墜ちた竜
毎回予告と若干ズレる
〈闇夜を染める炎精竜〉が地に墜ちたその頃。
空域を離脱した弩砲騎士とリラは、〈闇夜を染める炎精竜〉の遥か後方を過ぎ去り飛んでいた。
「戻らなくて良いんですか?」
「問題は無い。それはそれとして、〈闇夜を染める炎精竜〉が何を護っていたのか気にならんか?あいつは財宝の番人として設置されるレイドボスだからな」
「なるほど!それは気になりますね!」
「だろう?」
眼下に広がるのは鬱蒼とした森である。
〈闇夜を染める炎精竜〉や取り巻きのエネミー達は強力だが、深いダンジョンの奥などに配置される彼らが、何故この様なオーソドックスで極低レベルなフィールドに配置されているのか。
それを調べるのが弩砲騎士の ─そもそも依頼の─ 目的だった。
「あれ、何かありましたよ?」
「何?」
「ほらあそこに」
リラが何かを見付けた方向に指を差す。
そこは、森に隣接した崖の一部で、地上から高い位置ではあるが上部が削れて谷の様になったその下部。
見れば、岩肌が崩れる様にして剥がれており、明らかに人工と分かる入り口の様な物が露出していた。
「なんですかね、あれ」
「遺跡……ビンゴだ、良くやったリラさん」
「へ?……ふ、ふふ~ん、ボクは可愛いから当然ですね!神様にだって愛されてるんでぎゃぶっ!?」
「なんだっ!?」
遺跡へ近付くために旋回した弩砲騎士へと、地上から何本もの光線が迸る。
直後、歯車の様な部品で身体が構築された蜻蛉の姿をしたモンスターが次々と森から飛び立ち姿を現した。
「〈時計仕掛け〉だと……あれは、アルヴの遺跡か!!」
〈時計仕掛け〉は古アルヴの遺跡に多く見られるモンスターである。
ゲームの設定として、進んだ文明を持つ古代アルヴ族が作り出した無人の機械兵器という位置付けがなされていた。
この世界で唯一と言っても良い未来的、スチームパンク的なデザインのモンスターである。
「こ、こ、攻撃します!〈フラッシュニードル〉!」
「頼む!〈時計仕掛けの蜻蛉〉が相手だと、空は分が悪いな……!」
〈時計仕掛けの蜻蛉〉はそのHPさえ多くなかったが、高い攻撃力と変則的な空中機動を行う。
基本的には頭部に取り付けられたパルスレーザー砲しか使わないが、絶え間なく連射されるパルスレーザー、そして何より大量に群れをなすその数が脅威である。
亜光速で放たれるレーザーを、最高速で空を駆け抜けながら回避していく。
次々と弩砲騎士一人に放たれるパルスレーザーはとどまることを知らず、間断無く空を埋め尽くす。
背部のブースターと脚部のバーニアスラスターにより空中制御を行う弩砲騎士・飛行形態の空戦能力は高くない。
一撃離脱に特化しているのだ。
対して〈時計仕掛けの蜻蛉〉は最高速こそ負けるもののホバリングも急加速も自由自在。
現にリラが放つ〈フラッシュニードル〉はマトモに当たらず避けられていく。
空中格闘戦を行うならば圧倒的に弩砲騎士が不利なのだ。
そして遂に数発のパルスレーザーに捉えられた。
「カトンボ如きが……!」
「どほおさん、わぷっ!」
弩砲騎士が反転し、リラを庇う様に胸の中に抱き締める。
直後、弩砲騎士に次々とパルスレーザーが直撃した。
背部ブースターから煙が吹き出し、一気に高度が落ちていく。
弩砲騎士とリラは、森の中へと墜落した。
煙が尾を引き、さながら竜が堕ちる様に
******
落下の衝撃でのたうつ〈闇夜を染める炎精竜〉にリエナの〈魔素喰らい〉が突き刺ささった。
