影真似の村
リエナ無双回になった
「どこまで行っても森、森、森……ここはどこなの……」
「ゲーム時代はここらに村があったはずなんだがな」
小夜のぼやきに弩砲騎士が答える。
今、四人は〈大恐竜〉との戦闘によって当初進むはずだったルートを大きく外れていた。
現在地が分からない小夜、リエナ、バルタザールの三人にとっては弩砲騎士の記憶だけが頼りである。
「でも、調査範囲ってことはその村大丈夫なわけ?〈大災害〉からこっち誰も確認してないんでしょ?」
「……モンスターの異常分布などありますから心配ですね。この近くなら、手分けして村を見つけましょうか?」
「……いや、その必要は無さそうだ……あったぞ」
弩砲騎士の示した先に、ちょうど木々の途切れた空間があった。
ガサリ、と木々をかき分けて出た空間。
そこに村があった。
「これで一息休めそうですね……」
「誰かいるな。おーい!」
小夜の声に視線の先にいた一人の村人が気付くと笑顔で近寄ってくる。
「やぁ、〈冒険者〉さんとは珍しい。どうかなさったのですか?」
「ええ、少しこちらの村で休ませて貰おうと思いまして。構いませんか?」
「勿論、構いませんとも。あ、では村長を呼んできましょうか。〈冒険者〉さんが来たなんて聞いたら、きっと喜ぶぞ」
「そう言われるとなんか照れくさいな……」
バルタザールと小夜が村人と談笑する中、その後ろにいたリエナが突然剣を抜き、その村人の首を……はねた。
赤黒い血を吹き出す身体がぐらりと崩れ落ち、流れる血は赤い池を作り出す。
「リ、エナさん?何を……」
「良く見なさいソイツらの名前を……〈離魂遊影〉よ!」
ハッとして見れば、村人はその身体を影の様なノッペリとしたものに変え、落魄を起こして消えていく。
消える直前、そのステータスには確かにノーマルランクモンスター〈離魂遊影〉の名前が記されていた。
「武器攻撃職の前でそんなチャチな化け方が通じるなんて舐められたものね!どほおさん、右の建物!」
背後で静かに弩砲を構えていた弩砲騎士が、ゆっくりと始動する。
「イエス・マム」
了解の返事と共に弩砲から矢弾が放たれた。
直撃を喰らった民家は崩れ去り、内部からは上半身の吹き飛んだ〈離魂遊影〉がヨタヨタと出てきて崩れ落ちる。
「村全体が〈離魂遊影〉……?」
「言っておくがゲーム時代は普通の村だったぞ」
「……じゃあ、ここの村人達は……?」
「〈離魂遊影〉は自身のコピー元を襲うってのは覚えてるか?つまり、そういうことだろう」
暗に「全員殺された」のだと弩砲騎士は言った。
気付けば続々と〈離魂遊影〉が集まってくる。
その全てが恐らく村人と思われる〈大地人〉の姿をしていた。
「やるぞ。戦闘開始だ」
弩砲騎士の号令と共に〈離魂遊影〉との交戦がはじまった。
〈離魂遊影〉はコピーした対象に応じて強さが変わる。
〈大地人〉の村人に化けた〈離魂遊影〉の強さなど、大したことは無い。
『ああ、あああーーー』
『痛い、痛い、痛い』
『死ぬ、死にたくない、死にたくない……』
だが、その姿が、その声が、〈大地人〉としての全てが〈冒険者〉達にのし掛かっていた。
悲鳴をあげながらもモンスターとしてそうあるべきと組まれた〈離魂遊影〉は攻撃を止めず。
あっと言うまに四人の反撃のもと、殲滅されていった。
『どうして、こんなこと、するの?』
「……!!……すみません」
最後の、幼ない少女の姿をした〈離魂遊影〉にとどめをさし、戦闘が終了する。
村を見回りもしたが、生き残りは見つからず……先程まで普通に生活していたかの様な痕跡が見つかるだけだった。
「……くっ、こんな、こんなことが」
「余り気に病むなよバルさん。〈離魂遊影〉のことも、村人のことも」
「分かっています。分かっていますが……やりきれませんよ」
「………外で二人が待ってる。行くぞ」
弩砲騎士とバルタザールが出口へと足を向けたその時
『ちっ、なんなのよコイツら!』
『しまった武器を……』
小夜とリエナ、二人の声が外から聞こえた。
同時に、派手な戦闘音が鳴りひびく。
弩砲騎士とバルタザールはそれぞれの得物を構えると、外へと一気に飛び出した。
「どうした!?何が……!?」
外へ飛び出すと同時に、二人へと影の様な何かが取りつきはね飛ばす。
