タダで願いは叶いません
友達は選べるけど親族ってのは選べないのが人生において一番辛いところだと思う。比較されるような対象がいると特に。
私の姉は街で一番の美人と言われていた。因みに私は平凡を絵に描いたような容姿をしている。
姉のおかげで私の人生は踏んだり蹴ったりだった。
初恋の人はもちろん姉のことが好きだったし、私を好きだと言ってくれる人はもれなく姉を好きになったし、姉を目的に私に近づく人もいた。せめて両親は…と思いたい所だが、母親も父親も姉の方を可愛がった。
それでも私が心を壊さないで生きてこれたのは魔力を操る力を持って生まれたおかげである。
この国では魔力と呼ばれる力を国民全てが持っていたが、不思議なことにその力を操れる(使う)事のできる人間はごく僅かだった。魔力を操れる人間は遺伝的な要素で出現するのではなく、なぜ使える人間とそうでない人間がいるのかは未だ謎に包まれていた。
そんな中、私は魔力を操れる人間として生まれた。魔力を操れる人間は国にとって貴重な人材だったため、国が管理する特別な学校に行かなければならず、おかげで美人の姉と一緒の学校に通うことも無かったし、姉に対して少しだけ優越感を感じることができた。
その学校で私ははじめて彼氏ができた。とても大好きだったし、学校を卒業したら結婚の約束までしていた、でもそれも姉のせいで全てが台無しになってしまった。
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「ごめん。別れて欲しい」
卒業を控えたある日、突然言われた別れの言葉に私はどうすることもできないまま黙って承諾した。
1週間後、姉が結婚することを知らせる手紙が届いたため、私が姉の結婚式に参加するため家に帰ると、そこには別れたはずの恋人が姉の婚約者として現れた。
姉が私の婚約者を誘惑したのか、私の元彼氏が姉に迫ったのかはわからなかったが、私はその光景を見て全てがどうでもよくなってしまった。
両親だって姉さえいればいいのだから、めんどくさい両親の老後や諸々の面倒ごとは全て姉が引き受ければいい。
私の持ってるものは全部姉にあげる、私は何も持たず自由になる…。
姉の結婚式に参加しないまま私は旅に出ることにした。
幸い魔力を操る力は身を守ることができたし、行った先で「何でも屋」みたいなことをしてお金を稼ぐことにした。
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そんな旅の途中、私はある村で井戸掘りのお手伝いをしたら不思議な報酬を貰った。
貰ったものは水晶玉のようなものの中に黄色い綺麗な宝石が埋め込まれたもので、何でもその村の言い伝えでは、これを3つ集めると何でも願いが叶うらしい。
それが迷信だとはわかっていたが、占い好きの乙女思考の私はそれを集めてみることにした。
何でも屋をしながら情報を集めると意外に簡単にもう一つの玉の情報が入ったので、その村に行ってみると村の拡張事業の真っ最中で、その玉を貰うことを条件に村の拡張のためのインフラ整備に手を貸すことになった。
難なく2個目まではすぐに集めることができたが3個目の情報がなかなか見つけることができなかった。
それでも、あてのない旅を続けてきた自分にとって、水晶玉を集めて願いを叶えるという目的を持った旅を続けることは楽しくて仕方が無かった。
夜に水晶玉の中心に埋め込まれている黄色い宝石のようなものを見つめることが日課になり、それを見ていると不思議と気持ちが落ち着いた。
そのせいか、水晶玉を見て寝るといつも良い夢が見られた。シチュエーションはいつも同じで、顔はわからないが男の人に抱かれてなぜか夢の中でも寝ているという夢。でもその男の人の腕の中がとても心地よくて夢の中の私はとても幸せな気分を味わっていた。
そんな日々が3ヶ月ほど続いたある日、奇跡的に3個目の情報が手に入ったので、私はその村に行ってみることにした。
その道中、私は迷信だとわかっていたが自分が叶えて欲しい願いはなんなのかを考えていた。
