力の差
「カノン、早く行くぞ!」
「メル、また後でね。」
グリコとリンゴの言葉を背中で受け、メルは前を見据えた。
「さて、誰から来るの?それとも、全員でかかってくる?」
追い詰められた侵入者とは思えない不敵な笑み。追う側だったはずの兵士たちが不穏な気配に一歩下がった。
「き、貴様、1人でこの人数、勝てると思っているのか!」
リーダーと思われる男が武器を構え声を荒げる。それを聞いてメルは困ったように首を傾げた。
「うーん、国の兵士たちなら見覚えがあるはずなんだけどな〜。ここの兵士たちなら全力出すと殺しかねないし…。どうしようかな…。」
「何をぶつくさ言っておる!皆の者!かかれー!」
リーダーと思われる男からの指示が恐怖に麻痺する兵士たちを動かした。それを見てメルはゆっくり右手を払う。
一陣の風が兵士たちを吹き飛ばした。
何が起きたかわからず呆然とする兵士たちにメルが一歩近づいた時、
どーーーん
驚いて振り返るとそこには
リンゴのものと思われる炎の竜巻
落ちていく天井の瓦礫
「リンゴのバカーーー!」という叫び声
メルの中では全てがスローモーションだった。しかし、あまりもの出来事に一歩も動くことが出来なかった。
背後から「い、今のうちだ!」という号令もどこか遠くの出来事のように聞こえていた。
「あの子たち…バカなの?」
そう呟いた時にはすでに数人の兵士たちによって拘束された後だった。
当然、グリコたちも拘束され、一同は王宮占拠の首謀者の前に並んでいた。
首謀者は屈強な鎧に身を包んだ白ひげの男だった。鎧の形通りの中身なら相当筋肉質な体つきなのだろう。
鎧の男の後ろにはフードを目深に被った小柄な人が立っていた。性別はわからないが、武器を持っておらず、魔術師なのか指南役なのか、鎧の男の後ろに控えている。
「侵入者はこれで全部か?」
鎧の男はグリコたちを捕らえた兵士に質問する。
「いえ、あと1人逃走中です。」
早く捕まえて来いと鎧の男は言い放ち、グリコたちに視線を向けた。
「お前たち、どこから侵入してきた?作戦は完璧だったはずだ。」
鎧の男の話によると、戦えるものは予選を勝ち抜いてもらい、クリスタルコロシアムに閉じ込め、予選突破出来ないような奴らはシーキッズの魔力で眠らせ、さらに一定の戦闘力がないと通り抜けられない結界を張っていたという。大会に出場している者は閉じ込められているか眠っているから侵入できないし、そもそも一般人は戦闘力が足りず結界を通り抜けられない計画だったらしい。
「空から侵入した」
byグリコ&リンゴ
「正門から入りましたよ」
byウィロー
「クリスタルコロシアムから出てきた」
byメル
それぞれがそんな返答をすると鎧の男の後ろから笑い声が聞こえる。
「ディルドさん、この方々は侵入者なんですか?では、ここのトップは誰なんです?」
どうやら鎧の男はディルドと言うらしい。礼儀正しく、柔らかな声音。後ろに控えていたのは女性のようだ。
「誰って、我が軍は魔王様率いる魔王軍だぞ。」
「魔王様のお顔を拝見したことは?」
「もちろんあるぞ。私は魔王様直々にこの仕事を言い付けられたのだから。」
ディルドは誇らしげに胸を張って言うが、フードの女性からはため息がこぼれる。
「では…」
と何かいいかけたとき、
「ドッカーン!!カノン参上なのさ!!」
「いや、だからうるさいって。」
扉の開く音と共に賑やかなコントが響き渡る。部屋の中が水を打ったように静かになった。
「あっ…あっ…あれが最後の侵入者です!!」
兵士の言葉でカノンに殺気が向けられる。兵士たちは槍を構え、ディルドは剣を抜いた。
「あっ、思ったより数多いんだけど…。」
「カノンなら大丈夫なのさ!とっととやっつけるのさ!」
カノンが剣を手にしようとした時、
「っ!あれは…予言の子!」
聞き覚えのある声だ。しかし、確認のしようもなく、いつの間にか兵士たちの目の色が変わっている。
「捕まえれば、昇進!」
「いや、賞金だっただろ!」
「何にしても…捕まえろー!」
その言葉を皮切りに、兵士たちが槍を向け突進してくる。
「えっ、えっ、えぇ〜!!」
カノンはぎりぎりで横転してかわす。次から次へと繰り出される攻撃に目が回りそうである。
「ラビ、邪魔。」
カノンは肩の上にへばりつくラビを引きはがし、リンゴたちの方へ投げとばす。まるで猫のような悲鳴が聞こえたが、無視して敵の攻撃をかわしていく。
しかし、かわし続けるには無理があり、剣を引き抜きさばいていくが、多勢に無勢で徐々に部屋の隅に追いやられていく。
「なんだ、弱いではないか。私の出る幕ではなさそうだな。」
