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口裂けの魔女  作者: 昼行燈
鶏口となるも牛後となるなかれ
13/14

Infinite Magic≪後編≫

気が付けば空は紫色に変色していた。

台風の前日夕方にたまにこういった具合の空になることはある。

空の変化に注意を払っていたが、視界に入ったのはそれだけではなかった。


「先生、あれって人ですか…」


 両目の視力はちょうど1,0だが、思わず瀬矢先生に聞いてしまった。

僕が見たのは電子柱の上や塀、建物の上に地上を見下ろす、ローブ姿の魔女でだった。

年齢はばらばらだがほとんどが女性のようだ。少し男性もいるようだが。


「ああ、みんな協会の魔女だよ。上からゴーレムの術者を捜しているようだね。彼らが上にいるということは、今はまだゴーレムは出てきていないみたいだね。ボクらはゴーレムを見つけ次第、倒して回るからな。後藤田君はボクと一緒に…いや3人1組で行動しなさい。ボクはVirtuヴィルトゥとかいうメンバーがいないか捜す」


 その時、ピイィーー!という笛が何度も鳴らされた。

岡っ引きのごとく笛は街全体に鳴り響く。


「ゴーレムが出るな…!君らは無理はしないようにいいね?」


 先生はそう言うなり器用な身のこなしと人間離れした跳躍で忍者のように、軽快に建物を越えて行った。


「相変わらずすごいっすねー。じゃあ私らもやりましょうかー」


 須天王すてんのうさんは、バックを地面に置くと、全身に竹箒をクルクルと回転させ始めた。

やはり竹箒を武器にして戦うようだ。

空也さんは鞄を静かに置くと若干僕に近づくような位置で立って臨戦態勢に入る。

僕も鞄からタオルを取りだす。

瀬矢先生が言うには、このタオルは『セチュレートタオル(ずぶ濡れタオル)』という名前らしい。

直訳するとずぶ濡れタオル、物に巻きつく感じが濡れタオルのようであるからだろう。

タオルの真ん中と端を掴み、構える。

地面からは地響きが続き、他の所からの破砕音が街にこだまする。

ゴーレムは近くにいるッ……!


