恐竜と夢追いと
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森の中をひた走る人影がまある。
その数は四人。
彼らは深い森の木々に足を取られながらも一心不乱に走っていた。
「だからその鎧脱げって言ったじゃないですか!おかげで気付かれましたよ!」
最も後方を走る耳の長い〈エルフ〉の男性が声をあげた。
彼の名は『バルタザール・A』。
PTの火力を担う〈妖術師〉である。
涼しげな風貌と長い金の長髪を後ろで無造作に束ねた、不敵な笑みの似合う美男子だ。
名前のAはサブ垢という意味らしい。
「何を言うんだバルさん。俺からこの鎧を取ったら何が残ると言うんだ」
答えたのは2m以上の巨躯を持つ鎧の化け物 ─一応種族は〈ヒューマン〉である─ 『夢見る弩砲騎士』。
古アルヴ系のマジックアイテムを元に作ったという機械の如き全身鎧を身に纏う〈守護戦士〉である。
動く度に鎧の音 ─“がしゃんがしゃん”とか“ぎゅいんぎゅいん”とか─ が響くので目立つこと甚だしい。
なお、本人はどんな時でもこの鎧を着ていて人前で脱ぐことは無い。
「いや、どほおさんこそ何を言ってるの。え?何も残らないの………?」
疑問の声を上げたのは弩砲騎士と並走する〈狼牙族〉の『小夜』。
紫の和服を纏い凛として疾駆するその姿は正しく〈神祇官〉だ。
なお、身体の性別は女性だが、中身は純粋に男 ─いわゆるネカマ─ である。
趣味全開の小夜のアカウントでログインしていたところ“大災害”に巻き込まれたらしく本人はさめざめと泣いたとか。
「そんなの今更じゃない。深く考えたってハゲるだけよ。それより、追い付かれるわよ」
最後に答えたのは先頭を走る小柄な〈ドワーフ〉の少女。
彼女は『リエナ』。
背中に背負う自身の身体以上に大きい両手剣を振るう〈暗殺者〉である。
フリルを好むその可愛らしい見目のため良く騙される人が後を絶たないが、このPT屈指の戦闘能力を誇る戦闘狂でもある。
「む……仕方ない。消耗は避けたいがそうも言ってられんか。迎え撃つぞ」
「仕方ありませんね…!」
「障壁、はるよ」
「最初っからこうすれば良かったのよね!」
四人が一斉に反転する。
同時、木々を薙ぎ倒しながら出現したのは、赤い堅鱗を光らせた2足立ちの恐竜然とした竜種モンスター……〈大恐竜〉。
人一人簡単に入るであろう顎を持つその巨体は、並のモンスターでは無いことを如実に表している。
〈大恐竜〉は立ち止まった四人を見つけると一際大きな咆哮をあげた。
「先手はいただきます」
そう言うやいなや〈妖術師〉のバルタザールは〈大恐竜〉へと走り出す。
数歩でトップスピードに乗ったバルタザールの姿が掻き消えた。
直線限定ではあるが、モンスターとの距離を調整するための短距離瞬間転移呪文、〈ルークスライダー〉である。
森の木々を無視してモンスターとの距離をつめたバルタザールは、バンテージの巻かれた右拳を握りしめ、最後の一歩を踏みしめると同時に
「其処で止まれ」
〈大恐竜〉を殴り付けた。
「……雷華閃!」
電光。
そして雷の轟音が周囲に響き渡る。
〈妖術師〉単体攻撃スキル、〈ライトニングチャンバー〉だ。
だが、射程は驚くほど短くなっている。
〈クローズバースト〉。
魔法攻撃職の持つ魔力を充填し、様々な魔法の射程を至近距離に変更する代わりに、威力を増大させる特殊スキル。
そう、バルタザールは〈エルフ〉の軽快な身体能力と〈クローズバースト〉を極めた、“近接戦闘”を得意とするコンバットメイジビルドの〈妖術師〉なのである。
「さすがに、生半可な防御ではありませんね」
バルタザールの攻撃で削れたのは〈大恐竜〉のHPの2割弱程度。
一人で行った攻撃にしては破格の威力だが、それでも足りない。
故に〈大恐竜〉はバルタザールへの敵愾心を増大させ、その巨体でもって襲いかかった。
「〈禊の障壁〉、〈鈴音の障壁〉、耐えてバルタザールさん!」
小夜が〈神祇官〉の特徴である“ダメージ遮断魔法”である“障壁”を次々とバルタザールに付与していく。
そして、手に持つ弓に矢をつがえ〈大恐竜〉へと狙いをつけた。
「“戦に散りし勇猛な英霊たる先達に願い申しあげ奉る。この身につがえし一筋の矢に、敵を討つ力を授けたまえ”!」
