夢現に現れし竜
最初に見たものは、足元に広がる数えることさえ馬鹿馬鹿しく感じるほどの数の星。顔を上げ周りを見渡すと、周りは足元と同じく多くの星が輝いている。
正面にはそれらとは比べようもない虹色の光を放つ巨星が、空から見える太陽や月なんかよりも大きな星がその大きさ以上の存在感と威圧感を放っていた。
あの夜から計りきれないことが続いてきたが、夢の中だと思える分、現実と幻想の区別はつくことだけは進悟朗にとって喜ばしいことだった。とはいえ、どこを見ても同じように見えるせいで上下、左右が全く分からないでいた。
何かあの巨星以外に目立つものがないかと周りを眺める。
「ん?」
一瞬だが巨星から翼らしきものが見え、大きくなっているように見えたが、変わった様子はない。
見間違いだと思ったときだ。また翼らしきものが見えた。今度は一瞬ではない、それにどんどん近づいてきている。
あの、遠目から見ても巨大なものがこちらに、あたかもゆっくりと向かってきているように見えるが、実際には物凄い速さで来ている。そんな途轍もないものが来ているのだ、誰だってそんなものから逃げる。実際、進悟朗は逃げた。
走って逃げるというよりは犬が水の中を泳いでいる感覚に近い。
手足をじたばたと慌ただしく動かせながら『翼のある星』から逃げる。とはいったものの、蟻と象の駆けっこみたいなものだ、蟻がどれだけ先にいようと蟻の一歩は象の一歩よりも小さく、いつかは追いつかれる。
進悟朗がどれだく速く手足を動かそうと、『翼のある星』は静かに確実に迫る。
「……待て、創られし子よ…………何も、そなたを取って食うつもりはない……」
後ろから、『翼のある星』の方から威厳のある声が、聞いただけでちっぽけな自分がさらに縮むほどの威圧感と共に伝わる。だがそれでも、得体のしれないものに変わりはないと、前へともがき進む。
「待てと言うのに……仕方あるまい……」
声がそういった直後、手足だけがぴたりと動かなくなった。逃げた時から感じていたが、明らかにこれは悪夢でしかないと感覚ではなく頭で感じた。動かなくなった次には、体が『翼のある星』の方に向きを変える。あの『翼のある星』の力が直接自分を操っているのだ、しかもそのクソッタレの星は相変わらず恐ろしい速度で接近してきている。
生憎、進悟朗は夢を自分の思い通りにできず、好きな時に夢から覚めることもできないため、大人しく『翼のある星』が来るまで待つことにした。
夢の中なので死ぬことはないと分かっていたためか余計に落ち着き、『翼のある星』だと思っていたものが実は星ではないと分かってしまった。
激しく輝く光りの中心にはトカゲに似た顔があり、顎には髭のようなものが並んでいてさらに近づいてくると、虹色の光沢を出している無数の巨大な鱗に覆われていた。刀より鋭い巨大な五本の爪を持つ太く、力強い四肢に加え、それらをまとめる体はずっしりとしていて星と思っていたときから感じた威圧感や存在感をさらに強くするのに一役買っていた。
一番初めに見えた翼はその体の倍以上のもので、蝙蝠の羽に似ているそれは、巨体を尋常ではない速度で運んでいる。
それらの特徴をすべて含んだものを進悟朗は知っている。そう、それはまさしく『竜』だ。知ったきっかけは父、剣嗣が幼いころに話した作り話である。
実際にはいろんな昔話からところどころ切り取ったような、出来損ないのものでもはやどんな話かも忘れたが『竜』という聞いたこともない怪物だけは印象深く残っていた。だが、迫ってくる『竜』からは怪物の持っている恐ろしさや不気味な雰囲気を感じないのだ。
最初こそ恐怖とかから逃げ出したが逃げられなくなった辺りから恐怖はなくなっていた。
「何故そなたは逃げようとする、わざわざこんなことをせずとも済んだものを」