別に今更姉から恋人を取り返したいとは思わないし、姉に復讐をしたいわけではない。美人にしてくれというのも違う気がする…。
そんなことを考えながら歩いていたら、気付くと男3人に囲まれてしまった。慌てて攻撃魔法を使うが、不運にも相手も魔法を使うことができる人間だったため、1人の魔法を使える奴を相手にしている隙に他の2人に取り押さえられてしまった。
「女でラッキー!このまま3人でまわそう」
と取り押さえている男に言われて、私は本気で絶望してしまう。
私の人生って何なんだろう…
魔法を使える男が私の荷物を漁りだし、願いを叶える2つの水晶玉を取り出した。
「何だこれ?まあ、綺麗だし少しくらい金にはなるだろう」
そう呟いた時、男の持った水晶玉が光り、ものすごい風が吹き上げた。その拍子に男が持っていた水晶玉を地面に落とすと、男たちの足元の土が盛り上がり、男たちの足を飲み込んだ。
慌てた男たちが手を離した隙に私は水晶玉を拾い、がむしゃらに走って逃げた。何とか宿屋を見つけると私は安全のためそこに宿泊することにした。
宿屋の個室に入っても私は落ち着かず全く眠気が訪れなかったため、椅子に座って集めた二つの水晶玉を見つめた。
「あなたが、助けてくれたの?」
この水晶玉が願いを叶えてくれるかどうかは分からないが、不思議な力があることだけは確かだと思った。
それからの旅は、水晶玉が守ってくれているという安心感の中で旅することができた。
気を取り直して3つ目の水晶があると噂のあふ村を訪れて聞き込みをすると、困ったことにその水晶はこの村の長が所有しているらしく、しかもとても大事にしているという事だった。何とか譲ってもらおうと村長への面会を申し込んでみたが、拒否されてしまった。
「困ったな…」
そんな途方にくれた私の肩を叩く人がいて振り返るとそこには今まで見たこともないような美男子が立っていた。
銀髪を後ろで一つに束ね、切れ長の目に通った鼻筋…美人の姉なんて足元にも及ばないくらいの美男子だった。
今まであったことのない人のはずなのに、なぜかはじめて会った気がしなくて、その人のことをまじまじと観察していると
「何かお困りのようですね。
よろしければお手伝いいたしましょうか?」
なぜこの人が私みたいな人間に手を貸してくれるのかは全くわからなかったが、それでも藁にもすがる思いで村長の持っている水晶玉を手に入れたいことを彼に伝えると、少しここで待つように言われる。
村長の家に入っていった美男子はしばらくしてすぐに出てきて、手にはあの水晶玉が握られていて、私に差し出した。
「あの、何かお礼を…お金はあまり持っていないのですが、それ以外のことだったら何でもします!」
その美男子は優しく微笑んでくれるが、私はその笑顔がまぶしすぎて直視できない。
「何でもするなんて気軽に発言しない方が良いですよ。まあ、お礼はあなたが願いを叶えてからにしましょう。」
そう言われて、私はとりあえず残りの2つの水晶玉をとりにその美男子と一緒に宿屋へ戻った。3つの水晶玉を一緒に並べると明るく光を放った。
「あなたの願いをひとつ叶えよう」
という声が聞こえた。
私は水晶玉にお願いごとを言おうと思ったが、横に助けれくれた美男子がいたことに気づき慌てて口をつぐんだ。
「すみません…。恥ずかしいのでドアの外で待っててくれませんか?」
「私に聞かれたくないようなお願いなのですか?」
私は恥ずかしさから黙ってうつむいたまま頷くと美男子さんは気を遣ってくれて「では、外に出ていますね」と言って部屋の外へ出てくれた。
部屋に私一人になると私は深呼吸を一回して願い事を口にした。
「ものすっごいカッコイイ男と初体験したい!!!」
願い事を口にすると、水晶玉は強く発光してそのまま消えてしまった。
本当に願い事が叶うかどうかはわからなかったが、何だかひとつのことを達成してスッキリしてしまった。部屋のドアを開けて美男子さんを再度招き入れようとすると、彼はもうそこには居なかった。でも、なぜだかまた会えるような気がしたのであえて探したりはしなかった。
