怯える遺跡
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密集していた〈時計仕掛けの蜻蛉〉に弩砲から重量弾が放たれる。
即座に〈時計仕掛けの蜻蛉〉は散っていくが、それでも何体かは重量弾に巻き込まれ、破壊、あるいは羽根やカメラなど一部分に重大な損傷をおっていた。
傷付いた〈時計仕掛けの蜻蛉〉はリーンフォースが召喚したアルラウネと共に〈フランカーファング〉で動きを止め、リラが唱える〈フラッシュニードル〉の魔法がトドメを刺していく。
散っていった〈時計仕掛けの蜻蛉〉もレベル差があるとは言え、数に物を言わせたパルスレーザーを逃げ場なく掃射するが、それらは全て弩砲騎士の〈カバーリング〉と、彼のHPを支えるリーンフォースのヒールワークで受け止められていた。
「回復職がいると安定感が違う」
「なんのための回復職だと思ってるんだか」
「俺の周囲には嬉々として敵の腹を開く、開腹職しかいなくてな」
ラチがあかないと判断したのだろうか。
突然、パルスレーザーの連射を止めた幾多の〈時計仕掛けの蜻蛉〉が蜻蛉独特の飛空軌道をえがきながら様子見の様に周囲に散らばる。
弩砲騎士達も攻撃を止め、同じくにらみ合いとなった。
見れば、頭部にあるパルスレーザー砲の銃身の先が光始めている。
「な、なんですかね……不気味ですよ」
「うーん…これは、アレかな?」
「知ってるんですか!?」
「いや、全く」
「いくらボクでも怒りますよ!」
光は徐々に強くなり、個体によって様々な色合いを見せている。
ひどく幻想的だが、弩砲騎士達にとっては予測しえない威力を含んだ攻撃が来る合図だ。
次の瞬間、色合いや太さの変わったパルスレーザーが三人を襲った。
「む、〈カバーリング〉の再詠唱時間が終わってないぞ」
「おれは良いから、せめてリラちゃん庇ってあげな」
「勿論、そのつもりだ」
弩砲騎士が自身の影にリラを抱き、その身を壁とする。
種々様々な色合いをしたパルスレーザーがHPをがりがりと削り取っていく。
それだけではない。
ステータスには、持続ダメージや命中低下、移動阻害などの数々のデバフ効果が明滅していた。
「なるほど、チャージをして威力をあげ、BS付与の効果をつけたか」
「大丈夫…なんですか?」
「問題はない。〈ウォークライ〉!!」
弩砲騎士が叫ぶと同時に、三人に異常耐性のバフが付与される。
先程までステータスで明滅していた複数のデバフアイコンは消えていた。
「そんなことしなくても、〈ドリホリ〉には珍しい、純回復のおれがバフするのに」
「やかましい。お前のは効果が薄くてな……あと、悠々と回復だけさせる余裕は無いぞ」
「ま、仕方ないか。リラちゃん、〈エナジーウェポン〉ちょうだい」
「俺にもくれ」
「……何だか敬意が薄く無いですか?可愛いボクにやらせるんですからもっとこう、心をこめてですね!」
「盾にされたくなかったら早くしろ」
「手厳しい!」
別の意味で心のこもった脅しを受けたリラが二人の武器に魔法をかけていく。
〈エナジーウェポン〉は武器攻撃に属性ダメージを付与する特技だ。
付与した属性は“火炎”。
リーンフォースがそう指示したのである。
「それじゃ、行ってくるかな」
「援護はしてやる」
「頼むよ」
リーンフォースは片手杖と片手鞭という少々トリッキーな装備をした〈森呪遣い〉だ。
効果は杖が“詠唱速度上昇”で鞭が“再詠唱時間の短縮”である。
戦闘速度を重視したそれが最速の男のチョイスである。
「〈ネイチャーズラス〉……〈アシストアタック〉……こんなものかな、〈ウィロースピリット〉!」