着地し体勢を戻し周囲を見れば、バラバラに飛ばされた四人の目の前に、一体ずつの影が降り立っていた。
──四人それぞれの得物をその手にしながら。
「……武器を奪われたか」
「私も魔石を奪われました。魔法の威力が激減ですよ」
「あっちゃー、二人も奪われちゃったのね」
「も、ってことは」
「リエナさんは剣を、私は弓を奪われた」
四人の見つめる先で、四つの影はそれぞれの得物の主をかたどった影絵の様な形へと変わっていく。
「……〈思念鏡影〉か」
装備やアイテムに最も深く残る記憶からその姿を写しとる〈離魂遊影〉と同種の上位個体モンスター。
出現すると倒すまで装備をひとつ奪われるなど、ゲーム時代から嫌われるモンスターのひとつだった。
「なんで〈思念鏡影〉がこんなところに」
「異常分布と関係がありそうだ。たしか、種族は精霊だったか」
「ねぇ、何かいるわよ」
リエナの示す先、〈思念鏡影〉が並ぶ奥にユラユラと揺らめく光の玉がある。
ステータス名は〈精霊の妖術師〉。
多種の魔法を操る精霊系モンスターである。
「〈精霊の妖術師〉?おい、今日はなんのパレードなんだ。誰か妙な儀式でもしてるんじゃないだろうな」
「知らないわよ。その調査に来たんでしょうが」
困惑する四人の目の前で〈精霊の妖術師〉が一際強く輝きだした。
次の瞬間、四人を隔てる半透明の壁が出現する。
まるで〈思念鏡影〉と一対一の勝負をさせるかの様に。
「障壁……とは違うな」
「バルタは解除できないの?」
「魔石が無い今は無理ですね……すみません」
「……まぁいい。お望みなら相手をしてやるだけだ」
〈精霊の妖術師〉は手を出すつもりは無いのか壁を出して以降、何のアクションも起こさない。
四人は自らの得物を持つ〈思念鏡影〉に相対した。
「ふん、武器を奪って俺達と同じ能力なら勝てると思ってるのか」
「舐められたものね」
「この村の現状は恐らく、コイツらが引き起こしたことに間違いなさそうだ」
「……だとしたら余計に負ける訳にはいかなくなりましたね」
四人と四つの影が交戦する。
最初に動いたのは弩砲騎士。
鈍重な鎧に身を包む彼だが、初速の動作やスキルの発動速度はPTで最も速い。
「俺の得物が弩砲だけだと思うなよ……!」
背中に装備されたバックパックの形が変わり、持ち手の様に変形した部分を弩砲騎士は一気に引き抜いた。
そこに出現したのは巨大な斧。
重い特殊金属を使用し、ただひたすら威力を求めた弩砲騎士専用の両手斧、その名も〈ヒュージアックス〉である。
「おお……ぉぉぉおおおおお!!」
〈ヒュージアックス〉の刃の背に付いたブースターが起動し、凄まじい速度で突撃をはじめた弩砲騎士に対し、〈思念鏡影〉も弩砲を撃ち応戦する。
〈思念鏡影〉の攻撃は弩砲騎士の装甲を確かに貫いているが、弩砲騎士は止まらなかった。
止まるつもりなど無いのだから。
「リミッター解除っ……!この距離なら!!」
両手に握る〈ヒュージアックス〉を振り下ろす。
尋常ならざる速度で振り下ろされた斧は、その刀身を半ばまで地面に埋めていた。
「……手応えが無い……!?」
〈思念鏡影〉の身体が霧の様に崩壊していく。
動きを止めてしまった弩砲騎士の顔面に、霧の中から砲身が突き出され、激しい金属音と共に撃ち出された矢弾が直撃した。
「ぬぉあっ!」
「どほおさんっ!……くっ!」
弩砲騎士に意識を向けたバルタザールに遠距離から〈思念鏡影〉の幾多の魔法が襲いかかる。
どれもバルタザールが得意とする魔法だ。
「この魔法は……なるほど、私達の能力を完全にコピーできるのですか。ですが……〈クローズバースト〉を使わないのが、気に入りません!」
〈ルークスライダー〉で瞬間転移を行い〈思念鏡影〉へと接近する。
同時にその場で左足を軸に回転、遠心力を加えた右足をバルタザールの影絵となった〈思念鏡影〉に叩き付けた。
〈思念鏡影〉の体が霧状に崩れていく。
「それじゃあ……ただの〈妖術師〉です!」
〈ライトニングチャンバー〉。
だが、如何に身体を霧散させようとも弾ける轟雷の魔法には抗えない。
「私は……“格闘家”だ!」
再び〈ライトニングチャンバー〉の雷光が弾けた。
しかし、影色の霧の中から伸びる手がバルタザールを拘束する。
「……何!効いてないのか!」
「違う!魔石を奪われて威力が出てないんだ……ちぃ!」
