第玖話 Written by 佐倉信輔
妖どもはこちらの存在に気づいたのか、一斉に紫色の触手の様な物を伸ばしてきた。
四方八方から触手が文字通り海月のそれのように無数に襲いかかってくる。――が、その程度攻撃の範ちゅうにも入らない。
金剛爪に念をこめると、爪はあっという間に鞭状に変化する。念の込め方でどんな風にも形を変えられるのが武器の便利なところだ(使いこなすまで相当な時間を要したが)。
鞭を旗球投げ(読者の世界でいうところのハンマー投げに相当する競技だ)の要領で、足元を視点に三百六十度回転しながら振り回す。触手はあっという間に消滅して行く。
さらに念をこめて金剛爪を銃型に変形し、生き残りの妖に向けて掃射してやる。ものの数分で妖どもは不気味な色の残骸へと姿を変えたのであった。
「やれやれ――案外簡単に片付いたな」
金剛爪を収納しながら呟く。
「銀子、風穴よこせ」
風穴というのは細い柄の先に掃除機の吸い込み口のような物がくっついたアイテムで、妖の残骸やらなんやら、もろもろを手っ取り早く片付ける為の器具である。吸い込み口のなかは異空間になっていて吸い込んだものを異次元へ飛ばしてしまうらしい(詳しい事はよくわからんが)。妖の残骸は放っておくと再生したり他の妖や霊の養分になったりするので、迅速に始末しなきゃならんらしい。
「竜介、後ろ!」
白銀の甲高い声が響く。
振り向いて俺は思わず後ずさりしそうになった。
不気味な色に変貌した肉塊がより集まって一つに固まっていく。そして一体の巨大な植物に姿を変えていく。花弁が幾重にもかさなり、胴体には痛そうな棘がびっしりと突き出してその周りを根元から伸びた葉が覆う。――菊が薔薇に変わったってか?
化け物薔薇は花弁をゆっくりともたげると、中央からいきなり妖気の弾をぶっ放してきた。俺は素早くバックステップして弾をかわす。地面に着弾した弾ははじけて紫煙を噴き出した。
「気をつけな! そいつは猛毒だよ!」
後ろから白銀が怒鳴る。言われなくてもこいつが半端じゃなくやばそうだって事はとうにわかってらい!
俺は銀子から受け取った風穴で紫煙を一気に吸い込んだ。そして風穴を腰に差すと、再び金剛爪を出現させる。
――あのサイズをぶった切るには並のパワーじゃ足りない。ありったけの念を金剛爪に注ぎこむ。金剛爪は身の丈の三倍近くにまで膨れ上がった。
化け物薔薇が再び妖気弾を放ってくる。俺は金剛爪を振りかぶると、思いっきりそれを袈裟に振り下ろした。
巨大な爪は妖気弾ごと化け物薔薇を裁断する。化け物薔薇はあっという間に三枚に下ろされた。
もたもたしてるとまら再生されちまう。素早く金剛爪をしまって風穴を構える。そして、一気に三枚下ろしになった化け物薔薇を吸い込んでいく。化け物薔薇はけたたましい断末魔と共にいっぺんのカスも残さず吸い込まれたのだった。
「やれやれ、何とか片付いたな――。あとは鬼門の“封じ”だけか」
「どうやら、そうもいかないみたいだよ」
横から白銀が言った。
「どういうこった」
「おかしいと思わないかい?」
「何が? そりゃちっと再生が早すぎる気がするが――」
「ちょっとじゃないよ、全く。いくら植物系たってあんな単時間で再生した上に変化なんてできるもんじゃないよ」
なんだかおかしな塩梅になって来た。
「つまりどういうこった」
「こいつは本命じゃないってことさね。別の誰かが操ってたんだろうさ」
おいおい、ややこしい事になってないか、それ――。
「リュウ、これ――!」
風呂場を確認していた銀子が紙片のような物を持って戻ってきた。
「何だこりゃ?」
「寄代。――って、お祖父ちゃんから教わったでしょうが!」
俺は記憶を掘り起こす。寄代、寄代――、たしか呪術だとか呪詛だかに使う呪具だったか――。
「ビンゴだね。寄代があれば再生が格段に早くなる。その上妖のコントロールもしやすくなる。間違いなく人為的に送り込まれたものだね、あいつは――」
と、白銀は言った。
妖騒ぎの背後に渦巻く陰謀――。しかし、今の俺達にはそんな事は知るよしもなかったのだ――。