宿
赤い玉のかけらを届ける依頼も無事に終え、3人は今日の宿を探しに町へ繰り出していった。
キュリーの実験はまだ続きそうだったのだが、明日は武道大会だし、宿探さなきゃということで抜け出してきたのだ。が…
「ここも空いてないのか…。」
「うーん、やっぱり明日が武闘大会だからだよね。」
「うん、ほとんどのところが1ヶ月前に予約いっぱいになってたみたい。」
日が沈み、暗くなった今もカノンたちは泊まるところを見つけられずにいた。
ギルド連合や道端の住民に聞いてあまり人が行かないような穴場の宿も訪ねたが、そこも満室だったのだからこの町に宿屋は残ってないと見ていいだろう。
食事を求める腹の虫の音を聞き流しながら空を見上げる。
「今日は野宿かな〜。」
「おや?子どもがこんな時間にどうしたんだい?家に帰らないのかい?」
盛大なため息をつく3人の元に優雅な雰囲気の若い男がやってきた。派手ではないのだが、今まで会ってきた人たちと違う上品な服を着ており、上流階級の人であるようだ。
「えっと、泊まるところがなくてどうしようか悩んでたんです。」
「旅人さんかい?」
「はい。私たちは冒険者で、今日この町に着いたばかりなんです。」
グリコとリンゴが事情を説明する。カノンは相変わらずリンゴの後ろで様子を見てるだけだった。
簡単に事情を話して大丈夫なのだろうか…。
「そうか。では、私の家に招待しよう。野宿よりは寝心地がいいはずだ。」
「えっ、でも、ご迷惑に…。」
「大丈夫、大丈夫!ただでさえ広い家だ。まぁ、君たちさえ良ければだけどね。」
男の突然だが自然な流れの提案にリンゴは謙虚な対応をする。ここで迷惑だと言うような人でなかったので、泊めてもらうことになった。
「私はウィロー・レッドホースだ。よろしく頼むよ。」
ウィローと名乗る男性の馬車に揺られながらここに来た目的や明日武道大会に出ることなど、全てではないが話せる程度を簡単に話した。命が狙われていることなどは伏せながら、慎重に話していく。
「明日の武道大会に出るのか。うんうん。いい経験になるといいな。」
ウィローは30代前半くらいのようで、レッドホース家の当主らしい。しかし、見た目や話し方からは20代くらいに見える。いずれにしても、若き当主であることに変わりはない。
ウィローは王都のことやこの国の王様のこと、普段の貴族の日常など様々なことを話してくれた。話の進め方が上手く、カノン達は退屈せずに馬車に揺られていた。
「さぁ、着いたよ。」
まだまだ話を聞き足りないと思いながらもウィローの言葉で3人は車窓から外を見る。
「おっきい…。」
目を丸くして驚くカノン達にウィローは王宮の方が大きいよと言って笑う。
そのまま、馬車は建物の前に停車し、運転手がドアを開けてくれた。
カノン達はウィローに続いて下車し、また別の人が開けてくれた扉から建物の中に入っていった。
「おかえりなさいませ、ウィロー様。」
10人ほどの執事とメイドが扉の前で道を開け並んでいる。目の前は大きな階段があり、上を見上げれば明るいシャンデリアが輝いていた。まさしく、貴族の家という感じだ。
ウィローは執事たちの前を悠然として歩き、カノン達を手招きした。
「メイド長、今日からしばらく泊まる子達だ。部屋と夕餉の支度を頼む。」
声をかけられたメイド長はかしこまりましたと頭を下げその場から離れる。
その時、少し上の方から高い声が聞こえた。
「ウィロー!なんです、その汚い子どもたちは?!」
そう言って階段から降りてきたのは凛とした印象を持つ女性だった。赤いドレスと艶やかな黒髪が妖艶な雰囲気を感じさせる。
「お母さま、ただいま戻りました。この子たちは泊まる宿がないというので連れてきたのです。」
