司祭の思惑
「遅い…」
アルノルド司祭は幾度も時計を確認し、焦っていた。大司教の話は毎回約40分ほど。そろそろ30分が経過し、話も終盤にさしかかっていた。
もともとの計画ではこうだった。
朝礼が始まった頃、奴らが教会に乗り込んでくる。大司教の話が始まり10分経った頃、この場所にも乗り込んできて大混乱になる。その混乱に乗じて司令を出し、大司教を葬る。
だが、その約束の時間が20分過ぎているのだ。これは何かあったに違いない。
「…そうか、Gクラスか!」
何故もっと早く気づかなかったのかとアルノルド司祭は頭を抱える。
あの娘とカイトが大司教の側にいる時点で怪しいと思っていたはずなのに…。
アルノルド司祭は再び大司教を見据えると、懐から彼の指に対しては小さすぎる指輪を取り出した。
そして、同じ頃、同様にイライラと腰の剣に指打つ者がいた。
「遅い…」
アルノルド司祭を監視しながら、大司教の近くで待機するカイトはデコポンの忠告を思い出し舌打ちをした。
「例え、誰が黒幕かわかっても先走って動くなよ。カイトが動いた途端、大司教様に危険が迫る可能性もあるのだから。」
(くそ!あいつが動かないから、俺も動けないじゃないか!)
もういっそ、動いてしまおうかとカイトは思う。例え、危険が迫るとしてもじじい(大司教様)なら大丈夫だろう。しかし、デコポンを怒らせるのはやばいと思うと動けないまま過ごしてしまったのだ。
「カイト…?顔、怖いよ?」
相当怖い顔していたらしい。カノンが小声でしかも少し怯えながら声をかけてきた。
「わりぃ、ちょっと焦っちまった。大丈夫だよ。」
「本当?あのね、お母さんが言ってたんだけど、緊張してる時はね、終わった後の楽しいこと考えるといいんだって。そしたら、力が抜けて、上手くいきやすいんだって!」
「カノン、声大きい…。」
苦笑いしながらも肩から力が抜けて楽になるのがわかる。カイトはカノンに感謝し、もう一度会場を見渡した。
そこへ、シスターが1人、カイトたちの後ろを通り大司教に近づいていった。
「えっ?指輪が光ってる?」
カノンの言う通り、カノンの指輪が光りだした。と、同時にシスターが短剣を構え、大司教に向かって走り出す。
「このっ…!はぁっ!」
カイトは瞬時に反応し、シスターの短剣を弾き飛ばす。しかし、シスターは怯まず、それでも大司教へと向かっていく。
「なんだ、こいつ!?」
カイトは立ち止まらせようと剣の切っ先を向けるが、まるで気にせず向かってくるシスターに慌てて引っ込める。
異常を感じとった会場の者たちが何人かシスターを力尽くで引き止めた。
「カイト、その子の指輪が怪しい!壊して!」
カノンの叫びに疑問は持たず、錯乱するシスターの指輪に狙いを定める。押さえている者たちがシスターの指輪を外そうとしたが、外せないようなのでカイトが動いた。
音もなく指輪は割れて床に落ちる。すると、シスターも同時に気を失い、その場に倒れた。
「よかった。…えっ、なんで??」
元凶と思われる指輪は壊れたが、カノンの指輪の光は収まらなかった。すると、会場内の様々なところで武器を掲げた修道士やシスターたちが暴れ出した。
会場は大混乱となり、会場内の人々は右往左往しながらひしめき合っていた。
「やれやれ、まだ話の途中だというのに…。ほれ、カイトかんばるんじゃぞ。怪我人はあまり出さんでくれよ。」
「って、じじい!なに余裕ぶっこいて休んでんだっ!」
カイトは大司教に向かってくる暴徒たちを捌き、会場を見渡す。
重症ではないが、すでに怪我人が出ているようだ。早く対処しなければ…。
ふと、出入り口に向かってそろそろと動く人物を見つけた。
「くそ!逃がすか!」
カイトは大司教が使っていたマイクを手に取り、全体へ告げた。
「みんな、落ち着け!暴れている奴らは操られているだけだ!指輪を狙え!
とにかく、1人も殺さず、全員を止めるぞ!
