最深部到達
降りおろされた三振りの剣を受け止めた弩砲騎士の鎧が、ギリギリと悲鳴をあげはじめる。
高機動形態専用鎧は肩部バインダーに装着された大盾により幾多の種類がある弩砲騎士の魔導鎧中、最硬の防御力を誇る。
しかし、高機動形態のSTR補正は最低……つまりパワープレイは不可能。
さらに言えば肝心要の大盾は既に両肩から消えて久しい。
「む……!」
バチン!という音と共に弩砲騎士の鎧から火花が散り始めた。
〈時計仕掛けの人形騎士〉三体の攻撃を受け止めた弩砲騎士の鎧は、既に限界を迎え始めている。
ただ、最も
「〈ヘヴィアンカー・スタンス〉」
──攻略方法が分かっている相手に、苦戦するつもりなど無いのだが。
「捕まえたぞ、人形……バルさん!」
3体いる〈時計仕掛けの人形騎士〉のうち、正面の1体へと弩砲騎士の身体から鈍く輝く鎖が伸びて巻き付いた。
〈ヘヴィアンカー・スタンス〉は目の前の敵1体を足止めする〈守護戦士〉の特技だ。
効果中は自分も相手も移動できないという実に〈守護戦士〉らしい特技であるが、この状況においては非常に有効である。
「……雷華閃」
〈時計仕掛けの人形騎士〉の背後から声が響いた。
直後、〈時計仕掛けの人形騎士〉の1体の腹部から雷撃を纏った拳が突き出る。
同時に腹部を貫かれた〈時計仕掛けの人形騎士〉は全身が一瞬発光するほどの電撃を受け、その機能を停止した。
弩砲騎士は腕を回し残る2体の〈時計仕掛けの人形騎士〉の剣を掴むと、そのまま力尽くで引き寄せにかかる。
無論、お互いの力は拮抗するため引き寄せることは出来ない。
動きと視線を固定する一瞬の隙を作り出せれば良いのだ。
「どうだ機械人形?貴様らの優勢はもう消えたぞ」
喋りながら〈スタンドアウト〉を発動。
バルタザールに振り向こうとする〈時計仕掛けの人形騎士〉の注意を再びこちらに向ける。
ガラス玉の目が弩砲騎士に向いた瞬間、左の〈時計仕掛けの人形騎士〉の顔の中心から大剣が突き出てきた。
一撃で倒れはしないが、攻撃を喰らった時点でこの人形の命運は決している。
大剣の先には、不気味な笑みを浮かべたリエナがいた。
「やってくれるじゃないのよ……あはっ、でも殺り方が分かれば簡単よね」
突き刺さった大剣、〈魔素喰らい〉の柄にはリエナがぶら下がっている。
〈時計仕掛けの人形騎士〉の体長は大きく、リエナの足が地面に着かないのだ。
彼女は〈魔素喰らい〉の柄を基点にして身体を一回転させると、その勢いでグリッと突き刺した〈魔素喰らい〉を捻る。
2体目の〈時計仕掛けの人形騎士〉は顔面を抉られ、そのHPを0へと移した。
「思ったよりHP少ないわね。手応え無さすぎよ」
弩砲騎士が再び発動させた〈ヘヴィアンカー・スタンス〉で動きを止めた最後の〈時計仕掛けの人形騎士〉の後頭部をリエナが蹴り飛ばす。
もう一撃と放たれたリエナの蹴りは、〈時計仕掛けの人形騎士〉が一瞬視線を向けて回避された。
視線が外れた瞬間に弩砲騎士もパイルバンカーを突き付けるが予測していたかの如く〈時計仕掛けの人形騎士〉は鉄杭をすり抜ける。
「チッ、避けんなってのよ!腹立つわね!」
「学習しているのか……動きが良くなっているな」
「面倒くさい機能つけてんじゃないわよ!」
〈時計仕掛けの人形騎士〉が空中のリエナへと剣を振り抜く。
彼女は腕でそれを防御するが、踏ん張れる土台としていた ─落魄の始まった人形騎士に刺したままの─ 〈魔素喰らい〉ごと吹き飛ばされた。
攻撃の隙をつこうと弩砲騎士が攻撃を行うが、それも再び回避される。
「それで良い……それで……」
〈時計仕掛けの人形騎士〉の注意がリエナと弩砲騎士に完全に向いたこの時。
静かに構えを取り、攻撃の機会を伺っていた格闘家が動いた。
「詰みだ」
狙うは必殺。
イメージするのは極限に研ぎ澄まされた針の様な一撃。
“相棒”と呼ぶ弩砲騎士のパイルバンカーの鉄杭の如く、弩砲から放たれる鉄矢の如く。
「やれ、バルさん!〈ウォークライ〉!!」