召喚していたアルラウネの補助を受けながら周囲の森の木々を操作して攻撃を行う。
同時にブーツに施された“移動速度上昇”の効果と〈エルフ〉の身体能力を武器に敵陣に突撃し、かき乱す。
元々、回復職にしては攻撃技の多い〈森呪遣い〉である。
純粋に回復に特化したとしても攻撃手段にはことかかない。
とどめに発動した〈ウィロースピリット〉で〈時計仕掛けの蜻蛉〉は次々に森から伸びる蔦や枝に捕らわれていった。
「ところで、なんで火炎属性なんですか?機械なら電撃の方が効きそうですよ?」
「ああ、それはな」
唐突に〈ウィロースピリット〉で捕らえられた〈時計仕掛けの蜻蛉〉の一体が爆発する。
すると、連鎖するかの様にリーンフォースの攻撃を受けた個体が次々と爆発していった。
「……〈時計仕掛けの蜻蛉〉は、火炎属性の攻撃を受けるとオーバーヒートを起こして自爆するのさ」
「なるほど……あれ、でもそれってリーンさん危なくないですか?」
「勿論、前線に出て火炎攻撃なんかすれば、離脱が遅れると即ボンッ!と巻き込まれるな。だが、速度に関しちゃピカイチのアイツに心配はいらんよ。さぁ、俺達は安全な後衛から《ウィロースピリット》に捕まったやつらを撃ち抜くぞ~」
「戦士職の癖に思考がゲスいですよ!?」
「たまには後ろにいる戦士職がいたって良いだろう」
「いや、まぁ、リーンさんも分かってるんでしょうけども……なんだか釈然としないです、これ……」
「俺が前にでるとリラさんも前に連れてかなきゃならないんだが、それとも肩から降りるか?」
「ごめんなさい」
後方にいる二人が ─しかしパーティチャットでリーンフォースには丸聞こえである─ そんな会話をしながら生き残るエネミーを撃破していく。
目に見えて数を減らしていく〈時計仕掛けの蜻蛉〉。
その時、ふと敵陣を走り回っていたリーンフォースからパーティチャットで連絡が届いた。
『二人とも気を付けるんだよ。遺跡から何かくる。ノーマル複数に、パーティが5』
「む?」
「へ?」
遺跡を見る。
特に代わりは無い。
しかし次の瞬間、二人を覆ってなお余りある影がかかった。
キョトンとするリラの腰を支え、弩砲騎士が全速でバックステップ。
先程まで二人がいたその場に、巨大な機械仕掛けのエネミーが着地した。
ステータス名は〈時計仕掛けの破壊蝶〉。
全長7mはある、機械仕掛けの蝶に似た姿をしたパーティランクの〈時計仕掛け〉である。
蝶と違う場所があるとすれば、七門のレーザー砲台や顔の部分にハサミの様な大顎があるところか。
「ボスエネミーか」
「ちょ、ちょ、ちょっとこれは流石に危ないと思うんです!」
「いまだって十分スリリングな戦闘してたと思うんだが」
「それとこれとは別ですよ!!」
「ふむ……確かにスリリングなだけじゃ済みそうに無いな」
再び遺跡に目を向けると、似たような影やまだ細かなエネミーと思われる影が次々と排出されているのが見えた。
遺跡内に残す〈時計仕掛け〉も弩砲騎士達〈冒険者〉の迎撃に回す勢いである。
「な、なんだかいっぱいいますよ……」
「これは丁度いい。どうせなら溜め込んでる戦力全部引きずり出してやろうぜ」
「そんなの相手に出来ませんよ!?」
「誰も俺達だけで相手にするとは言ってない。いるだろ?俺達の後に9人もな!」
着地した衝撃から回復しつつある〈時計仕掛けの破壊蝶〉を〈オーラセイバー〉を発動させた拳で殴り付け、その足元を潜り抜ける。
背後で木々を薙ぎ倒しながら地面に伏した〈時計仕掛けの破壊蝶〉をそのままに、森を疾駆する。
まるでうねる様な軌跡をえがき木々の間をすり抜けていた。
「ちっ、ホバーじゃ、森はキツい、なぁ!」