指輪がないやつはわからん!この女の子カノンに聞いてくれ!」
「ん?えっ?えぇー!?」
カノンの驚きとは別に、会場から勇ましい歓声が聞こえる。先ほどまで慌てふためいていた修道士たちは目的を持って暴徒たちに向かっていった。
「まぁそういうことで、カノン、よろしく!」
「えっ、カイト?」
カノンも近くの修道士たちと協力して元凶のアクセサリーを壊していく。
その横をカイトは通り過ぎ、会場から飛び出していった。
「カノンちゃん、ファイトじゃ~。」
相変わらず大司教様は高みの見物だし、"やけくそだ~"とカノンは暴徒たちを止めにいった。
カイトが部屋から飛び出すと予想通りの人物がそこにいる。
「お前は…カイト・ライオネル!何故ここに!?」
「アルノルド司祭様、慌ててどこへおいでですか?」
目的はわかっているのだが、カイトは余裕を見せるためにあえてそう質問する。
「お前たちさえ邪魔しなければ…。この教会も…国さえも手に入ったというのに…!」
アルノルド司祭は相当頭に血が上っているようで、両手に魔力を集め、ステッキを創り出す。そして、魔法を放つわけではなく、そのまま殴りかかってきた。
カイトは魔法こそ苦手だが、接近戦なら司祭クラスなどに遅れはとらない。冷静に剣で捌いていく。
「ここまでだ!!」
カイトの声と同時にアルノルド司祭のステッキは弾き飛ばされ、魔力に戻り霧散する。
「さて、アルノルド!ひとつ気になってることがあるのだが、答えてもらえるか?」
「ふん、誰がお前なんかに。」
カイトは司祭に剣を突きつけ、返事は気にせず続ける。
「突然暴れだしたシスターや修道士たちとはなんなんだ?彼らの中には大司教のじじいを崇拝している者もいた。彼らの意思とは思えない。」
アルノルド司祭は口元に笑みを浮かべながら答える。
「あぁ、あれか。すごいと思わないか。アグリムドの魔石。通称"魔の宝玉"と呼ばれるものだ。原理はよくわからぬが、装着者の魔力を吸い取り、支配者の意のままに操ることができるのだ!」
「そうか、それだけわかれば充分だ。あとは大司教のじじいの前で好きなだけ懺悔すればいい。」
カイトは剣を引き、とどめの一撃の準備をする。
「なに?!こら、待て!…このっ、こうなれば最後の手段だ!」
アルノルド司祭は懐から赤い玉を取り出しカイトに見せる。
「ふふふ、この玉は食べればかの英雄のような身体能力を身につけることができるのだ!」
「かの英雄??誰だそれ?」
胸を張り赤い玉を掲げる司祭にさらっと疑問を投げると、
「うるさ~い!すごい英雄のことだ!誰だっていいだろ!」
まるで、子どものような返事が返ってきた。これでも司祭で修道士たちに教鞭を振るう先生なのだが…
「いやいや、良くないだろそれ。自分の教養のなさを見せびらかしてるようなもんじゃ… って、おい!」
カイトの冷静な突っ込みの途中で司祭は赤い玉を口に放り込む。そのまま、ガリッと噛み砕いた。
「うおおおおお!力が湧いて…く…。」
「…………。えっ?」
かの有名なすごい英雄の身体能力を身につけることができるという赤い玉を食べた司祭がカイトの目の前で倒れている。カイトは不審がりながら近づき、鞘に収めた剣でつっつくが反応がない。
「すごい英雄の力がこれかよ…。とりあえず、捕縛完了。」
特に縛るものなどは持っていないので、司祭のローブを剥がし、縄の代わりに使って捕縛した。まぁ、誰かに見張らせておけば大丈夫だろうとカイトは思う。
「なんか、すごく呆気なく終わったなぁ。つまんねー。」
カイトにとってさらに面白くないことに、会場に戻った時には暴徒は全て押さえられ、カノンが功労者として胴上げされていたことだろう。
ちょうどそこにデコポンたちも戻ってきて、活躍場所がなくなったことを理解したカイトはその場に力なく膝をついたのであった。
カノン「なんで、主人公の私よりカイトの方が場面多いのさー!」
カイト「それは俺が今後の主人公だか…ゴフッ!」
カノン「私だって大司教様守りながら大活躍だったのにー!」
カイト「わかった、わかったから叩くなって。ほら、クッキーやるから…。」
カノン「えっ、クッキー!わーいやったー!」
カイト「それでいいのかよ…。ほら、クッキー取りに行くからおいで。」
カノン「はーい♡」