翌日、まだ願いは叶えてもらってはいなかったが、ひとつの目的を達成してしまった私は、とりあえず次の旅の準備をするため買い出しに行こうと外へ出ると、大きなドラゴンが待ち構えていた。
銀の鱗に覆われた大きなドラゴンは私に背中に乗るように言ってくる。その頭の中で響いた声が昨日の水晶玉の声と同じだと気づいた私は、もしかしてドラゴンが願いを叶えてくれるのかも、と気軽に考えてドラゴンの背中に乗った。
ドラゴンが羽を羽ばたかせると一気に上空まで上昇して飛び上がり、そのままどこかへ向かった。ドラゴンの背中は少しひんやりしているけれども心地よくて私はその背中に頬をスリスリとすり寄せてみる。
「ああ、なんか気持ち良い」
と幸せに浸っているとあっという間に目的地に着いたらしく、降りるように促される。
私はドラゴンを見るのははじめてで、その姿をまじまじと見つめてしまう
「怖くないのですか?」とドラゴンが私の頭の中にに語りかけて来たので
「怖くは無いですよ?カッコイイとは思いますけど」と正直に答えた。
ドラゴンはそのままじっとこちらを見つめているので、私もドラゴンをじっと見ていると、ドラゴンは姿がだんだん小さくなり…鱗が肌色に変わり…
…
昨日助けてくれた美男子さんが目の前に現れた。しかも裸で。
「*?♪%○▽#」
私が声にも言語にもなっていない言葉を発して慌てていると、その美男子さんは私をヒョイッと抱き上げた。
近すぎる距離に加えて、素肌に触れているという事実が私をさらに混乱に陥れる。でも、美男子さんは全く気にしていない様子で、微笑んでいる。
「…あの?いったい…」
なんとか声を絞り出して口にした質問の答えは私をさらに絶望へと突き落とした。
「あなたの願いを叶えるためにベッドへ行きましょうか。」
カッコイイって指定したのは私だけど、そこまでカッコよくなくていいんですけどって注文を出したくなってしまった。
「ちょっと待ってください、えっと、あの、あなたは…」
「あの水晶玉を作ったのは私です。ちなみに先ほどのドラゴンも私です。今はあなたとしやすいように人型になっていますが。」
「いや、でも、その、私のお願いをあなたにしてもらうのはちょっと…」
男三人にまわされそうになった時に私はこんなことなら素敵な人にさっさとはじめてを貰ってもらうんだったと思って、勢いであんなことをお願いしてしまったんだけど、それが本当に現実になると怖気付いてしまう。
「イリナ。
私はあなたの言うカッコイイには当てはまらない?」
「とんでもなくて当てはまります。だから逆に申し訳ないといいますか…」
カッコイイという言葉を軽く超えた感じの人に自分の全てを見せるという事を想像しただけで羞恥で死ねる気がした。
「じゃあ、問題ないですね?」
「あの、えっと、やっぱりあのお願い無しにできませんかね?」
「どうしてですか?
私が嫌な理由をおっしやって下されば考えないこともありませんが?」
「嫌なのは私ではなく、あなたの方ではないかと思いまして…」
美男子さんは私の言葉を無視して私をベッドまで運んでおろすと、私の唇をペロッと舐めた。
「私は嫌ではないから大丈夫ですよ。」
彼の腕を振りほどこうと動くと深いキスをされて、ふにゃふにゃにふやけた私は、自分の願った行為を受け入れた。
****
目を覚ますと私は彼の腕の中に囚われていた。
彼の素肌から伝わってくる体温を自分の素肌で感じて、昨日抱かれた記憶が蘇って私は一人身悶えてしまう。
確かに一生の思い出になるくらい素敵な時間だったが、同時にすべての記憶を消し去りたいくらいの恥ずかしい時間だった。
願いは叶えてもらったから再び旅に戻ろうかと思ったが、取り敢えずここから元の場所に戻る方法が分からないので、この美男子さんに聞くしかなかった。
取り敢えず服を着ようと私が身動きすると、彼が目を覚ましてしまった。
「起こしちゃいましたね、ごめんなさい」
「どこに行くつもりですか?」
「どこといいますか、取り敢えず服を着たいと。あと元の場所に戻るにはどうしたら良いか聞こうと思っていますが。」
「イリナは、三つ目の水晶玉を渡したとき私に言いましたよね?
何でもするって」
「はい!