「どほおさん右!右!」
「む、このカブトムシ風情が!!」
横合いから木々をぶち抜きながら突撃してくるカブトムシ型の〈時計仕掛け〉、〈時計仕掛けの甲虫〉の突撃を受け止める。
瞬時にホバーを中止し地に足を着け耐えると、突き出された角ごと〈時計仕掛けの甲虫〉の身体を弾き飛ばした。
直後、後方で起き上がった〈時計仕掛けの破壊蝶〉に弩砲を向ける。
「リラさん合わせろ!目標は複眼!0で撃つ!2、1、0!」
「ふぇ、ふ、〈フラッシュニードル〉!」
「命中!」
弩砲騎士とリラの攻撃によって〈時計仕掛けの破壊蝶〉に硬直を強いると、再びリラを支え弩砲騎士は走り出した。
リーンフォースの姿は見えないが、恐らくエルフの種族特性を活かして森の中を走り回ってるだろう。
残念ながらヒューマンの弩砲騎士は、森の木々に邪魔されて周囲の状況把握も容易では無く、肩の上でグズッているリラに周囲の警戒を頼っている状況だが。
「リーンフォース!遺跡はどうなってる!?」
『……うん、勢いは衰えてる』
「そりゃあいいな。アイツらは見えるか!?」
『うん?そうだね……』
『勝手にどっか行って勝手にピンチになるんじゃありませんよ!このポンコツ!!』
『だ、そうだよ』
パーティチャットから響いてくる怒声はバルタザール。
弩砲騎士と最も長い付き合いであり、信頼と尊敬を持って“相棒”と。
そう呼ぶ相手の声だ。
直後、少し遠い位置から、大きな衝撃音が響いてくる。
弩砲騎士は一度止まり、音のした方向を向く。
いままで近距離に密集していた他の〈時計仕掛け〉の一部がそちらに向かっていくのが見えた。
「ふふふ、待ちわびたぞ!」
「勝手に突っ込んでってそのセリフはどうかと思うんですよ!ボクをこんな目にあわせておいて!ぷんぷん!」
「でも、楽しいだろ?」
「ボクをどほおさん達みたいな怖い人達と一緒にしないでください!」
『和んでるところ悪いんだけど、報告があるんだ。していいかな?』
「どうしたリーンフォース?」
『遺跡の入り口が閉じ始めてる』
「ほう……?」
急ぎ遺跡の方向へ走る。
木々の中からチラリと覗く遺跡からは、確かに入り口が閉じ始めている様子が見えた。
恐らく大半の戦力を外に出したために、こちらの閉め出しをはかったのだろう。
完全に閉じられてしまっては、調査の続行が困難となることは受け合いだ。
ならば手段はひとつ。
「ピ、ピンチ!」
「いや、こいつはチャンスだ」
「え?え?」
「つかまれ!走るぞ!」
「ぴゃっ、なにする気ですか!?」
「今から分かる」
そう、遺跡に突入するのだ。
一度突入してしまえば、再び遺跡がその入り口を開けるのにも時間はかかるだろう。
つまり、この〈時計仕掛け〉達を遮断することになるのだ。
弩砲騎士は攻撃を繰り返す〈時計仕掛け〉を迎撃しながら、走り続ける。
「全員、遺跡に突撃しろ!走れ!」
『りょ~か~い!』
『なんで!?』
『閉じる前に遺跡に入ろうってことでしょ!』
「そう言うことだ。遺跡内部で合流しよう」
遺跡に近付けば近付くほどに相手をする敵の数は増え、撃破ではなく足止めに終始する状況へとシフトしていた。
むしろ、弩砲騎士達が足止めを喰らっていると言っていい。
刻一刻と入り口が閉じるまでのタイムリミットは迫っている。
「えーと、お、〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉!間に合うんですか!?」
「間に合わせるさ!」
全員が向かっているのと同様に、引き連れられる様に全ての〈時計仕掛け〉が集まってきていた。
正にレイド級の規模である。