「もやしっ子、足引っ張らないでよー、まあ姫っちがお守りしている分には大丈夫だろうけど…ほらほら団体さんが来たよーッ!」


 ゾンビ映画も真っ青な数の手が地面から一斉に突き出る。

そのコンクリ色の手はどれも大きさや形が異なり、これまでの数は遊びだったと言わんばかりの数だ。


「二人とも私の射程範囲まえには出てこないでよォー…怪我じゃすまないからねー」


 須天王さんは竹箒を腰に回して、居合斬りに似た姿勢をとった。

彼女の前にいた僕は、空也さんに襟首を掴まれ後ろへ投げ飛ばされる。


「痛っつ……空也さんいきなり何を…」


 彼女は顎で須天王さんを示す。

須天王さんは箒の先端を地面につけて、さらに力を押しつけて変形させると、引きずるようにして、下からゴルフ打ちにすくいあげた。

ザリザリザリザリザリ…とアスファルトと箒の毛先が接触する音がする。


「巻き上げなッ!」


 彼女のその言葉と共にすくいあげた微粒の塵が一陣の風となって地面から抜け出てきたゴーレムの一団を襲う。

その突風はゴーレムの集団をそのまま突き抜けていき、ゴーレムは何もなかったかのように、僕らを認識し、こちらへゆっくりと近づいてきた。


「え…何も起こってないよ…須天王さん!ゴーレムが近づいてきてるから距離をッ!」


 いくら魔女と言え、魔法を使えようともコンクリートの塊で叩きつけられるのだ。

一端ゴーレムと距離を取らなければ危険だ。


「まあ見てなってー。何も起きてないのが私の武器なんよー」


「なにもって……」


 何も起きていない、そしてゴーレムの速度が徐々に上がっている気がする。

いや、起きていない…そうじゃない…さきほどは僕らの後ろから微風が吹いていたが、今は無風状態になっている…。

先頭のゴーレム1体があと1~2mというところに接近してきた時、変化は訪れた。

ヒュッ、ヒュッ、という小さな音が連続的に聞こえ、次にゴーレムの体に細かい傷が無数に刻まれていく。

一つ一つの傷は到底ダメージになるとは思えなかったが、刻まれていく傷跡は次第に大きくなり、ついにはゴーレムの体が一杯の大きさの傷が無数に刻まれていく。

まるで鋭利な爪が吸いこまれるようにゴーレムの全身を叩きつけ、削り取っていく。

やがて鎌で八つ裂きにされたようにゴーレムは切断さればらばらになった。

この間、数秒もなかったであろう驚異的な速さ(スピード)。


 かまいたち。

旋風の中心に出来る真空または非常な低圧により皮膚や肉が裂かれる現象。

近代、このように説明されてきたが、現代では砂嵐によって巻き上げられ、突風で飛ばされて来た砂や小石が原因ではないかといった仮説が立てられている。


 これは僕の推測に過ぎないが、彼女は一振りで二つの技を使った。

一つは竹箒をスイングした風だけを高速で飛ばし、前方に真空状態を作りだす。

二つ目に彼女は同時に飛ばしたかのように見えた小石や砂、塵をわざと遅く飛ばした。

どうやってそれらをやいば状に変化させたのかはわからないが、これは真空状態となったところに小石や塵を衝突させるという恐ろしく技術が必要とされ、殺傷能力の高い技なのだろう。

たしかに射程範囲まえにいたら巻き添えをくう攻撃だった。

これが彼女の戦闘スタイルか…。


「ほらほらほらッーー次行くよー!ホレッー」


 彼女が振るう鎌、竹箒から次々とかまいたちが生まれ、ゴーレムを切り刻み倒していく。

須天王さんが倒している方向、とは逆側、つまり後方から新手のゴーレムの一団が姿を見せた。


 僕がゴーレムに向かおうとするのを空也さんが押しとどめて、そのまま集団へ切り込んでいく。

彼女はゴーレムの鉄柱のような腕をかいくぐり、胴体にバレーボール大の白く光る球体を埋め込んでいく。

埋め込まれた球体はゴーレムの胴体に沈み込んで、完全に内部へと入る。

空也さんは球体を埋め込むと、すぐさま離脱する。

離脱直後、ゴーレムの体は、震え、中心から音もなく旋風が巻き起こり、砂塵となった。

彼女は音もなく、華麗にゴーレムを消滅させていく。

同じような具合に他のゴーレムへと対象を移していった。



「素晴らしい…魔力の塊を圧縮して敵の内部に埋め込んで爆発させた。桁違いの魔力がなければできん芸当だ。それこそこんこんと湧き出る泉の如く、無限に魔力がなければできない。やはり、かの魔女は我々に必要な人材…あの方のおっしゃった通りか…」