小夜が薙刀で、自らに放たれた矢を斬り払う。
そして自らに障壁をはりながら突進。
「喰らえっ!」
一刀。
薙刀が降り下ろされる。
遠距離から撃たれる矢は厄介だが、懐に飛び込めば弓は使えない。
だが、霧の体をもつ〈思念鏡影〉に単純な物理攻撃は効果が薄い。
「なら、これでどうだ!“体持たぬ者を斬り払う力を与えよ”!」
小夜が薙刀に霊符を張り付ける。
刀身が不思議な淡い光を帯びた。
武器の物理ダメージを魔法ダメージへと変換する消耗アイテムである。
「バルタザールさんのを見る限り、魔法は通じるんだろうが!」
回転させる様に振り回した薙刀を〈思念鏡影〉へ叩き付けた。
次の瞬間、ガラスの割れるような音が響きわたる。
薙刀は、〈思念鏡影〉に届く直前で止まっていた。
「障壁っ!?」
〈思念鏡影〉は小夜の姿をした影へ戻ると、弓を構え矢を放った。
近距離から放たれた矢は小夜の胸を深々と貫き、〈精霊の妖術師〉の作り出した壁へ突き刺さった。
小夜を張り付けにするかの様に。
「がっは……!」
「あら?みんなやられちゃったの?」
リエナの姿をした〈思念鏡影〉の大剣が振るわれた。
リエナはその大剣を受け止め、そのまま影絵の体を右の手刀で斬り上げる。
「ふ~ん、物理ダメージを軽減するのね。精霊だから魔法ダメージにもそれなりに強いのかしら」
〈デッドリーダンス〉。
短い再入力規制時間内に連続使用することで威力の上がる攻撃スキルである。
「それに三人を抑えるなんて中々優秀ね……でもね」
左手の手刀を〈思念鏡影〉に突き込んだ。
「良い気になるのは早いわよ……〈シャドウバインド〉」
影絵の体自身を縫い止められ動きを止める〈思念鏡影〉。
そして再び右の〈デッドリーダンス〉。
「ゲーム時代は知らなかったんだけど、〈暗殺者〉のスキルって素手でも発動できるのね」
すかさず左手で〈アクセルファング〉。
〈シャドウバインド〉の効果時間が終了し、〈思念鏡影〉が動き出す。
だが、〈アクセルファング〉のスキル効果で移動したリエナがその背後から三度目の〈デッドリーダンス〉を放った。
「いくらダメージを軽減しても無駄よ……その程度で〈暗殺者〉の攻撃に耐えられると思ってるのかしら!」
〈思念鏡影〉の振るう大剣をものともせず、リエナは突き進む。
〈ヴェノムストライク〉〈デッドリーダンス〉〈クイックアサルト〉〈デッドリーダンス〉〈レイザーエッジ〉〈デッドリーダンス〉〈ウェポンバッシュ〉〈デッドリーダンス〉……
ダメージこそ低いが、素手だからこその高速連続攻撃は大剣で小回りの効かない〈思念鏡影〉に容赦なく突き刺さる。
「一撃で死なないなら死ぬまで殴り続けてあげるわ!」
危機感を感じた〈思念鏡影〉が、反撃とばかりに大剣を構え……〈アサシネイト〉を繰り出す。
この距離で避ける手段はリエナには無い。
「あはっ!そうよね!そうこなくっちゃね!!」
リエナは右手で〈思念鏡影〉の〈アサシネイト〉に自らの〈アサシネイト〉をあわせた。
普通なら威力の大きい大剣を持つ〈思念鏡影〉が勝つだろう。
だが、リエナはさらに左手で〈エクセプショナルブロウ〉を繰り出し、2発の高威力攻撃によって〈思念鏡影〉の〈アサシネイト〉を打ち破った。
「バルタに習ってて良かったわ」
リエナが両手を握りあわせ振り上げる。
小さな両手にはまるで頑強な戦槌の如きプレッシャーが宿っていた。
「本当は両手武器専用スキルなんだけど……こうすれば発動出来ると思わない?」
そして体勢を崩した〈思念鏡影〉に振り下ろす。
両手武器専用スキル〈エクスターミネイション〉。
渾身の力を込めて全身で武器を振るい強力な一撃を放つ……『即死効果』の付いたスキルである。
「おやすみ!……武器は返してもらうわね」
両手で作った拳骨がリエナを模した〈思念鏡影〉のHPを削りきった。
そして奪い返した〈魔素喰らい〉で魔力の壁の一部を切り裂き、〈精霊の妖術師〉に単身向かっていく。
「あまり〈ドリホリ〉を舐めないことね。まだ負けちゃいないのよ……特に、あなた達が小夜に勝てる確率は」
張り付けにされた小夜の手が動き、自身の胸に突き刺さる矢を掴んだ。
――ゼロよ
その目は、金色に輝いていた。
次回は小夜さん無双回…の予定。
普通の〈冒険者〉はソロだとマトモに戦えません。