〈神祇官〉の持つ攻撃スキルに〈討伐の加護〉というスキルがある。
再詠唱時間も長いが、それ故に〈神祇官〉に回復職の範疇に収まらない攻撃力を与えるスキルだ。
戦場に散った多くの強者の御霊の力を宿す――と、スキルのフレーバーには書いてあるがそれを軽視するものも多い。
小夜は、ちゃんと願えばスキル以上の力を発揮できるのだと教わり、それを信じていた。
小夜の身にふわりと青白い光が集まり始める。
それと同時に放った矢は神秘的な一筋の光へと変わり、〈大恐竜〉へと直撃した。
〈大恐竜〉が痛みに怯む隙をつき、即座に持ち変えた薙刀で小夜が斬りかかる。
今この瞬間は完全にバルタザールから小夜へとその敵愾心は移っていた。
小夜のビルドは〈狼牙族〉と〈神祇官〉の特徴を活かした前衛型の構成であり、
俗に“殴り神祇官”と呼ばれるビルドである。
「お前の相手はこっちだ!」
〈大恐竜〉がその巨体を振り回し小夜に襲いかかった。
細かく張り直した障壁と〈狼牙族〉の豊富なHPで耐えながら、バルタザールより狙いを逸らす。
ちなみに、彼女(?)はこのPTのサブ盾を担っている。
では、このPTのメイン盾は
「下がって良いわよ小夜。あとは……私がやるわ!」
小夜に襲いかかる巨大な顎が下からかちあげられた。
そこを見れば、リエナが巨大な両手剣を振り抜いた姿でそこにいた。
「あら。案外簡単に吹き飛んだじゃない」
〈大恐竜〉はリエナをねめつけると、その場で体を回転させ恐ろしく太い尻尾を叩きつける。
リエナはそれを見た瞬間に地面に大剣を刺し、盾とした。
金属が高速でぶつかるかの如き甲高い音がなったその後には、剣にしがみつく様に立つリエナの姿があった。
リエナは、笑っていた。
「アハッ!良いわ!中々の攻撃よあなた!でも、それじゃあ、まだまだ私には届かないわね」
リエナのHPは残り8割程度。
彼女の笑い声と共に障壁の弾ける音がする。
小夜が直前にリエナに付与したものだ。
それを差し引いても驚異的な防御力だった。
平均的な〈暗殺者〉の防御力ではない。
「次はまた、私の番ね!」
再び大剣を掲げ、叩きつける。
その攻撃は目に見えて〈大恐竜〉のHPを減らしていった。
だが、小柄で小回りの効くリエナを相手に、〈大恐竜〉もその攻撃手段を小刻みなものへと変えて対応する。
徐々にリエナのHPも減りはじめるが、しかし
「無駄よ…私を倒すには、まだ足りないわ!〈アダマスハート〉!」
4割ほど減ったリエナのHPが瞬時に全快する。
〈ドワーフ〉の種族特徴である豊富なHPや防御力をただひたすらに磨きあげ、〈暗殺者〉のスキルを絞ることにより火力を落とさず両立とした。
これがリエナの真骨頂。
このPTの“メイン盾”であるリエナの戦闘である。
だが勿論彼女は“戦士職”では無いため、味方のヘイトを管理する手段を持たず、“戦士職”ほど支援能力に優れる訳でも無い。
では、その“戦士職”は
「目標固定。射線確保。装填……発射」
ガゴン!という歯車が稼働する音をたてて弩砲騎士が持つ“弩砲”に矢 ─かどうかも疑わしい鉄の塊─ が装填される。
人間が個人で扱えるギリギリのサイズまでコンパクトにされた弩砲は、それでもその重量と大きさが〈守護戦士〉以外の装備を許さなかった。
本来、〈守護戦士〉としての役目を果たすには、防御をあげるための盾を装備したり、特殊な効果のついた両手近接武器を装備することが一般的である。
比べてこの弩砲はその威力は十二分だが、重量故に速度が下がること、装填速度が遅いため攻撃速度も比例してガタ落ちすること、命中率へのペナルティ、そして何よりも〈守護戦士〉に有用な防御アップやHP回復といった特殊効果が無いために、他の〈守護戦士〉には敬遠されていた。
しかし、弩砲騎士はその名の通り“弩砲を扱うことを前提とした構成”で作られている。
故に、デメリットでしか無い弩砲の効果は、弩砲騎士にとってはメリットへとかわる。
飛翔する矢弾はその側頭部に直撃すると、〈大恐竜〉の巨躯をよろめかせた。
「直撃確認。次弾装填。発射」
重い弩砲から発射される重量弾は何よりも雄弁にHPを削っていく。
〈守護戦士〉のスキルの内、弩砲を扱えるスキルを厳選し、弩砲騎士は本来攻撃能力の低い〈守護戦士〉を高水準なアタッカーへと引き上げた。