 どこからともなく男の声が聞こえた。

それなりに年齢を重ねた、何か意志秘めたような渋い声だ。

正確には声の方向はわかるが姿が見えない。

前方に目を凝らすと微かに大気が揺らめいている…。


「小僧、貴様はアレの関係者か?一般人ならば見逃してやってもいい」

 声の主は僕のすぐ目の前にいる…。


 忽然と190㎝はある男が僕の前に姿を見せた。

姿を消していたのか…。

直感的にこの人物が敵とわかる。

有無を言わせぬ言動、妙に落ち着いた物腰、頭からつま先までローブを纏った異様な姿。

そして自らの素顔を隠す無表情なマスク。


「一般人なら、どうだと言うんですか…」


「無関係な者に手を出さない主義だ。が、私の弟子が下手をしない限り、ここに一般人はいない。つまり、ここで終わりだ」


 素人目に見て敵との力量差がある場合、取ることのできる手段は限られている。

先制攻撃だ。まずは先手、それも意表を突く攻撃に限る。

僕は男が動く前に機先を制すべく躊躇なく、『セチュレートタオル(ずぶ濡れタオル)』を投げて巻きつけた。

男は避けられなかったのか、それとも避ける必要がなかったのか、素直にタオルを腕に巻きつけられていた。


「喰らえッ!」

 初めて使うから殺傷能力はわからないが、手加減できる手合いではなさそうだ。

最悪腕の1本をへし折るくらいは構わないだろう。

握っているタオルに魔力を全力で流し込む。

魔法回路が意図的にショートを起こし、逆流が発生。

電流に似た魔力のスパークは巻きつけた方向へと流れる。

僕の右手には確かに魔力が空いてまで流れた感覚があった。


「なるほど…魔女ではあるようだが、とんだ雑魚ざこのようだ」


 効いていない……。

男は物ともせずに魔力の電撃を受け止めている。

流す魔力の量が足りなかったのか、それともこの武器自体初めからこの程度の威力なのか。

どちらにせよ奇をてらった先制攻撃は不発に終わった。

もう僕に考える余裕はない。

巻きつけたトルを引っ張って、その力で左手の拳に魔力を集め、思いっきり殴る、これが二の矢だ。


「愚か…ッ!」

 それより早く男の掌底しょうてい打ちが僕の鳩尾みぞおちを貫く。


「うっ…うえええ…うっぐう」


 背中の向こうまで貫通したんじゃないかという衝撃と痛み。

鳩尾を打たれたことで呼吸が苦しい、息ができない、自然と涙がでる…。


「しかし素人にしては中々だぞ、小僧。力量差があると知って先制した判断は悪くなかった。が、己の弱さを知らなかったな」


 息ができないで悶絶している僕に興味がなくなったのか、男は前方でゴーレムを倒して続けている空也さんの方へと向かう。


「空也聖だな?お前を貰い受けるぞッ!」


「……ッ!」


 倒れている僕は彼女と目が合った。

彼女は全てを察したらしく、マスクをはずしていないのにも関わらず、怒りで流麗な長髪が逆立っていた。


「どうした小娘、マスクははずさないのか?手を抜いて勝てるほど、私はやわではないぞ」

 空也さんはマスクをはずすことなく猛犬の如く、猛り男に襲いかかる。

互いの拳が届くその距離で空也さんは圧縮した魔力を至近距離でぶつける。


「威力は派手だが生身の人間に当てるは不向き!」


 男は左手の甲ではじくと空也さんの喉を一気に掴んで締め上げた。


「……ウウウウウウ!」


 彼女の唸り声が街に響く。

マスクを取って戦えば勝てるであろう、その相手に彼女はそれをしない。

あのマスクは最近作られたばかりの物だ。

従来の物より魔力をコントロールしやすいが、通常使用することができる魔力がかなり落ちるといった効果を持つ。

生活しやすいが極めて戦闘に不向きな仕様になっている。

そしてこのマスクは僕が初めて作ったマスクでもあった。

もちろん瀬矢先生がメインに作ったものではあるが。

先日空也さんに試験的に使ってもらっている物で先生曰く、とても気に入って大切にしているらしい。


「そうか、お前がはずさないのなら私がはずしてやる!」


 男は無理やり彼女の口からマスクをはぎ取った。

取った瞬間、今まで抑えつけていた魔力が飛び出す。

空也さんは普段の姿を保てずに鬼のようなケモノに変化していく。


『コロ、コロロロス、ブッコロス!オレロオレロオレロオレロハナセハナセハナセ!!』


 彼女は男に呪詛の言葉を履き続けるが、男の腕には何も起こらない。

彼女の『呪い』が効いていないのだ。


「なるほど。他の人間ならば腕は折れ、離すだろうな。しかし、『呪い』は一人につき、一つまで…。初めからマスクを捨てて戦えば勝ちを拾えた物を…。激情して、我を失ったか。やはり小僧を先に倒したのは正解だったな…」


『ウグルルルル…ハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセシネシネシネシネシネ…』


 彼女は首を絞められ、声が出せなくなりながらも必死に手足をばたつかせ抵抗する。

男はそのまま空也さんを首を持ちあげたまま、野良猫や野良犬をつまむように連れて行こうとする。

次第に彼女は息ができなくってきて抵抗する力がみるみる弱くなる。


 なんとか…なんとかしなくては…。

僕の力ではおそらく倒すことはできないだろう。

それはいい。

大事なのは彼女を救うことだ。

彼女があの腕から解放されればこちらにも勝機はある。

しかしいまは寝たフリをし、あの男の後ろを取っているが、男に一撃を与えることのできる隙はない。

一撃、一撃だけ有効打を与えることができるならッ…。

その一撃は遠い。

奴との距離はどんどん離れている…5、6、7…10m以上離れたら、隙が出来ても対処されてアウト。

さっきの鳩尾の一発で足が上手くいうことをきかない。走るのも怪しいだろう。

それでも気合いで走る、走らなきゃ!そのために機会チャンスを冷静に待つんだ…。


「おおーっと、そこのロリコン。娘を離してもらおうか!」


 屋根の上から白衣をなびかせ、瀬矢先生が叫ぶ。


「瀬矢か…貴様の娘は我々が世界の為にありがたく使わせてもらう。邪魔をするな、と言っても聞かんのだろう。あのお方が貴様と決別するはずだ…その減らず口黙らせてやりたいところだが、今は忙しい。退け」


