後ろと前と
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「〈単衣障鬼……魂装の陣〉!!」
小夜が展開した障壁が、その身に沿うように姿を変えた。
薙刀に触れた障壁はその刃を大きく伸ばし、元々鋭い半月状の石突きに新たな刃が。
小夜の身に触れた障壁は、まるで厚手の肩羽織の様に新たな和服を形作った。
「…セイッ!」
刀身の伸びた薙刀で重武器の如く2体の〈時計仕掛け〉を巻き込んで叩き落とし、真下に降り下ろした反動で飛び上がると身体を丸めてクルリと回転。
正面から迫る〈時計仕掛けの蠍〉の毒針を斬り落とし、石突きにできた刃でトドメを刺す。
〈時計仕掛けの蜻蛉〉の放つパルスレーザーを発動させた〈石凝の鏡〉と障壁の装束で受け止めると、大きく薙刀を振るい数体の敵を薙ぎ払った。
「やるな、小夜さん」
「特訓したから。サブマス相手に、ね!」
応えながら小夜は〈ワイルドランナー〉を発動させ、通路の暗闇から迫る幾多のモブエネミーへと斬り込む。
〈単衣障鬼・魂装の陣〉は、トグル式の持続特技を参考に、障壁を武具へと変化させる口伝である。
障壁を付与する特技を常に自分へ向けて発動するためMP消費が激しく〈神祇官〉としての回復能力も大幅に落ちるが、小夜個人の総合的な戦闘力を引き上げるため、少数で多数を相手取るこの様な状況には適していると言えた。
「少し厳しいか?」
「諦めて後ろに流しても良いんだぞ」
「馬鹿を言うなよ」
小夜が跳び上がるのを見計らい、夢見る弩砲騎士が両肩部のシールド裏に隠された魔導砲と左手に持った小型魔導砲の三門同時斉射を行う。
低威力とはいえ連射される魔法弾により勢いの衰えた敵群へ、天井を蹴った小夜が襲いかかった。
一撃で倒せなくてもHPが削れれば良いと、薙刀を振り回しながら縦横無尽に駆け回る。
小夜に向かって回転突撃してくる〈時計仕掛けの団子虫〉を、壁を蹴って割り込んだ弩砲騎士が前方に稼働させた肩部シールドでもって弾き飛ばし、飛び掛かってくる〈時計仕掛けの蟷螂〉へパイルバンカーを叩き込んだ。
「…普通、盾って手で持つものじゃなかったか?」
「高機動形態ではその辺も実験的にな。コンテナも肩に載せられるんだから別の装備も付けられるんじゃ無いかと意見が出たのが始まりで、ついでに様々な新技術が実験的に使用され、最軽量ながらも最硬の防御力を………」
「もういい。もういい!」
敵愾心に関係なく〈時計仕掛け〉の群れは弩砲騎士達の後ろへ抜けようとしてくる。
そのお陰でたった二人でも大したダメージを受けずに済んでいた。
とはいえ二人で抑えられる数を超えてきために、かなりの数を仕留め損ねている。
〈時計仕掛け〉をいなしながら通路を直進し、出現地点である部屋に二人が飛び込んだ次の瞬間
「外ほどでは無いとはいえ、ワラワラと」
「勝手に落ちるなよ、どほおさん」
「そっくりそのまま……!?」
蒼白い光が迫る。
反射的に〈カバーリング〉を発動した。
直後、弩砲騎士の右肩に接続されていたシールドが弾けとんだ。
〈ヴァイカリウスシールド〉が起動し、弩砲騎士の身代わりとなって壊れたのだ。
「ちっ…〈魂装の陣〉解除!〈四方拝〉!」
「コイツは……!」
薄暗闇の中で一対の目が光っていた。
*****
「始まりましたね」
〈大地人〉を連れた一行が歩く通路の先から、戦闘音らしき連続したエフェクト音が反響して聞こえてくる。
先行した弩砲騎士と小夜が敵エネミーと遭遇したのだ。
一行も身構える。
数分後、傷付いた数体の昆虫型〈時計仕掛け〉が姿を現した。
〈時計仕掛け〉は一行を認識すると動きを変え、その身に備えられたレーザー砲を稼働させる。
後ろには大地人。
避けるという選択肢は無い。
「……〈護法の障壁〉……」
「先手必勝よ!〈ペインニードル〉!」
最後尾にいる篠が障壁を展開し大地人を護る盾とした。
同時にリエナが呪毒を塗った短剣を投げ、〈時計仕掛け〉の一体を破壊する。
〈時計仕掛け〉が爆散した煙の中からリラの〈フラッシュニードル〉が立て続けに放たれ、残る〈時計仕掛け〉も全て破壊された。
通路の向こうから聞こえる戦闘音は徐々に激しさを増していく。
恐る恐る通路を進む一行に、次の脅威は予想外の方向から訪れた。
「……上!!」
「〈討伐の加護〉……〈犬神の凶祓い〉……」
トラップだ。
尋常ならざる高速で通路を突き進んでいった弩砲騎士と小夜に反応しきれず、通路のあちこちに残る迎撃機構である。
