The eye have one language everywhere.≪目は口ほどに物をいう≫
「うう…ここは…」
気付けば僕は見知らぬ場所にいた。
流れからいって連れ去られてしまったらしい。
この広い場所は倉庫のようである。
ところどころに放置された機械やダンボールなどが散乱しているのが、窓から差し込む夕陽に照らされてわかる。
「お、目が覚めたか。人一人運ぶのもこれはこれで骨が折れるもんだ」
サーカス男がカフェテラスにでもありそうなテーブルと椅子にゆったりとくつろいで座っている。
そういえば拉致されたとはいえ、両手両足は縛られていないし、体のどこにも異常はない。
手首や足をさすってみるが特に何もないようである。
「まあ、客人を縛り上げるなんて非礼だから。敵意むき出しにされても話がしにくいだけだろうと思ってね」
「いきなり声をかけて見知らぬ場所に連れ込むのは失礼にあたらないんですかね…」
「まあそういうなよ。君の後ろからおっかない顔した女が追っかけてきたんでね。いやー怖い怖い」
そう言っている割には全く怖いと思っていなように見える。
「おっと自己紹介がまだだな。俺の名前はオイゲン。本名は忘れたが、いまはこの名前を使っている。そんなことはどうでもいいか」
「オイゲン?それでオイゲンさんが僕に何の用ですか。できれば早く帰して欲しいんですけどね」
オイゲンと名乗る男はティーカップを手に取り一口つける。
「まあ、そんなに焦るなよ。今日は話をするために誘ったんだ。体が自由に動かせるのは誠意として受け取ってほしいもんだねえ。世の中には敵と見るやいなや縛り上げる連中もいるからね。その点、俺は紳士的だよ」
「まあ言われてみれば…ってそんなわけなかろう」
「さて本題だが、君は魔女や魔法のことについてどれくらい知っている?」
「どれくらいって…」
そういえばほとんど知らない。
何しろつい最近になって魔女になったのだ。しかもこれといった理由がなく、ただなんとなくなってしまった。
「その様子だとまだあまり知らないようだな。まず魔女には魔女協会という組織がある。魔女は全員協会に加入しなければならない。何人も協会の許可なく魔女活動をしてはならない。それがルールだ」
ということは空也さんの母である理事長がトップになるのか。
「もし協会に入らないというのであれば、それは協会と敵対することを意味する。もちろん俺は入っていない」
「なぜ未加入=(イコール)敵対なんですか?別に好きに…」
「好きにやればどうなると思う? まあ文字通り好き放題するだろうな。そういうことさ。俺が入らないのはそういう理由じゃない」
オイゲンは立ち上がって倉庫内を歩き回り、時折上の窓から射してくる夕日を見ている。
「協会は表向きは魔法の発展と治安機関としての顔を持っているがそうじゃない。裏では希少な能力をもつ魔女を保護している。その能力を独り占めするためにな」
「希少な能力……?」
「そう…例えば、そうだな。俺は時間跳躍の能力を持っている。俺自身は『リープ&ウォーク』と呼んでいるが、時に関する能力は特に希少とされている。魔法の中でも上位を超えた『奇跡』に分類される」
オイゲンの言う魔法のクラスはこうだった。
上から上位、中位、下位魔法と、その難易度、習得、実現レベルに合わせてクラスがわかれている。
上位の上には人智えお超えた『奇跡』、下位とはまた違うが、『外法』と呼ばれる魔女の中では禁忌とされる『呪い(カース)』に分類されるようだ。
「まあ、こんな風にクラスわけされて協会は『奇跡』と『外法』の二つを集めている。何に使うかは知らないが大方魔女の復権というところだろう。だから俺は協会から追われる身なのさ」
「追われる?保護されるんだったらそれでも…」
「保護とは名ばかりの監視付きの一生さ。模範囚として静かにしていれば多少は緩くなるだろうが…そんなのはごめんだな。俺は魔女として名を挙げたい…そう思ったら入らないのは道理だろう?」
「決められたルールがあるならば…」
「それに従うのは当然?そうかな?少なくとも俺たちはそうは思っちゃいない。俺たちは、世界征服をしたいのさ!」
世界征服。本気なのだろうか?
