竜の悲鳴
おひさしぶりです
リラを乗せた弩砲騎士が全速で空域を離脱していく。
直後、〈闇夜を染める炎精竜〉の鳴き声が響き渡った。
それは平衡感覚を一瞬失わせるほどに甲高く、空の隅々まで届けとばかりに広がりを見せる程の、悲鳴。
「つっ……!うっさいわね!」
「これ、ただの鳴き声ではありませんわね」
「……バルタザールよ」
「ええこれは……仲間を呼んだみたいですね」
〈マスアナライズ〉で感知距離を広げていたバルタザールとラフの二人が気づいた次の瞬間、新たな敵が姿を現していた。
恐らくは ─ゲーム的な都合で─ 分布エリアが遠かったのであろう他の竜種エネミー。
そして〈闇夜を染める炎精竜〉の取り巻きよりも遥かにレベルの低い自然系や精霊系エネミーの群れ。
その中には村人の姿をした〈離魂遊影〉の姿もある。
「これは……人……〈大地人〉……?」
「違う。……〈離魂遊影〉だ。周辺の村人の姿を取っているらしい」
『ひぃ!?なんだ……体が言うことをきかない!』
『〈冒険者〉さん…?』
『ここどこ……父さん?母さん?』
「なるほど。悪趣味だね。村人の人格すら切り取るとは」
「ゲーム時代には無かった仕様ですわ。それに体の動きと人格の不一致……魂と魄が解離してるのかしら。離魂……ふーん?」
「どうしたんです?」
「いえ……それよりもまぁ、また随分数だけ集めましたわね」
「物量で押し潰す気の様だね」
「させませんよ。私がいきます……これ以上、村人に苦しみを味わわせる訳にはいかない……秘伝・毒竜地雷衝!」
足へと溜めた魔力を地面へと打ち付けて解放し、発動した《デスクラウド》を広く拡散させていく。
無論の事、〈離魂遊影〉もその他のエネミーも付随する即死効果により全滅させていく。
バルタザールは、苦い顔だった。
「さて、じゃあ、〈デスクラウド〉の範囲外の生き残りはおれがやろうかな」
「それには及びません、リーンさん。“主よ、彼の者達に光をお与え下さい”……〈ジャッジメントレイ〉」
シアリーがかざした手から、極太の白いレーザーの様な光が放たれる。
〈施療神官〉の必殺魔法をずらしながら放つことで残る敵をなぎ払い、効果時間終了と同時にシアリーは静かに祈りを捧げた。
「彼らに安らかな眠りが訪れます様に……」
そんなシアリーに、ヘイトを上げた〈鋼尾翼竜〉が背後から襲いかかる。
近場で戦っていたアキヒコがカバーに動こうとした次の瞬間
「ダメですよ、〈鋼尾翼竜〉さん。祈りを邪魔する悪い子には、お仕置きです……〈フェイスフルブレード〉」
高速でシスター服の中から右手で引き抜かれた白銀のレイピアが〈鋼尾翼竜〉の喉元に突き抜かれた。
〈施療神官〉最強の武器攻撃スキルである〈フェイスフルブレード〉は、聖句を唱え溜め動作を行うことでその威力を武器攻撃職と並ぶほどに引き上げる特技であるが、その溜め動作が長いためにロマンスキルと呼ばれるたぐいの技であった。
だが、シスターでもあるシアリーは常に祈りの聖句を唱えることでこの溜め動作を短縮、極短い動作で〈フェイスフルブレード〉の効果を最大限に発揮させる。
〈鋼尾翼竜〉の大半のHPを削った一撃に重なる様に、シアリーは今度は左手で引き抜いた二刀目のレイピアを突き入れた。
「終わらせましょう…お眠りなさい、〈ホーリーライト〉」
レイピアから広がる白光と共に〈鋼尾翼竜〉の首が弾け飛ぶ。
二刀のレイピアを振り払いながら振り向くと、今度は〈火精霊〉の火炎魔法がシアリーへと襲いかかった。