「シッ……!」
千の針を自らの拳に圧縮した〈フラッシュニードル〉が〈時計仕掛けの人形騎士〉に炸裂した。
弩砲騎士に視界を奪われ、耳を塞がれた人形に察知の術無く。
バルタザールの一撃に、その身体を傾がせた。
「こいつ手こずらせてくれたわね」
「攻略方法が分かれば大したことは無いですね。戦士職がいないと勝てない相手ですけれど」
「聴覚を奪い、視界を固定するタウント特技を持ってるのは戦士職と〈盗剣士〉だけだからな……」
弩砲騎士は装備を元のずんぐりとした物理防御形態に換装すると、弩砲を腰に固定しながら後方へと下がっていく。
入れ替わる様に〈大地人〉達についていた小夜と篠が弩砲騎士の前へと出た。
「〈神祇官〉より後ろに下がる〈守護戦士〉に違和感を覚えなくなったのはいつだったか」
「……〈ドリホリ〉に入ると……す、すぐ慣れるよね……」
「おかげで一時期知り合いのPTと全く連携できなくなったトラウマが……」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く配置についたらどうだ?」
「分かってる。〈大地人〉は任せた」
「ああ、任せておけ。リラさんはどうする」
「……ハッ!?ボ、ボクも後ろにいきます!」
リラが走り出す目の前。
篠と小夜が弩砲騎士と共に入り口ですれ違った次の瞬間。
弩砲騎士の頭上から巨大な石の扉が降ってきた。
「ぬ、ぉおおおお!?」
即座に弩砲から手を放し、鎧のせいで稼働範囲の狭い足を動かし膝を着き、両手の平を上に向け石の扉を受け止める。
高起動形態のままだったなら、パワーが足りず潰されていた。
とはいえ、安堵の息はまだ吐けない。
現在進行形で弩砲騎士は潰されかけている。
「どほおさん!?」
「今度は何のトラップ?」
「いや、これはトラップじゃない……前だ!」
リエナとバルタザールが即座に弩砲騎士から視線を外して反転。
見れば、ほとんど暗闇だった部屋の壁に、パッパッと次々と明かりが灯っていく。
蝋燭などでは無い。
見た目は丸い石の様だが、これは間違いなく電灯。
古代アルヴの遺跡らしい演出といえる。
そうして照らされた部屋の奥には、表面に幾つもの文字の羅列を流し続ける大きな箱……いや、コンピューターの端末らしきものが見えた。
さらにその端末の左右には円筒形の発電機が合わせて二つ。
そして端末と発電機に挟まれる様に巨大な長方形の塊が、恐らくはこの遺跡の……
「マザーコンピューターか!」
「やっぱりここがボス部屋です!入り口のはトラップじゃない!PTメンバー以外を締め出すためのゾーンの区切りですよ!」
「え、じゃあどほおさんが潰されかけてるのってただの偶然?」
「クソが、厄日すぎるわ!」
「……ひ、日頃の行い?」
「ほらほら、可愛いボクに対する態度を改める時が来たんですよ、どほーさん!」
「貴様らよりは品行方正だな……!」
弩砲騎士がひたすら耐えている間にも、ボス部屋の変化は止まらない。
周囲を囲む壁から等間隔に長方形のスリットが現れた。
人ひとりが余裕で収まりそうなそのスリットの中には、〈時計仕掛けの人形騎士〉が収まっている。
スリットには既に四つ空きがあり、それが先程倒した奴らなのだろう。
〈時計仕掛けの人形騎士〉は一斉に起動すると、全く同じ動作で壁のスリットから部屋へと足を踏み入れた。
「ゾロゾロと気持ち悪いわね……空気読みなさいよ」
「これはマズイですね……どほおさんがあれですから、正道の攻略方法は厳しいですよ」
「……でも、勝てなくはない……」
「ああ、こいつらには、な」
小夜が見つめる先。
マザーコンピューターの頭上の天井が開き、そこから何か繭の様な物が降りてくる。
「サナギ?卵?何かしらね」
「違う、あれは……」
繭がゆっくりと開いていく。
開いた中には、人型ではあるものの、しかし人から逸脱した機械仕掛けの姿を持つ何かがいた。
「──翼だ」
