最初の冒険の終わり
思ったほどTUEEEでも無くなった
ズブリと嫌な音をたてて小夜が胸に突き刺ささる矢を引き抜いていく。
そんな小夜の手に向けて矢が放たれ、〈精霊の妖術師〉の作り出した壁へとはりつけられる。
反対の手を伸ばすがそちらも矢に貫かれ壁に釘付けにされた。
両手を封じられた小夜に、さらに何発もの矢が放たれる。
「〈禊の障壁〉」
しかしその矢は全て小夜の前面に展開された障壁に阻まれた。
「ぁぁぁあああああああ!!」
〈狼牙族〉の特徴である幻耳と幻尾が現れる。
雄叫びと共に壁にはり付けられた矢ごと手を引き抜くと、今度こそ胸の矢を抜き去った。
口から血の塊を地面に吐き出し、掌を貫通する矢を口にくわえてグチュリと抜き、〈快癒の祈祷〉で傷を回復した後、薙刀を握りしめ、〈思念鏡影〉へ向けて駆け出した。
「良くも人のこと穴だらけにしてくれたな……」
放たれた矢を地面から跳び上がり躱す。
ヒラリと宙返りをして〈精霊の妖術師〉の生み出した魔力の壁に足をつけると、小夜はそのまま壁を横走りに疾駆した。
何発も放たれた矢は走る小夜の背後に次々と突き刺さっていく。
止まれば当たるだろうが、止まらなければ当たることは無い。
「弓を扱うなら予測撃ちくらいしたらどうだド素人め!」
壁を蹴り〈思念鏡影〉へ跳躍。
勿論それは直線的な跳躍であり、空中であることもあって身動きを取れない小夜に容赦なく矢は放たれる。
薙刀で斬り払い、身を捻り、空いた手で矢を掴みとり、頭部を狙った矢は噛み砕いた。
それは技術などどこふく風とばかりに身体能力にものを言わせた野性的な防御であり、突撃である。
「たかがノーマルランクのザコ如きが調子に乗るなよ!」
〈思念鏡影〉が間合いの優位を保とうと後退する。
だが、直後にその動きが止まった。
小夜が〈思念鏡影〉の背後に障壁を出現させ、壁としたのだ。
「障壁にはこう言う使い方もある……もうひとつ見せてやる」
〈思念鏡影〉の目前へと着地した小夜は獰猛な笑みを浮かべる。
近距離で放たれた矢を伏せる様にかわし、得物である薙刀の間合いまで一気に駆け抜け薙刀を構える。
薙刀には、刃先に沿って衣の如く障壁がはられていた。
「とっておきだぞ」
障壁に設定された、ダメージを遮断できる耐久量。
これはキャラクターのHPに良く似ている。
小夜はこれを攻撃に転用出来ないか考え、そして編み出した。
障壁の属性を反転させ、設定された耐久量に相当するHPダメージを与える。
無論、自分や味方に付与する障壁を攻撃に転用するため防御がおろそかになるが、それを補って余りある状況を作り出すための諸刃の剣にして必殺の刃。
護るための障壁ではなく、攻めるための鬼の障壁。
それこそが小夜のとっておき
口伝:〈単衣障鬼〉。
「くたばれ!」
薙刀が振り抜かれる。
刃が纏う剣呑な輝きを放つ障壁が〈思念鏡影〉に触れた瞬間、そのHPが一瞬で0になった。
元よりノーマルランクモンスターのHPは〈冒険者〉に比べて大きく劣る。
比例して〈冒険者〉に付与される障壁の耐久力もHP換算で見れば莫大だ。
ノーマルランクの〈思念鏡影〉が耐えきれるはずも無かった。
「……設定値の半分ってとこか。まだまだ精進が足りないな」
奪われた弓を拾いあげ肩に担ぐ。
ふわりと梅の花が舞った。
「いい加減に俺の弩砲を返せ!〈オーラセイバー〉!! 」
「援護する、どほおさん!」
