純粋なエネルギーを媒介として対象物に――」
「では特殊な力場、純粋なエネルギー、それは何のことだ?
「それは……今もまだ研究中で、仮説としては特殊な電荷を帯びた微粒子が――」
「結構。そこまでで十分だ。では質問を変えよう。お前はそれを信じるか?」
「……どういうことですか?」
「自分で見たわけでもない。確かめたわけでもない。その理論を、科学の示した『事実』を、お前は信じるのか?と聞いている」
「そりゃ、まぁ……信じます」
少し迷いながらも、涼馬は答える。
「なぜ?」
「なぜって……」
涼馬は言葉に詰まる。なぜ科学を信じるか?そんなことは考えたこともなかった。
「じゃあ、それは全部間違っていると言うんですか?」
「いいや、そうではない」
「えっ?」
二階堂の答えは予想外のものだった。涼馬はてっきり、二階堂がその説明を否定するものだと思っていた。
「だが、世界はお前の思っているより少し複雑だ、と言う事だ。科学の説明はある意味で正しい。しかし、それには物事の表面的な部分をなぞる限りは、と言う限定が付く。そして、一つの現象は多くの場合、他の理論体系でも説明が可能だ」
「他の理論体系?」
「そうだ。この世を形作るもの、その根源にはマナと言う現象の単位が存在している。そういう考え方だ」
「……」
「世界には五種類のマナが存在している。火、水、土、風、そしてそのどれにも属さない、無色のマナだ。この五つが世界の最小単位として、あらゆるものを形作っている」
二階堂の話は、涼馬には突拍子もないものに感じられた。確かに、そのように世界を大きく四つや五つの元素で説明しようとした哲学者が、古代ギリシャに存在したという話を歴史で習っている。しかし、その考え方は科学的に否定され、今では全く正当性を持っていない。
「科学の理論は、どうなるんですか?その……マナの考え方とは矛盾するでしょう?」
「いいや、矛盾しない。マナは確かに世界の最小単位だ。そしてそれが世界を形作っている。そうして形作られた世界の中には様々なルールが存在している。そのルールの一つ一つを公式で表して、まとめ上げて一つの解釈を作り上げたもの、それが科学だ。つまり、科学はあくまでも世界の解釈に過ぎないという事だ。それは本質ではない」
涼馬には彼の言う意味が全く分からなかった。
「理解できないか。だが無理に理解する必要はない。今それは重要なことではないからな。重要なのはここからだ」
二階堂は一つ咳払いをすると、今までより更に改まった様子で話し始める。
「一般的に超能力者と言われる存在、その正体は無色のマナに干渉する能力を持った者のことだ。それは科学が解釈した世界よりも一歩根源的な部分に直接触れる存在であるから、従来の科学では説明がつかないのも仕方がない」
「無色のマナに干渉……」
「先ほど君が言った特殊な力場、純粋なエネルギー、それは無色のマナの一つの表れ方に過ぎない。無色のマナは、一般的に物理エネルギーと認識されるものを司っている。重力や磁力がそうだ。そして、無色ではなく属性を持ったマナに干渉する能力がある者が、我々魔術師だ。もう分かるだろうが、私と詩音は火の魔術師と言う事になる」
そう言うと二階堂は掌の上にオレンジ色の炎を灯した。本当に何もない空間から、まるで手品のように火が起こっていた。
二階堂が手を握り込むと、それに合わせて空中で燃えていた火もフッと掻き消えた。
「超能力者と、やっていることは変わらんのだよ。そして、御門レオは土の魔術師だ」
御門レオ、その名前に涼馬はチクリと胸が痛むのを感じた。涼馬を裏切った、謎の少年……彼の振るった力も、また超能力者のものとは違っていた。
「どうだ、少しは分かってきたか?」
「……」
涼馬は未だに飲み込めなかった。疑問や疑念が、涼馬の中で渦巻いていたのだ。何しろ、話が突拍子もなさすぎる。
「仮にその話が本当だとして……魔術師や超能力者は何故マナに干渉出来るんですか?」
「それは説明しても理解するのが難しいだろう。お前が従来の科学に思考を縛られている限りはな。だが敢えて説明しようとすれば、それは『回路を持っているから』と言う事になる」
「回路?」
「そうだ。特定の人間は体内に回路を持ち、そこを通ったマナは一時的に自分の一部として扱えるようになる。その回路の容量が、能力の個人差になる。容量が大きいほど、大量のマナを扱える。つまり、強力な魔術師と言う事だ。超能力者の能力差も、同じく回路の強度によって決まる」
「一体何なんですか、その回路って……どうしてそういうものがあって、持っている人と持っていない人がいるんです?」