繭の様にその身体を覆っていた“機械仕掛けの翼”が強く羽ばたくが如く広がり、その全容を顕現させる。
足は無く腰から下は円錐形の機械が伸びだけで、身体は〈時計仕掛けの人形騎士〉の様に騎士を模されているが、〈時計仕掛けの人形騎士〉の二倍近く大きい。
関節部からは歯車が剥き出しになっていて、歯車同士が噛み合う音を響かせ不気味だ。
目はやはりガラス玉の様で、その両手には特異な形状の両剣を二振り装備していた。
神々しく輝く真っ白な装甲には紅金のラインが走り、頭部の直上に光のリングが回るその姿は天使に酷似している。
〈時計仕掛けの告死天使〉
それがこの遺跡のボスの名前だった。
「告死天使……大層な名前ね。でも、どれだけ強いってのよ」
リエナが〈ガストステップ〉で一気に距離を詰め、〈アクセルファング〉を発動させた神速の速度で斬りかかる。
既に小夜によってリエナに障壁が展開されていた。
初手において敵エネミーの能力を見定めるのもリエナの役目だ。
無論、本人の趣味もあるのだが。
「死になさいよ、あはっ」
リエナは横薙ぎに〈魔素喰らい〉を振り回し、〈時計仕掛けの告死天使〉にぶちあてた。
告死天使の名を持つ防衛機構はそれを片手の両剣で受け止めると、手首を高速で回転させ〈魔素喰らい〉を絡めとる。
リエナは舌打ちと共に〈魔素喰らい〉から手を放すと、素手で〈時計仕掛けの告死天使〉に殴りかかった。
〈時計仕掛けの人形騎士〉の様な絶対回避機能は無いらしく、大きさも相まってリエナの小さな ─込められた威力は全く小さくないが─ 拳は直撃する。
「……チッ、ノーダメージ?」
しかし、〈時計仕掛けの告死天使〉にダメージは無い。
そのHPは1ドットたりとも減っていなかった。
リエナは〈魔素喰らい〉を掴み直し、落下する。
それを合図にした訳では無いだろう。
だが、リエナの着地と同時に両手の指よりも多い〈時計仕掛けの人形騎士〉と、宙に浮かぶ〈時計仕掛けの告死天使〉がこちらの番とばかりに一斉に攻撃を開始した。
「ぬ、ぐぅぅうう!〈アンカー……〉」
「ダメよ!今あんたにヘイト向かれてもこっちが対応できないわ!」
「しかし……ぐぬ……」
〈時計仕掛けの人形騎士〉だけならばまだいい。
勝てはせずとも負けはしないだろう。
〈時計仕掛けの人形騎士〉自身のHPもそう多くは無いのは四度の交戦で分かっている。
機転を効かせば倒しきれる。
しかし、〈時計仕掛けの告死天使〉という強力な不確定要素がそれをさせない。
攻撃を見舞っても両手の両剣で防いでしまい、そこを抜けても何故かダメージは無い。
その両剣の威力も絶大であり、〈魔素喰らい〉でガードしたリエナの防御を抜いてダメージを与えてくる程だ。
「どほおさん……!」
「リラさん……すまんが、扉の下から這い出るのを手伝ってくれ」
「我々も協力します……何かつっかえ棒の様なものがあれば……おい!丈夫なもん何でも良い。持ってこい!」
防御能力の低いバルタザールも早々に後ろに下がり、前衛組の援護やリラや後方の〈大地人〉と共に弩砲騎士を救出しようと試みる。
だがその前衛のリエナ、篠、小夜も入口の側へと徐々に押し込まれていた。
「マズイ……マズイぞ……」
「避けて避けて避けまくってんじゃ無いわよ!〈ペインニードル〉!」
リエナがスローイングダガーを〈時計仕掛けの人形騎士〉に投げ付ける。
無論、当たることは期待していない。
しかし期待はずれと言うべきか……〈時計仕掛けの人形騎士〉はその攻撃を回避しなかった。
〈ペインニードル〉の毒々しい輝きを纏ったスローイングダガーは〈時計仕掛けの人形騎士〉に直撃し、衰弱のバッドステータスを与える。
「は?」
「……よ、避けなかった……」
今まで回避を行い続けた〈時計仕掛けの人形騎士〉が、回避しないと言う事実。
石の扉に潰されない様に踏ん張りながら、弩砲騎士は視線を巡らせた。
そして気付いたその先に。
「──マザーコンピューターだ!奥を狙え!」
突破口は見えた。