ここは遺跡の腹の中
段々クライマックスに近付いていきます。
「……誰がいる?」
突入した薄暗い遺跡の中には、幾つかの人影が見えた。
多くは無い。
やはり全員の突入は成功していない様だった。
「リエナよ。私がいるわ」
「…さ、篠も…いるよ…」
「バルタザールです。私もいます」
「小夜だ。これで6人。ここに突入できたのはこれで全員だ」
「そ、そんな……外にアキヒコくん達が!」
「諦めろ。そう簡単にくたばる奴らじゃない。それに……ここを開けたら外にいる〈時計仕掛け〉が入ってくる。そんなことをしたら、アイツらが貸してくれた力を無駄にすることになるぞ」
「でもっ……でも……」
泣きそうな声で呻くリリ=ラライ=ライラックを抱き上げ、夢見る弩砲騎士は立ち上がる。
今いるメンバーならフルパーティ―6人のパーティ―を組める。
それだけでも上々だろう。
それから、背後の閉じた遺跡の扉を見やり口を開いた。
「アイツらとて、修羅場を潜ってる猛者……」
ふと、サブマスの痴女の様な無茶苦茶な格好と言動を思いだすと、首を振ってその想像を追い出し
「……のはずだ。〈時計仕掛け〉を撃退したら、裸武士の〈斬鉄剣〉でその扉を斬り倒して突入してくるだろう。追い付くのを待てば良いのさ。俺達はその間に、遺跡の調査を進める。分かるか?」
「う…はい」
「よし。行くぞ」
パーティを組み直し、6人は遺跡の中へと足を進める。
リラの姿から、余計に仲間を見捨てたという感覚に囚われた一行に、口数は少なかった。
篠の〈バグズライト〉で周囲を照らしながら、ゆっくりゆっくりと奥へと向かう。
本来なら敵性エネミーとエンカウントしてもおかしくない幅や距離のある通路だが、どうやら本当に〈時計仕掛け〉の、そのほとんどを外に出している様だ。
遺跡に仕掛けられたトラップは、リエナと弩砲騎士で―リエナ一人じゃ手に負えなかった―解除していく。
何も無い―恐らくエネミーが居たのであろう―大部屋をひとつ抜けて別の通路に出た。
通路の先は何か長く間延びした部屋になっており、〈時計仕掛け〉と同じ印象を受ける機械仕掛けの部屋だった。
「なんだここは?」
「これ、機械、ですよね。ファンタジー……いや、そういう世界か」
「言いたいことがあるなら聞くが?」
「いえ、今更でしょう」
「今更よね」
「自分で分かってるんでしょう?」
「うるさいわ!」
「……ね、ねぇ……なにかあるよ…?」
「何?」
篠が見つけたのは何かカプセル状の機械だった。
上部は曇りガラスか何かか内部が見えず、よく見ればこの部屋にはいくつも同じ物体がある。
気持ち悪いくらいに整然と並んでいた。
「……何か、嫌な予感が」
「なんでしょうね、これ」
「バルさん、待て!触るな!」
「わっ!」
弩砲騎士の制止もむなしく、バルタザールの手がカプセルに触れる。
次の瞬間、空気の抜ける高い音と共に白い蒸気が吹き出し、ゆっくりとカプセルが開いていった。
開いた中に眠っていたのは、〈大地人〉。
カプセルは、機械で出来た繭の様に〈大地人〉をその内部に収めていたのだ。
「これは、なんて、ベタな……」
「もしかして、これ全部!?」
「多分な。いくつある?」
「分かんないけど……100、いやもっとあるわね」
「村人がいない理由は〈離魂遊影〉じゃなくこっちだったか」
「……あ、全部…開く…」
「えっ?」
バルタザールが触れたのがトリガーとなったのだろう。
次々とカプセルは開いていき、さらに眠る〈大地人〉も目覚めていく。
ふらふらとカプセルから起き出した〈大地人〉達は不安気に辺りを見回していた。
そんな彼らに、バルタザールが声をかける。
「あの、大丈夫ですか…?」
「ヒッ!」
だが、その手が触れる瞬間、〈大地人〉が怯えて身を引いた。
