母と予言
結構いきなりですが、カノンの出生物語です。
とうとうこの日が来てしまった。もともと誕生日の日に伝えるつもりではあったのだが。魔物との戦闘になるなんて。旅立ちの日も近いのだろう。
そんなことを考えながら、ポプラは浮かない顔で調理をしていた。
「ただいまー!」
いつも通りの明るい声でカノンが帰ってくる。昨日はすごく疲れた顔して帰ってきたので何があったか聞けなかったのだが、今日の広場で事情を知ることができた。
「おかえり、カノン。今ご飯出すから手を洗っておいで。」
はーいと返事してカノンは手を洗いに行く。その間にポプラは夕食をテーブルに並べた。いつものようにカノンが今日の出来事をたくさん話しながら明るい夕食を済ませた。夕食の片付けのとき、ポプラは部屋に戻ろうとするカノンを呼び止めた。
「カノン。今日はね、私から話さなきゃならないことがあるの。聞いてくれる?」
突然、改まったポプラの言葉にカノンは驚きながらも見つめ返す。
「昨日はリングベアとの闘いお疲れ様。よく頑張ったね。
誕生日の前に今まで話せなかったことをカノンに伝えようと思うの。」
一瞬、カノンは聞きたくないと思った。しかし、いつかは聞かなければならないことなのだろう。意を決して、もう一度、席に着いた。
「ありがとう。少し長くなるからお茶を飲みながら聞いてね。」
2人分のお茶を用意しながらポプラは話し始めた。
カノンに会う前の私は王都にあるレッドホース一族の長女だったの。気づいていたかもしれないけど、上流貴族の一族だった。
王都の城下町にいつも明るく笑顔の町娘がいた。名前はアリア。私の親友であり、カノンのお母さんよ。いつも笑顔でみんなに接するアリアは城下町中の人気者だった。
そんなアリアがある日突然妊娠したの。こんな言い方はおかしいかも知れないけれど、父親もわからず周りにとっては本当に突然に思える出来事だった。アリアは誰が父親なのか頑なに話さなかった。言い出したら聞かない子だったから絶対産むって言って聞かなかった。みんなアリアのことを愛していたの。だから父親が誰だろうと祝福しようってことになった。そうして産まれてきたのがカノン、あなたよ。
王都には産まれて3ヶ月経った子に占い師が祝福と予言を与える風習があったの。当然、あなたにも祝福と予言が与えられた。聞くことができるのは身内だけだから私は聞いてないんだけどね。
その予言が全ての発端になった。
「アリア、予言中に居眠りしないようにね。この子が大きくなったら伝えるのが親の使命なんだから。」
笑いながら心配するポプラに大丈夫だよーって笑顔で答えながらアリアは予言を聞きに行った。カノンはアリアの腕の中でスヤスヤと眠りについていた。
「ポプラ、すぐ戻ってくるから、待っててね〜。」
祝福と予言を受ける場所は城下町から少し出た祠であった。本当だったら父親であるものがついていくのだが、アリアには力自慢の男たちが2人護衛としてついて行った。片道20分くらいの道で、祝福と予言を受け取っても昼には戻ってこれるはずだった。
アリアは夕方になっても戻ってはこなかった。心配になった町民たちは祠へ探しに行くと、祠へ行く途中に倒れている男たちを見つけた。護衛について行った男たちで、血まみれになっており、すでに冷たくなっていた。
「…アリア。アリアー!!」
ポプラや町の人たちは声をあげてアリアを探した。見上げた空は重く雲がかかり、日が沈む頃にはポツリ、ポツリと雨が降り出した。
辺りも暗くなり、雨もひどく降り続く。町民たちは次第にアリア捜索を断念し、一人、また一人と帰路へついて行った。
そんな中、ポプラは捜索を諦めなかった。普段なら日が沈む前に帰らなければならない規則のために家にいる頃であったが、レッドホース家の名前など比べ物にならないくらいポプラにとってアリアは大切な友人であった。
