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口裂けの魔女  作者: 昼行燈
目は口ほどにものを言う
9/14

The beginning

僕は薬品の臭いとガタガタガタとこぎみよく鳴らされるミシンの音で目を覚ました。

見たことのない天井だ。

保健室より高いし、壁紙も少し凝ったつくりの物みたいだ。


「痛ッ……うう、起き上がれない…」


 上半身を起こそうとすると腹部に痛みを感じた。

激痛というほどではないが、体の動きを相当に鈍くするほどの痛みだった。

腹部の他にも後頭部をさするとたんこぶがあるし、なんとか起き上がってみると両肩にも寝違えたような痛みがある。

半身を起こすことができたのでようやく今どこにいるのか、と確認することができる。

部屋の明かりは暗く、デスク周りだけにライトがつけられている。

デスクには白衣の男、瀬矢先生がミシンで何やら縫っているところのようだ。


「おお、起きたかい。ミシンの音で気づかなかった。具合は?」


 先生は手を止め、イスに座りながら振り向いて言った。


「具合も何も…体中がたがたです…あちこちが痛い…」


 僕は、足をベッドから出そうとすると両太ももが筋肉痛と打撲が一度にくるような痛みを感じ、顔をひきつらせる。


「そうだろうねえ。手榴弾を至近距離で受けるとそうなるだろう。最も普通なら死んでいるけどね」


「…普通なら?そうだ!空也さんは!空也さんは、どこですか先生!」


 もしかしたら空也さんが僕を庇って重傷、いやそれ以上のダメージを受けたのかもしれない。


「ん、聖かい?リビングでお茶でも飲んでるんじゃないかな?心配しなくても無事だよ」


 リビング。そうか、部屋の雰囲気からしてもそうだが学校ではなさそう。


「ということは…先生の家ですか」


「そうだよ。僕と聖がここまで運んだ。あの後、君が負傷したみたいだと聖から連絡があってね」


「彼女は…怪我とかは?」


「いや至って健康だね。怪我もないし…まあもともと丈夫ではあるしね」


「丈夫って…彼女も僕と同じく至近距離で爆発に…」


「ああ、そうみたいだね。制服が少しほつれたり破けたりしたみたいだ」


 たったそれだけ…?絶対に普通じゃない…。


「まあ、聖の制服は僕が手を加えてちょっとした魔力増強、魔抵抗増幅、頑丈さも戦車並み!とまではいかないくらいの物にしてあるんだよ」


 いま初めてこの人が本当に魔女なのだと実感できた…。

そんなものあるはずがないと思うのが普通だが、実際に目の前で起きたことなのだ。

信じるしか他ない。


「僕はそういった制服を着てなかったですよ…」


 そういえば今はTシャツとパンツだけしか履いていないな…。


「おそらく瞬時に自分と君を強力な魔法で、目の前の手榴弾を除いて包んだのだろうね。と言ってもただの魔力で覆っただけだから完全に防ぎきれなかったんだろうな」


 それで僕だけあちこちにダメージが残っているわけか。


「ほら、ちょうどいま出来あがったところなんだ。君の分の制服。同じように防御を高めたりする効果がる。君が入部してから徹夜して作っていたんだけどタイミングが悪かったみたいだ。まあ、ちょうど制服がぼろぼろになったからちょうどよかったとも言えるか。着てみなよ」


 渡された制服はいつもと変わらない、うちの高校の制服に違いなかった。

ただ若干重くなったり、内ポケットやファスナーなど見えない部分の収納スペースが増えていたりする。


「機能性も考えてみたんだ。デザインは変えられないからね、ちょっと遊んでみたんだ。着た感想は?」


「ええ、まあ…ちょっと重いくらいですけど意外と動きやすいですよ」


「そう、よかった。それで手芸部…もとい魔女の件はどうする?ボクとしては君が嫌なら無理強いはしない。今日もそれで危険な目に遭わせてしまったからね」


 先生は白衣のポケットから煙草を1本取り出し、火をつけずに咥える。


「僕は……彼女に借りがありますから。彼女の役に立ちたい!って…今日思いました」


 危険を顧みずに僕を救出してくれたことにも、それが危険ではなかったと知っていたとしても僕は彼女の行動に感謝という言葉では表せない感情を持っていた。

おそらくヒーローに救われたヒロインの気持ちは、多分こういうものなのだろう。


「そうか…。てっきり辞めたいと言うかなと思ったが、君も男ということだな。よし、わかった!本当はこの学生服のように特殊な装備を作る予定だったが、追加で君に魔法を教えるとしよう」