バルタザールは驚いたが、確かにこの状況なら怯えるのも無理は無いと、笑顔で再び口を開いた。
「あ、すみません。私はバルタザール・A。〈冒険者〉です。安心してくださ……」
「〈冒険者〉……私達を……何度も殺した…!」
「は…?」
だが、目の前の〈大地人〉が発する言葉にバルタザールは虚を突かれた。
すると、目覚めた〈大地人〉達が次々とバルタザール達を指差し
「ああ、こいつだ!俺を殺したの!」
「あ、あ、あ、いやぁぁあああ!」
「にげ、逃げないと……!はやく……!」
「なんだよ、ここは!なんで、さっきまで村に!また殺されて…」
そう口々に発し始めたのだ。
バルタザールや、無論他のパーティメンバーも状況を理解できずに困惑する。
しかし、ふと弩砲騎士が叫んだ一言に、一瞬で正気へと戻された。
「コイツ……そういうことか、この装置で、〈離魂遊影〉にしていたのか!」
真横にあるカプセルを、弩砲騎士が叩き壊す。
無意識的に〈ウォークライ〉を伴って吐き出された叫びは、パーティメンバーだけでなく、パニックを起こした〈大地人〉達のその気持ちをも静まり返らせた。
「どほおさん、それって」
「言った通りだ。何があったかは知らんが、この遺跡に〈大地人〉をさらい、カプセルを介して〈離魂遊影〉にしていたんだ。意識がそのままなのは、完全にコピーするためだろう」
「……なるほど。〈離魂遊影〉にすることで、遺跡の護りにも就かせられるって訳ね。本体が死ななきゃ、何度でも復活できる……」
〈守護戦士〉に備わる解析スキルで、このカプセルを調べたのだろう。
弩砲騎士の言う言葉に納得した後、リエナは
「……ヘドが出るわ。誰よ、こんなの考えた運営の奴は」
そう言葉を吐き出した。
「ど、どうするんですか?」
「放っておく訳にもいかんだろう。連れていく」
「連れてった方が危険じゃ?」
「目の届かないところにいる方が危険だ」
そう言うと弩砲騎士は、パーティの前に一歩踏み出し、〈大地人〉に言葉を投げた。
「…何があったのかは分からんが。お前達は今、〈冒険者〉が攻略すべき危険なダンジョンの中にいる。脱出させてやりたいところだが、入り口は完全に閉じられ、こじ開けても外に敵がいる状況だ。生き残りたかったら、ついてこい」
「し、信用できる訳がない!ワシらを殺したやつらなんて……それに、この状況がお前達の手によるものじゃないなどとどう説明する!」
「ふん、頭の弱いジジイだ。信用しろなどと一言でも言ったか?生き残りたいならついてこいと言ったんだ」
「なんだその言い草は!本当にワシらが生き残れるかも怪しいもんだ!」
「それならそれで良い。むしろ、お前達がいない方が俺達も生き残りやすいからな。ここで勝手に死ね。生き残りたい奴だけついてくれば良い」
「この……」
弩砲騎士と〈大地人〉の老人とのやり取りに、不安の波が広がっていく。
あんまりな弩砲騎士の言い草に後ろのメンバーも頭を抱える始末だ。
「どほおさん、マトモに連れてく気あるのかしら……」
「いや、なんで喧嘩してるのあの人……」
そんな時、弩砲騎士の前にさらに人影が躍り出た。
バルタザールだ。
彼は、その整った美男子然とした顔に真剣な表情を浮かべ、弩砲騎士を制していた。
「……なんだ、バルさん」
「……どほおさん、私に任せてくれませんか。喧嘩腰じゃ、話は出来ませんよ」
「……」
「お願いします」
「分かった」
弩砲騎士が、一歩後ろに下がった。
短い言葉のやり取りだったが、自らが“相棒”と認める〈妖術師〉の表情と言葉に、弩砲騎士は期待したのである。
余りに真剣な顔をしたバルタザールに、〈大地人〉達も不思議と注目していた。
「……申し訳ない!」
開口一番にバルタザールが口に出したのは謝罪の言葉。
膝をつき頭を下げて、彼は心から謝罪をしていた。