瞬間的なダメージは〈暗殺者〉や〈妖術師〉には勿論敵わないが、通常攻撃スキルを使用した総合ダメージならば彼らを上回る。
弩砲を用いた高火力支援砲撃。
それが“後衛型”〈守護戦士〉、夢見る弩砲騎士の戦法である。
「良し。一度下がれ!小夜さんは障壁の張り直し、バルさんは再詠唱が終了するまで待機。リエナちゃんは俺と一緒に奴さんの注意を逸らすぞ」
「分かりました。下がります」
「了解した!もう一度《禊の障壁》を張る!」
「ちゃんづけするんじゃないわよ。叩き斬るわよ」
「……すまん」
置き土産とばかりにすれ違い様に攻撃をしかけ、前衛の三人は弩砲騎士のいる後方へと下がる。
攻撃のせいで動きの遅れた〈大恐竜〉はPTの動きに追い付けず、弩砲騎士の牽制攻撃により四人と距離を開くことを許してしまう。
そのことに〈大恐竜〉は怒りの咆哮をあげるとその口内から灼熱のブレスを吐き出した。
魔法的な力で生み出された業火の波が、四人を呑み込まんと迫る。
「ブレス持ちですかっ!!」
「魔法は……マズイ……!」
「私が威力を弱めるわ!小夜っ!」
「クソっ、分かってる!“人を護りし勇猛な英霊……”」
「はやくっ!」
「ああ、もうっ!力を貸してくださいお願いしますっ!〈防人の加護〉……〈護法の障壁〉!」
広範囲攻撃であるブレスを前に、小夜がPT全員に強化された障壁を付与する。
同時にリエナが大剣を握りしめ飛び出した。
「魔法ダメージならあんたの出番よ……喰らえ!〈魔素喰らい〉アアア!!」
リエナの大剣がブレスを切り裂くとその威力が若干だが衰える。
彼女の持つ大剣はその刀身に魔法の威力を弱める刻印が施された秘宝級〈魔素喰らい〉。
ちなみにその名前と彼女の体型をかけてからかうのは禁句である。
四人に直撃したブレスは爆発を起こし、障壁が耐えられずに砕け散った。
そして、PT全員のHPへとそのダメージが到達……
「〈四方拝〉!!」
するかに思われたその時。
略式詠唱どころか即時詠唱を行い発動する〈神祇官〉の切り札を用い、再び小夜がPT全員に障壁を張り直し持ちこたえさせた。
「これでなんとかっ……」
「まだよっ!」
しかし、〈大恐竜〉は四人を侮る気などなく。
再びブレスを加えるべく口内に火を灯す。
「クソがっ……!」
ほとんどの障壁スキルを切り、まだ再詠唱も終わっていない小夜にはそれを防ぐすべが無く、無力感と絶望感が広がっていく
だがそんな中、爆炎から飛び出した影があった。
「せっかくリエナの嬢ちゃんが自虐ネタいっぱいの叫びをあげてくれたんだ。報いねばならんな」
「あとでぶっとばされても知りませんよ」
弩砲騎士とその背に乗るバルタザールである。
弩砲騎士は背部と脚部に装着した推進機 ─もはやスラスターやブースターの類─ を噴かし、半ばホバー移動を行いながら地面を疾駆する。
2mの全身鎧が爆発的な速度で飛ぶ姿は圧巻であった。
「本当に、いつ“エルダーテイル”の世界観に怒られても仕方ないですよね、これ」
「怒るならロデ研と変人窟の奴らから先に頼む」
「また変なところにコネがあるんですから…」
「そんなことより構えておけよ。ブースターパージっ!」
推進機の接続を排除した弩砲騎士は〈大恐竜〉の目の前に到達すると、その顎の上下に掴みかかり、無理矢理こじ開ける。
直後に背に乗るバルタザールが、その口内の空間へと黒い魔力を纏った左拳を突き入れた。
「奥伝・真無相殺撃!!」
突き出された拳から生み出された真の虚無が、口内のブレスを飲み込み、喰らい合い、相殺する。
「二度もブレスは撃たせませんよ!」
「さすがのマジカル☆マーシャルアーツ……だなっ!」
「その名前は勘弁してください!」
弩砲騎士が〈大恐竜〉と力比べをしている間に、バルタザールがその全身に魔力を溜める。
そして弩砲騎士の背中から飛び出すと同時に、脳天に攻撃を叩き込んだ。
「剛撃・雷華閃!」
打ち下ろす様な右フックに籠められた雷の魔法が炸裂し、〈大恐竜〉へと甚大なダメージを与える。
一撃だけでは終わらない。
右拳を振り抜いた勢いのまま前方へと体を倒れ込むように回転させ、魔力を充填させておいた右の踵を再び脳天へ叩き付ける。
「凍嵐・アックスキィイイイックッ!」
踵の着弾点から凄まじい勢いで真下に向けて吹き出す冷気の奔流が、〈大恐竜〉の巨体をその場に縫い止めた。