「小夜さんかっ!?」
〈飛び梅の術〉という転移魔法を用いて壁の向こう側に転移した小夜は、弩砲騎士とどつきあっていた〈思念鏡影〉に弓の狙いをつける。
再び〈単衣障鬼〉を発動、今度は矢に障壁を纏わせた。
弓から放たれた矢が〈思念鏡影〉に触れると、先程と同じ様にそのHPが瞬時に0となり、〈思念鏡影〉は消滅する。
「相変わらず恐ろしい技だな、おい……」
「良いから武器構えて。ほら、バルタザールさんの居る方」
「む?了解した」
首を傾げながら弩砲を構えた弩砲騎士の横で小夜もまた弓を構える。
バルタザールの居る方とは言ったが、そこと弩砲騎士のいる場所は魔力の壁で区切られている。
撃っても壁で止まってしまうだろう。
「で、どうするんだ?」
「もう少し……きた!」
小夜の言葉と同時にバルタザールとの間を塞いでいた壁が消滅する。
「撃て撃て撃て撃てっ!!」
「ははっ、何をしたんだ小夜さん。まるで魔法使いだな」
「魔法使いだよ!」
弩砲騎士と小夜が次々と矢を放つ。
それはまっすぐとバルタザールと組み合う〈思念鏡影〉へ向かっていき
「上手く避けてバルタザールさん!」
「は?わあっ!?」
バルタザールが慌てて飛び退くとそこに何発もの矢弾が降り注ぐ。
標的である〈思念鏡影〉は飛び退く暇もなく降り注ぐ矢弾の餌食になった。
小夜の口伝:〈単衣障鬼〉の矢と、弩砲騎士の放つ高威力の炸裂矢 ─傍目から見るとミサイル─ の連続爆撃には耐えられず、呆気なく〈思念鏡影〉は散っていった。
「全く。ノーマルランクとは言え面倒くさいのと当たったものだ」
「バルタザールさんは大丈夫?〈治癒の祈祷〉」
「ありがとうございます。あの程度の相手、魔石さえ奪われてなければ……」
「精進が足りんようだな」
「武器持ちで苦戦してたのは誰だっけ」
「………」
「ところでリエナさんは?」
バルタザールの言葉に三人が〈精霊の妖術師〉の居た辺りを向く。
そこには、何か光のオーブ ─恐らく〈精霊の妖術師〉─ に〈魔素喰らい〉を突き刺すリエナの姿があった。
魔力の壁が消えたのは、リエナが〈精霊の妖術師〉にトドメをさしたからなのだろう。
〈魔素喰らい〉の刀身に刻まれた文字が一文だけ増えると、光のオーブはその姿を徐々に消していく。
リエナは、〈魔素喰らい〉に魔力の塊である〈精霊の妖術師〉を喰わせていたのだ。
「これでおしまい。ねぇ、見て見て!また少し模様が増えたわ!」
「なんというか……段々禍々しくなってないか?その剣」
「そう?」
「リエナさんのサブ職〈カースブレード〉に関係しているのかもしれないな」
「あら、カッコいいわね!何か決め台詞でも考えようかしら」
「やらんでいいやらんでいい」
三人のじゃれあいを他所に、バルタザールは村へと静かに祈る。
犠牲になった村人、そして確かにここで生きていた〈離魂遊影〉………。
ただの偽善、欺瞞かもしれない。
だがそれでもバルタザールは彼らの魂が安らかに眠ることを祈った。
「そろそろ良いかバルさん?」
「……ええ、お待たせしました」
「良いさ。先に進もう……と言いたいが今日はここで休むことにする。落ち着かないかもしれないが」
「使わせて貰いましょう。彼らの弔い合戦は必ず」
「ああ、勿論だ」
「……なんだ?何か聞こえないか?」
「あ?」
「なにかしらね……これって、羽音?」
「!?上だっ!」
四人が上を見上げる。