涼馬は未だに、どうしても納得がいかなかった。二階堂の話は確かに色々なことを説明しているようには聞こえる。少なくとも、現象の説明としては筋が通っている。しかし肝心な部分がすっぽりと抜けていた。魔術師とは、超能力者とはそもそも何者で、一体どこから来たのか……
涼馬の疑問を聞いて、二階堂は「そうだな……」と小さく呟く。
「少し昔話をしよう。それは非常に大昔、あるいは神話の時代の話になるかもしれない。我々のルーツは、そこまで遡ると言われている」
「……」
今まで以上に突拍子もない展開に涼馬は再び戸惑いを覚えるが、今更何か言う気は起きなかった。何を言っても無駄だ、とにかく話を聞くしかない……そういう半分あきらめのような気持で二階堂の話に耳を傾ける。
「その時代、世界は人間ではなく、精霊によって支配されていた。火のサラマンダー、水のウンディーネ、土のノーム、風のシルフだ。彼らの支配の下で繁栄した世界の中で、人間はそれに次ぐほどの高い知能を得た。そしてあるとき、四精霊はそれぞれの役割を人間に貸し与えることに決めたのだ。彼らは自らの最も有能と判断したそれぞれの部族に、自らの力の一部を与えた。そしてその四部族は、人間を繁栄へ導く指導者として、それぞれ力を受け継いでいった……その末裔が、魔術師と言う事だ」
二階堂の話は今まで以上に現実離れしていて、涼馬はどっと疲れを感じた。
「それじゃああなた方は、世界を支配する力を持っている、そういう事ですか?」
「いいや、残念ながらそうとは言えない。長い歴史の中でそれぞれの部族は散り散りになり、混血が進んで力も非常に薄まっていった。我々に残されているのは、彼らの力の残骸に過ぎない。しかし、我々は数百年前から再びその能力の回復を求め、同じ因子を受け継ぐ者たちで共同体を作ってきた。その集団、我々が魔術教会と呼ぶ機関は非常に閉鎖的で、自らの存在を秘匿しつつ血統の維持に努めている」
「血統?」
「そうだ。魔術師としての回路は親から子へと受け継がれる。遺伝する、と言う事も出来るだろう。両親共に回路を持っていれば、子供にはより優れた回路が宿る。逆に回路を持たない人間と子供を作れば、能力は薄まることになる。それ故、魔術教会の中は厳しい血統社会になっている。中には、近親婚を繰り返して血統の強化を図るような者もいる程だ。我々にとって、血の持つ意味は大きい……」
涼馬は寒気がした。そんな怪しげな血統を求めて近親婚を繰り返す……それはこの上なくおぞましい世界に思えた。
そんな涼馬の表情を読み取ったのか、詩音が口を挟む。
「勘違いしないで。そんな極端な奴らは一部の過激派だけ。普通は魔術師の家庭って言ってもちょっと仲間意識が強いくらいで、一昔前に親しい家同士でお見合いしていたって言うのと大して変わらないんだから。ちょっと時代遅れかもしれないけどね」
「詩音の言った通りだ。私たちの周りで、実際に近親婚を繰り返すような家は見たことがないからな。いる、と言われてはいるが、真偽の程は定かじゃない」
不機嫌な詩音の発言を受けて、二階堂もフォローを入れる。
「それじゃあ……超能力者は何なんですか?超能力者がどこから来たのかは、まだ説明できてないですよね?魔術師は存在を隠しているのに、超能力者は世界に知られてしまった理由も……」
「そうだな、ここからはまたややこしい話になる」
二階堂は眉間に皺を寄せ、少し話しにくそうに話を続けた。
「魔術教会の中には、魔術師自身を研究する組織がある。もちろん、その研究方法は科学とは少し違うものだが、まぁ科学の研究所と似たようなものだと考えてもらって良いだろう。ある時その研究所の一つで、魔術師の因子を普通の人間に植え付ける研究が始められた。人工的に体内に回路を作り出す、そういう風に設計された術式が開発されたのだ。開発者は当時、天才魔術師として名高かったとある男。そして彼は同時に、魔術師の閉鎖的な世界に嫌気がさしていて、それを破壊しようとしていた……」
「破壊って……」
「革命だよ。彼は一つの世界の構造を転覆させ、いや、他の世界も巻き込んで、全てを作り変えてしまおうとしたんだ。その為に、魔術師に対抗する力を持ち、そして風習に支配された魔術教会からは自由な戦力を大量に用意しようとした。表向きは、失われつつある魔術師の因子を人工的に復活させる研究だったが、実体はクーデターの戦力を作り出すためのものだったということだ。しかし、どれだけ研究して構造を真似ても、人間には精霊の真似事は叶わなかった。そうして生み出された回路は精霊のものである火、水、土、風のマナには干渉することは出来なかった。その代わり、そうして生み出された回路は元々精霊の支配を持たなかった無色のマナにのみ干渉する能力を持っていた……」
