状況は変わり続ける
「〈大地人〉の皆さんは、後退を!」
「篠、リラ!足止め行くわよ!」
「……う、うん……」
「わ、分かりました」
〈シャドウバインド〉や〈アストラルバインド〉と言った足止めのみを目的とした特技が〈時計仕掛けの人形騎士〉に向けて放たれた。
これらは回避が不可能に近い技のために確実に効果を与えられる。
しかし、その他の攻撃特技はその尽くを見切られていた。
「ゲームバランスのためとはいえ、必中攻撃が無いのがこんなに腹正しくなるなんて思わなかったわね!」
「〈フラッシュニードル〉!〈フラッシュニードル〉!……もう、一発くらい当たってください!」
「……リ、リラちゃん……ヘイト上がってる」
「へ?わひゃあっ!?」
リラがしゃがんだその頭の上を、〈時計仕掛けの人形騎士〉の大剣がすり抜けていく。
ボス級エネミーの攻撃が紙と呼ばれる程の防御しかない〈妖術師〉に直撃すれば、ひとたまりも無い。
正に間一髪と言ったところだ。
「あ、あわわ……ボク悪い〈妖術師〉じゃありませんよ?可愛いだけのいたいけな〈妖術師〉ですよ~!?」
「ふざけてる暇があるなら牽制くらいしなさいよ!」
「ごめんなさい!」
どれ程強力な攻撃を放っても、避けられれば意味は無い。
今この場において、あらゆる攻撃特技は牽制にしかならないのだ。
MPが切れないように、彼らは小技を駆使し続ける。
「どうする……どうする……!」
〈大地人〉達を十分に下げたバルタザールは、足止めしか出来ないこの状況に歯噛みしていた。
〈時計仕掛けの人形騎士〉の攻撃をいなしながら、様々な事を試し観察する。
しかし、突破口が見つからない。
「魔法も、物理も、広範囲も、ホーミングもダメですか……!くっ!」
その時だった。
〈時計仕掛けの人形騎士〉の背後、通路の奥。
僅かな光に煌めき、風を切って飛来するそれは鉄で出来た矛のごとき巨大な矢だ。
とてつもなく重いソレが高速で突き進んでくる光景は、一見すると訳の分からない恐怖だが、正体を知っている者にとっては新たに心奮い立たせる希望となる。
「…………どほおさん」
風切り音に反応し、回避を行う〈時計仕掛けの人形騎士〉。
余りにもギリギリのタイミングだと言うのに、当たり前の様に回避される。
しかし、脇をすれ違う瞬間、鉄の矢弾がガラスが砕ける様な音と共に爆発した。
紙一重の距離で発生した爆発は、今まで全ての攻撃の尽くを回避してきた〈時計仕掛けの人形騎士〉にはじめて与えた有効打。
そして、通路の奥から“きゅらきゅら”とも“ぎゃりぎゃり”ともつかぬ音が響いてきたのは同時だった。
*****
「当たった!」
「よし。やはり視界外からの攻撃と近接爆破は有効か」
〈フェイクデス〉と言う特技がある。
名前の通り“死んだフリ”をするだけの全職業共通で取得できる特技だ。
ゲーム時代は無防備になる代わりに多量のヘイトを下げる技だったそれは、〈大災害〉を経てシステム側のサポートを受けた恐ろしくリアルな“死んだフリ”を行う特技へと変貌していた。
夢見る弩砲騎士と小夜の二人は、〈時計仕掛けの人形騎士〉に攻撃が通じないとみるや、〈フェイクデス〉を行い人形の騎士の目を欺けるかどうかの賭けに出たのだ。
そして、賭けは成功した。
「次弾撃つぞ。照準と爆破タイミングは頼んだ」
「ああ。こっちが死んだか確認もしない人形に、やられっぱなしは癪だ」
小夜が弓矢を構える。
そして、その矢に沿うように微調整されるのは長砲身の“弩砲”だ。
さらに、その弩砲は“きゅらきゅら”とも“ぎゃりぎゃり”ともつかぬ音をたてる重機の足の様な車輪……そう、キャタピラを土台として繋がれていた。
弩砲騎士の鎧を研究、開発しているラボの面々によって作り出された弩砲騎士専用の騎乗アイテム ─弩砲騎士は重すぎて馬に乗れない─ だ。
弩砲騎士と小夜の二人は、このキャタピラの上に乗り、通路を全力疾走しながら〈時計仕掛けの人形騎士〉に攻撃を仕掛けていたのである。
