廻る歯車
いつも修行しているところには大きな木が立っている。その木の真ん中あたりで風にツインテールを揺らしながら太い枝に腰かけている少女がいた。
迷ったとき、落ち込んだとき、悩んだとき、カノンはたいていここに座り村を眺めていた。
話の間降っていた雨は上がったようで、部屋に一人になったカノンはこっそりここまで抜け出してきたのだ。
「私は何をしなきゃならないんだろう…。」
母アリアを襲ったのは誰なのか、自分の運命、私が変える世界とは、そして渡された地図の意味…
考えれば考えるほどわからなくなる。
はぁ…とため息をつき、空を見上げると少しだけ月が顔を出していた。
「ここにいるって本当か?」
不意に下から声が聞こえてきた。
「まだはっきりとは見えてないらしいが、この辺りにいるらしい。」
男の声だった。聞き覚えのない声なので、村の者ではないだろう。
カノンは音を立てないように声の主を目で探した。
「しかし、14年間見つけられなかったらしいじゃないか。高官魔導師ってたいしたことないんじゃないか?」
14年間…。カノンはまさかと耳を疑った。
「そういうな。見つけて首を持っていけば軍に取り立ててくれるって約束だ。さっさと終わらそうぜ。」
ずいぶんと危ない話だ。村の人に伝えた方がいいかもしれない。男たちが行ったら見つからないように村に行こう。
いつでも動けるようにカノンが態勢を整えていると、
「なぁ、面倒だから燃やしてしまおうぜ。最優先事項は息の根を止めることだろう。」
……!
「確かに。今日は風もあるしすぐに飛び火するだろう。」
そういって男の一人が詠唱を始めた。
「待ちなさい!!村に何するの!?」
カノンは木から飛び降り、短剣を男たちに向けて言った。
月が男たちを照らし出す。1人は長いローブに身を包み、身長ほどあるシンプルな杖を持った細身の男。もう1人はがっしりとした体つきで普通の長剣を持った男。しかし、その顔は…
「…っ!オオカミ?」
その男の顔はポプラに読んでもらった絵本などに出てくるオオカミそのものだった。
「なんだ、人がいたのか。お嬢ちゃん、夜遊びとは感心しないなぁ。」
細身の男が振り向きながら優しい声で言うが、怪しい雰囲気にカノンは力を込める。
「あなたたちの狙いは何?」
返ってくる答えは少し予想できていた。
「14年前、王都から逃げ出してきた親子を探しているんだよ。予言によると世界を変える子どもらしいんだ。お嬢ちゃん知らないかい?」
口元に笑みを浮かべながらオオカミ男が言う。その言葉にカノンは心を決めた。
「その子どもは私だよ。村のみんなには手を出させない!!」
カノンの言葉に男たちは驚く。しかし、すぐに手間が省けたと剣と杖を構えた。
「こんな可愛い子だったなんて。傷つけたくないからおとなしく捕まってくれないかな〜。」
「短剣を構えているんだ。少しは楽しませてもらおうぜ。」
オオカミ男がカノンに向かって突進してくる。顔はオオカミだか、それ以外は全て普通の人と同じようだ。獣のような速さはない。カノンは振り下ろされる剣筋を落ち着いてかわす。そのまま横に薙ぎ払われたオオカミ男の剣を短剣で迎え撃った。
「ほぉ、やるじゃないか。」
短剣と長剣の打ち合いで短剣は不利である。グリコの教えを思い出し、カノンは距離を置く。
「"アグニ ショット"」
不意に風下から火の玉飛んできた。あまり速くない火の玉をカノンは短剣で切り消す。
「よそ見は良くないぜ。」
そういってオオカミ男の剣が迫る。カノンは軽く飛んでかわした。
「さっきから防戦一方だね。降参するなら今のうちだよ。」
そういって、細身の男はもう一度火の玉を放つ。その火の玉をかわしながらカノンは考えていた。
この2人、さほど強くない。オオカミ男にはスピードもないし、細身の男の魔法は小さく威力もない。グリコとリンゴ同時に相手した時の方が手強いと思う。
カノンはオオカミ男の攻撃をかわしながら一度木の裏に回った。姿の見えなくなったカノンを追って細身の男が場所を移動する。オオカミ男もカノンを追って木の裏に回った。
「やぁー!」
カノンの掛け声とともにオオカミ男の前に太い丸太が飛んでくる。
「何っ!」
慌ててかわすが、頭の上を通過した丸太を確認しようと振り向くと通り過ぎたはずの丸太が戻ってきていた。
「ぐゎ!」
さすがにかわしきれず、腹にヒットした。そのまま3メートルくらい飛ばされ、オオカミ男は倒れてしまった。
「反射神経を鍛えるために使った丸太だよ。これがかわせないなんてまだまだだね。」
丸太を結びつけてある枝の上からカノンが笑う。両手で抱えられるくらいの大きさの丸太だが、カノンたちが使う時には丸太の断面にタオルを巻いていた。当然今はタオルをつけていないので、打撃は相当のものだろう。
「なっ、何が起きたんだ!?」
ほとんど月も出ておらず、離れたところで起きていた出来事を細身の男は見ることができなかったようだ。慌てて木に駆け寄るが、近くにオオカミ男はいない。揺れる丸太から何かあったことが伺える。
「くっ、どこだ!出てこい!」
細身の男は杖を構える。
「私はここだよ!」
ザッと木の上から細身の男の目の前に降り立ち、全力の肘打ちを喰らわせる。みぞおちに上手く入ったようで、細身の男は声をあげることもできず、その場にうずくまるように倒れた。
「倒せた…。」
すぐに目が覚めてもおかしくないので、丸太についていたロープを外し、オオカミ男と細身の男の手を拘束した。
(この村にいたらまたこうして襲われることがあるのかもしれない…。村を出ればみんなが危ない目にあうこともなくなるのだろうか…。)
気を失っている2人の男を見下ろしながらカノンは思った。
この時間はみんな寝ているだろうが、村の見張り番している人なら起きているだろう。
安全のため、木に2人の男を縛り付け、カノンは村に人を呼びに行った。