「うおっ!?つめ、冷たっ!関節が凍る!!ええい、一言いってからやれ!」
「一言言えばいいんですか?」
「言えばなんとでもしてやるよ!」
効果範囲から微妙に外れているとはいえ、間近で吹雪にさらされた弩砲騎士が文句を言うが、相棒の防御力を信じて疑わないバルタザールは、そんな相棒の信頼に応えるために更にもう一手を打つことにした。
空中での二連撃を決めたその身体を、〈大恐竜〉の冷気に曝されていない部分を足がかりに、真下に向けて跳躍させ、自由落下よりも速く〈大恐竜〉の正面に降り立つと同時に、魔法威力強化の補助スキル〈ロバストバッテリー〉を起動。
冷気の奔流が消えるまで溜め込んだ〈ロバストバッテリー〉の威力を乗せ、最大火力を〈大恐竜〉の胴体に叩き込んだ。
「轟撃・千針剄!!」
渾身の左ストレート。
特に〈フラッシュニードル〉は竜・巨人系統のモンスターに対しては威力が倍増する。
無数の魔力の針を束ねた、巨大な魔力の杭とでもいう一撃により、弩砲騎士に抑えられながらも〈大恐竜〉は悲痛な悲鳴を上げていた。
「……〈方違え〉。こっちも行こうリエナさん!」
「アハッ!そうこなくっちゃぁ……ねぇ!!」
〈神祇官〉の移動スキルにより先んじた二人より遅れてリエナと小夜も〈大恐竜〉の元へ到達する。
今この瞬間、為す術が無いのは〈大恐竜〉の方であった。
「叩き潰してあげるわ!〈アサシネイト〉!!」
「続くぞっ!〈怒涛の一撃〉!」
「私もこれで打ち止めです!穿空・千針剄!!」
三人の攻撃により〈大恐竜〉は身をのけぞるほどの苦痛を味わう。
だが、弩砲騎士の人とは思えない超重量とパワーが、満足に巨体を動かすことも許さない。
「これで、終わりだ。砲身最大展開、〈オンスロート〉」
弩砲騎士が疲労と満身創痍で動きを止めた〈大恐竜〉の顎の中へ直接弩砲の砲身を突き入れ、展開させた。
そのまま〈守護戦士〉の誇る最高威力の重武器専用スキルを撃ちはなつ。
体の内部から鋼鉄の矢弾に貫かれ、残る少ないHPは完全に消え去り
ゆっくりとその巨体が傾ぎ、大地を揺らす轟音をたてながら倒れ伏した。
「……やったか!?」
「わざわざフラグを立てるなバカっ!」
「何?もう終わり?まだ殺りたりないわ」
「恐ろしいこと言わないでください……」
四人が構えを解いたのは〈大恐竜〉の体から光の泡……落魄がはじまったのを確認してからだった。
「しかし、参った。こんな森にドラゴンがいるとは」
「明らかにフィールド分布を外れてるな。〈大恐竜〉はたしか、火山系のフィールドにしかいないはずだ」
「なるほど。だから調査ですか全く…厄介な依頼を持ってきましたねどほおさん」
「あら、良いじゃない。楽しそうよ……ふふ」
「……まぁ、戻っている余裕は無い。進むしか無い」
「ふぅ……受けてしまったものは仕方がないし。昔のよしみもある、付き合うよ」
「やれやれ。この先こんなのばかりと考えると気が重いですね」
「大丈夫よ。だって私達、〈ドリホリ〉じゃない」
──〈ドリホリ〉
“大災害”が起きる直前に解散したギルドであり、四人が所属していたギルドでもある。
いわゆる王道ではないネタキャラやネタビルド達がより集まって作った色ものギルドであった。
ギルドが解散した今でも、元メンバー達の横の繋がりは強い。
この四人の様に。
「それは理由になっているのか?」
「でも、何かやれそうな気にはなるな」
「小夜さんは単純ですね」
「良いじゃない!ねぇ、ほら早く進みましょうよ。次の相手を探しに!」
夢追い中毒共の冒険が幕を開ける。
本話の登場人物(キャラクターシートURL
夢見る弩砲騎士
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バルタザール・A
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小夜
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リエナ
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バルタザールさんのイメージは剣の街の異邦人のエルフさんです。
PCの使用許可にこころよく応じてくれた方々に深く感謝を。
10/14日、改稿。