しかし、シアリーが即座に詠唱した〈エナジープロテクション〉による火炎属性の大幅軽減により、火炎の魔法は彼女の目の前で消え去る。
「まだ、わからないのですか……残念です。“主よ、彼らに光を”……〈アージェントシャイン〉!」
シアリーが交差させた二刀のレイピアから放たれた光が周囲を飛ぶ無数の〈火精霊〉へと直撃した。
命中率を下げることを目的とする威力の低い魔法だが、遠距離から魔法を撃つ〈火精霊〉には十分な効果がある。
目を潰され明滅する〈火精霊〉には周囲のメンバーから攻撃が飛び、その姿を消滅させた。
「人に仇なす者を払うのが私の役目……さぁ、行きましょう皆さん。〈オーロラヒール〉!」
メンバー全員のHPを広域範囲回復魔法で回復すると、一人敵の只中へと突撃していく。
シアリーのベースはハイヒーラービルドのため防御力は高く無いのだが、自らに向く攻撃を〈セイクリッドウォール〉や〈エナジープロテクション〉で軽減し、抜けたダメージは〈リアクティブヒール〉で回復してしまう。
さらに攻撃しながらも回復魔法や支援魔法で味方への援護を忘れないために、一人で戦線を構築していると言っても過言では無い。
二刀のレイピアと支援魔法、それらを両立させた二刀流シスターこそが、シアリーの真の姿である。
「もう…あの人一人で良いんじゃないかな」
「シアリーのMPが先に切れるに決まってるでしょうが。ほら、行くわよ」
「はっ、そうですね!援護しないと!〈ストリートベット〉!」
「いつもどうやってあのビルドを思いついたのか不思議でなりませんわ。はっ、まさか彼女がドミナント…」
「いいから、戦ってくださいよ!!」
ブーメランセイバーを投擲し、シアリーを敵の攻撃から庇いながらアキヒコが乱戦に飛び込む。
持ち替えたロングセイバーを振るいながら範囲攻撃で敵を殲滅していく。
どちらかというとシアリーの方が華麗に戦う〈盗剣士〉じみて見えるが、盾と片手武器を駆使する本物の〈盗剣士〉アキヒコの本領はここからだ。
「数を減らします!オレの名はアキヒコ!〈ルーンナイト〉のアキヒコ!輝け……〈ブレードオペラ〉!!」
装備に刻まれたルーンが輝く。
盾で敵の攻撃をパリィし、目の前にせまる〈鋼尾翼竜〉を蹴り飛ばす。
蹴った反動を利用して回転しながら〈鋼尾翼竜〉を斬りつけ反対側を向いたアキヒコは〈雷靭竜〉の電撃ブレスを〈スウェルバックラー〉を発動させた盾で受け止める。
手元に戻ってきたブーメランセイバーを用いて再び〈ストリートベット〉を行い地上の敵を殲滅し、着地と同時に〈ユニコーンジャンプ〉。
高空で飛ぶ〈雷靭竜〉へと至近した。
「オレなら空にだって届くんだ!必殺!〈ダンスマカブル〉!」
左手の盾で〈雷靭竜〉の目線を外し、右手に構えたロングセイバーの連撃を叩き込んだ。
降下する間にもう一体の〈雷靭竜〉の翼を斬り落とし、〈ワールウィンド〉で周囲の精霊種モンスターごと薙ぎ払う。
着地を狙った〈鋼尾翼竜〉の攻撃を盾で正面から弾き返し、〈ブラッディピアッシング〉で動きを鈍らせ、手元に戻ってきたブーメランセイバーの〈マルチプルデッツ〉で仕留めた。
背後から襲いかかる虎や猪の自然系モンスターを〈エンドオブアクト〉で全滅させると、再び〈スウェルバックラー〉を発動させてヘイトを集める。
まるで殺陣や舞台の様に華麗で、しかし泥臭く盾と剣を扱う一風変わった〈盗剣士〉の姿がそこにはあった。
「ふはははは!さすがだなアキヒコ!そしてシアリーよ!我らも負けてはいられないぞ!轟撃・霊波連撃拳!!」
「待て、ラフ!ちっ、〈禊の障壁〉!」