そこには翼を持つ竜種と精霊の群れ。
翼が極端に発達した翼竜〈鋼尾翼竜〉。
その顎から雷光のブレスを迸らせる〈雷靭竜〉。
四枚の翼に炎の魔力を蓄え強大な火焔魔法を操る〈火焔竜〉。
彼ら竜の回りをふよふよと漂う人魂〈彷徨える光〉。
同様に漂う明るく燃えるような赤い光のオーブ〈火精霊〉。
そしてその大群の背後から姿を現したのは
数十といるモンスターの大群の背後にあってなお視認できる程大きく
暗くなりはじめた夜の空をひどく明るく照らす炎を全身に纏い
雷鳴と火炎のブレスと共に飛来する
レイドランクモンスター〈闇夜を染める炎精竜〉。
精霊種であり、竜種でもある財宝の番人である。
「おいおいおいおい……今日はマジでなんだ。厄日か」
「〈闇夜を染める炎精竜〉が出張ってきたってことは、何かレアアイテムでも置いてあるのかしら?」
「そんな呑気のこと言ってる場合ですか!?」
「囲まれたな」
「……来るぞっ!散開!」
四人が散る。
直後、炎と雷のブレスと魔法が叩き込まれた。
同時に〈鋼尾翼竜〉や〈彷徨える光〉と言ったモンスターが四人を襲うために地面へと急降下する。
「あはっ!良いわね!楽しめそうだわ!」
「普通はこう言う状況だと撤退するんだがな。この数にレイドランク。パーティで勝てるはずも無い」
「冗談でしょ?」
「いや待て。今の俺の言葉のどこが冗談に聞こえたんだ」
「どの道この包囲を崩さないと撤退も出来ませんけどね」
「面白い。叩き落としてやる」
四人でマトモな戦闘になるはずは無かった。
たが、四人の中に絶望している者はいない。
「ふん、ただでは死んでやらん。貴様らに〈冒険者〉の意地を見せてやろう」
弩砲から放たれた鉄矢が〈鋼尾翼竜〉を撃ち落とす。
だが、〈彷徨える光〉が〈鋼尾翼竜〉に近付くとそのHP回復させ、〈彷徨える光〉は消滅する。
〈彷徨える光〉は戦闘能力は高く無いが、こうして周囲のエネミーを自らの命と共に復活させるために条件さえ揃っていれば非常に厄介なエネミーとなる。
「ちぃ、〈彷徨える光〉を先に倒さねばダメか!」
「私がやります……秘伝・毒竜地雷衝」
バルタザールがその足に魔力を溜め、地面を踏みつける。
瞬間、魔力の波動が周囲に広がり、それに触れた〈彷徨える光〉が消えていく。
〈妖術師〉の範囲魔法である〈デスクラウド〉。
触れたモンスターのHPを徐々に失わせ、〈彷徨える光〉の様な遥かに格下の相手には即死効果を持つ魔法である。
「正にバルサンだな、バルさん」
「やかましい!…これで大分数が減ったでしょう」
「気を抜くなバルタザールさん!〈護法の障壁〉!」
〈デスクラウド〉の詠唱により動きの止まったバルタザールに上空から大量のブレスと魔法が襲いかかる。
〈妖術師〉であるバルタザールの防御はPT中最低であり、当たればひとたまりもないだろう。
「させるものかよっ……!」
バルタザールを庇う様に弩砲騎士が割ってはいる。
戦士職の共通特技である〈カバーリング〉だ。
吹き荒れる雷光と爆炎がおさまると、そこには無事な姿のバルタザールと
片腕を失い、鎧のあちこちから煙をあげる弩砲騎士の姿があった。
「どほおさん!」
「俺のことは構うな!それよりも敵に集中しろ。大規模戦闘に慣れてませんなんて言い訳は通じないぜ」
「くっ……すみません」
「気にするなよ。これでも戦士職だ」
小夜が障壁をはったとしても、敵の数が多ければ障壁で受け止めきれるものではない。