「エッゾ帝国のパーツは出来が良い。安定性が違う」
「そういうものなのか?」
「うむ。何せ、俺の弩砲の反動をほぼ完璧に抑えてやがるからな。全く良い仕事をする」
弩砲騎士が今装備している長砲身の弩砲は、狙撃用弩砲と呼称される遠距離狙撃に特化した弩砲だ。
開発ラボの面々によりただひたすら射程のみを極められたその弩砲は、驚くべき長射程を備えているがロールアウトと同時に欠陥品と認定された曰く付きの試作装備である。
理由は単純で、〈ヒューマン〉であり〈守護戦士〉の弩砲騎士がそれほどの遠距離を知覚出来ないからだ。
そして、弩砲騎士が知覚出来る距離ならば、狙撃用弩砲以外の弩砲で届く。
しかし、ここにいるのは弩砲騎士だけではない。
〈狼牙族〉で〈神祇官〉の小夜がいた。
「もう少し上、やや右寄りに」
「了解。射角修正」
〈狼牙族〉の種族特技のひとつに〈ウルフズアルファクション〉と呼ばれるものがある。
狼の名を関する種族として、その嗅覚を効果的に扱えるようになる特技だ。
これにより、姿の見えない敵の位置を察知することができる。
そしてもうひとつ。
敵の確実な位置を知るために小夜が用いている特技があった。
〈神祇官〉の持つ特殊なスキル、《式神遣い》だ。
式神を召喚するだけの特技ではあるが、召喚した式神は使用者と感覚を共有し、視界外の敵の姿も正確に捉えることが出来る。
どちらかと言えば小夜よりも篠が得意として多用する特技だが、何も小夜が全く使いこなせないということはない。
これらの特技を用いて小夜は、敵の姿を目視できない弩砲騎士の代わりに、〈時計仕掛けの人形騎士〉を捉える目として動いていた。
「今!」
「発射」
長い砲身から、これも専用に作られた細長い形の矢弾が射出される。
それは確かに小夜が弓矢で想定した軌道と同じ軌道を走っていく。
だが、小夜の仕事は〈時計仕掛けの人形騎士〉を狙うだけでは終わらない。
「〈単衣障鬼〉!」
放たれた弩砲の矢弾に、障壁がまとわりつく。
そしてそれは鋭利な翼の様な形に変わると、矢弾の軌道を調整する。
〈時計仕掛けの人形騎士〉は既にこちらに気づいている筈だ。
ただまっすぐ飛ばすだけでは通用しない。
ならば、無理にでも近接させるのみ。
そして、〈時計仕掛けの人形騎士〉が紙一重で回避する瞬間、矢弾にまとわりつかせた〈単衣障鬼〉を爆破するかの様に弾けさせる。
そうしてHPを削ること ─後方にいる〈大地人〉から流れ弾をそらす目的もある─ までが小夜の仕事だ。
「どほおさんの予想が当たって良かった。やっぱり、アイツは目と耳でしか周囲の状況を判断してない」
「結構。そこがつけ入る隙になる。機械人形の癖に杜撰な設計なのはいただけないがな。赤外線センサーとか、後ろに目をつけるとか色々あるだろうに」
「そこまでされたら、もっと勝てないでしょうが……」
「違いない……次弾装填完了。三発目、行こうか」
「分かった」
再び、二人は獲物に狙いを定めた。
*****
「なるほど。視界外からの攻撃、ですか」
パーティチャットから漏れ聞こえる弩砲騎士と小夜の会話から、他の四人も目の前の〈時計仕掛けの人形騎士〉の攻略法を知る。
つい先程まで絶望的な強さに思えていたこのボスエネミーも、今となっては少々難易度が高い攻略対象にしか見えなくなっていた。
「となると……」
「……足止め……手を止めちゃダメ……」
最も素早く動いたのは篠。
二人が行う長距離砲撃に何が必要かを瞬時に気づき、そのサポートをする。
〈時計仕掛けの人形騎士〉は最初の砲撃で弩砲騎士達の狙いに気付いただろう。
紙一重での回避を行われなければ、この攻撃は成功しないのだ。
ならば……足を止めさせてどうあがいても紙一重で回避するしかない状況に陥らせる。
弩砲騎士の矢弾の直撃を喰らう方がダメージが多いのだから向こうも回避せざるを得ないのだ。