「私達は、あなた方に謝らなければいけない。我々と戦い、傷付くのは恐ろしかったでしょう。怖かったでしょう。不可抗力かもしれませんが、私はそれを言い訳にはしたくない。本当に申し訳なかった」
バルタザールの言葉は、静かに機械の唸る音がするのみのこの空間によく響いた。
「でも……あなた方が無事で本当に良かった。生きていて良かった……」
彼は、あの村で〈離魂遊影〉となった村人の恐怖と涙を忘れられなかったのだ。
ただの自己満足かもしれないが、それでも良いとバルタザールは思っていた。
誰がどう思うかは関係ないのだ。
「どうか、どうか私達にあなた方を傷付けた償いの機会を貰えないでしょうか。私達にあなた方を傷付けるつもりはありません。確かに、この“相棒”の言葉は乱暴でしたけど、私達は本当にあなた方をこの遺跡から脱出させたいと思っています……どうか、信じてください」
紳士に、バルタザールは言葉を紡いだ。
静かになったこの場で、一人小さな影がバルタザールの前へと歩みでた。
小さな影は〈大地人〉の少女で、あの村でバルタザールが手にかけた〈離魂遊影〉の少女でもあった。
「こんどは、あんなことしない?」
「…ええ、しません」
「みんなをまもってくれるの?」
「必ず。必ず護ります」
「じゃあ、ゆるしてあげる!ちゃんと、まもってね?」
「ええ!」
少女がバルタザールに言った言葉と共に、最初は数人……だが次々とバルタザール達を信じてついて行くと声をあげた〈大地人〉が増えていく。
弩砲騎士と言い合った老人も、最後には折れていた。
「よくやったバルさん。やってくれると思ってたぜ」
「……どほおさん、もしかしてわざとですか?」
「さぁな」
「くっ、全く……」
「見事に嵌められてるな」
弩砲騎士達は、〈大地人〉の代表達と遺跡での道中の行動などを話合う。
かなりの大人数を、弩砲騎士達だけで護り切るのは厳しいためだ。
村守として多少の戦闘力がある〈大地人〉 ─それでも精々レベル20に届くかどうかの辺り─ にも協力して貰いながら進むということに話は纏まる。
最後方に篠を配置し、正面には弩砲騎士、バルタザール、小夜、リエナ、リラで〈冒険者〉側は配置を固めた。
背後に敵がいないことは確認済み。
ならば前方に戦力を固めると言う判断だ。
「本当に何も出ないわね」
「いない方がありがたいとも言うけど」
「…止まってください」
先頭を歩くリエナと小夜 ─〈暗殺者〉と〈神祇官〉だがこの二人がパーティの盾である─ が会話していると、その後ろを歩いていたバルタザール・Aが一行を止めた。
バルタザールは〈妖術師〉であり攻撃役であるのだが、エルフの種族特技や魔法攻撃職の特技を応用して偵察 ─武器攻撃職のリエナが行うべきだが彼女は偵察や察知の類いでは役に立たない─ を担っている。
彼の強化された感覚が、敵の反応を捉えていた。
外に出さずに遺跡に残した最後の戦力だろう。
「正面……羽音がするので、多分昆虫型の〈時計仕掛け〉です!来ますよ!」
「戦闘用意!壁や天井をうまく使え!……リエナの嬢ちゃん」
「なに?」
「リラさんを頼む」
「は?」
「どほおさん……?」
バルタザールが捉えた羽音は、既に他のメンバーにも聞こえ始めている。
いつもなら受け身の戦法を取る所だが、〈大地人〉を連れている今、敵の攻撃を受け止めるのはリスクが高い。
「もし、敵を後ろに通してしまったら、〈大地人〉を護ってやって欲しい」
「ボクがですか……?」
「そうだ。リラさんが頼りなんだ。頼めるか?」
「……ふ、ふふ~ん。そんなの朝飯前です。可愛いボクにかかれば〈時計仕掛け〉なんて一網打尽です!」
小さな体で精一杯胸を張ってリラは答えた。
徹底的な低ヘイトになる様にビルドを組んだ彼女だが、〈妖術師〉であることに変わりは無い。