傘もささず、綺麗な髪も服も雨で濡れて、アリアを探した。
「……ポプラ。」
不意に後ろから呼び止められた。振り向くとそこには血まみれでフラフラになりながら、白いものを大事に抱いて歩くアリアがいた。
「アリア!よかった…。大丈夫!?」
慌てて駆け寄りアリアを支えるポプラ。しかし、アリアは答えることもできずポプラの腕の中に倒れこんだ。
そんなアリアを見て、近くの家に助けを呼びに行こうとしたポプラだが、
「ポプラ、だめ…。…待って。」
弱々しくもしっかりした手に引きとめられた。アリアはポプラに白い布で包まれたものを抱かせた。
「ポプラ…、カノンを…お願い。」
驚く顔でアリアを見つめ、質問をしようとするポプラを制止しアリアは言葉を続ける。
「祠で、予言を聞いたの…。この子の運命。この子はもう一人の…運命の子とともに世界を変える……。壁を壊し、光に闇を導く…と。
ポプラ…。この子を護って…。」
アリアはポプラの腕に抱かせた小さな赤子に額を近づける。
「カノン。どうか…幸せな人生を…歩めますように。側に…居てあげられなくて…ごめんね。せめて、私の力で少しでも守れるように"聖母の祈り"」
アリアの言葉は光の粉となってカノンに降り注ぐ。
「ポプラ、私のかけた守護は…この子が成人するまで持たない…と思う。だけどせめて、15歳までは平和に……。」
最後まで言えずに、アリアの力は抜けていく。ポプラは暖かく小さな赤子と少しずつ冷たくなっていく親友を雨から守るように抱きしめていた。
「子どもはどこだ!そんなに遠くには行ってないはずだ!探せー!」
突然、遠くからそんな声と足音が聞こえてきた。ポプラはとっさに物陰に隠れ様子をうかがった。
「あの子どもは闇を呼び込む異端者になる。今のうちに息の根を止めろとの命令だ。早く見つけ出せ!」
「魔導師たちの話ではこの辺りにいるらしいのですが、突然、見えなくなったと言っております。」
兵士たちの会話を聞きながらポプラは考えた。アリアの守護はカノンを殺そうとする者たちから守ってくれる。だけど、この町にいては守りきれない。
ポプラはアリアには最後の挨拶をして、一度自分の屋敷に戻り、必要なものを揃え、町を出た。自室のテーブルの上には突然家を出ることになったこと、探さないでほしいと書き置きを残して。
「それからはひたすら王都から離れるように旅をしたの。しばらくは見つかるのを怖れて宿屋に泊まることもできなかった。王都から離れたこの村に着いた時も最初はもっと遠くに行こうと思ってた。だけど、ここの先代の村長さんがここにいていいと、みんなで守ろうと言ってくれたからここに定住することにしたのよ。」
ここまで話して、ポプラはお茶を飲みに一息ついた。外はいつの間にか雨が降り出していた。
「カノンを包んでいた毛布には一通の封筒が入っていたの。これがその封筒よ。」
そう言って、カノンの前に少しくたびれた白い封筒を出した。カノンは恐る恐る手に取り、開けてみた。
「地図…?」
その地図はカノンたちの国とその隣にある知らない国を表しているようで、5つの×印とひとつの☆印がついていた。
「何を表したものかは言わないわ。だけど、その謎を解いた時、あなたは強いの武器を手にすることができるはずよ。」
ポプラの話を聞き終えて質問したいことがたくさんあるはずのカノンだが、多くの情報の処理に頭がついていかず言葉にならなかった。
そんなカノンにポプラは、
「多分、アリアのかけた守護の効果はもう長くないと思う。あなたがここにいたいなら村のみんなであなたを守るわ。どうするかは自分で決めなさい。だけど、今日はゆっくりおやすみ。」
そういってカノンを部屋に送った。