「あのお方……?フッ…誰のことかは知らないけど随分飼いならされたみたいだな。ロリコン70幾つのじじいめ…。ボクに滅多打ちにされる前に娘を置いて帰ってもらおうか。命だけは助けてやる」


「……貴様と話していると時間の無駄というのを嫌というほど感じる。近づけばこの娘の首をへし折る。欲しいのはこの娘の無限の魔力…できれば生かして捕え持ち帰りたいものなんだがなぁ?」

 男はさらに彼女を高々と持ちあげた。


「わ、わかった…話を聞こうじゃないか!だから娘に危害を加えるのはやめてくれっ!頼む!頼むアインッ!」


「ふふふ…やけに殊勝だな。蒼拳の瀬矢も人の子というわけか…いい気味だ」


 アインと呼ばれた男は愉快そうに笑う。

今がチャンスかもしれない…。

タオルを握る拳に力が入る。

ゆっくりと、ゆっくりと気付かれないように立ち上がる。

やはり足が言うことを聞かない…それでも、いつも使っていない気合いをここで使って奮いたたせる。


「頼むっ!この通りだ!」


 いつの間にか地に降り立った先生は無様にも土下座をして懇願している。

だが顔を上げた瞬間、僕に目で合図したように見えた。

もうどうなったていい!この一撃を決める…!


「うらあああああああああああああああああああああああああ!!」


 拳から右腕に巻きつけたタオルにありったけの魔力を流し、全力でアインに向かって走る。


「意外としぶといな小僧。わかっていたぞ、貴様が狙っていたことも瀬矢の猿芝居も!」


「させんッ!」


 先生の手から小石が弾き飛ばされてアインの頭部を直撃する。

アインの頭から血が流れ、一瞬の隙ができる、だがどうでもいい。

奴の振り向きざまに僕はパンチの射程に入った、顔、胸、腹、金的どれも打つ事が可能だが、さっきのお返しだ!


「貴様の攻撃なぞ、甘っちょろい!!」


 奴はありがたいことに避けるつもりも防御するつもりもないらしい。

左手でまた掌底しょうてい打ちをするつもりらしい。

右手で空也さんを持ったままの掌底しょうてい打ちはさっきよりも腕が伸びない。


「ウオッラアアア!」


 わざと大きく振りかぶった右腕からのタオルがアインの体を捕えて左手に巻きつく。

そして魔力を込めた拳に相乗させて奴の鳩尾に右ストレートを深くえぐるように入れる。


「グッ…この程度のことで…!」


 アインの左手が緩み、空也さんが落ちそうになる。

だが、まだ完全に解放されない。


「おっと戦闘中のよそ見はいかんよ!」

 アインの背後から背中越しの回転ブロー、先生の蒼い拳がバックブローで勢いを増してこめかみに直撃し奴の顔を抉った。


「むぬぬぬぬぬ…瀬矢、小僧邪魔をしおって…」


 驚くべきことに顔を半分抉らても生きている、いや無くなった顔が元通りに回復していく。

仮面をつけていない、その顔は70くらいの老人だった。


「おっと、怖い怖い。ほら後藤田君逃げるよ!」


 先生は、空也さんを残し、ふらついて立っている僕をさらうように脇に抱え、走る。


「先生!まだ彼女がッ…!」


「ああー、いいのいいの。むしろ邪魔になる、というかアレの巻き添えを食らうよ!」


 後ろを見ると解法された空也さんが、怒りと魔力を傍聴させて立っていた。

恐ろしいまでの魔力が彼女の周囲に吸い寄せ、集まり、膨らんでいく。


「すさまじい…一体どこからこれほどの…」

 アインは諦めたようにそこに立ち呆然としていた。


『シネイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ』


 彼女を中心にその一帯が魔力による爆発ビックバンを起こし、消し飛んでいく…。

背中にその衝撃を感じ、先生と一緒に吹き飛ばされていく。

どうやらこれで終わったらしい…。

魔力を全力で使ったせいか、全身に疲労感が残る…。


 こうして連続器物損壊事件は魔力の爆発によりアインを倒したことで終息となった

空也さんに破壊された街も今は大規模な魔法により修復がされている…。

しかし、彼女の魔力を求めて狙う輩が現れたことは驚異であったし、初の実戦でこんな風になるとは思わなかった…。


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