表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

プロローグ

バトルものは初めてですが、温かく見守って下さい。

夢を見ている。

これは夢だとわかる。

繰り返し見た夢だから。

繰り返し見た景色だから。

四方を見回しても、すべてが同じ水面と、同じ空で覆われている。

それ以外は何もない。

どんよりと曇った空と澄み切った水面の境界は曖昧で、その境目を探すうちに引き込まれてしまいそうな錯覚に襲われる。

彼女はそこに立っていた。

波打つ豊かな黒髪を風になびかせながら、母は優しげに手を差し伸べていた。

彼女と過ごした記憶はない。

誰かに教えられたわけでもない。

でも、それが自分の母親だと言う事は不思議と疑いようがなく感じられていた。

彼女に向けて、一歩踏み出す。

重たい。

膝までを濡らす水はコールタールのように、一歩一歩に絡みつき、押し返す。

それでも、額に汗を滲ませながら、片足ずつ前に押し出していく。

少しずつ母が近づく。

少しずつその笑顔が、差し出された手が近づく。

彼女の指先に向かって、自分の指を思い切り伸ばす。

手と手が触れ合う、その直前……再び指先はその距離を広げる。

彼女の姿がゆっくりと、深い水の奥底へと沈んでいく。

後にはたださざ波だった水面と、痛いほどの静寂だけが残っていた……




「……やっと、止んだか……」

 涼馬は石造りの柱の陰に身を潜め、広場の様子をうかがった。

 先ほどまで雨のように降り注いでいたバレットは一時的に止んでいる。しかしそれは、相手もじっくりとこちらの出方を伺っていることを意味していた。

 超能力者の基本能力の一つであるバレットは、純粋な物理エネルギーの塊のようなものだ。半透明のそれは使用者によって形、大きさ、速度、威力、全てがバラバラだが、当たれば弾けるような衝撃が伝わるという性能は共通している。

 とりわけ今涼馬の相手にしている烏丸悠司はスピード自慢の超能力者だ。彼の繰り出すバレットの速度は他の超能力者のものとは比べ物にならない。

 ここまでは持ち前の身体能力で何とか立ち回り、躱し続けてきた涼馬だったが、それもそろそろ限界が近そうだった。

 そもそも悠司のようなスピード型の相手に距離をとるのは得策ではない。勝機があるとすれば一、二発もらう覚悟で懐に飛び込み、力技で一気に畳みかける作戦にかけるしかないだろう。

 しかし、それをどうやって実行するかが最大の問題なのだが……

 状況は完全に膠着状態になっていた。相手の姿も見えないのは、涼馬と同じように広場に等間隔に並んだ柱のうちどれか一つに身を隠しているからだろう。

 涼馬は先ほどのバレットの雨で生まれたであろう握り拳ほどの大きさの石の欠片を拾い上げると、隣の柱に向けて放った。

 欠片は綺麗な放物線を描き、柱に当たってカツンと乾いた音を立てる。その刹那、目星をつけていた柱の陰から高速のバレットが飛び出し、跳ね返ったばかりの欠片を弾き飛ばす。

「かかった!」

 悠司の居場所は確定した。

 涼馬は一瞬のうちに、柱の死角を利用して悠司の下へと辿り着く最も安全なルートをはじき出す。そして覚悟を決めると、身を潜めていた柱の陰から飛び出した。

 柱の間をジグザグに駆け抜ける涼馬目がけ、何発ものバレットが打ち出される。しかしそのほとんどは石柱に阻まれ、残りの数発も間一髪でかわされていた。

 そして遂に悠司の身を隠す柱の一本手前まで辿り着いた。柱と柱の間はわずかに4,5メートルほど。しかし、ここから先はどうしても悠司に姿をさらすこととなる。決して短い距離とは言えなかった。

 数発は攻撃を貰う覚悟で、涼馬は最後の柱の陰から身を躍らせた。

「くそっ!]