四人は劣勢だった。
「行くぞ。敵の攻撃は俺が受け止める!全力でやれ!」
「…分かりました。頼みましたよ、相棒!」
「任せておけ、相棒」
バルタザールが〈鋼尾翼竜〉の群れに突撃する。
「まとめて吹き飛べ。雷嵐閃!」
「余所見なんかさせねぇよ!〈アンカーハウル〉!」
低空であろうと自在に飛び回る〈鋼尾翼竜〉を〈クローズバースト〉で威力をあげた広範囲魔法で駆逐していく。
無論のこと広範囲に効果を及ぼす魔法のヘイト上昇値は高い。
比例して上がるヘイトは全て弩砲騎士が抑えていた。
「〈祓の障壁〉、〈鈴音の障壁〉……くっ、〈治癒の祈祷〉!クソがっ!邪魔だトカゲ野郎!!」
小夜が弩砲騎士が落ちないように魔法を重ねがけしていく。
辺りを飛ぶ〈火精霊〉や〈雷靭竜〉に弓を撃ち悪態をつきながらも全力を尽くしていた。
「リエナ嬢!コイツを使えっ!」
「きゃっ、と。弩砲?」
「片腕が無くてもう扱えなくてな。リエナ嬢なら扱えるだろう?」
「ふふ、面白いわね。ありがたく使わせて貰うわ」
本来は腰だめに構える弩砲を、体格差のためにリエナは肩に担ぐ。
上空を飛ぶ〈闇夜を染める炎精竜〉に狙いをつけると躊躇なく弩砲の引き金を引いた。
「デカイ図体してるからよ」
ブレスを吐こうと業火を溜めていたその口に発射された矢弾が直撃する。
〈闇夜を染める炎精竜〉は咆哮をあげ、のけ反った。
レイドボスの予備動作中に特定部位を攻撃することで起こせる技のキャンセルだ。
「どいつもこいつも狙いやすくて助かるわね!」
リエナは〈暗殺者〉の遠距離攻撃スキルを発動させながら上空を飛ぶモンスターを次々と撃ち落としていく。
だが、弩砲を撃つためにその場で動かぬリエナにもモンスターの大群による攻撃は降り注ぐことをやめなかった。
〈守護戦士〉専用装備の弩砲は、〈暗殺者〉のリエナには重すぎたのだ。
「〈護法の障壁〉……は、まだか!〈祓の……〉」
「もういいわ小夜。ごめん、皆。先に逝ってるわね」
リエナの言葉と共にそのHPが0となり
「このっ、〈単衣障鬼〉……がっ……!」
敵の真ん中で戦う小夜のHPが0となり
「これ以上は……次は倒しますよ、必ず」
範囲攻撃にさらされたバルタザールのHPが0となった。
「……〈インドミタブル〉か」
弩砲騎士だけは蘇生技で少量のHPと共にその場に立っていた。
上空には遠距離攻撃上等のモンスター、周囲には高レベルの〈鋼尾翼竜〉、そしてレイドボス〈闇夜を染める炎精竜〉。
「俺が最後……良いだろう、あがかせて貰う!最終武装展開!リミッター解除!」
弩砲騎士の周囲の空間が歪み ─メニューを操作して─ 巨大な砲身やバックパックが接続 ─装備を変更した─ されていく。
「うおおおおおおおお!!」
狙いなどつけずただひたすらに撃ち続ける。
精霊と竜の大群も張り合う様に弩砲騎士へと殺到した。
装甲が吹き飛び、砲身がひしゃげ、足がもぎ取られ地面に這いつくばる。
それでも砲身を動かし続け、狙いをつけた。
最後の標的は〈闇夜を染める炎精竜〉。
弩砲騎士が引き金を引くと同時に〈闇夜を染める炎精竜〉のブレスが弩砲騎士へと放たれる。
「覚えておけよ……貴様の天敵は〈冒険者〉だ」
太陽の様に燃える竜が、震えた様に……見えた。
夢追い中毒共の最初の冒険は、こうして終わりを告げる。
次回はアキバの大神殿から。
PTメンバー増やします。