「…魔法ですか?ばーん、と攻撃したりするアレですか?」


「いや、そういうのじゃないけど自分の身は自分で守れるくらいにはできるように、ね。さて今日はもういい時間だ、帰る支度をしなさい。今度はちゃんと聖をつけていくから。おーい、聖ー」


先生が空也さんを呼ぶと彼女はすぐに部屋に入ってきた。

やはりどこにも怪我をしている様子はなさそうだ。


「後藤田君が帰るから送っていきなさい。まあ、連続してってことはないような気もするけどね。彼、体ガタガタだから鞄持ってあげなさい」


 先生はどこから持ってきたのか、鞄を空也さんに持たせる。

そういえば倉庫に放置していた気がするが帰り際に持って帰ってくれたのか。


「そうだ。先生、敵はオイゲンって言っていました。あと…」


「うん?ああ、いいよいいよ。詳しい話は明日聞くからさ。もう9時になる。親御さんが心配する時間だからね。魔女である前にボクは教師だからね、一応。ははは、じゃあ聖、あとは頼んだよ」


 空也さんは頷くと僕の鞄を持って、制服姿のままリビングを抜けて玄関へと向かった。

僕もなんとか歩いてついていくという形で靴を履き、玄関を出た。


「ここってマンションだったんだ…そういえば駅前に新しくマンションができたって聞いたけどここだったんだ」


 ここはマンションの7~8階くらいだろうか。

下の方は駅前ということもあり、ネオンで明るく照らされている。

遠くに目をやるとポツポツと山間部の住宅の光が見えた。


「やっぱり9月ともなると夜は肌寒いね」


「……」


 僕と空也さんはそのまま無言のまま廊下を歩き、エレベーターに乗った。

7、6、5、4…と下がっていき、降下する音だけがエレーベーター内に響く。

そういえば空也さんは僕の鞄以外なにも持っていないな。

ということは今は話せないし、書けないのか。


「あ、あのさ、今日の姿アレって…やっぱりマスクと関係あるの?」


 彼女は特に頷くこともなく、ただ表示される数字をじっと見たままだ。

やっぱり聞かれたくないことって事なのかなぁ…。


「………ん」


 彼女は横目でこちらをちらりと見ると本当に小さな声でうなずいた。

エレベーター内が静かで、いまが夜じゃなければ聞き取れないくらいの声だった。

僕はこの時、初めて彼女の声を聞いたような気がした。


 それから僕と彼女は何を会話すること無く、駅前商店街を通り、次第に住宅街が連なっていく道を歩き続けた。

僕は彼女の後ろを歩きながら所々にある壁や側溝、道路、歩道の縁石を見ていた。

そういえばここら辺は妙に欠けている物が多いような気がするな。

壁の一部が崩れていたり、アスファルトの地面がボロボロだったり、縁石の上の部分が欠けてしまっているものなどが多いのだ。


「国土交通省の怠慢か……いや、でも年末くらいに予算編成の関係で道路工事とかするから大丈夫か」


 などと訳知り顔で大人の事情を言ってみたりして歩いていると、僕は空也さんの歩幅がさきほどより小さくなっていることに気付いた。

僕がボケっと歩いて歩く速度が遅くなったのに気がついて、歩調を合わせてくれていたらしい…。

振り向くわけでもなく足音だけで判断したのだろう。


「あ、ごめん…」


 こういう時は『ありがとう』って言うべきか、と言った後で思う。

彼女はそのまま止まらずに歩いていく。

どこかでパトカーがサイレン鳴らしているのが聞こえてきた。

あんまり夜道をうろうろしているのもよくないな…。

心持ち少し早歩きで僕は彼女の後を歩いた。



「今日は、ありがとう。おかげで助かったよ…こういうのを命の恩人って言うんだね。まさか実際に使うとは思わなかったけどさ、ははは…」


 無事家の前に着き、僕は空也さんに少し照れながら言った。

彼女は相変わらず、無言で受け、僕に持っていてくれた鞄を渡す。

受け取る時に腕や腹に痛みを感じたが我慢してひきつった顔になる。


「それじゃあ、おやすみ」


 玄関を閉める最後まで彼女はその任務を全うしようとしたのか、じっと立っていた。

とりあえず家に帰れてやれやれといったところか…。


 こうして僕の長い1日は終わった…。



――――――――――次のニュースです。


「今月、市内において発生している30件以上の連続器物損壊事件において、警察は事件発生現場周辺の捜査を続けていますが未だ犯人の行方はつかめていません。警察は新たに捜査本部を設置し、犯人逮捕に向け全力で捜査をすると発表しました。なお、一連の犯行現場には共通点はなく、いずれも場当たり的な犯行と見て…」


以上、ニュースの時間でした。

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