カノンの脱出
暗い部屋の中で疲れて横たわるカノン。右手には刃渡りの中腹あたりで折れた剣が握られていた。
外はすでに日が沈み、明るい満月が輝いていた。
この時間になるまでカノンは外に出るために様々な工夫をしていたのだ。
結界部分は攻撃しても壊れないことは明らかだったので、壁や床、天井などから抜け出せないかと剣で攻撃していた。どうやら、結界が張ってあるのは扉だけのようで、壁や床へは剣が届く前にはじかれることはなかった。あの神官に部屋全体を包むほどの技術がなかったのか、それともカノンへの警戒が薄くこの程度でいいと判断したのか。部屋の外に結界があることも考えたが、それがあり得ないことは証明済みだ。
とにかく、いずれか一点を攻撃し続ければ穴が開くだろうと思っていたのだが、この建物は魔法で強度を上げた石造りのようだ。傷はつくのだが、1日で穴を開けて脱出するなどは不可能な話だった。それでも、外に音が届けばと思い、壁に剣を打ちつけていたのだが、剣は壁に負け見ての通り折れてしまった。
「やっぱりあの場所から出るしかないのか…。」
カノンはゆっくり起き上がり扉と向かい側の本棚を見つめる。本棚の上には窓があった。カノンは昼間、部屋に光が差し込んできたこと理由に気づき、あの窓を見つけた。本棚に登り、部屋にあった本を一冊落とし、部屋の外に結界がないこととカノンなら余裕で通り抜けられる大きさであることを確認した。ではなぜそこから出なかったのか…
「ここから降りるのか…。」
カノンは再び本棚に登り、窓から外を見た。月明かりに照らされ、青々とした芝生が見える。遥か下方に。
この部屋は4階にあるのだ。いくらカノンといえどもここから飛び降りるのは自殺行為である。
「せめて、真下に木でもあればなぁ。」
クッションになるような木があれば生きて地面に降り立つこともできるかもしれないが、近くにはないようだ。あったとしても4階から飛び降りて無事で済むとは思わないが。
「風魔法覚えておけばよかったなぁ。」
風魔法があれば地面まで減速しながら降りることもできただろう。風魔法でなくとも水魔法なら水球を作り、衝撃を吸収できるだろうし、大地魔法なら土を盛り上げて下まで降りられるかもしれない。しかし、カノンに使えるのは火魔法のしかも火の玉を作ることだけ…。
窓枠に腰掛け、ため息をつきながらカノンは上を見上げた。表情を変えない月が静かにカノンを見下ろしていた。
「…上?」
カノンが見上げた先には窓が見えた。この部屋の窓は天井に近いところに設置されている小さな窓であるが、上の階の窓は一般的な大きめの窓のようだ。
「手を伸ばせば届くかもしれない。」
カノンは身に着けているものが落ちないように確認した。剣は折れてしまっているのでそのまま置いておくことにする。窓枠にしっかり足をつけ、部屋のほうを向き、体を外に出す。つかまれるところなどないので、体を後ろにそらさないよう慎重に体を上に伸ばしていく。
「………。」
風が吹けばバランスを崩してしまいそうな不安定感。下を見れば最悪のことを考えてしまうような恐怖。
カノンはゆっくり、ゆっくり上の階の窓へ手を伸ばす。そして…
「届いた!!……っ!!」
手に触れたはずの窓枠が猛スピードで離れていく。背中から強い風が吹き付けてくる。ごうごうと風の音が耳に痛い。
カノンは今、落下していた。
グリコ、リンゴ、カイト、デコポンは中庭に向かっていた。どこを探しても見つからないカノンを見つけるため、最終手段を講じることになったのだ。
「最終手段?」
「そう、グリコだって剣士なんだから、殺気とか気配とかならわかるだろう?魔法使いなら魔法使い特有の魔力があるらしいんだ。で、それをたどる方法を使えるやつがここにいる。」
胸を張ってグリコに解説するカイトはデコポンを示しながら言った。
「疲れるから使いたくなかったんだけどね。」
カイトの言葉に苦笑しながら中庭への扉を開く。月明りに照らされた中庭は神秘的な雰囲気に包まれていた。
カノンの魔力をたどる方法というのは熟練者ならば軽く集中するだけでできるらしい。剣士が強い奴の気配を目でとらえる前に察知するのと同じなのだそうだ。しかし、カノンの実力・魔力はそこまで大きくなく、魔力をとらえやすいように魔方陣で補助することになったのだ。中庭に来たのは、その魔方陣を書くためである。
「やれそうか?」
カイトが声をかけ、答えるために振り返ったデコポンがある一点を見て困ったように言う。
「あれ…カノンちゃん?」
えっ?と思い全員デコポンの指差す真上を見ると4階の窓から5階の窓に手を伸ばそうとしているカノンらしき姿が…
カノン!!
声をかける前にカノンが足を滑らせる。
「カノンが落ちてくる…。」
「なんか既視感を感じるのは気のせいか?」
「っんなこと言ってる場合かーー!!」
状況に追いつけずこれは夢かみたいなことを言ってるリンゴとグリコにカイトは活を入れる。
いつの間にか呪文を唱えデコポンが壁に小さな足場をいくつか作る。それを確認したカイトが足場を使いカノンを目指し、お姫様抱っこのようにカノンを回収した。そのまま落下してくる。
「リンゴ、グリコ、少し離れて。」
デコポンに言われるままその場を離れる。
「”ヘルバ アレドケレ”」
カイトたちの落下地点の草が急速に伸び始める。
バサッ
その草のクッションにカイトが埋まるように落ちてきた。すると、草は何もなかったかのように小さくなり、元の地面に戻っていった。
「!!カノン大丈夫!?」
やっと状況をのみ込めたグリコとリンゴがカイトのところに駆け寄っていく。カノンはカイトに降ろしてもらい、力なくリンゴに訴えかける。
「…………!!」
必死に口を動かし伝えようとしているが、声になっておらず、リンゴたちには何を言っているのかわからなかった。
「カノン?一体どうしたんだ?」
グリコも心配そうにカノンの肩に手をのせる。そこで、デコポンが気づいたように言った。
「もしかしたら喉縛りの呪かもしれない。」
「なんだ、それ?」
カイトの言葉にデコポンはため息をつき、説明を始めた。
「少し前に講義でやってたよ。夜魔法とは少し違う、人の行動や心を制限する方法。確か解除方法は……
"汝にかかりし悪しきの呪い、我が名の元に浄化の聖光を授けん!女神の光"」
カノンの体に白い光が雪のように降りかかる。
「あのね!大司教様が危なくて、朝礼の時が大変で…それで、世代交代でそれから…。」
うん、カノン、まず落ち着こうか。
一度にたくさん話そうとして混乱するカノンをなだめ、一同はひとまず客室に向かった。