〈大地人〉の列が半ばも過ぎた辺りで狙ったかのように天井から細い棒に吊るされた球体が複数せり出してきた。
〈大地人〉には分かるものは少ないだろうが、ゲーマーである〈冒険者〉には一目で分かる。
遺跡を護る砲台だ。
だが、出現直後に篠の放った矢が砲台を次々と射抜く。
〈式神遣い〉により広い感覚で警戒できる〈神祇官〉だからこそ出来る芸当であった。
「……み、みんな……油断しちゃ……ダメ……」
「すみません、私としたことが」
「……う、うん……気を付けて……〈天足法の秘儀〉」
速度上昇の支援魔法をPTに付与する。
今いるメンバーの内、バルタザールとリエナは最大火力が近接攻撃に偏ったビルドだ。
さらにリラや篠も移動速度が上がって損をすることは無いどころか対応の速度も上がる。
PTに合わせた的確な支援と言えた。
『……』
「……うん……次はあっちだね……」
「だ、誰と話してるんですか……?」
なお、篠の回りにいる人魂や、聞こえてくるボソボソとした会話は本人いわく“《討伐の加護》の副作用”だそうだ。
先達の霊が篠に色々と教えてくれるのだとか。
「……トラップは、僕が……射る……」
「任せたわ。バルタ!」
「分かってます!秘伝・毒竜地雷衝」
足に溜めた魔力をバルタザールが解放する。
紫の魔力が広がり〈時計仕掛け〉を次々と墜としていく。
遺跡の通路という狭い空間において、〈デスクラウド〉はこの上なく強い効果を発揮する。
即死効果を受けなかった〈時計仕掛け〉と言えどそのHPは減り続け、後方の〈大地人〉の村守達が放つ矢や投擲武器によってトドメを刺されていく。
しかし順調に戦ってはいるが通路の向こうから現れる敵の数は増える一方だ。
「……おかしい……」
「えっと、何がですか?」
「……HP……削れてないのが……いる……」
篠の言葉にリラが現れる〈時計仕掛け〉を見る。
確かに、今までは大なり小なり、全てのエネミーがダメージを受けていた。
だが、その中にときおり全く無傷なものが混じっている。
それは弩砲騎士と小夜の二人が対応できない事態に陥っていることを表していた。
「リエナさん!」
「分かってるわよ。仕方ないわね……」
「私が前に出ます。リラさん、“後ろ”、頼みましたよ」
「えっ?」
言うが早いか、バルタザールは〈ルークスライダー〉により〈時計仕掛け〉の群れのど真ん中に転移する。
得意の《デスクラウド》はまだ再詠唱が終わっていない。
しかし、バルタザールは〈妖術師〉だ。
「多勢に無勢だと思いますか?……舐めるな、ガラクタ」
正面の〈時計仕掛け〉に拳を叩きつけ、〈フリージングライナー〉。
氷の濁流に多数の〈時計仕掛け〉が押し流されて行く。
側面の〈時計仕掛け〉に蹴りを放ち、〈ライトニングネビュラ〉。
星雲にも似た雷撃の嵐が周囲の〈時計仕掛け〉を破壊していく。
「無勢は、お前達だ」
〈ラミネーションシンタックス〉を発動させ、広範囲攻撃と化した〈ライトニングチャンバー〉を両手に握る。
呪文はほんの少しで良い。
マジカル☆マーシャルアーツにとって、自らの動きの一つ一つが詠唱なのだから。
「吹き飛べ」
突撃してくる〈時計仕掛けの甲虫〉の鋼鉄の身体を拳が貫き、貫通したその先から暴れ狂う様に雷撃が放出される。
周囲を囲む〈時計仕掛け〉は目に見えるほど、いや目で追えないほどの速度でその数を減らしていった。
「あはは、良い暴れっぷりね!」
「凄いですね……」
「ちょっと、ボーっとしてる暇は無いわよ」
「え?え?」
「バルタの援護よ。あんな戦い方、紙装甲の〈妖術師〉が持つわけ無いじゃない」
「じゃ、じゃあリエナさんが行けば良いじゃないですか!」
「あら、そんなこと言っていいの?」
バルタザールに向かわない〈時計仕掛け〉から、リラ達に向けて攻撃が放たれる。
リエナが身の丈すら超える〈魔素喰らい〉を盾に、自分とリラを庇った。
「アンタの身を護ってくれる人、必要じゃない?」
「う、うう……」
「それに“後ろ”を任されたのはアンタでしょ。どほおさんの言う“後ろ”ってのはね」
近距離に近付いてきた〈時計仕掛け〉を〈魔素喰らい〉で叩き潰す。
リエナは敵の遠距離攻撃を今度はその身で受け止め、リラ、そして背後の〈大地人〉に攻撃が流れない様に立ち回っていた。
軽口を叩いているが、実のところ彼女にも余裕は無い。
「“バルタの後ろ”って意味よ!」
バルタザールの様に攻撃を避けるわけにもいかないリエナは、流れる攻撃を全て受け止め、〈アダマスハート〉でHPを持ち直し、篠が慌ててかけ直した障壁とでギリギリのラインで耐えていた。
