第陸話 Written by 佐倉信輔
「まあ、詳しい話は現地で聞かせてもらいましょう。――時にお嬢さん、お代の方なのだが――」
このジジイ、依頼の内容をよく聞きもせずにいきなり報酬の話に持っていきやがった。
銀子は銀子で、
「うちも慈善事業でやってるわけじゃないんで」
とかのたまっている。
女の子はうなずくと、携えていた風呂敷包みを取り出してそれを広げた。
中からは金色に輝く小判が一枚、二枚――。すげぇ、一体何枚あるんだ?
「三十両あります」
俺の心の声が聞こえたかのように、女の子はそういった。
ジジイはうなずいて三十両の小判を懐にしまいこむ。
「では、契約成立じゃ。リュウ、ギン、早速行って来い」
そんなわけで、銀子と二人連れ立ってのご出勤とあいなったわけである。
現地に向かう途中で近江絹代と名乗ったその女の子の家は、驚いた事に旅籠(いわゆる宿屋のことだ)だった。それも相当立派な――。
これじゃ三十両なんてへでもないわな――。そう感じながら、旅籠の敷居をくぐる。
外身とは裏腹に中は閑散としている。どうやら、妖怪騒ぎのおかげで客は全くいないようだ。
絹代に案内されて普通は客の入る場所ではない裏間へと通される。
こちらもかなり広くて、繁盛振りがよく伺えるような豪華な作りになっている。
一見質素な作りに見える家の健在も、よくみりゃ全て唐木(大陸産のきわめて高級な建材)だ。
倒れた祖父母のいるという寝所に通される。これまた上等そうな布団に一組の年老いた男女が伏せっている。
「祖父と祖母です」
見りゃあ分かるが、絹代が丁寧に紹介してくれた。
どちらもかなりやられてしまっているようで、生気なく横たわっている。
横から銀子が小声で耳打ちをしてきた。
「どうよ? 何か感じる?」
「いいや――。特に何にも」
霊や妖怪の仕業なら、必ずどこかにその気配があるはずなのだが――。
「二人の状態を見る限りでは、怪我や病気じゃないわね。霊障か呪いの類とみて間違いないわよ」
とはいっても、現状手がかりらしいものは見当たらないしなあ――。
「とりあえず、一通り建物の中を見せてくれる?」
銀子がそう言い、俺達は絹代に案内されて建物の中をくまなく見て回る。
裏間から厨房、客室まで一通り――丁寧に建物の中をチェックする。霊障の原因が建物の方にある、何て事例は腐るほどある。例えば建物自体が呪われていたり、取り憑かれていたり――。
一通り見てまわり、再び裏間へ回ってきた所で銀子の目が止まった。
その辺りの建材を舐めるようにチェックし、そして絹代の方を向き直って声をかけた。
「ねえ? ひょっとしてこの旅籠、最近建て替えとか建て増しとかしなかった?」
突然訊かれて絹代は少し戸惑ったようだったが、それでも小さくうなずいた。
「はい――。事情があって三月ほど前から――。十日ほど前に普請が終わったばかりです」
ちなみに普請とは工事のことだ。
なるほど、言われて見れば裏間の建材は他の場所より新しい。
「あの――、それが何か――?」
絹代が怪訝そうな顔で尋ねてきた。
すかさず銀子が説明を入れていく。前方に突き出した勝手場を指して言った。
「あの部分ね。鬼門っていって、妖怪の通り道になる場所なのよ。鬼門を塞ぐ形で建物を立ててしまうと、その建物の中に妖怪の通り道ができちゃうってわけ」
つまり、鬼門の場所に勝手場を立ててしまったがゆえに、霊や妖怪どもが裏間の中を通り抜けるようになってしまったわけだ。
当然毎夜のように家の中を百鬼夜行が続けば、そこの住人は妖気に中てられて体調を崩す。
だが変だ。自前で普請したのならともかく、専門の鳶(いわゆる大工のこと)に依頼したのならその辺りはきちんと抑えて設計をするはずだ。施主がいくら無理を通そうとしても、鬼門だけはどこの鳶だって譲る事はしないはずだ。
銀子も普請に思ったらしく、その事を尋ねた。
絹代は「詳しい事は存じませんが――」と前置きして語ってくれた。
「実は最近客の入りが落ち込んでいて――。それで父様がある高名な易師の先生に診ていただいたんです。そうしたら家相がよくないと言われて、それで普請することになったんです」
俺は銀子と顔を見合わせた。
「おい――、ひょっとして普請を請け負った鳶ってのはその易師の紹介じゃあねえだろうな――?」
絹代は果たして、「そうですけど――」と言ってうなずいた。
俺達は思わず大きなため息をついてしまった。
「見事にやられたわね――」
銀子は首を振りながら呟いた。
絹代は何がなんだか分からないような顔をしていたので、俺は努めて優しく、丁寧に説明してやった。
「あんたの親父さんはさ――、その易師先生にまんまと喰わせられたのさ」
つまりこういうことだ。易師と鳶は互いに組んでいたわけだ。金を溜め込んでいそうな商家に目をつけ、易師が家相等に難癖をつけて普請を勧める。家主が落ちたらグルになっている鳶を紹介して普請を請け負わせる。それで易師は見料を、鳶は普請代を頂く。家主は普請の必要のないような家屋を普請させられ、見料と普請料を払わされてしまうわけだ。
と、それだけならまだかわいい方で、悪質な連中になるとわざと手抜き普請を行って、二度三度普請代をせしめようとする。今回の場合さらに悪質で、おそらくはわざと鬼門の位置に勝手場を建てておいたのだろう。異変が起きて再び家主が易師の元に駆け込んできたら、その部分を指摘してまた高い見料を巻き上げる。そして再び普請させて、鳶に普請させて普請代を吸い上げる、という魂胆だろう。
説明を聞くうちに絹代の顔面が蒼白になっていくのがはっきりと分かった。
「で、ここの家相を見た易師ってのはどこのどいつなの?」
と、銀子が尋ねた。
絹代はよろけそうになりながらも気丈に踏ん張り、その名前を告げた。
それを訊いて、俺達はまたも顔を見合わせため息をついてしまった。
絹代の親父さんが見を依頼した易師の名は細乃木万数子――。最近この帝京で一躍有名になった女性易師だ。
異国の易術である占星術とやらを使い、易の他に霊媒・除霊などなんでも御座れと謳ってすっかり帝京で地位を獲得している。だが、俺達の業界ではそれとは別な意味で有名な女だ。金のためならなんでもする女――、そう言われている。事実、俺達の業界ではかなり危ない噂も飛び交っている。例えば、自分を信用しない村人達に怒って、近くの山にあった封印石の封印を解き、その村を全滅させたとか――。
これはもうその女と鳶の所業に決まりといってもいいだろう。