平和な村の来客
ここは国の辺境にある小さな村。モンスターといえば雑魚中の雑魚、スライムくらいしか出てこないような平和な村だ。物語はここから始まる。
カンカンカン……バシッ
「どうだ、まいったか!」
剣の代わりにしていた木の棒を肩に、ドヤ顔で決めポーズをする黒髪の少年。グリコ、16歳。
「また負けちゃった…。」
痛そうに手を抑えながら座り込み、小さなツインテールを揺らして涙を堪える栗毛の少女。カノン、14歳。
「仕方ないって。グリコの方が年上だし、カノンは女の子じゃん。」
木陰で本を読みながら、苦笑まじりにフォローを入れるふんわりとした茶髪の少女。チャコ、15歳。
よく晴れたいつも通りのお昼頃。グリコとカノンが剣の稽古をするいつも通りの日常。平和な1日だった。
いつも通りならもうすぐリンゴがお昼ご飯を持ってやってくるはず。
「グリコ、リンゴが来る前にもう一回!」
と、いいながらカノンはグリコに木の棒を打ち込む。グリコは慣れた手つきで受け流す。
「だから、いつも同じように打ってきたって当たらないんだよ。」
攻撃を受け流されてバランスを崩したカノンの頭にグリコの棒が下される。
「今日もグリコの勝ちだったんだね~。お昼持ってきたよ~。」
いつの間にやって来たのか、カゴを持った赤毛の少女がチャコの隣にいた。リンゴ、15歳。
4人は幼い頃から一緒にいることが多く、とても仲が良かった。
「そういえば、教会の前に占い師さんが来てたよ~。」
お昼ご飯を配りながら、リンゴが話すと、
「えっ、占い!行きたい、行きたい!」
カノンとチャコが食いついた。
王都から遠いこの村に旅人が来ることはほとんどなく、ましてや占い師が来るのは10年に一度くらいである。偽占い師も多いので、疑われることも多々あるが、年頃の娘たちにとっては当たっても当たらなくても楽しい娯楽なのである。
「魔法の稽古はどうする?」
年の変わらないリンゴであるが、村の中で数少ない魔法の使い手だ。カノンの魔法の稽古も担当している。
「う、占い見に行きたい…です。」
語尾がどんどん小さくなりながらもカノンは稽古をしたくないことを主張する。カノンは剣技よりも魔法が苦手で、手のひらサイズの炎をひとつ作り出すのがやっとの状態である。
仕方ないってみんなで呆れ顔しながら魔法の稽古は宿題だけにして、4人で占いを見に行くことになった。
教会の前はすでに人だかりができていた。村の3分の2が珍しい占い師を見に集まってきていた。
「ねぇ、聞いた?内容にもよるけど1回につき銅2枚で占ってくれるって!」
そんな話を耳にしてカノンとチャコはすでに銅2枚を握りしめて頷きあっていた。
この国の通貨は金、銀、銅とあり、銅100枚で銀一枚、銀100枚で金一枚となる。子供たちはお小遣いとして毎月銅10枚もらっているので、占い1回で銅2枚なら子供でも出すことができる金額である。
「カノンとチャコは何を占ってもらうつもりなの?」
まるで保護者のような状態でついてきたリンゴが尋ねた。
「やっぱり恋占いかなぁ。"私を守ってくれる白馬の王子様はどこにいますか"って!カノンは?」
「えー、どうしよう…。出会いがどこにあるかも聞きたいけど、運勢占いもやってみたいし、剣や魔法はどうやったら上達するかも聞きたいし…。」
そんなことを話しているうちに列は進む。前の人が終わったらカノン達の番になる。
「あれ?お兄ちゃん!?」
ふと前の人を見てチャコが声を上げる。そこには若くしてこの村の村長を務めるチャコの兄、テンテンがいた。
「おぉ、チャコか。君達も占いかい?すぐ終わるからな。少し待ってくれ。」
チャコとは10歳離れているとはいえ、25歳にしては村長らしく博識で貫禄のある人である。
村長テンテンの占い内容は"今年の村の収穫状況と冬越えのアドバイス"だった。
「今年は比較的豊作ですが、動物や魔物達に荒らされる暗示が出ています。見回りの強化や罠の設置をお勧めします。また、少し早めに収穫し、保管するのもひとつの方法かと思われます。
冬はとても寒くなるので、布や毛皮を多めに用意しておくといいでしょう。雪も多いので、出稼ぎに行く場合は例年より早めに出立するのがよいと思われます。」
占い師はフードを被っており顔はよく見えないが、カノン達と同じ年頃の少女のようだ。落ち着いた雰囲気をもつ穏やかな声からは不思議な威厳があり、占いの力が本物であることを皆に直感させていた。
「ふむ、そうか。罠や見回り、出稼ぎメンバーについて会合を開く必要がありそうだな。ありがとう、占い師さん。」
テンテンは銅20枚をおき、また占ってほしいと告げて去っていった。
ついに順番がやってきた。
「こんにちは。占いを生業としております。メルと申します。どのようなことを占いましょうか?」
メルと名乗った長い黒髪の少女は占いのカードを手に穏やかに微笑んでいた。
「はい、私の運命の人はどこにいるのか、いつ会えるのか教えてください!」
チャコの嬉々とした声にカノンはハッとして我に返った。この占い師を息するのも忘れて見つめてしまっていたようだ。なぜかわからないが、彼女から目が離せなかった。
いつの間にかチャコはカードを混ぜ、ひとつにまとめてメルに渡していた。
メルは手際よくカードを並べ、占いの結果を告げた。
「お相手の方は少し遠い所にいるようです。出会えるのもしばらく先になってしまうでしょう。しかし、あなたと親しい人がその方を連れてきてくれます。今は自分を磨き、その時を待ちましょう。」
どんな人なんだろうとか早く会いたいなとか言いながらもそれ以上は占ってもらうつもりはないようだ。チャコはすでに自分の世界で夢を膨らませていた。
次はカノンの番だ。メルはカノンに何を占うのか問う。
「運勢占いみたいなものってできますか?」
悩んだ末に運勢占いに決めた。メルはもちろんと言うようにカードをカノンの前に置いた。
「知りたい内容を心に浮かべカードを混ぜ、ひとつにまとめてください。」
言われた通りにカードを混ぜ、ひとつにまとめる。チャコの時とは違う並べ方だが、迷いなくカードが並べられていく。
「人生の転機とも言える大きな出来事がもうすぐやってきます。とても辛く厳しい困難が待っているようです。しかし、たくさんの人たちがあなたの味方になってくれます。運命に目を背けず、進んで行くと新しい世界に辿り着けるでしょう。」