いまどき子どもでさえそんなことを口にはしまい。
だがオルゲンの口ぶりは、大言壮語ではないような、不気味な自信に満ちていた。
「笑いたいなら笑ってくれてもいい。だが俺たちは本気だ。まずは邪魔な協会を潰し、能力者を俺たちが独占する。圧倒的な力で世界を陰から動かす…さぞ楽しいだろう」
陰謀ごっこなら好きにやればいい。どうせできっこないのだから。
それよりなぜ僕を人質にしただろう。なぜ日本でそんなことを始めるのか。
「わざわざ日本でやる必要性は?」
「現協会総代とつながりがあり、警戒が薄く、協会の力が及びにくいこの地は、旗揚げにはちょうどいいということだ。瀬矢次郎と総代サラマンダーがいるというのが厄介だが…」
瀬矢先生が厄介…?サラマンダー?どういうことだろうか。
いやそれよりも俺たち、旗揚げ…複数で、もう組織化されているのだろうか。
「さて、お喋りもここまでかな。そろそろこわーい女が来る頃だ」
オイゲンはどこからともなく黒いステッキを取りだすと右手で、さながら銃のように構え、埃っぽい倉庫の出入り口に向き直った。
オイゲンが構えたと同時に倉庫の厚い扉2枚が蹴り飛ばされ、ひしゃげ、鈍い音を立てながら破られた。
『カカカカエセ』
扉をぶち破ってきたのは、まさに異形の者と言うにふさわしい姿だった。
口はあり得ないほどに裂け、髪は重力に逆らい放射状に広がり、目は獣のより恐ろしい光を放っている。
普通なら誰なのかもわからない状態だが、僕には見覚えのある人物だった。
「く、空也さん…?」
白いマスクを右手で握りつぶすように持っている。間違いない、彼女だ。
だがあの夜とは比べ物にならないモノノケぶりである。
判別がつくのは、マスクとうちの高校の制服のおかげだった。
「ずいぶん怒り心頭って感じだな。怖い怖い、そのまま喰われちまいそうだよ。安心しな、彼は無事に帰してやるよ…化け物退治の後にな!」
『ブッコロス』
空也さんはひと蹴りで人間離れしたスピードでオイゲンに向かって真っ直ぐ飛んだ。
しかし僕の目に映ったのは彼女の足元に照らされた何本ものワイヤーだった。
さきほどまで夕日に照らされていなかった床にワイヤーが張り巡らされている。
オイゲンが気にしていたのはワイヤーだったのか!
「空也さん!下にワイヤーだっ!」
だが遅かった。彼女のスオイードに僕の言葉と動体視力が追いつかなかった。
プツンと弦が切れる音が複数回すると天井部分から無数の光が見えた。
それはヒュンと微かな音だけを鳴らし、矢となり空也さんを四方八方から突き刺し、彼女の動きを止めた。
それだけの数なのだ。
「魔女が魔法だけで戦う、なんてのはちょいと常識はずれだぜ。こういうトラップもあっての戦いさ…って無傷かよ」
彼女は、数十本は刺さったであろうがお構い無しに上体を起こす。
制服の所々が破けてはいるが、彼女自身からは血の一滴もでていない。
「とんでもない魔力…いや防いだのは制服……瀬矢が仕掛けたか!こいつはちとまずいかな…なんてな!」
オイゲンは動きの止まった彼女めがけてステッキを発砲。
ステッキは隠し銃のようだった。たて続けに6発の弾丸を浴びせる。
とても魔女の戦い方とは思えないが、おそらくこれが彼の戦闘スタイルなのだろう。
「弾丸に魔力を込めても無傷か…これは相当だな。さすが『呪い憑き』、これは大きな障害となる…」
連続した攻撃が全て不発に終わったせいか、オイゲンにも焦りが見える。
それもそのはず、怒れる獣となった彼女はいまにも襲いかかろうと唸りをあげている。
だが襲いかかると思えた彼女は、ブツブツと何かを唱えている。
その唱えている声は次第に大きくなり、離れている僕にも聞こえるようになる。
『砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ砕ケロ!』
彼女は一心に不気味に『砕けろ』と念じているようだった。
「まずいッ!おい!君も離れたほうがいいぜッ!人質が死んだら意味がないからな!」
オイゲンは僕を強く突き飛ばすと自身も後ろに2m、3mと跳躍して彼女から距離をとった。
あっけにとられていると倉庫内のあちこちからパキパキと音がし、やがてその音は岩が粉砕されるような音へと変わる。
倉庫自体には何の変化もないが、たしかに音は響くほどに聞こえる。
「呪詛…発した言葉を実現させる能力。その言葉は喉や発音器官から生じるものではなく、ただ呪詛として発せられる。ゆえに喉潰しても、耳をふさいでも意味がない…か。クソっ! こうなれば…!」
オイゲンはステッキで倉庫の地面を2回、3回、4回と叩く。
叩いた場所が山吹色の波紋を生みだしたかと思うと、地面から人の形をした鼠色のコンクリート色人形が4体出現した。
だが出現と同時に人形は為すすべもなく砕け散った。
「精製と同時に砕けたか、ギリギリだったな…。だが、この数ならどうだ!」
目にも止まらぬ速さで地面をカカカカッ!!と叩くとゴーレムが次々と姿を現した。
オイゲンは際限なく床を叩き続け、ゴーレムは無限のように湧きだす。
空也さんは呪文を唱えるのは間に合わないと判断したのか、ゴーレム1体、1体に飛びつき、蹴り、拳で貫き破壊してまわる。
だが空也さんの破壊スピードよりも速く、ゴーレムが出現する。
空也さんは2体同時、3体同時とアクロバットに撃破していくも物量に圧倒され始める。
『木偶消エロ!』
彼女の怒気をはらんだ声がゴーレムの体を震わせ、内部からことごとく破壊していく。
「化け物だな…だがこちらは人質を使わせてもらうッ!」
呆然と観戦者となっていた僕を背後から出現した1体のゴーレムが羽交い締めにする。
咄嗟のことに反応できず、僕はあっさりと捕まえられてしまった。
「おっと下手に倒さない方がいいと思うぜ。そのゴーレムにはワイヤーが仕掛けてある。破壊と同時にピンが飛ぶぜ」
オイゲンの言う通り、ゴーレムの両腕の隙間、つまり僕の胸には手榴弾がピタリとくっついている。
無事に帰すという紳士的な態度はどこに行ったのか…!僕は理不尽な怒りに駆られた。
「やっぱり今日も勝てそうにないな。俺はここで退散させてもらおう。追ってくるなら彼の爆死を覚悟するんだな」
オイゲンはいつの間にか扉の前に立ち、外へと消えていった。
残されたのは空也さんと僕と爆弾つきのゴーレム。
このゴーレムも時限的に爆発するとも限らない。
「空也さん…助けてほしいのは山々なんだけど、これ、もしかしたら時限かもしれない…。だから…君だけでも…」
もともと瀬矢先生の忠告を聞かずに、のうのうと敵に捕まったのは僕の失態だ。
だからといって死んでもいいというわけでもなかったが、そのせいで彼女、空也さんまでも巻き添えにはできない。
被害は2より1の方がいいに決まっている。
理事長が僕を足手まといと言ったのは正しかった。
魔女なんてほいほいとなるものではなかったのだ。
心の中で瀬矢先生に恨みごとが浮かんだが、それはすぐに消えた。
「空也さん……?」
彼女の先ほどまでの怒りはどこかに消え失せている。
彼女はいつの間にかマスクをつけなおし、僕の傍まで近づいてきていた。
そのまま彼女は僕の目をじっと見たかと思うと、僕をゴーレムの腕ごとぎゅっと抱きしめた。
ゴーレムがつけていたワイヤーがはずれ、閃光が起きる。
僕は彼女が一瞬見せた、慈愛ともいえる目が頭から離れず手榴弾の爆発など気にもしなかった。
僕は彼女のぬくもりを感じつつ、またも暗闇をさまようことになった…。