「私がフォローに入りますわ!バルタ、ついてきなさい!」
「分かりました!」
乱戦の只中に突撃したラフを他のメンバーが追いかける。
その様子を見ていたまけないもんがふと口を開いた。
「地上は任せても大丈夫かなぁ?」
「まぁ、あの調子ならなんとかなるでしょ」
「うんうん、皆つよいもんね~!よーし、お姉ちゃんはちょっと上に行ってくるよ!篠くん行く~?」
「……僕……?……いいけど、どうするの……?」
「ん?こうするの!」
「……え……わ、わ……!!」
篠の襟首をつかんで上空に放り投げる。
高く投げられた篠に反応し、二匹の〈火焔竜〉が迫った。
そして、その四枚の羽を媒介に発生させた魔法を重ね合わせ、業火の柱と化したそれを左右から挟むように篠へと放つ。
しかし、篠に直撃する直前、跳び上がったまけないもんが篠の元へと到達し、抱き締める様に彼を引き寄せた。
「んっふっふ~♪お待たせ篠く~ん♪」
「……もが……息できな……」
「おっと。ちゃんと捕まっててねー?」
篠を抱き締める手を放すと、左手には刀身の短い小太刀を、右手には刀身の長い長刀を構えた。
「……〈流派:風守雷攻〉!」
まけないもんが左手の刀を逆手に持ちかえた次の瞬間、左の小太刀の周囲を風が渦巻き、右の長刀に稲妻が走りはじめる。
〈武士〉の持つスタイル系特技のひとつである〈流派:風守雷攻〉は、二本の刀を防御と攻撃に別ける攻防一体の構えが特徴だ。
逆手に持った刀の攻撃力が、そのまま防御に繋がるというこの特技は、防具を着ていないまけないもんにとって非常に有用な防御手段のひとつである。
素直に防具を着れば良い話ではあるのだが。
「……ど、どうするの……?」
「お姉ちゃんに全部、任せなさ~い!」
彼女は風を纏った小太刀を左の炎柱に重ねると〈受け流し〉を発動させ自らの足元へと炎柱を流し、稲妻を纏う右の長刀で〈切り返し〉を用いて炎柱を真下に叩き落とした。
そしてまけないもんと彼女にしがみつく篠の真下で無理矢理ぶつけられた業火の魔法は当然、爆発を起こす。
だが、彼女は腰布をふわりと自らの上に広げると、それをパラシュートの様に爆風の受け皿にしてさらに上空へと飛び上がった。
「……なに、それ」
「この間知り合ったお爺さんに風呂敷で空を飛ぶ方法を教えて貰ったんだ~。上手くいって良かった♪」
「…………」
篠は〈ドリホリ〉で幾多の度を超えた変人達 ─弩砲騎士とか─ を見てきたが、これほど無茶苦茶な方法には流石開いた口が塞がらなかった。
そんな篠をどこ吹く風とまけないもんは自らの左手を足元に向ける。
「〈タトゥーパターン:エンプレス〉!」
まけないもんの叫びと同時に、〈法儀族〉の特徴である身体の紋様が輝き、空中に魔法で出来た盾が出現した。
作り出した盾を足場にしたまけないもんは、同じく篠を足場におろす。
〈闇夜を染める炎精竜〉は目の前だ。
巨大な炎の身体を持つドラゴンと目を合わせながら、まけないもんが口を開いた。
「右の〈火焔竜〉お願いできる?」
「……うん……左のは……?」
「もう斬っちゃった」
篠が見るといつのまにか斬り傷でズタボロになった〈火焔竜〉が落下していくのが見てとれた。
おそらく、〈武士〉の自動反撃特技〈木霊返し〉なのだろうが、いつのまに攻撃したのか篠には分からない。
これがプレイヤースキルだけで戦うサブギルドマスターの実力なのかと、篠はちょっとだけまけないもんを見直した。
右から迫る〈火焔竜〉を篠が射ち落とす間に攻撃行動を取る〈闇夜を染める炎精竜〉とまけないもんが向き合う。