 悠司は慌てた様子で柱から半身を覗かせつつ、三発のバレットを立て続けに発射する。弾速だけではなく、その連射速度も悠司の強みだ。

 もはやこの距離では躱すことは叶わない。涼馬は左手を前に突き出し、出来そこないの超能力で苦し紛れのシールドを張りながらバレットに突っ込んだ。

「ぐっ……」

 消耗と連射で威力の落ちていた悠司のバレットは、二発までは涼馬のシールドでも防ぐことが出来たが、三発目はやすやすとシールドを貫通して涼馬の左肩に直撃した。弾けるような衝撃が鈍い痛みとなって左肩から広がり、身体が後方に弾き飛ばされそうになる。しかし、歯を食いしばってそれに耐えると、最後の一蹴りで一気に悠司との距離を詰めながら右手の中にバレットを作り出していた。

 能力も習熟度も極めて低く、速度も精度も全く安定しない、かろうじて成形だけは出来ているような自分のバレットは、直接叩きつけるような方法でしか役に立たないと涼馬は知っていた。そのために、この時まで温存していたのだ。

 バレットの連射を突破して一気に距離を詰める涼馬に、悠司は焦りながら後ずさる。

 もらった!そう確信しながら、涼馬はバレットを叩きつけるように右手を突き出した。

 しかし、バレットが悠司に届くその直前、今まで焦りに支配されていた悠司の表情が一瞬ニヤリと笑うのが見えた。「かかった」とまるでそう言っているように……

 瞬間、涼馬はしまった!と思い、状況を把握しようとする。しかし、すでに全力を注いだバレットの一撃はもはや止めようがない。

 悠司が後ずさりながら、今まで柱に隠れていた右手を彼の前に突き出した。涼馬を迎え撃つように突き出された右手には、涼馬が苦し紛れに張ったのとは比べ物にならないエネルギー量を注ぎ込まれた強固なシールドが張られていた。

 悠司のバレットの威力の低さは、消耗と連射によるエネルギー不足ではなかった。

 そもそも彼は先の三連射で涼馬を倒そうという気すらなかったのだ。あの程度の三連射は牽制に過ぎず、その傍らで涼馬の決死の一撃を迎え撃つためのシールドを準備していた。

 涼馬はまんまと誘い込まれていたことをようやく理解した。

 しかし、理解したところで状況は変わらない。

「うおおお!」

 涼馬は決死の一撃で悠司のシールドを突き破ることに賭け、ありったけの気合を込めて右腕を叩きつける。

 出来そこないとはいえ、温存し続けたものをすべてつぎ込んだ涼馬のバレットは高いエネルギーを内包していた。そしてそれを予期し、時間をかけて生成した悠司のシールドとぶつかり、ズンッと鈍い衝撃を右腕に返す。

 純粋なエネルギー同士の衝突。

 二つのエネルギーは一瞬拮抗し、そして弾けた。

 シールドがバレットを弾くことも、バレットがシールドを貫くこともなく、二つの力は互いを打消し合い、消滅した。

 消滅する瞬間、それらはパンッと弾け、衝撃波が球状に広がる。

 涼馬も悠司もそれに弾かれるように数歩ずつ後ずさりする。

 体勢を立て直したのは涼馬の方が早かった。

 しかし、悠司は弾き飛ばされた直後、体勢を崩して後ずさりながらも持ち前の素早さで最後のバレットを放っていた。

 ようやく地面を踏みしめて前を見据えた涼馬の目の前には、既に防ぎようのないバレットが迫っていた。

 涼馬は両腕を胸の前で交差させ、バレットを受け止める。それはとっさに絞り出したバレットで威力は高くなかったものの、それでも純粋なエネルギーの塊は交差させた腕を通して涼馬の胸に鈍い衝撃を伝えた。