特に狭い空間の殲滅能力ならば随一だ。
撃ち漏らしたとしてもバルタザールと共に敵を殲滅してくれるだろう。
リエナもいるのだ。
一人ではか弱いこの少女も、心強い仲間がいると頼もしくなることを弩砲騎士は知っていた。
「頼もしい。じゃあ、“後ろ”は頼んだ。小夜さん、ちょっと付き合え」
「突っ込むんだな?」
「そう言うことだ」
小夜が薙刀に持ち変えるその横で、弩砲騎士はメニューを開いて操作をしていた。
弩砲騎士の装備は、見た目や特殊なギミックのこともあり、その全てが製作級で作られている。
秘宝級や幻想級と比べると明らかに性能が低い。
それを補うために、弩砲騎士はラボに対して様々な状況に対応する装備の開発を行わせていた。
先の ─壊れてしまったが─ 飛行形態の純白の鎧やブースターなどもその一つである。
状況に応じて装備を変えることで、弩砲騎士は劣る性能を補っていた。
「さて、さっそく新装備を試させて貰おうか」
弩砲騎士が装備していた鎧や肩部コンテナが急激に収縮し ─装備を外し─ ていき、細身の鎧 ─素体と呼ばれる弩砲騎士の基礎鎧─ となると、そこに次々と虚空から出現 ─装備を変更─ した装備が取り付けられていく。
肘部や膝部の関節を覆う様に新たな装甲と、スリットのある目を保護するゴーグル型の装備が取り付けれた。
さらに元の形態と比較すると寂しい肩部には、弩砲騎士の全身を隠せるほどの大盾が左右の両肩へと接続。
最後に左腕に小型のレンズが嵌め込まれた小型魔導砲が、
右腕には鋭く尖った鉄杭の先端が覗くコンテナ状の鉄筒をその手に握った。
「換装完了、夢見る弩砲騎士・高機動形態!」
標準の物理防御形態とは全く違う、極細身のシルエット。
素体に最低限の装甲を取りつけたその姿が弩砲騎士の新たな姿。
顔をあげた弩砲騎士はゴーグル型の暗視装備で敵の位置を確認する。
「距離確認。このまま突撃して迎撃を行う」
「分かった」
言うが早いか小夜が走り出す。
〈狼牙族〉の〈ワイルドランナー〉を発動させた彼女の足はパーティでも一級品だ。
壁を走ることなど造作も無いと言わんばかりのその速度で、彼女は敵陣を撹乱する。
だが、その速度に追随する者がいる。
ふくらはぎや背部に装備された小型の推進器を噴かして恐ろしい速度で彼女の背後を走る弩砲騎士だ。
本来その速度に追随することの出来ない ─そもそも必要ない─ 〈守護戦士〉の速度をあげるために高機動形態はギリギリまで鎧を軽量化し、その全身の複数箇所に機動力上昇のための追加装備を施してある。
何故ここまでするのかと言えば、高機動形態の戦闘目的が小夜と同じだからに他ならない。
そう、最軽量で敵陣を駆け撹乱する近接戦闘を、弩砲騎士に行わせることを想定された装備、それが高機動形態なのである。
「どほおさんは相変わらず凄い」
「技術試験用の概念実証武装……信頼性の欠片も無いが、四の五の言ってはいられんのでな」
「敵だ!斬るっ!」
小夜が先頭にいた〈時計仕掛けの蜻蛉〉に斬りかかる。
その横の壁を蹴り、突撃してくる〈時計仕掛けの 鍬虫〉の真上から、弩砲騎士は襲い掛かった。
左手の小型魔導砲から低威力の魔法弾を牽制に連射し、右手の鉄筒を叩き付け
「〈オーラセイバー〉」
筒から覗く鉄杭が光ると同時、ガン!という高い音と共に右手のパイルバンカーが〈時計仕掛けの鍬虫〉の機械仕掛けの身を貫いた。
パイルバンカーの鉄杭を引き抜くと、襲い来る〈時計仕掛け〉の群れを見据える。
「〈時計仕掛け〉を迎える最初の関門だ。ここを通りたければ」
「私達を倒してみろ、ガラクタ共!」
〈時計仕掛けの鍬虫〉の残骸を踏み越えた小夜の〈単衣障鬼〉が、〈時計仕掛け〉を薙ぎ払った。
ちょっと説明が多くなってしまいました。
これは、反省すべきところ。
精進します。