旅立ち
カノンによる不審者撃退事件は先日のリングベアの撃退事件とともに小さな村に瞬く間に広がった。
あるものはカノンを勇者とはやし、あるものは崩れ始めた平和に不安を唱えていた。
村の人たちはカノンに話を聞きたがったが、カノンを見つけられたものはいなかった。
「カノン、どこいったんだろう?」
いつものところで集まりチャコは心配そうに言った。カノンの家に行くために誕生日プレゼントを持って広場で集合した時に昨晩の事件を知ったのだ。
「オオカミの男と魔法を使う男を相手に勝ったらしいよな。カノン、すごいな。俺たちの修行の成果かな。」
少しでもチャコを明るくさせようとグリコは言う。しかし、全く効果がない。困った顔でグリコとリンゴは顔を見合わせ、リンゴがひとつの提案を出した。
「一応、約束通りカノンの家に行ってみようよ。ポプラさんが何か知ってるかも。」
カノンの家を訪れてみるとポプラが優しい微笑みを浮かべて迎え入れてくれた。
カノンは1人村から離れ、朝日を背に歩いていた。気絶させた男たちのことを神父さんに任せた後、こっそり抜け出してきたのだ。さすがに夜行動するのは危険を感じたので、朝日が昇るまで木の上で待機していたのだが…。
「こんなに遠くまで来ちゃった。」
振り向くと村の門が見えないところまで来ていた。何も言わずに来てしまったため、ポプラのこと、チャコのこと、リンゴのこと、考えることはたくさんあったが、同時に巻き込みたくないと思ってしまうので、後ろ髪を引かれながらも一本道を歩き続けていた。
この道は隣町へ買い物に行くときポプラと通った道だ。そんなにたくさん買い物に行った訳ではないが、このずっと先に生まれた町があるんだと淋しそうに言ったポプラを思い出す。きっとこの先にポプラの育った王都があるはずだ。
ぐぅ〜
そういえば、朝ご飯も食べずに出てきてしまった。ポプラが作ってくれる香ばしいパンを思い出すと目の前が滲んできた。
「お腹すいたなぁ〜。」
ぐぅ〜きゅるる〜
お腹の虫も訴えてくるが、食べ物など持っていない。それどころか路銀さえも持ってくるのを忘れた。
「空からパンとか降ってこないかなぁ〜。」
ガウ、グルルゥ〜
お腹の虫も返事する。……??
お腹の虫とは思えない音にカノンは慌てて涙を拭き、周りを見た。
「「ガルル〜。」」
草原の草のような体毛に身を包んだ中型犬くらいの獣たちが7〜8匹、カノンのことを取り囲んでいた。
アルバウォルフ
大地属性の魔法の影響を受けた小型オオカミ。草や藪に身を隠し、旅人を襲うので、小さな盗賊と呼ばれている。満腹になれば襲わないので、食べ物をたくさん与えれば道を開けてくれる。
まぁ、カノンはそんなこと知らないだろうが…。
今にも飛びかかってきそうなアルバウォルフにカノンも短剣を構え臨戦態勢に入った。
食べ物をくれないとわかったアルバウォルフはカノンに飛びかかる。カノンはかわして斬りつけようとするが、アルバウォルフも軽い身のこなしでかわしていく。そこに、後ろからアルバウォルフがカノンに飛びかかった。
「…っ!」
とっさに短剣で攻撃を防ぐが、態勢を直したときには左腕が赤く滲んでいた。
数が多い…!
そう思うが、四方を囲まれ、逃げ道はない。じわりじわりと輪が小さくなっていく。
…どこからくる?
カノンは短剣を持つ手に力を込め、獣たちの気配に集中する。左側のアルバウォルフが飛びかかってきた。
カノンはかわさず向かい合い、短剣で切りつける。アルバウォルフは羽でも生えているかのように空中で身を翻し、カノンの攻撃をかわす。と、同時に背後の3匹が一斉に飛びかかってきた。
…やられる!