「それが、超能力者……」
「そうだ。彼は作り出した術式に自律的に増殖して『感染』していくような仕組みを組み込み、世界中に散布した。それにより、世界中の人間は超能力者になるはずだった。しかし彼の術式は完全ではなく、適性のある一部の人間だけが能力を発現することになった。これが、この世界に超能力者が出現した経緯だ」
そこで二階堂は一度言葉を切り、ゆっくりと、もったいぶったようにこう続けた。
「そしてその男の名は……敷島喬一郎」
「えっ?」
涼馬は驚いてパッと顔を上げた。偶然の一致だとは思えない。だってここは……
「そうだ。敷島グループが超能力者研究の分野で急成長し、巨大な勢力にまで成長し得たのは偶然ではない。この繁栄も、学園も、彼の遺産だ……」
「そんな……」
涼馬は愕然とした。今まで聞いていた話は、遠い世界の昔話だと思っていた。それが自分を取り囲む環境にこうも直接根を下ろしているものだとは、涼馬は思っていなかった。
「その人は、敷島喬一郎はどうなったんですか?」
「粛清されたよ。教会がそんな行いを許すはずはないからね。彼の反逆は十分な準備も整う前に、その指導者を失って未然に防がれることになった。しかし世界中に広まった彼の術式まで取り去ることは、もはや不可能だった」
お手上げだ、と言う風に二階堂は肩をすくめる。
「そして彼の残した遺産は、教会内部で争いの火種になっている。超能力者をどう扱うべきかで、大きく意見が割れているんだ。そう言う意味で、敷島喬一郎の目論みは部分的に成功したとも言えるな」
二階堂は皮肉っぽく笑った。
「我々の属する革新派はそもそも時代に順応した、現代的な魔術師のあり方を主張してきた。我々は超能力者を同胞と認め、共存の道を歩むべきだと考えている。しかしもう一方、保守派の連中はそうは思わない。血統主義、貴族主義に強く支配された彼らは、未だに超能力者を自分達の紛い物として忌み嫌っている。そしてこの世からの排除を主張しているんだ」
「それって……」
「根絶やしってことよ」
詩音の言葉に、涼馬は絶句する。根絶やしって……この世にどれだけの超能力者がいると思っているんだ……
「まぁ安心しろ。奴らも無差別殺人を繰り返すほど馬鹿ではない。しらみつぶしに根絶やしに出来る数ではないし、そんな事をすれば教会の存在自体が明るみに出るのは避けられない。実際、超能力者の完全排除が唱えられたのはかなり昔だが、未だに大量殺人などが行われたことはないんだ。一部過激派の暴動を除けばだがな」
「それじゃあ、一体どうやって?」
「それは我々には分からん。もしかしたら上層部は分かっているのかもしれんが、我々はただの下っ端でな……しかし、いずれにせよ彼らの目論見を止めるのが我々の使命だ。私と詩音はその為にここに送り込まれている。保守派から送り込まれた御門レオを監視し、その目的を阻止する為に……」
「彼は……レオは何のために送り込まれたんですか?」
「それも細かい事は分かっていない。だがこの学園都市内に、奴らが超能力者を排除するための鍵になるという何かが隠されていると言うことだけは分かっている。ここは元々敷島喬一郎の要塞として作られた場所だ。そこに超能力者の根底に関わる何かが隠されていても不思議ではない」
「そんな不確かな情報で……」
「仕方ないじゃない」
詩音が口を挟む。
「奴らが狙っているのはそれだけ危険なものだってことよ。下っ端の人間にまでほいほい教える訳には行かないの。そして恐らく、御門レオも詳しいことは聞かされていない……ただ受けた命令を遂行しているだけね」
「そうだ。だから我々は長い間膠着関係を続けていた。こちら彼の存在を察知していたが、命令があくまでも相手の目的の阻止である以上、こちらから手出しすることは出来ない。そして相手も、こちらから潜入しているのが誰かはっきりしない間は満足に動くことが出来ずにいた。我々は存在するだけで抑止力になっていたと言うことだ。しかし……」
「もうこっちの正体は完全に知られたけどね」
詩音は涼馬をギロリと睨んだ。あんたのせいよ、とでも言うように。
「俺は……ただ……」
自分がやったことの重大さを、涼馬は少しずつ自覚し始めていた。レオが言ったことは部分的には本当だったのだ。二人の正体がわからなければ、思ったようには動けない……
「詩音、やめておけ。彼を責めても何にもならない。彼だって利用されていただけなんだともう分かっただろう」