カノンはのんびりと構えるディルドを一睨みするが、現時点で兵士1人倒せていない。多勢に無勢といえども、相手は10人程度だ。かわすだけでは勝てないこともよくわかっている。しかし、カノンは手の打ちようもなく兵士たちの攻撃をさばき続けるしかなかった。
「カノン、大丈夫かな〜。」
「まぁ、どうにかなるんじゃないかな。」
心配してるんだかしてないんだか、リンゴとグリコはのほほんと会話を交わす。ちょっとは心配してあげなよとウィローは突っ込みを入れるが、やっぱり和やかな雰囲気がここにだけ流れていた。カノンが切羽詰まった状況であるにも関わらず…。
その場にフードの女性が近づいてくる。まっすぐメルの前に向かい立ち止まった。
「何の用だ!?」
グリコがメルをかばうように立ち上がろうとするが、それをメルは立ち上がり右手で制する。
「えっ、メル…縄は…?」
メルを拘束していたはずの縄はいつの間にか解けている。魔法で固く縛られており、特殊繊維のため縛られている間は魔法も使えなかったはずだ。
「みんな、ごめんね。」
メルは振り返らずに言う。その言葉に返答する隙を与えず、フードの女性がフードを脱ぎ跪いた。
「お探ししておりました、メル様。言いたいことは山程あるのですが、まずはこの状況を収めるのが先決かと思われます。」
「えぇ、その通りね。苦労をかけて悪かったわ、ジャスミン。彼らの説明を簡単にお願い。」
ジャスミンと呼ばれた少女は顔を上げずに返事をする。
「はい。彼らは魔王様率いる正規軍だと名乗っております。しかし、トップの顔を見たことがあるのはここのリーダーであるディルドというもののみ。
また、数人だけ夜のものを見かけましたが、基本的には昼の人間の賊軍と思われます。この世界が昼と夜に分かれていることも知る人は少数でした。
申し訳ありません。予言の子については今、初耳でした。」
「なるほど。結界を越えてきたもの達ではなさそうね。幹部レベルまで行くとどうかわからないけれど。予言の子については…少し聞かなければならないようね。」
メルはゆっくりと部屋の上座に向かっていく。そこには少し高さのある台が置いてあった。その頃にはカノンもすでに追いつめられ、身動きが取れなくなっていた。
「そこまでだ。」
身の震えるような魔力が一帯に広がる。芯の通った威厳のある声に全ての動きが封じられる。
「我は夜の国《魔界》の王、メル・アルマゼスだ。この城は我が占拠する。従うものはここに跪くがいい。」
多くのものが混乱に淀めく中、ジャスミンは真っ先にメルの前に跪く。
「なっ!俺の知ってる魔王様はあいつじゃないぞ!」
ディルドは声を上げて剣を向けるが、恐怖のためか、切っ先が遠目からでもわかるほど震えていた。周囲の兵士も数人、威圧に負け気を失ってしまっている。
「魔王…様…。」
「俺、あの顔見たことある…。」
数人の兵士たちがジャスミンに続いて跪いていく。
カノンはその光景をまるで映画のワンシーンのように見ていた。
カノンは兵士を倒すことができず、ここのリーダーとも戦えず、リンゴたちを救い出すこともできなかった。
しかし、メルは周囲を威圧するだけで、武器も構えずに兵士を気絶させたり、従わせたり、リーダー格のものさえも震えてしまうほどの力を発揮した。事実、この場を収めたのはメルである。
歴然とした力の差がここにあった。
カノンはゆっくりメルに向かって歩いていく。
「メル…どういうこと?」
どういうこともなにもないでしょ?
口は開いていないのにはっきりとメルの声が聞こえてくる。
「魔界って…?魔王って…?」
私が助けてあげられるのはここまでよ。あとは自分で確かめなさい。
聞こえてきた言葉をゆっくり反芻していると、メルは全体に向かい口を開いた。
「せっかくだ。張ってある結界はそのままいただこう。…さらばだ。消えるがいい。」
メルの右手に先ほどとは比にならないくらい強い魔力が精製されていく。
誰も抵抗することはできなかった。なにも聞こえず、なにも見えず、カノンたちは強い光に包まれていった。
ジャスミン「ディルドの言う魔王とは何者だったのでしょうか?」
メル「さぁ、わからないけれど、今話し合うことではないわ。」
ジャスミン「確かにその通りですね。しかし実際、城を抜け出してしまう魔王様よりよっぽど仕事のできる方なのでしょうね〜。」
メル「えっ?」
ジャスミン「いつの間にか軍隊を作り上げて、昼の国を侵攻するなんて…。ぜひ、城に来て働いてほしいですね!」
メル「………。(そしたら仕事押し付けてまた抜け出そうかな…。)」