篠が驚異的な速度で和弓を連射し、遅れてバルタザールが足止めに加わる。
二人が再詠唱に入ると、今度は入れ替わりにリエナとリラが足止め役として、特技を発動させた。
「あはっ!良いわね、風が向いてきたわ!」
「こんな地味なこと、可愛いボクがやる様なお仕事じゃ無いんですけどね!」
次々と飛来する弩砲の矢弾と小夜の障壁が、〈時計仕掛けの人形騎士〉のHPを削っていく。
まだ見えないが二人も近づいてきているのだろう。
キャタピラの音が大きくなり、同時に弩砲の発射音まで聞こえてくる程となった。
〈時計仕掛けの人形騎士〉付近の通路の壁には、《単衣障鬼》の爆砕の衝撃であらぬ方向へと曲がった矢弾が幾本も突き刺さっていく。
不安気だった〈大地人〉達も、形成の逆転を認識するや表情を変え、彼ら〈ドリホリ〉の援護をはじめる。
完全に動きを止められた〈時計仕掛けの人形騎士〉のその命は、風前の灯だ。
「もう少しで、倒せます!」
「なら、そのトドメは貰おうか」
〈時計仕掛けの人形騎士〉の視界の先で、遂に最もこの人形の騎士を苦しめた者共が姿を現す。
既に小夜は弓を降ろしており、弩砲騎士も狙撃用弩砲からその手を放している。
凄まじい勢いで通路を爆進するキャタピラから小夜と弩砲騎士が飛び降りると、弾を撃ちきった狙撃用弩砲を載せたままのキャタピラだけが〈時計仕掛けの人形騎士〉に突っ込んでいく。
それを見ている弩砲騎士の手には、剣の柄の様な形のスイッチが握られていた。
「くたばれ、人形野郎」
弩砲騎士がスイッチを押し込む。
直後、〈時計仕掛けの人形騎士〉の間近でキャタピラが爆散し、彼の人形のHPを0へと変えた。
〈単衣障鬼〉ではなく、キャタピラに仕掛けられた自爆装置を起動させたのである。
無論、狙撃用弩砲とキャタピラは粉々に壊れるが、そこまで ─弩砲騎士にとっては─ 高価な物ではない。
惜しむ気は無かった。
後には、落魄の始まった〈時計仕掛けの人形騎士〉とキャタピラ、狙撃用弩砲の残骸が混ざりあって残るだけだ。
弩砲騎士は、そこに使い終わったスイッチも投げ入れた。
「これで片付いたな」
「相変わらず贅沢な使い方をするよ」
「何、安いもんだ。勝てないよりマシだろう?金ならある」
「まぁそうだろうけど……」
欠陥品だから棄てても良いとは弩砲騎士の弁だが、どうやら小夜には勿体なく映るらしい。
“金ならある”……ゲーム時代からの弩砲騎士の口癖は、幾多のプレイヤー達をなんとなく複雑な気分にさせてきた言葉であった。
「無事だったんですね、どほおさん、小夜さん」
「そっちも無事で何よりだバルさん」
「あんたみたいに無茶する様な連中じゃないもの。そりゃ無事よ」
「リエナさんは無茶がしたかったんですか……?」
「………」
「したかったんですね!?ボクは嫌ですからね!」
「……も、もう遅い気もする……」
「うう……なんでボクここにいるんですか……」
「まぁ良いじゃないか。勝てた訳だし……先に進もう」
〈時計仕掛け〉の残骸が残る以外は、いたって平穏となった遺跡の通路を進む。
トラップも見当たらず、〈大地人〉達にもようやく安堵の空気が広がっていく。
だが……
「……この先の部屋、風が止まってるな」
「ボス部屋……だろうか」
「ど、どうします?」
「行くしか無いでしょうね」
「……それ以外、無い……」
「何でも良いわ。ここを通れば、ダンジョンクリアよ!」
そういってリエナが真っ先に足を踏み入れた瞬間。
彼女の小柄な身体が、凄まじい勢いで吹き飛んだ。
完全な不意討ちで、マトモな防御に成功していた様には見えない。
「リエナさん!」
「待て、下手に動くなリラさん!」
銀色の閃光が煌めき、金属同士が激しく削りあう音が間近でする。
部屋の中に思わず踏み込んだリラの目の前で、彼女を庇う様に弩砲騎士が3体の〈時計仕掛けの人形騎士〉の剣を受け止めていた。
次話からクライマックス。もうすぐでこの話も終わります。