 涼馬は肺の中の空気を一気に押し出され、「ぐぇっ」と情けない声を漏らしながら後方に弾き飛ばされた。

 次の瞬間、背中から石畳の床に叩きつけられる。激痛の連続で頭はガンガン鳴り、空がグルグルと回っていた。


「そこまで!」

 野太い声が響き渡り、背広に眉間の皺が特徴的な中年教師、二階堂が涼馬と悠司の間に歩み出る。それは、この模擬戦での涼馬の敗北を意味していた。

 涼馬はバラバラになりそうに疼く四肢に鞭打って立ち上がった。

 目の前では、悠司も肩で息をしている。辛くも勝利は掴んだ悠司だったが、体力の消耗は半端なものではなかった。

「何だ貴様ら今の試合は」

 満身創痍の二人に対し、さっきより更に低い声で二階堂が言う。

「真木原涼馬」

 二階堂の鋭い三白眼が涼馬を貫く。

 その眼光だけで、疲労に曲がっていた涼馬の背筋が慌てたようにピンと伸びる。

「貴様それでも超能力者か?まだ訓練が浅いなんて言い訳はもう通用せんぞ。ここにきてどれだけ経ったと思ってる?」

「……二カ月です」

「正確には二カ月と二週間だ。そろそろバレットの一つでもまともに扱えるようにならんのか」

 二階堂は呆れたように吐き捨てる。

「聞くところによると妹の方は随分と優秀だそうじゃないか。全く、妹に負けて恥ずかしくはないのか?」

「すみません……」

 涼馬は俯きがちに答える。

 二階堂の言い方はあんまりだとも思うが、二年からこの敷島学園に編入したとはいえ、涼馬の超能力者としての能力があまりにも不安定で未熟なことは否定しようがなかった。

 そもそも超能力者の教育、育成プログラムを中心として最先端の研究を行っている敷島学園へ涼馬が入学することになったのは、妹の美羽のここへの進学決定がきっかけだった。

 個人差があるとはいえ、一般的に超能力が目覚めるのは小学生から中学生頃までであり、中学三年時に突然能力を開花させた美羽でも発現は遅い方であったと言える。

 実際、中学の間に能力の目覚めているものは早い段階で超能力過程のある高校への進学を内定するのが一般的だが、美羽の場合一般の高校への進学を予定していたのを急に進路変更、全寮制の敷島学園への入学が決まったため非常に慌ただしく引っ越し準備を進める事となった。

 その過程で涼馬も適性試験を受け、微弱ながら超能力を検出、父の旧友である小野寺さんが研究員として働いているよしみもあって”ついでに”入学を許されたのである。

 その背景には小さい頃に母を亡くし、仕事で家を空けがちな父親の下で兄妹二人で身を寄せ合って生活していた、ということへの配慮もあったのだろう。

 そうでなければ、検査をしてみるまで気付かれない程度の微弱な能力で超能力者のエリート校である敷島学園への入学が認められる事はまずなかったはずだ。

 その点は涼馬も小野寺さんには感謝しているが、その分この模擬戦のような超能力に関する授業では苦労が絶えなかった。

「烏丸悠司」

「は、はいっ!」

 今度は悠司が二階堂の三白眼に睨まれる。

 それまで二階堂になじられる涼馬を気の毒そうに見ていた悠司は慌てた様子で二階堂に向き直った。

「貴様はもっとまともな戦い方が出来んのか?バレットばら撒いて無駄にエネルギーを消耗。有利なはずの遠距離で決められず、持ち前のスピードも活かせず、まんまと懐に入られる。今回はたまたま勝てたかもしれんが、あんな戦い方では勝てる試合も勝てんぞ。分かってるのか?」

「はい……」

「今回は大目に見るが、次にあんな情けない試合をしたら二人とも問答無用で失格だ。もちろん点数はやらん。分かったか?」

「そんな……」

 思わず声を漏らした悠司を、三白眼がギロリと睨み「分かったか?」と再び訊ねる。

「は、はいっ……」

「はい……」

 慌てたように答える悠司に続いて涼馬もしぶしぶ返答をすると、二階堂はもう興味はないという様子で入り口に目を移した。そこには次に試合をする二人が待機しており、涼馬達の方は既に眼中にないようであった。

 涼馬達は次の二人と入れ替わるようにして、模擬戦の会場とされている中央ホールを後にした。


「終わったー!もうホントに、あの鬼教師がー!」

 廊下に出てドアを閉めた途端、我慢していた悠司が絶望の叫びを漏らす。

「まぁほら、流石に本気で0点とかつけられないだろうし……」

「お前は良いよな!他の成績が良いから安心で!俺なんか去年は実技の成績で何とか進級したようなもんなんだよ!これ落としたら本気でやばいんだって!」

「じゃあ授業中寝なきゃ良いのに」

「あんなの起きておけるお前の方が何かおかしいんだよ!」

 悠司はいつもの癖で、ツンツンと跳ねた短髪をくしゃくしゃとかき乱す。

 起きておけなどと言う涼馬の方も、本気で言っていた訳ではなかった。悠司は底抜けのバカなのだ。

「まぁせめて課題くらいやってこようぜ。洋子ちゃんだって次課題忘れたら単位出さないって言って――」

「うあああああああ!」

 途端に悠司はこの世の終わりのような声を出し、その場にしゃがみこんだ。

「お前まさか……」

「やって……ない……」

「あー……」

 涼馬たちのクラス担任でもある洋子ちゃん(親しみを込めてみんなにそう呼ばれている)の授業は昼休みを挟んですぐに迫っていて、今から着替えて課題まで片付けるのは絶望的だった。