「喰らえ……〈魔素喰らい〉ァアア!」
再生を始めた〈闇夜を染める炎精竜〉の翼を〈魔素喰らい〉で吸収し妨害する。
「あはは!精霊の身体なんか持ってるからよ!実体持ってりゃ良かったのにねぇ!!」
魔力の塊の様な精霊の身体を持つ〈闇夜を染める炎精竜〉は、リエナの持つ〈魔素喰らい〉にとって格好の餌 ─本来〈魔素喰らい〉は魔力を吸収するだけでそんな禍々しい魔剣では無い─ なのだ。
グリグリと〈闇夜を染める炎精竜〉の翼の付け根に剣をめり込ませる。
「ま、実体持ってたらそれはそれで悲惨よね」
甲高い鳴き声をあげ、反撃とばかりに〈闇夜を染める炎精竜〉がブレスを口内に溜め、リエナへと顔を向けた。
「させませんわ。〈ドーンティングポーズ〉……ほら、こっち向いて?」
カンパルネーラが割って入る。
同時にどこからとも無くキラキラとした派手なエフェクトと誰がならしているのか謎のテーマが流れてくる。
〈武闘家〉の特技、〈ドーンティングポーズ〉は範囲攻撃の対象を自分一人に変更する特技だ。
〈アイドル〉のサブ職が持つ“目立つ能力”を用いて、〈武闘家〉の特技の能力を最大限に発揮するのがカンパルネーラが編み出した戦法である。
その能力は単純に特技の強化だけには収まらない。
「まだ目を逸らさないで……?ここからが、ライブの本番でしてよ!」
カンパルネーラの背後から爆発する様にピンク色のエフェクトが広がり、〈闇夜を染める炎精竜〉の目線を覆う。
今、〈闇夜を染める炎精竜〉はカンパルネーラしか、その姿を確認することが出来ない。
必然的にブレスの対象はカンパルネーラへとその矛先を移していた。
「一撃で削りきれるものなら、削ってみなさい!〈ドラゴンスケイル・スタンス〉!!」
特技名の発声と共に半透明の龍がカンパルネーラに重なる様にして消えていく。
炎への圧倒的な軽減能力を得たカンパルネーラは、ステップを踏み、踊る様に ─〈アイドル〉の効果で実際踊っているのだが─ 前へとその身を突撃させる。
右拳を握りしめ、ブレスに向かい真っ向から殴りかかり〈カウンターブレイク〉。
さらに〈レジリアンス〉と〈ブレスコントロール〉を発動し、防御を抜けたダメージを既にかけられていた〈ハートビートヒーリング〉〈リアクティブヒール〉〈三方御饌の神呪〉のダメージ遮断障壁を重ねた強固な支援で耐えきった。
半分以上減少したカンパルネーラのHPが瞬時に全快まで回復する。
着用する貴族服の火の粉を振り払い、ブレス後の硬直を受ける〈闇夜を染める炎精竜〉へ〈カウンターブレイク〉の反動で振りかぶっていた左拳を叩きつけ〈ライトニングストレート〉。
〈ファントムステップ〉で体勢を整えながら〈ドラゴンスケイル・スタンス〉から攻撃力を底上げする〈タイガー・スタンス〉に構えを変える。
低い姿勢から〈エアリアルレイブ〉、直後に〈オリオンディレイブロウ〉を叩き込み、繋げるように〈タイガーエコーフィスト〉。
叩き込まれた連撃が時間差で大量の追加ダメージを与え、最後に〈ワイバーンキック〉を〈闇夜を染める炎精竜〉の顎下へ叩き込んだ。
「まだ倒れませんのね……一旦離れるべきですわ、リエナさん」
「腐ってもレイドボスってことよ……これ、どういうことかしらね、剣が抜けないのよ……!」
突き刺さる〈魔素喰らい〉はその刀身に呪文のスペルの様な紋様を増やしながら、〈闇夜を染める炎精竜〉へと深々と突き刺さっていく。
