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涙は騙せるほど甘くない

うそはよくない

 進悟朗は祖母が凛華のことだけしか言っておらず、蒼汰はとりありずのところは普段と様子は変わらないということだけ分かり胸をなでおろしていた。


 凛華の部屋は蒼汰の隣に位置している。進は蒼汰の部屋を素通りし、凛華の部屋の襖の前で止まった。祖母と話している間から声に掻き消されそうな小さい音か声かも分からない『音』が聞こえていたのだが、薄っぺらい障子紙を通して『音』の正体がはっきりした。


 聞こえてきた『音』いや声は、妹凛華が漏らしている嗚咽であった。その一つ一つの声が堪えきれずに出る、どこにぶつければいいのか分からない喪失感からくる悲しみ、自分に何も言わずに死んでいった父に対する怒りがありありと伝わってくる。


 その嗚咽を聞いてついに進悟朗は襖を開けた。襖の空いて最初に進が見たのは、こちらに背を向けうずくまっている少女の姿だった。


 その姿は普段とはあまりにも違っていた。

 普段、誇らしげにしている星の光を吸い込む夜空の様に黒く艶やかで長い髪は乱れ、見る影もなかった。


「お…おい、凛華」


 泣いている姿あまりにもが痛々しく見え、進悟朗はその場で声を掛けたが、返事は帰ってこなかった。代わりに先ほどよりも漏れる声が大きくなり、それと一緒に小さくなっている体も動く。

 進悟朗はしまったと心の内で思い、顔を歪める。これ以上、話しかければ酷くなると考え、部屋を出ようと襖に手を伸ばす。


「兄上は、知ってたのですか?」


 か細い鈴のような声が聞こえ、進悟朗は出るのをやめ、凛華の方を振り返る。一人の少女がウサギのように赤く腫れた目でこちらを見ている。


 答えられるわけがない。

 

 本当の死の原因を知っている。だが、それは病死などというものではない。

 見たこともない。およそ、お伽噺に出てくる鬼だとかいうものでもない化け物に斬り殺されたのだ。しかしこんなことを言えるわけがない。ここは嘘を言った方が無難だと考え、進悟朗は口を開いた。


「いや、全く知らかった……なんで言ってくれなかったんだっ……」


 左手で首の後ろを掻きながらいかにも悔しそうな口振りで言った。自分は何も知らなかった、そう言えば余計に刺激せずに済むと思っていただが。


「嘘です! 知っているんですね! なぜそんな白々しい嘘を言うのです!」


 思っていたものとは全くの正反対の烈火のごとく怒り、進悟朗を睨みつける。

 落ち着き払った態度で聞いて平静を装うが、内心は穏やかではなく自らの詰めの甘さに悔いる。先程『嘘』を言うときに左の手で首の後ろを掻いていたのだ、それは癖であり自分以外の家族はもちろん知っている。


 この状況ではもう嘘を突き通すこともできない。しかし、だからと言って馬鹿正直に『父上は鎧を着た訳のわからない化け物に斬り殺されたんだ』などとはとても言えない。それこそ真実の方が嘘のように聞こえる。


 いや、待てと進悟朗は、忙しない思考の流れを止めた。


 凛華が嘘だといったのは『ありもしない病を知らされていない』ということのはずだ。それならば、まだ誤魔化すことができる。とにかく、このままでは一生凛華に憎まれることになる、それだけは忌避させなければいけない。

 ただ、どんな嘘を言ったとしても凛華は泣くか怒るだろうと、はっきりと予想する。


「何か言ったらどうなんですか兄上! 知っていたんですか? そうじゃないのですか? はっきりと本当のことを言ってください!」


「……ああ、知っていた。父上は、お前たちが余計に悲しませないように言わなかっただけだ」

「そのようなことをする必要なんてありません!父上も兄上もみんな、なぜ隠し事をするのですか……ひぐっ……酷いです」


 痺れを切らし問い詰める凛華に対して冷たい口調で嘘をつく。そんな自分に嫌気がさし、そして再び感情が昂りしゃくりあげる凛華をみて自嘲気味にため息を吐く。

 ゆっくりと凛華のもとに近寄り、凛華の頭に手を置き優しく撫でて一拍おいてから先程とは正反対にやさしく声を掛けた。


「悪かった、最初に見たのは俺なんだ。どうしたらいいのか分からずお前にぶつけたんだ。俺以上に悲しんでいるのに、悪かった」


 凛華にたいしてとった態度の中に無意識のうちにそういうものが潜んでいたのだと気づき、謝らずにはいられなかった。そんな言葉に凛華は兄も自分と同じ気持ちなのだと感じ、しゃくりあげる声を堪えようとする。


 その小動物のように小さく、そして小刻みに膝を抱えて震えている凛華を見て、いつも見ている調子とは全く逆になった元凶、鎧を着た獅子のような頭の化け物を、あの紅い悪夢の夜を思い出す。そして、父の亡骸を抱いたときに湧き上がった煮え湯のごとく熱く、反面真冬の氷よりも冷たい感情。


 その冷ややかな激情と凛華を別人のように変えてしまったことに対する怒りが、進悟朗の薄皮一枚に包まれた体の中で、無秩序に滅茶苦茶に混ざり合いその結果、確固としたものが出来あがった。


「何も言わなくていい、ただ聞いてくれ凛華。俺は修行の旅に出る。今の未熟な腕じゃとても跡目を継いでいけるとは思えないからだ。何、戻ってきたときには強くなってくる」


 進悟朗の目は、覚悟と決意を秘めた真っ直ぐな目になっていた。いつもとはどこか違う雰囲気を出す兄を、凛華は腕で隠していた顔を少しだけ上げて見る。

 その目は自分だけをしっかりと捉え、本心から自分に言っていると感じた。だが、それでも行かせたくない。もし旅の途中で何か例えば野盗だとかに襲われたりなどと嫌な予想が凛華の頭をよぎる。


「そんな顔をしなくてもいい、安心してくれ」


 聞きたいのはそんなものではない、ただ自分の手が届かないところに行かないでほしい。凛華は胸を詰まらせる。だが言葉にできない。この進悟朗の瞳の奥に隠れている、黒く泥のような焔があまりにも恐ろしく、今まで見たことのない兄の姿にどこか恐怖し、本心とは別の言葉を出る。


「……約束……絶対強くなって…生きて、帰ってきて…っ……下さい」

「……もちろんだ、絶対に帰ってくる。だから泣くのはやめて、いつもみたいに笑ってくれ」


 そう言ったときには瞳からあの焔が見えなくなり、代わりに優しく微笑んだ。凛華はその言葉と笑みによって不思議と感じた恐怖が消え、涙を引いていた。


あと少しで旅に出れると思います。

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