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第拾話 Writeen by 蒼音みるく


妖の片付いた風呂場を出て、俺たちは一旦作戦会議といくことにした。人為的に、それも悪質かつ操妖技術の高い奴から送りこまれた相手なら、ただがむしゃらに戦うだけじゃ、本当の『妖怪退治』にはなんねぇからな。

銀子は、話し合うだけなら風呂場の脱衣所でいいじゃないかと言い出したが、絹代だってさっきまで妖怪がのさばってた隣には腰掛けたかなかろう。結局、俺たちは旅籠(はたご)の離れにある、絹代の座敷へと移動した。


「わぁっ」

座敷に入るやいなや、銀子が歓声をあげた。

「きれい……」

十畳ほどのその座敷は、なるほど、確かに銀子くらいの娘なら羨ましがるような雰囲気があった。

床の間には百合の花が生けており、座敷全体がふわりとした香りに包まれている。箪笥(たんす)も鏡台も、桜や梅などの絵柄が彫られている。よく見ると、(ふすま)にも梅の模様が柔らかに描かれていた。何より、別の襖(俺たちが入った襖の右のもの)の上の欄間(らんま)に施された、牡丹の透かし彫りが美しくて目をひいた。

「すげぇな」

最近の趣向などサッパリな俺でもわかるくらい、綺麗な座敷である。

しかし、俺と銀子が感心している横で、白銀(しろがね)はひとり眉(だから眉のあたりだってば!)をひそめていた。

「リュウ、ここは危ないよ」

眉ばかりではなく声も潜めている。

「ハァ?どこがどう危ねぇんだ」

俺もつられて声も潜めた。

「まず、一度廊下へ出たい」

「どうしたのよ、白銀」

銀子もただならぬ様子に気づいたようだ。

「いいから!」

白銀の気に押され、俺、銀子、絹代は白銀に共にワラワラと廊下へ追いやられた。

「もう、なんなのさっ?」

もう一度銀子が白銀へ詰め寄ると、白銀は今までの表情――怒っているような表情から、心底驚いた顔へとうつった。

「なんなのよ、って……リュウも銀子も気づかないのかい?」

そんなこと訊かれても、二人そろって首をかしげるくらいしかできない。

その様子を見て、やっと説明してくれる気になったらしい。白銀は辺り(というか廊下周辺)をキョロキョロと伺いながら、神妙な声でこう言った。

「この部屋には(むし)が憑いてるぜ」


「蟲ぃ?」

第一声を発したのは銀子だった。

「ちょっ、あん、蟲って……あたしにはそんなニオイ感じなかったわよ?」

「それは俺もだ」

普通、妖怪退治を生業(なりわい)としている奴らは嗅覚(というか、妖の魔気を感じる力)が鋭い。蟲がそのへんに居たってわかるはず……なのに。

「妖の気配なんか、さっきから全然感じねーぞ?」

「でも、いたんだよ。百合の花瓶があったろ?その後ろの掛け軸に、な」

白銀の説明によると、その蟲は人為的に送り込まれるもので、ある一定の魔気を感知すると送り主にその情報を知らせる、というタイプの奴だそうだ。

「ここで、不思議なことが二つあるんだね。

 一つは、なぜ蟲の気配にリュウも銀子も気づかなかったか、ということ。

 そして、誰が 何の為にその蟲を送り込んだかってことさ」

白銀はここまで述べると、誰かわかるかい?とでも言うように俺らの顔を見回した。

しばらくして、銀子がポツリと呟いた。

「さっきの(あやかし)のせいじゃないかな?」

「あ、妖!?」

さっきの妖って……あの気色悪ぃ薔薇の化けもんのことか?

「あたしの勘なんだけど、あの妖、変な紫色の毒気を出していたじゃない?あれを吸ったせいかな……って。よくわかんないけどさ」

「うん、多分それで正解だと思うよ」

白銀がコックリコックリ頷いた。――ちょっと待て。それならどうして白銀(おまえ)は毒気にやられなかったんだよ?

「リュウちゃん、忘れないでほしいねぇ。あたしはね、ちょっぴり妖怪退治をかじっているだけの人間とは根っから違うのさ」

鼻につく言い方だが、納得してやらぁ。

「そして蟲――名称不明だから仮に“魔気感知蟲”とでもしとくかい――のことだが……」

「そこはやっぱり、この件の元凶・細乃木万数子(ほそのきばんすうし)とその一味の仕業じゃねぇのかい?」

俺がすかさず言った。これくらいなら誰にでもわかるさ。

「じゃあ訊くが、なぜこんな場所に、魔気感知蟲なんぞ置くんだい?風呂場の妖を見張るためかい?そんなら、なんで風呂場にもっと近い場所にしないんだろうねぇ?」

白銀の嫌味な目線を送ってくる。そんなの俺に訊かれても困るさ。

「あ……もしかして」

再び銀子が何か閃いたような声をあげた。

「魔気を感知する目的は、妖を見張る為じゃなくて……妖怪退治の奴ら――つまりあたしたちね――が来るのを察知する為じゃないの?」

「?」

「つまりね。蟲を仕掛けた奴らは、あたしたちみたいな妖屋(あやかしや)が化け物を退治したのをいち早くわかりたいわけ。だから、あたしたちから出てる魔気を感じ取る仕組みを置いた、ってことよ」

仕事上 妖怪どもと交流が深い妖屋は長年戦っていると、身体に少量の魔気がまとい始める。

それに加え、戦闘に使う武器(ウェポン)もある種の魔気で成しているから、自然と身体に染みついてくるらしい。なるほど。

「でも……俺たちが化け物を退治して、そんなに不都合なことがあんのか?これくらいの呪術、アイツらなら他のところでもやってそうだし……一つや二つ見破られたって不思議じゃないだろ?」

「リュウちゃん、よく考えてみよ。あたしたち、この事件はただの悪質普請だと考えてた。でも実際は、風呂場に(あやかし)をはこびらせてもいたんだ。だけど妖を操って民家に潜り込ませるなんて容易なことじゃないよ。この事件には、奴らがもっと深いことを企んでいるに違いないんだな」

白銀が俺を真剣な眼差しで見ている。

「えっ……うっ……じゃあ私は……これからどうしたら……っ」

今まで不安そうにやりとりを見守っていた絹代が、半泣きしている。

「しょうがないよ。企みを暴いて、阻止して、やっつけるしかないさぁ!」

絹代を元気づけようと、銀子が明るい声で言った。

「はたして、今回の事件は根っこが深いらしいねぇ」

白銀の白いため息をつく。


――今回ばかりは、一筋縄じゃいかないようだな。

俺は、絹代の部屋に生けてあった百合の花を思い出していた。

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