〈闇夜を染める炎精竜〉は悲鳴をあげながらリエナと〈魔素喰らい〉を振り払おうと身体を大きく動かす。
小柄なリエナの足は簡単に地面から離れ、剣にしがみつくしかなくなった。
「くっ!」
「ハァァァァ………凍嵐・地瀑布!」
炎の向こう側から飛び上がる人影がひとつ。
《クローズバースト》で収束した魔力を右拳に溜め、後ろに無造作に纏めた金髪をなびかせるバルタザールである。
彼が魔力を固めた右拳を〈闇夜を染める炎精竜〉の目の前の地面に打ち付けると地面から滝が昇るかの如くその炎の身体を凍てつかせた。
「お前は炎だ……だから冷気属性の攻撃が弱点。そして属性攻撃なら……」
「我らマジカル☆マーシャルアーツの独壇場よな!」
バルタザールの背後からさらに上空へと飛び上がったのはラフ。
セイレーンの翼を借り、氷柱となった〈闇夜染める炎精竜〉の真上へとその身を投げ出す。
同時に〈クローズバースト〉を用いて足へと魔力を溜めると、ウンディーネが生み出した魔法陣を突き破り魔力に属性を与えながら真っ逆さまに落下した。
その姿はまさに爆撃。
「くらうがいい!秘伝・霊波墜撃蹴!!」
ラフの蹴撃は〈闇夜を染める炎精竜〉の体を突き破りバルタザールが作り出した巨大な氷柱をも砕き、地面にクレーターを残す。
〈闇夜を染める炎精竜〉の体にはポッカリと穴が空いていた。
遅れる様にガリガリと〈闇夜を染める炎精竜〉のHPが削れていきその全てが、消え去った。
瞬間、〈闇夜を染める炎精竜〉の体がボロボロと散りはじめ、急激な勢いでリエナの〈魔素喰らい〉へと吸収されていく。
「……っと!?なに、かしらね、ほんと」
「倒せました……よね?」
「ドロップが出ないぞ?」
「……もしかして、吸収しちゃったから、とか?」
「現状、最も可能性があるとしたらそれしか……あら」
カンパルネーラに念話が入った。
相手はリラ。
「どうしたんです?」
「念話ですわ。デートに行った二人から。もしもし……え?どほおさんが……落ちた……?」
「なに……」
「待て、リーン!!」
カンパルネーラがおもわず呟いたその直後。
ちょうどこの場所に来ていたリーンフォースが顔色を変え、自身の影をブレさせたかと思うと、その姿を消していた。
*****
「どほおさんが、起きなくて、それで……!」
周囲の木々を吹き飛ばす様に薙ぎ倒し、地面に激突した二人の周囲には、急速に〈時計仕掛けの蜻蛉〉が集まりはじめている。
その数100はくだらない。
白銀の鎧は土に汚れ、各部から煙を吹くほど損傷した弩砲騎士の兜の目には光が宿らず、彼が意識を失っていることをリラに理解させた。
「お願いです、起きてください!起きて……」
〈時計仕掛けの蜻蛉〉の頭部に攻撃色が宿る。
パルスレーザーが一斉発射され、光の雨の様に降り注いだ。
弩砲騎士がその胸に庇ったリラも、今度は無事ではすまないだろう。
「護るって言ったじゃないですか……起きてくださいよ……どほおさん!」
ギシギシと嫌な音を立てて、弩砲騎士の体が動き出す。
「どほおさ……ん……?」
上に乗っているリラを地面に押し倒す格好に反転すると、〈時計仕掛けの蜻蛉〉のパルスレーザーをその背に全て受けきった。
──緊急自律機能、起動。目標ノ護衛ヲ最優先トシマス。
弩砲騎士の目に光は灯らない。
鎧から流れる機械的な合成音声が彼の意識が戻った訳では無いことを知らせる。
弩砲騎士の行動からリラを護衛目標とした魔導鎧の自律判断にすぎないのだ。