減速しながら『竜』は言い、遂には進悟朗の前で止まる。
口ではこう言っていたが、進悟朗は全く信用していなかった。
「夢に中に出てきて、お前一体何者だ?」
「私はそなたら創られし子等には到底、理解できぬものだ。あえて言うのであれば、そなた等のいう神よりも上に位置するもの」
「フン! なら、そんな神様仏様よりも偉いあなた様が何の御用で?」
問いに帰ってきた答えが斜め上を突き抜けたせいか、阿呆くさいと少々ふざけた調子で問いを投げかける。当然というか、流石というべきか『竜』は進悟朗のふざけた物言いなど気にする様子もなく続けた。
「そなたに頼みがある、この世界を救うために『光を持つ者』を探すのだ」
「いきなり夢に現れて、神より偉いと言い、次は世界を救うために人探しだと! なんで俺がそんなことをしなければいけないんだ! お前がやればいいだろ!」
「そなたの父の命を奪えと命じたものが世界を滅ぼそうとしているものでもか……?」
「……今、なんて言った……」
――――聞き直そうとしているのは別に聞こえなかったわけではない、ただ信じられないだけだ。なぜそんな大それたことをしようとしている奴が、父を殺せと命じたのかが分からない――――
「嘘は言えぬ、もう一度……」
「いや、必要はない」
自分に頼む理由は分かった。都合がいいからだろう。恐らく『竜』の言った『光をもつ者』以外では自分が一番そいつに因縁を持っているからだ。もう一つ敵ができたが、感謝したいほどであった。
「そうか、ならば重要なことを一つだけそなたに、そやつ等は正に世界に残された希望の光である、一人でも欠ければ世は闇に包まれてしまう」
「そんな当たり前のことか、言われなくても死なせる気なんてない」
「時が訪れる。餞別にそなたが『光』を見つけるようにしよう……去らば」
そう言うと『竜』を中心に今までとは比べ物にならない光が全てを包む、進悟朗は目を瞑った。そして、足から体が解けていくように感じ、光のなかに溶けていった。
目覚めた時には山頂を越えていた。東から太陽が出て朝の始まりを明るく伝える。
白松は途中で眠りこけた主を落さないよう、慎重に歩を進めて山頂まで登ってきたのだ。
どんなに不機嫌であろうと、どんなに情けない主だろうと黙って尽くしてくれたことには頭が下がる気持ちだった。それに休まずにここまで歩いてきただろうから、どこか川が流れているところで休ませようと考えた。
少し時間が経ち、山林の緑は映え、空では鳥が自由に飛んでいた。山もあと一時間もすれば降りることが出来るくらいにまで来たところで、進悟朗は『透明になる魔術』を探していたときに気になったいくつかの魔術を見るため、書物を開いていた。
まず一つ目はかなり最初のところにあったものだ。
魔力を体に巡らせることで本来、体が持っている力を引き出すというもので、両手で触れてみても何も変化がない。
多分だがもう使えるのではないかと進悟朗は、体の中心、奥底にある魔力を引き出し、つま先から髪の毛の先まで広がっていく想像をする。すると、ここからかなり離れた鳥のさえずりが聞こえ、さらに遠くの木々が見え、水のにおいが道の先から漂う。
自分が感じる世界が広くなったことが感覚として掴めた。
水のにおいから先に川でもあるのかと思い、においの他に音で確かめようと耳を澄ませ川の流れる音を聞こうとする。獣の鳴き声に混ざって川のせせらぎが聞こえて、進悟朗はうんと頷く。
その川で白松の脚を休ませるついでに、水でも飲んで『光を持つ者』のことでも考えることにしよと、書物を閉じ股に挟み、手綱を取る。そのときには水のにおいもしなければ、川のせせらぎも鳥の鳴き声さえ聞こえなくなっていた。
復讐ついでに世界を救うことになった進悟朗、明日がいかに!