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口裂けの魔女  作者: 昼行燈
袖口の火事
2/14

化物女と魔獣

そしてその月曜日の放課後がやってきた。


 僕は、「後藤田はる」 と書かれた靴箱を開けてくたびれた運動靴を取りだした。

無論、自分の靴である。


 入学当初は帰宅部としていかに素早く、いかに華麗に、いかに寄り道し、以下省略といった具合で高校生活を謳歌していたのだが…。

他の同級生、下級生が部活に輝く汗を流している最中、自分は一人早々と帰宅するのはなかなか精神的によろしくない。

いっそ2年生から部活動に参加してみようかと考えたが、躊躇している間に秋である。

完全に時機を逸してしまった。

 家に帰ってもネットかゲームか読書か…あとは趣味の手芸くらいであろう。

部屋には小学生の時に夢中になって作りまくった手編みのマフラーが今でも飾ってある。


 帰宅時間徒歩10分。最寄りの目印は高校。

僕は考え事をしていたら既に自宅に到着していた。

学校と自宅が近いということはよいことだ。定期代がかからなくて済む。ストレスフルな通学を楽しまなくていい。


「ただいまー…って誰もいないか」

 両親は共働きなので夜まで帰ってこないだろう。


 ニ階の自室でひと眠りしようかな。

鞄を机の上に置いてブレザーの制服をハンガーにかけ、適当なジャージ姿になる。

 あの既視感はなんだったのだろうか?

あれから既視感は感じていない。

今日がその月曜日にあたるというのに…。

先のことを考えていても仕方がない。

僕は予知能力者でもなんでもないのだ。

僕はそのままベッドに沈み込んで日課の夕寝をした。


 夕食後。


 あれからひと眠りした後に両親が帰ってきたので少し遅めの夕食をとった。

母は教員、父は建設業と、まあふつうの家庭。


「んー、コーヒーが飲みたいなあ…。母さん、ちょっとコーヒー買ってくるよ」


「えー、ハル、うちにもコーヒーがあるでしょ。うちのを飲みなさい、うちのを」

 確かに我が家にもインスタントコーヒーがあるのだが…。


「いや、缶コーヒーがいいの。特に食後はね。だろ? 父ちゃん」

 夕刊のスポーツ欄をチェックしていた父が適当に、うんうんとうなずいて見せた。


「そうだなあ…。ああ、俺のも頼むよ。ほら200円」


「足りないだろ…いつの時代だよ」


「ばれたか…ほら300円。釣りはやるからダッシュな」


「へいへい……じゃ、ちょっと行ってくるよ」

 自販機は近所にいくつかあるが、ここは安い高校前の自販機でいいだろう。

僕は再び運動靴を履きなおすと近くの自動販売機に小走りで向かった。


 さて父ちゃんの分も買ったしコーヒー飲み終わったし帰るとするかな…。

しかしなんだか学校が気になるな。

いや気になる…?

そうじゃない。

『僕はここに来る。そして学校に行く』。

 また既視感デジャブか…?