何発も、何発も、鎧が砕け変形し、装着していたブースターが爆発するほどの攻撃を受けてもひたすら機械的にリラを庇い続けていた。
「もういい……もういいですどほおさん……もういいですから……」
弩砲騎士は目覚めず、動かない。
リラの目から涙がこぼれ、彼のHPが0となるその直前
「やれやれ……らしくないなぁ。〈ヒーリングウィンド〉」
風が吹いた。
この状況において穏やかな、しかし救いの手を持つ疾風迅雷の魔法。
凄まじい早さで連射されるパルスレーザーの、その極短の連射の合間に癒しの風を発動させ、弩砲騎士のHPを回復させていく。
「いつまで寝ているんだい、どほおさん。女の子を泣かせてまで起きないつもりなのか?…〈ガイアビートヒーリング〉〈エントラストライフ〉〈エリアヒール〉」
完全に〈時計仕掛けの蜻蛉〉の攻撃が終わった瞬間、ほぼ同時に3つの回復特技を使用する。
人が認識するギリギリの間を駆る神業。
誰よりも早く、誰よりも速く、仲間達の礎とならんとする。
それこそが“最速の男”リーンフォース・ザ・プリミティブの持つ最大にして最高の技である。
「なんなら、叩き起こしてあげるよ……〈ネイチャーリバイブ〉」
弩砲騎士に、蘇生特技によりおこる衝撃を与え、大きく揺さぶりをかける。
そして、弩砲騎士の兜に薄く……だが、徐々に力強く光が明滅する。
「全く……ゆっくり寝かせてもくれないとはな」
「じゃあ、そのまま寝ているかい?」
「冗談ぬかせ……人使いの荒い優男め」
「減らず口を叩けるなら充分。早く起きるんだね」
上体を起こしボロボロになった飛行形態の鎧を、黒銀のずんぐりとした標準の物理防御形態に換装 ─装備変更─ し、立ち上がった。
「どほおさん……」
「すまん。だが、リラさんのことは死んでも護る」
「ダ、ダメです!そんなんじゃダメダメです!ぜったいにぜ~~ったいに死んだらやです!」
「死んでなんぼの盾じゃないか」
「ボクがやだっていってるんです!まさかどほおさんはこんなに可愛い子の頼みも叶えられないんですか?」
「こいつは一本とられたな……良いだろう、意地でも死んでやらん。可愛いお嬢さんに死んでほしく無いと言われたら、そりゃあ死ぬわけにはいかんよなぁ」
「愛されてるね、どほおさんは」
「モテモテさ」
「驚くほどにね」
「言ってろ」
武器を構える。
〈時計仕掛けの蜻蛉〉は変則的に動きながら次の攻撃行動に入っていた。
次の瞬間、数体の〈時計仕掛けの蜻蛉〉が発射された弩砲の矢弾に吹き飛ばされる。
反応した〈時計仕掛けの蜻蛉〉がパルスレーザーを弩砲騎士に撃ち放った。
しかし
「無駄だよ……〈エナジープロテクション〉」
リーンフォースがワンドを振るう。
直後、弩砲騎士の鎧にあたったレーザーは霧散した。
「ふっ、レーザーなんて属性の分かりやすい攻撃手段を持つのが仇となったね」
「ボ、ボクも戦いますよ!だから護ってくださいねっ!」
「勿論。……さぁ、ここからが本番だカトンボ共……〈アンカーハウル〉!」
リーンフォースが片手に鞭をさらに構え、リラが詠唱をはじめ、弩砲騎士が正面から弩砲を撃つ。
「今からお前らが獲物側だ」
絶望的な数の差を持つ〈時計仕掛けの蜻蛉〉は、いまや攻略可能な烏合の衆に変わっていた。
新たな敵が現れないと話が進まなくなってきたぞ
ちなみに弩砲騎士の物理防御形態は整備がしやすい様に他の形態と違って特殊機能があんまり無かったりします
重いのでホバー移動だけは物理防御形態にのみ搭載されてます
ヒューマンやめてる