弩砲騎士に幾多の傷をつけられた〈闇夜を染める炎精竜〉の目は怒りに染まっており、例え二人と言えども容赦の無いブレスを吐き出した。
「ふっふっふ~篠くんのことは、全力でお姉ちゃんが護るからね!護っちゃうよ!?……〈叢雲の太刀〉!!」
長刀を真っ直ぐに斬りおろしブレスを断つ。
〈武士〉の持つ必殺特技である〈叢雲の太刀〉は、あらゆる種別の攻撃を斬り裂き無効化する強力な特技だ。
その性質上、発動は非常に短時間で、かつ再使用規制時間も長いが、対レイドモンスター戦において恐ろしく有効に働く。
特に、ブレスの様なエネミーですら再使用に時間のかかる技ならば尚更だ。
「いっくよ、篠くん!」
「……うん……〈天足法の秘儀〉……!」
二人のくるぶしに半透明の羽が現れる。
移動速度を向上させた二人は爆発的な速度で盾の足場から飛びだすと〈闇夜を染める炎精竜〉に次々と攻撃を仕掛け始めた。
「私はサポートに回るから、篠くん全力でぶちかましちゃえ!」
「……うん……わ、わかった……〈三方御饌の神呪〉」
篠の言葉と共に〈闇夜を染める炎精竜〉から青白い光が立ちのぼる。
同時に周囲のメンバーに強力な障壁が付与された。
ある程度の無茶が効くとなって、敵エネミーの殲滅速度がどんどんと上昇していく。
地上にいるリーンフォースが時折、〈ネイチャーズラス〉で飛ばしてくる木を更なる足場にして二人は〈闇夜を染める炎精竜〉への絶え間ない攻撃を続ける。
「サブマス……〈闇夜を染める炎精竜〉 を……地上に落とそ……」
「お?りょうか~い!それじゃ遠慮なく!〈電光石火〉!〈瞬閃〉!そんでもって~……〈一気呵成〉!!」
自らの攻撃速度を上げ、先程まで慎重に防いでいた〈闇夜を染める炎精竜〉の攻撃を無視して次々と切り札を切っていく。
篠が執拗に攻撃を加えている右の翼にまけないもんも攻撃を集中し、 遂に炎で出来た翼を斬り落とした。
再び悲鳴の様な鳴き声をあげた〈闇夜を染める炎精竜〉が地面へと向かって落下する。
精霊でもある〈闇夜を染める炎精竜〉の翼などすぐに回復するだろうが、地面に落としてしまえばこちらのものだ。
「いでよ、セイレーン!二人を受け止めるのだ!」
「いやん、ありがと、ラフちゃん!」
「私は男だからちゃんづけはよして欲しいのだ……」
落下するまけないもんと篠を、ラフが呼び出したセイレーンの突風で受け止め、引き寄せる。
炎でできた〈闇夜を染める炎精竜〉が落下した場所は、森が焼けて既にかなりの火事になっていた。
「うふふ……やっと降りてきた。ずっと我慢してたんだから」
〈闇夜を染める炎精竜〉の身体に焼かれる森の炎の向こうから、小柄な人影が現れる。
「私ねぇ、まだ全然特技切ってないのよ。だから、全力で遊べるわね……?」
人影の持ち主、リエナがその小さな背に背負う〈魔素喰らい〉をチャキリと鳴らし、両手に構えた。
「まだまだHPが残ってるみたいで嬉しいわ。さぁ……全力で殺し合いましょう……あはっ」
獰猛な笑いをもらし、〈闇夜を染める炎精竜〉へとリエナが飛びかかる。
他のメンバーも雑魚を蹴散らしながらこちらへと向かっている。
「あなたも、〈魔素喰らい〉で喰い散らかしてあげる!」
〈闇夜を染める炎精竜〉にその刃が突き刺さった。
次回は地上であがく〈闇夜を染める炎精竜〉がフルボッコにされる話……のはず。主にリエナに。
ちなみに〈闇夜を染める炎精竜〉は大軍を率いるタイプのボスなので、ソロボスタイプのレイドボスよりその能力が劣ります。