「頼む!涼馬様!写さ――」

「断る!」

「な!そんな食い気味で!」

「この前も写させたばっかだろ」

 涼馬は呆れ気味で答える。

「今度写させたら俺まで琴葉ちゃんに怒られるんだよ!」

「何で琴葉が出てくるんだよ!あんな奴関係ないだろ!」

「だぁれがあんな奴ですって?」

「ひぃっ」

 唐突に耳元から声がして悠司は飛び上がり、そのまま前方に5メートルほど距離を取る。

 この至近距離まで気配を消して忍び寄る事の出来る人間は、悠司の周囲には一人しかいなかった。

 涼馬が呆れながら振り返ると、涼馬達の着ているのとは多少デザインの違う女子用の訓練着が目に入る。仁王立ちにジト目の琴葉と、その後ろで困ったように笑う由衣菜だった。

 悠司は改めて琴葉に向き直ると「どこぞのおせっかい女のことだよ!」とへっぴり腰に両腕を交差させ、頭を守るような体勢で言い返す。正直、死ぬほど情けない。

「誰のためを思って言ってると思ってるのよ!」

 琴葉はポニーテールに結わえた黒髪を振り乱しつつ、哀れな悠司を威嚇する。もはや獲物に逃げ場はない。

「やっぱり言葉じゃ分からないみたいね……」

 そう言うと琴葉は愛用の竹刀を取り出し、大上段に構える。彼女の家は久遠寺流の家元であり、そこで育った琴葉の構えは女剣士の威厳を放っている。

「や、やめろ琴葉!今は――」

「問答無用!」

 悠司は完全に竹刀の間合いの外にいたが、琴葉は構わず竹刀を振り下ろす。

 その瞬間、竹刀の軌道が透明なエネルギーとなって、悠司へと一直線に飛んで行く。

 バレットの要領で斬撃を飛び道具に変える琴葉オリジナルの技を、彼女はこっそり『真空斬』と呼んでいた。もちろん悠司にバカにされ、喧嘩の種になっている。

「うああああっぐおっ」

 正面から真空斬をまともに食らった悠司は、情けない声を漏らして吹き飛ばされた。

 真空斬の威力は竹刀で直接殴られるのと大差ないが、剣道の達人である琴葉に竹刀で殴られたら、普通は一たまりもない。

 悶絶しながらリノリウムの床を転がる悠司に、直撃するとは思ってもいなかったらしい琴葉が慌てたように駆け寄る。

「ちょ、ちょっと!どうしてシールドも張らないのよ!」

「多分、さっきの模擬戦でエネルギー使い果たしたんだと思うよ……」

 悶絶して声の出ない悠司の代わりに、涼馬が答える。

「そう言うことは先に言いなさいよ!」

「言おうとしてたと思うけどね」

 涼馬は苦笑いを浮かべる。

「悠司くん、大丈夫……?」

もう一人の少女、ミディアムボブの髪型が特徴的な由衣菜が心配そうに様子を伺う。

「大丈夫だろ、あいつは打たれ慣れてるし」

「でも、凄い声出てたよ……」

 ことあるごとに琴葉にボコボコにされている悠司を心配してくれるのは、今となっては由衣菜くらいのものだった。

 少しして、ようやく呼吸の出来るようになった悠司がゆっくりと立ち上がる。

「くっそ、死ぬかと思ったじゃねぇかこの暴力女が!」

「なっ、あんたがエネルギー切れなんてするからいけないんでしょ!」

「そもそもお前があんなヘンテコ剣使わなけりゃあなぁ!」

「なぁにがヘンテコ剣ですって!」

「いてっ!いてっ!やめろこら!」

 ご自慢の必殺技をバカにされた琴葉は、竹刀でベチベチと悠司を殴り続けた。

 そのままいつもの様に言い争いを始める二人を見て、由衣菜もホッと胸をなで下ろす。

「な、大丈夫だって言ったろ?」

「ホントだね。ふふっ」

 由衣菜のホッとしたような笑顔を見て、涼馬も知らず知らずに少し笑ってしまう。

 慣れない、そして出来そこないの超能力者には過酷な環境だけれども、この日常を涼馬は結構楽しんでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