まるでスローモーションのようだ。しかし、もう体が動かない。
「"アグニ ショット"」
「グリコ スラッシュ!」
1匹が火の玉によって弾かれる。残り2匹を長剣を持った少年が薙ぎ払った。
突然の援軍の登場に驚いたアルバウォルフたちはバラバラに散って逃げていった。
「カノン、ケガはないか?」
修行でカノンに勝った時のようなドヤ顔で格好つけたグリコが言う。
「カノン、1人で出歩くのは危ないよ。」
カノンたちのところまで駆けてきたリンゴが心配そうな、だけどいたずらっぽい顔で言う。
「どうして…?」
アルバウォルフから解放された安堵とこんなにも早く追いついてきた友人たちへの驚きでそれ以上言葉が出てこなかった。
「ほら、これ。」
グリコが手に持っていた剣とは別に背負っていた剣と小さめのリュックをカノンに渡した。剣は刃渡り30センチくらいの長剣でとても軽く、カノンでも扱いやすいものだった。ナップサックの中には旅装束が入っていた。
「それからこれも。」
リンゴが白い手紙をカノンに渡した。
綺麗に整った見慣れた字が並んでいた。
〜〜〜〜
Dear カノンへ
昨日、不審者を2人も退治してくれたんだね。ありがとう。お疲れ様。
このまま王都に向かうのかな?
きっと、旅の間、不安なことや困ったこと、もしかしたら生命が危険にさらされることもあるかもしれない。
だけど、どんな時も前を向いて進んでいきなさい。
ポプラはいつでもカノンを信じています。
15歳の誕生日おめでとう。あなたの旅に幸がありますように。
P.S.
レッドホース家への紹介状を同封しておきました。王都に着いて困ったことがあったら頼ってください。
From ポプラ
〜〜〜〜
「武器と服はポプラさんが頼んでくれたんだって。リングベアを売ってできたお金で買ってきてくれたらしいよ。」
手紙を読み終わり、静かに泣き始めたカノンの頭を撫でながらリンゴが言った。
「ありがとう…。私、頑張るよ。頑張って行ってくる!」
その言葉に2人は不思議そうな顔をする。
「何言ってんだ、カノン。俺らもついてくぞ。」
「私たちもポプラさんから装備もらったからね。」
「はぁ??」
ドヤ顔のグリコと嬉しそうな顔のリンゴ、それに対し驚くことが多すぎて反応がついていかないカノン。
よく見るとグリコとリンゴの服もいつもの服と違っていた。
グリコは白いシャツに薄緑のベスト、亜麻色のハーフパンツで黄色のスカーフをベルトのように巻いていた。右肩からかけている鞘付きのベルトに剣を収めていた。
リンゴは水色のエプロンがついた白いフレアスカートを着て、スカートより少し短いくらいの白いポンチョのようなものを羽織っていた。
「資金もしっかりもらってきたぜ!」
グリコの話によれば、装備を買って余ったお金はほとんど旅の資金としてもらったという。これで、次の町に着けば安心してご飯が食べれるだろう。
あと、3時間も歩けば隣町に着くので、カノンの手当てだけ行い、着替えは町に着いてからということになった。
「ところで、さっきの"グリコスラッシュ"って…?」
道中カノンが思い出したように聞く。隣でリンゴは笑わないように横を向いていた。
「リンゴばっかり技の名前あってずるいだろ。カノンを追いかけながら考えた。」
すごいだろと言わんばかりに胸を張っていったグリコ。カノンとリンゴの爆笑によりしばらく魔物たちが寄り付かなかったことは言うまでもない。
これにて第1章が終わりです。
やっと旅立ちました!
"魔王討伐ー"みたいな目的もなく旅立っちゃったのですが、なんとかなるでしょう。笑
これからのカノンたちの旅もどうぞよろしくお願いします!