私のような女の相手までしてもらったのですから、何でもします!」
そう言うと美男子さんはものすごい嬉しそうに私の手をとって、両腕に腕輪を、両耳のピアスを魔法なのか何かの力で強制的に外されてというか消されて、新しいものに付け替えられた。なんとなく彼の所有物だという印のような気がして、私は瞬時に彼が私を奴隷か召使にでもするつもりなのだと理解した。
「イリナ、どうやったら奴隷か召使なんて思考になるんですか?
これでも昨日はすごく優しく抱いたつもりだったのですが…あと、美男子さんという呼び方はやめてください。
名前はアルギュロス、アルと呼んでください。」
「アルは私の思考が読めるんだね。で、あの、奴隷か召使でなければこれは何?」
「簡単に言うと、私の番という証です」
私は番という言葉に耳を疑った。アルの番ということは、つまり人間でいうところの妻ということだ。そんなことが許されて良いわけがない。
「アル、何かの間違いだと思うので、もう一度冷静に」
「イリナ。
私は人間と違いますから自分の番を間違えたりはしません。番を見つけてしまうと私の種族は番以外は愛せませんから何も心配いりませんよ。
イリナがかつての恋人に裏切られて傷ついたことはわかっています。私は人間と違って心変わりなんてものはしませんし、私の寿命は長いからイリナが私を好きになってくれるまで、いつまでも待ちますよ。」
そう言ってアルは私を抱き寄せて、優しくキスをしてくると、なぜか昨夜と同じような体勢に戻されてしまう。
「まあ、元の場所に帰る方法はイリナがyesというまで教えるつもりはありませんけどね。」
私は一晩の素敵な相手をお願いしたはずなのに、なぜか願いは歪められて一晩ではなく一生の相手が用意されてしまった。
****
後から色々疑問に思っていたことをアルに問いただすと、あの3つの水晶玉はアルが作ったもので番を見つけるための手段だったそうだ。私がいつも夢で会っていたのもアルで、はじめて会った気がしなかった謎も解けた。
また、3人の男に襲われた時に助けてくれたのもアルだった。
そしてこれが一番問題だったのだが、水晶玉を通してずっとアルは私を見ていたらしい。
そりゃあ襲われそうになったのを助けてもらったのはありがたいと思うが、それにしたってずっと見られてたなんて、おまけにアルは私が何を考えているのかを読み取れるのだ、もう色々恥ずかしいことをアルの頭から消去したい。
でもそんなことを考えているのも読み取られてしまっていて「イリナが自分で慰めてる姿は今まで見た何よりも美しかったですよ。今度は私の前で同じとをしていただけませんか?」と言われ私は恥ずかしさと勝手に見ていたという怒りでしばらくアルと口をきかなかった。
色々話しあった結果、結局アルの番であることからはどうやっても逃れられないらしいので、私は諦めてアルが私の側にいることを許してあげた。とはいえ、じっとしているのは性分じゃないので今までどおり旅を続けることにした。
今度の旅の目的はまだ決まっていないけれど…
****数年後の後日談
私はとても自分のことを現金な女だと思うが、アルのおかげでやっと姉と元彼氏のことを許せそうな気がしたので、結婚式に出なかったことを謝りにアルと故郷へと向かった。
久々の我が家に緊張しながらもドアを叩くと、出てきたのはお母さんだった。
「よくもまあ、今更帰ってこれたものだね」
罵られることはある程度覚悟していたので、母親の言葉には傷つくことはなかった。「姉さんは?」と聞くと、しぶしぶ住所を教えてくれた。その住所の家にいってみるとちょうど姉がドアから出てきた。出てきた姉はかつて「美人」ともてはやされた風貌の名残はあるものの普通の「お母さん」の顔になっていた。
姉は私のことにすぐに気づき、笑顔とも怒ってるともとれない複雑な表情を浮かべた。
「結婚式に出なかったことを一応謝りにきた。」
「いいわよもう。妹の恋人ってだけで男を選んだ私は見ての通り、今じゃただのおばさんよ。ちゃんと玉の輿ねらうんだった。」
「本当に。まあ、お姉ちゃんのおかげで絶世のイケメンの旦那をゲットできたから、全部許すわ。言いに来たのはそれだけ。」
私は隣にいるアルに微笑むと、アルが優しく肩を抱いてくれた。