表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/254

楽無し、苦有り

 あるかどうかもわからないものを、得体のしれない本からドブを浚うように探し始めて時が経った。変わらず紙をめくる音だけしか耳に入らない。もっとも、その耳の持ち主には聞こえておらず、黙々と字を追っている最中なのだが。やがてしばらくして。


「これだッ! まさしくッこれだッ!」


 そう叫んだ先には、円の中に奇妙な模様や文字が描かれていたり、ひと際大きな文字で呪文ではなく、呪文の下にある文章の中にある文である。進悟朗には確かにこう読めたのだ『己が姿を隠す』と、姿が見えなければ絶対に見つからない単純だが確かな事実、これで問題なく出れると確信した進悟朗は頭を上げ、部屋を見渡す。


 障子は沈みかけている陽の光によって橙に染まり、それがどれほど時間が経ったのかを物語っていた。それはそうと、蒼汰はどこに行ったのかと再度部屋を見渡すが、やはりいない。


 この屋敷の中にいるのに変わりはないので、とりあえず自分の部屋に戻ることにしようと書物を持って進悟朗は蒼汰の部屋を後にした。


 部屋の中には大小二振の刀ぐらいしか目立つものがなく。旅に持っていく物もその刀二振とこの書物、あとは奉公人の誰かにで見つからないように用意でもさせれば良いかと、障子を開けたままにして畳に腰を下ろす。


 そうして何かを考えているように頬杖をついて、ときにはさっき見つけた魔術が書いてあるところと最初に開いたとこをと何度も捲ったり小さく呟いたりしていたが、何度も繰り返していくうちに苛立ちを募らせる。


「なんで何も起こらないんだ!」


 この書物には『呪文』を言ったり、『陣』を描くかのどちらかをすれば『魔術』を使えると書いてあるにも関わらず、なにか自分の体に変化が起きたわけでもない。


 思わず紙屑にするか、燃やしてやろうかとさえ思ったが思いとどまり目を閉じ深く息を吐いた。


 『こんなことで騒いでどうする? 平静を保て、目を閉じて深呼吸をしろ。焦ったらできるものもできないぞ、落ち着いたら目を開けて見ろ、見えなかったものも見えてくる。そしたら、そのまま見えたものに手を伸ばしてみろ』


 恐らく父上ならこんなことを言うだろうなと自分の中で思い描き、静かに目を開き両手をゆっくりと少しずつ書物の版面に近づけていく。


 進悟朗は体の中で透明な、水よりも透けている何かが流れているように感じていた。なんというかそれは優しく包まれているかのような、あの時の刺々しく身を焦がすようなものとは全く逆の安らぎを与えていた。そして、ついに両の手は書物に触れ、何かが手を通じて流れてくる。


 書物を開いたときと感じたものと少し似ているような気がしたと同時に、鈍いようで鋭い矛盾した痛みが襲い掛かる。心臓の鼓動が頭の中で響く、手を離し胸を掴む。呼吸は乱れ、意識が遠くなる。


 ――――鎮まれ、鎮まれッ――――そう念じながら掴む手に力を入れる、願いが通じたの少しずつ痛みが和らぎ心臓の鼓動も頭から消えていく。


「くそ……こんな痛い思いをしなけりゃいけないのか……」


 書物を見てうんざりしたようにつぶやく、だがこの痛みに耐えなければあの化け物に復讐できないと思えばこの程度、屁でもないと自分を奮い立たせる。そうでもしなければとてもじゃないがやっていられなかったのだ。


 外は日が没してすぐだったので薄暗い程度で、地平の彼方はまだ濃い橙に染まっている。反対の空からは深い藍が広がり、適当にばら撒かれた無数の小さな点がその中で呑まれまいと蛍のように儚い光を出している。


 橙と藍の境界はどちらも自らの色に染め上げようとしていたが、近づいていくにいつれ、色は薄くなり互いがぶつかる頃にはどちらの色でもない空が横に続いていた。


 進悟朗は三色でできた神秘的で、どこか哀愁漂う空を見つめていたが、徐々に徐々に陽の橙は沈み広大な藍は漆黒となって空は広がる。陽が完全に没する最後の、ほんの一瞬だけ色褪せた色に見えたかと思えばすぐに漆黒は空を包み、多くのしかし頼りない光と月が空を照らす。


 進悟朗は奉公人を探して屋敷を回った。そこまで時間が掛からなかった。


(すみ)さん、ちょっといいか」

「何でございましょう。進悟朗様」


 澄と呼ばれた小柄な男、二年ほど前から奉公人としてやって来た。

 人柄もよく、気立てのいいこの男を進悟朗は気に入っていた。だが、やけに余所余所しい。


「丸分かりだ。澄さん」


 後始末、やるとすれば奉公人達しかいない。


「それで、何の御用で?」

「多事の支度をしておいてほしい。何も言わないでくれ」

「承知しました。ついでに見張りの者にも言って聞かせます」

 

 もし見つかったら、ただでは済まないと知りつつも澄は口にする。


「あんた達に何があっても俺が絶対に庇う。……本当に済まない」

「私共は奉公人、主人の身の回りの世話が仕事です」


 澄は静かに笑った。そして、進悟朗は部屋に戻った。


 まだ発つには早いし、ここは時間まで寝て疲れを取ろうと進悟朗は寝転がり、すやすやと寝息を立てはじめる。目蓋の裏にはあの化け物が映り怒りが湧き上がるが、これは実際に会うまでとっておこうとし、すぐに化け物を消し去りまた寝息を立てた。


誤字脱字、おかしな表現等がありましたら是非教えて下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