12人で突破するのは少々無茶かもしれないが、出来ないことでは無い。
敵エネミーは全て見たことがあるタイプだ。
対処法も分かるし、正面からぶつかって負けるなら真横からすり抜ける、数が多いなら倒すのではなく足止めをする。
ミスをしたなら立て直すだけ。
間に合わないなら、間に合う方法を作り出す。
高レベルの〈冒険者〉とはそう言うものだ。
「面倒だ、目の前の木々を薙ぎ払うぞ。〈オンスロート〉!」
進行方向の木々を撃ち倒す。
一撃、二撃と徐々に道を作っていく。
しかし、〈守護戦士〉である弩砲騎士は単体攻撃しか持たず、その速度は遅い。
痺れを切らしたのか、それとも思い付きか、リラが口を開いた。
「えっとえっと、あった!こういうのはボクにお任せですよ!」
「何?」
「いきますよ!〈ラミネーションシンタックス〉!〈ディスインテグレイト〉!」
リラがメニューから特技を発動させると、その指先から眩いばかりの白色光線が伸びる。
光線は真っ直ぐに行く手の木々を貫くと、瞬時にそれらを分解した。
〈ディスインテグレイト〉は〈妖術師〉の持つ特殊な攻撃魔法のひとつである。
HPダメージを与ない代わりに、残りHPの少ないエネミーを即死させる効果を持つ。
また、この特技のもうひとつの特徴は、オブジェクトに対しての高い攻撃能力そのものだ。
リラは〈ラミネーションシンタックス〉で魔法の効果範囲を拡大させ、行く手の木々全てを〈ディスインテグレイト〉で消滅させたのである。
「ナイスだ!愛してるぜリラさん!」
「ふぁ、ふ、ふふ~ん!可愛いボクにかかればこんなことちょちょいのちょいなんですよ!」
「これならいける!脚部推進器、背部推進器、作動!突っ込むぞ!」
地面から浮き上がりリラを抱き抱えた弩砲騎士が突撃する。
入り口は閉じかかり人が一人入れるかどうか ─弩砲騎士から見ればかなり小さい─ というほどに狭くなっている。
このまま行けばなんとか突入できる。
だがその時、背後から大きな影が弩砲騎士を追い抜き、目の前に着地した。
人ほど大きな顔の複眼が傷付いた〈時計仕掛けの破壊蝶〉が弩砲騎士達を追いかけてきたのだ。
遺跡に突入するには止まるわけにはいかない。
しかし、目の前の機械で形作られた蝶がそれを許さない。
「おのれ……!」
「進んでくれどほおさん!」
「アキヒコか!?」
「どけぇえええ!〈ブレイクトリガー〉!!」
人よりも大きい狼……アキヒコがアイテムを使って召喚した〈魔狂狼〉が〈時計仕掛けの破壊蝶〉の側面から凄まじい速度で衝突した。
その上に乗る二刀流にしたアキヒコが両手の剣を振るいながら叫び、〈時計仕掛けの破壊蝶〉を吹き飛ばす。
少年の真横を弩砲騎士は推進器の爆発力で持って瞬時に通りすぎて行く。
「アキヒコくん!戻ってください!」
「やめろリラさん。野暮ってもんだ」
「でも!」
『アキヒコくんだけじゃあ、無いんだなぁ』
ふっと弩砲騎士を導く道を作る様に炎でできた通路が現れる。
〈森呪遣い〉の特技、〈フレイミングケージ〉。
本来は炎の檻を作る魔法だが、形を変えて敵を寄せ付けぬ壁へ応用したのだろう。
突入する直前、弩砲騎士は全身の武装を解除し防具のみとなると、スライディングしながら閉じていく遺跡へ滑り込んだ。
抱き抱えられたリラが最後に後ろを見ると、数人の影が〈時計仕掛け〉に囲まれて戦っていた。
何かを言おうと口を開いた直後
──リラの目の前で遺跡の扉が閉じきった。
大変お久しぶりです。
ちょっと遊びすぎたかもしれませんが、長く緩くお待ちいただけると幸いです。
次から遺跡攻略……いや、探検になると思います。
戦闘大好きなのでずっと戦闘してるかもしれませんが。