「それも演技だとしたら?」
「なっ!」
詩音の言葉に、涼馬は食って掛かる。
「俺だって殺されるところだったんだぞ!」
「だから、それも演技じゃないかって言ってるのよ。大体ここに転入で入ってくるって時点で十分に怪しいじゃない」
「詩音!」
今までにない強さで、二階堂は制止する。
「いい加減にしないか。今はそんな事を言っている場合ではない」
言われた詩音は不服そうにしながらも口をつぐんだ。
「率直に言おう。私はお前の力を、我々と同じ類のものだと考えている。水のマナを操れなければ、あの夜のようなことはやってのけられない。そうだと思ったからこそ、火の魔術師である我々は君との対峙を避けていた。火の魔術師は、水の魔術師と相性が悪い……」
涼馬はあの夜、自分のやったことを思い出す。噴水の水を巻き上げ、それでシールドを張った……無我夢中で分からなかったが、確かにあの日涼馬の振るった力は、魔術師のそれと近いものに感じられた。
「我々は最初お前が御門の協力者、保守派の増援だと考えた。しかし、それは否定されたばかりかお前は魔術師の存在すら知らない。それは、伝統と血筋を守り続けることを重んじる魔術師としては、考えられないことだ……」
「でもそれは当然ですよ。だってうちは、魔術師の家庭なんかじゃ――」
「それじゃあ困るって言ってるのよ」
「困るって……」
「あのね、あなたが思っているよりも魔術師の世界って言うのは厳格で、誇り高いものなの。一般家庭に魔術師が生まれることも、一般人が魔術を使うことも、ありえないし認められないのよ。だから保守派の人間はあそこまで超能力者を忌み嫌うって訳。存在を認めたくない気持ちは、革新派の私でも少しは分かるわ」
「でも、俺が魔術師に似た特殊な超能力者だって言う可能性も――」
「それを否定するために歴史を知ってもらった。超能力者の正体を知った今、お前はそれでも自分を新種の超能力者だと言い張れるか?」
「それは……」
涼馬にはもう、訳がわからなかった。
「どちらにせよだ。お前はもうこの状況に関わってしまった。そして経緯がどうであれ、魔術師の力を持っているからにはお前は我々と無関係ではいられない」
「そんな横暴な!」
「なんとでも言うがいい。だが、それがお前の宿命だ」
そんな事を言われても、全く納得できなかった。そもそも勝手に状況に引きずり込まれても困る。涼馬はただ、平和に生きていたいだけだった。
「俺がこの話を言いふらすって言ったらどうするんです?」
「誰かが信じると思うか?」
半ば呆れたように、二階堂は言う。彼自身、自分の話が一般的にどれだけ滑稽だと受け取られるかは自覚していた。
「それにな、魔術教会が長い歴史の間秘密を保ち続けていたのは幸運でも偶然でもない。そのことをお前は分かっておくべきだろう」
涼馬は悔しい思いだったが、二階堂の言うのは正論だった。少なくとも、軽率な行動は自分の首を絞めかねない。そしてそのことは、今回の一件に巻き込まれて涼馬も痛いほどに実感していることだった。
「俺にどうしろって言うんですか?」
「今すぐにどうとは言わない。だが、お前には我々のことを良く知り、ゆくゆくはその一員となってもらう必要があるだろう。無論、本当ならば今回の件に関しても協力を要請したいところだが、何も知らない者が急に協力者となったところで役に立たないのは目に見えている」
「なっ……俺があんたたちみたいな訳の分からない連中の仲間になるとでも思ってるんですか?」
「すぐにとは言わないと言ったろう。だがお前は、必ずそうすることになる。お前の中のその力が、必ずそうさせるさ」
二階堂は自信ありげににやりと笑った。その笑い方が、涼馬にはこの上なく不快だった。
「考える時間はやろう。ただし、自分が既にこの状況の一部になっていると言うことは忘れるな。自分の宿命もな」
そう言って、二階堂はソファーから立ち上がる。これで話は終わりだと言うことだろう。だが涼馬には、まだ納得できないことも理解できないことも沢山あった。
「ちょっと待って。じゃあ美羽はどうなるんです? もしうちが本当に魔術師の家系だったとしたら、あいつも――」
「彼女は紛れもなく超能力者だ。魔術師ではない。データもそれを証明している」
「でも、魔術師は血統のはずでしょう?」
「その通りだ。一般家庭には魔術師は生まれないし、魔術師の家庭に生まれるのは必ず魔術師のはずだ。どちらにせよ……」
二階堂は涼馬の目を見て、その事実をゆっくりと告げた。
「お前と妹は血が繋がっていない」