援護に行きたくても、行けないのだ。
自分のことで精一杯だったリラは今はじめて、そのことに気づいた。
「~~!〈フラッシュニードル〉!」
バルタザールを取り囲み攻撃を加えようとしていた〈時計仕掛け〉を破壊する。
一撃では止まらない。
バルタザールの四角を狙い始めた〈時計仕掛け〉に向けて、間髪いれずに二撃、三撃と加えていく。
「助かります、リラさん!」
「こんなに可愛いボクが頑張ってるんです!バルタザールさんも頑張らなきゃ許しませんからね!」
「分かってます!」
〈妖術師〉の継続戦闘能力は低い。
殲滅力に長けた技を連発すればものの数分でMPが枯渇する。
そうなれば、殲滅しきれなかったエネミーが元々少ない〈妖術師〉のHPを削りきるだろう。
だが、〈妖術師〉が二人いればどうか。
殲滅しきれなかったエネミーを一体も出さなければ。
「〈サーペントボルト〉!」
「断空乱舞!」
雷撃が蛇の如く敵に巻き付き、巻き起こる乱流が切り刻む。
答えは分からないが少なくとも今、それを試す条件は揃っていた。
合図の言葉はただひとつ。
「やられる前に」
「やらせてもらいます!」
最早発動前のトラップをすら巻き込んであらゆる障害を薙ぎ払っていく。
殲滅力において〈妖術師〉を超える者はいない。
二人もいればそれは最早、殲滅ではなく蹂躙である。
例え無傷の〈時計仕掛け〉だろうと、少しでも姿を見せたその瞬間に蒸発していく。
MPが切れる前に、HPが削られる前に、あらゆる敵を全滅させる勢いだった。
そして遂に、〈時計仕掛け〉の群れはその姿を消したのである。
「……終わりました?」
「終わったかは分からないけど、ともかく敵は見えないわね」
「…も、もういっぱいはいない見たい……」
「どほおさんと小夜さんが心配ですが、皆さん……〈大地人〉の方々の消耗が激しいです。十分に休んでから……」
バルタザールがそこまで口にした瞬間、手を伸ばせば触れることの出来る距離から、甲高い金属音が響いた。
遅れて首を動かせば、そこには〈ガストステップ〉で割り込んだリエナが、何者かがバルタザールへ降り下ろした剣を防ぐ姿が視界に入る。
そこからほんの一秒の間に二度三度と剣戟は繰り返され、バルタザールが反射的にそこから離れると、リエナもまた地を蹴ってそこから離れた。
通路の薄暗がりから、その何者かが姿を現す。
それは、歯車やネジなどの機械的な内部構造を露出させた、機巧の人形。
〈時計仕掛けの人形騎士〉。
「ボス……?」
「瞬殺してやるわ!〈シャドウバインド〉……〈アクセルファング〉!」
「……〈犬神の凶祓い〉……」
ゆらゆらと揺らめく〈時計仕掛けの人形騎士〉の影を踏みつけ、〈暗殺者〉の高機動力を持って再びリエナが斬りかかる。
同時に逃げ場を封じる軌道で篠が矢を放った。
だが、〈時計仕掛けの人形騎士〉はその場から動かずにリエナの〈アクセルファング〉を唯一手に持つ長剣でいなし、首を動かすだけで篠の矢を避ける。
そして、いなされて体勢の崩したリエナの小柄な胴体を蹴り飛ばし元いたバルタザール達の側に叩き返した。
「かはっ…!」
「…い、今の……何をしたの……」
「…!穿空・千針剄!」
バルタザールが最小の動作で放った〈フラッシュニードル〉。
例え超人的な〈冒険者〉の目であっても、避けることは困難なその一撃すら、〈時計仕掛けの人形騎士〉は身体を僅かに斜めに逸らすだけで避けて見せた。
しばらくの間の後、〈時計仕掛けの人形騎士〉はゆっくりと、人が歩く程度の速度で歩行を始める。
リラや篠が次々と連続で攻撃を放つが、人形の騎士はその全てを最小の動作で回避していく。
「可愛いボクの魔法が…ぜ、全部見切られるなんて……」
「ちぃ……じゃあ、どほおさん達はこれにやられたのね」
近付いてきた〈時計仕掛けの人形騎士〉の剣を、再びリエナが受け止める。
動きが止まっているはずの〈時計仕掛けの人形騎士〉に残る三人や〈大地人〉達による波状攻撃が放たれる。
だがしかし、人形の騎士は自分への攻撃を尽く防いで見せた。
「…あ、当たらない……」
「とんだバランスブレイカーですね……!」
〈時計仕掛けの人形騎士〉の顔に嵌め込まれたガラス玉の目が、キラキラと通路の明かりに照らされる。
それはまるで感情を感じさせない、どこまでも冷徹で冷たい、綺麗な瞳だった。
常に《刹那の見切り》状態のボスが出てきました。
次回も無理を通して戦います。