でも、なんとなくわかる…これは行く予定なんてものじゃない。


 僕は、『結果』として学校に行ってしまうのだ。


 まるでそうしなければならないと、あらかじめ定められていたような。

試しに学校から遠ざかろうとしてみる。

すると体が急に強張こわばる、意識は学校へ向く。

どうしても今日ここで行かなければならぬと僕自身が僕に命令している。

不思議なことに行くまいとすればするほど行かなければならないという考えに変わってくる…。

やがて……。


「やっぱりなーんか気になるな。寄って行こう」


 校門は閉じられている。

この高さ、約2メートルなら乗り越えられなくもないが、ちょっぴり疲れそうだ。

もとより入るつまりではない。


 腕時計はちょうど午後8時を少し過ぎたくらいを指している。

校庭に部活動を行っている生徒はいないはずである。

 しかし僕の視線は校庭のちょうど真ん中あたりに釘付けとなった。


「光…なんだろう…」


 校庭の中心から何か揺らめいている光が見える…。

仄かに揺れるその光の中心に人がいるようだ。

その湯気とも思える発光体の中心には人がいた。

その尋常ならざる人物は体から光を発しているようだった。


「写メを…ってケータイは家か。本当に光っているのか? いや、あれは人か?」


 僕は確かめたい衝動に駆られ門をよじ登る。

暗くて顔はよくわからない。だがひらひらと舞う影が見えるのはスカートだろう。つまり女性だ。

僕は、ゆっくりと忍び歩きで近づくと、見覚えのある後ろ姿だと気付いた。この学校の制服だ。



「やあイレギュラー君、お久しぶり」


「うぇっ!?」


 僕は不意に男に声をかけられ変な声を出してしまった。

僕が男に振り向くと同時に、人影も振り返る姿がちらりと視界に入った。

どうやら浮遊している人影にも気付かれてしまったらしい。


「おっと、驚かせってしまったね。まあ顔馴染みに出会ってしまうとついつい声をかけたくなるってものじゃないか。なあ?」


 顔馴染みって…僕はこの男を知らないのだが。


「君は、ここに来なくてはいけない、そう思ったんだろう。だが君は『結果として』、ここにいなくてはならない。実はこれが正しい、これが君の既視感デジャブの答えさ」


 この男、何を言っているんだ?それにどうして僕の考えや既視感のことを…。

男はやや中性的な顔立ちをした金髪の、サーカス団の団長のような格好をした青年だった。

外国人なのかハーフなのかは判別がつけがたい顔だ。


「君がこの夜に現れる確率はだいたい50%くらいだった。ちょうどシュレンディンガーの猫のような話さ。陳腐な例えだけどね」


 男は両手を広げやれやれといった感じで僕の前を歩きだす。


「それでも君は現れてしまう。猫を箱に入れ、箱を開けたら猫がいる。要するに猫がどうやって箱に入ったのなんかどうだっていいのさ」


「君は、俺が誰なのか、そのイカレタ恰好は何なのか、あの女は何だ、そう思っているだろうね」


 男はステッキをシルクハットから取り出すとステッキをさきほどまで浮遊していた女に向けた。


「見たまえ、あの彼女の姿を美しいとは思わないかい?そして同時に危険だと思わないかい?」

 危険とは一体なんだろうか。

いや、確かに異様な雰囲気ではある。

この男に、あの女…確実に『何か』を持っている。

直感的に僕はそう感じた。


 光を放っていた女性は、こちらに気付いたのか、ゆっくりとこっちを向いた。

その形相は鬼。

妖怪の如く赤く輝く目と人間離れした、化け物と言ってもいいような口。

僕の隣の人物を確認すると、誰もが感じとれるほどの殺気を放つ。


「今日はこの世の神秘というものをお見せしよう。ほら、もうすぐ開くかな」


 僕には訳がわからなかった。

サーカス男は校庭をステッキで示した。

ゴゴゴゴ、と地響きが下から突き上げてくるように聞こえる。


「そろそろ出てくるかな。ああ、断っておくがこれは俺の仕業じゃないぜ?」


 校庭の地面から出てきたもの。


「え…あれって…手!?」


 地面から大小さまざまな手が飛び出している。

そこから出てきた者たちはこの世の者とは思えないグロテスクな生き物だった。

鬼のようなものもいれば狼が上半身にくっついたもの、その他ゾンビともいえるような、二足だけでなく這いずり回るなにか、4足の獣…様々な異形の者どもが湧き出てきた。


「こんな、化物は…」


「見たことがない、だろう?ま、この街にこうした化物が夜な夜な現れているわけだよ」


「あ、あの人が囲まれているじゃないか!」


「ああ、大丈夫、大丈夫。見てみなよ」


 見ると女は縦横無尽に駆け、怪物を文字通り千切っては投げ、叩き、蹴り、彼女に触れるもの全てを弾けさせていた。


魔獣まじゅうどもには相手は務まらないだろうね。同じ怪物でも手に余るということだ」


 彼女は球体状の光を化物に近距離で当てては離脱する。

化物は無音の爆発とともに跡形もなく消える。


「素の魔力をぶつけるだけで、あの威力か。やれやれ」


 ほどなくして彼女は最後の魔獣まじゅうを片づける。

鬼のような強さとはまさに彼女のことだろう。


「さて俺は退散するとしよう、また会おう」


 振り向くと男は音もなく消えていた。


「一体なんなんだ…。いや、それよりも…」


 魔獣まじゅうという化物をほうむり去った女がこちらに近づいてきている。

人間とは意外に冷静なものである。

今自分に何ができるのか、どうしたら逃げられるか考えていた。

人を呼ぼうか、声が校舎に反響して誰か助けにきてくれるかもしれない。

もしかしたら巡回中の警官が近くにいるかもしれない。


 僕は決断した。叫びながら逃げればいいじゃない!


「だ、誰かたすk…」


 すぐさま反転して半身になり駆け出そうとするも遅かった。

すぐ後ろには跳んできた女の姿があったからだ。

この怪物的な速さはその特別な力だけでなく、おそらく女自身の判断能力の早さだろう。

背中から組み伏せられ、喉を絞め、顔を確認される。

力は思ったより強くないが後ろから完璧なマウントをとられ、喉を絞められて声が出せない。


 女の左手で首を絞められながらも、右手で両頬を掴まれ顔をのぞきこまれる。

僕はぎゅっと目をつむって恐怖と苦しさに耐えていた。

だが首にかけられていた手の力が弱くなったようだ。


 なぜか知らないが両肩を強引に持ち上げて立たされてる。

突然のことに恐る恐る目を開けると彼女は僕の服についた砂埃を払っていた。

彼女の顔は長い前髪と妙な暗さのせいでよくわからない。

だが、ぎらついていた眼光は消え失せ、どこか狼狽しているようだった。


 彼女はひとしきり砂埃を払い終わったのか、数秒間逡巡したかと思うと、突然僕の頭をなでなでし始めた。


 この怒涛の変化に僕がついていけずに、ただ茫然としていると、彼女は脱兎のごとく走り出しっていった。

 正門を軽く飛び越え、見えなくなるのにものの10秒とかからなかった。

しかし僕は彼女の後ろ姿からチラリと見えた白い布を見た。


「あれって……いや、いやいやいや…」


 まさかと、答えがすぐに浮かんだが、すぐに考えを頭の隅に追いやる。

ありそうであり得ない答えと現実……。

今日はもう帰って布団にくるまって寝るとしよう。

今夜はげに恐ろしい体験をしたのだから…。


 だけれどあの後ろ姿と白い物が頭から離れない…。

今夜は眠れるだろうかと、自分を落ちつけるためにもう1本のコーヒーを探す。


「あれ…ないな…」

 驚いて落としてしまったのか。だとしても落ちているはずなのだが…。


 どうもあの女に持ち去られてしまったらしい。

なんだかちゃっかりしているな…。

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