「ウィロー、あなたはこのレッドホース家の当主なのですよ。どうせ拾ってくるなら子どもではなくお嫁さんを連れて来なさい!」
「そっちかよ!」
グリコの突っ込みで場がシーンと静まる。無言の硬直。ウィローの母は拳を握りしめ何か言いかけたその時、突然ウィローが笑い出した。
「あははは。お嫁さんはなかなか転がっていないもので。では、お母さま、小言は後で聞きますので、この小さなお客さんを案内してきますね。」
促されるまま、3人はウィローに着いて行く。しばらく歩いて、食堂らしきところに着くと、突然ウィローは腹を抱えて笑い出した。
「えっ、ウィローさん大丈夫ですか…。」
カノンに背中をさすってもらいながら落ち着こうと頑張るウィローをグリコは不思議そうに眺める。ため息をつきながらリンゴはグリコに説明をした。
「グリコ…相手は上流貴族だよ。声をかけるのもなかなかできないのに、突っ込むなんて…」
言いながらリンゴもツボにハマったらしく笑い出す。納得はしたが、行き場のない羞恥心と恐怖が出てきたようで、グリコはその場で土下座して謝り出した。その姿を見て、ウィローはさらに笑い出すから、しばらくの間食堂にはウィローとリンゴの笑い声が響いていた。
「いや〜、笑った、笑った。1年分くらい笑ったのにまだ笑えそうだ。いいツッコミだったよ。えーっと、名前なんだっけ?」
もう長いこと笑い、随分と落ち着いてきた頃、食堂のテーブルには豪華な食事が用意されていた。
馬車の中はウィローがほとんど話していて、自己紹介の暇がなかったのだ。したがって、カノンたちはまだ名乗ってさえいない。
「いや…本当にすみません。俺、マナーとか全く知らなくて…。グリコです。剣士目指してます。よろしくお願いします!」
「いや、グリコくん。突っ込むことはいいと思うよ。ただ、この国のルールがおかしくてね。まぁ、それはおいおい話すかな。」
そんな流れでリンゴとカノンも自己紹介をした。すると、ウィローはカノンの名前に反応して笑みを浮かべる。
「へぇ〜、カノンちゃんか。いい名前だね。僕の妹の娘もカノンって言うんだ。家を飛び出した妹だからそのカノンちゃんには会ったことないんだけどね。」
「ウィローさん、妹いるんですね!私たちみんなひとりっこなんですよ。羨ましいな〜。」
ウィローと話すことに慣れたのか、カノンの人見知りは影を潜め、楽しげに会話を続ける。
「ひとりっこなんだね。自慢するつもりはないけど、僕の妹はポプラって言うんだけどね、すごく美人なんだ。社交界に行けばダンスの誘いが殺到し、お茶会に行けばすぐに人が彼女の周りに集まる。18歳ですでに周囲を魅了する魅力を身につけていたんだよ。」
「わぁ!偶然ですね!私を育ててくれた母もポプラって言って、すごく美人なんですよ。村では憧れの存在でした。」
「君のお母さんもポプラって言うのか。これは運命だね。でも、僕のポプラの方が美人だよ。君たちにも会わせたかったな〜。」
「私のお母さんの方が美人ですよ。それに、お母さんが作る料理やお菓子は本当に美味しいんですよ。ウィローさんにも食べさせたかったな〜。」
お互いに顔をキラキラさせて自慢をする2人をグリコとリンゴは呆れた顔で見ていた。
「なぁ、リンゴ。気づいているか?」
「うん、ついさっき気がついた。なんであの2人気づかないんだろう。」
「貴族に突っ込むのはダメなんだっけ?」
「貴族に恥をかかせるなってことなんだけどね…。ウィローさんならいいんじゃない?」
「確かに…」
グリコはため息つきながらカノンとウィローを見る。
「お前ら、それぞれのポプラさんが同一人物だって早く気づけよ!!!」
ウィローはサークルメンバーがモデルではない新キャラです。
ポプラの兄ということで、ポプラの仲間、柳の英語を名前にとってみました!
では、また次回(^-^)/