Golem
「連続器物損壊事件、ですか…」
金曜日の放課後、僕と同じく手芸部にして魔女である剣道部の目堂咲さんは、部室に瀬矢先生に呼び出されていた。
「そう。昨日でちょうど30件だそうだ。そこで君たち二人に放課後、ちょっとした見回りをやってもらおうと思ってね」
「見回りって…そういうのは警察がやるものなんじゃ…」
「察しが悪いですね、後藤田」
目堂さんが腕組みをしたまま不機嫌そうに言う。
「これだけの件数が発生していて、私たち、もとい私、魔女に見回りをしろと言うのは警察が手を出したくても出せないということです。それにこの間、君が襲われたという話からすると十中八九、魔女の仕業です」
やれやれそこまで私が説明しないといけないの、と言わんばかりに彼女はため息をついた。
「さすが目堂さんだね。前々からこういう敵対魔女の嫌がらせみたいなのはあったんだけどね。最近になって活発になってきて、協会の魔女たちだけでは退治が追いつかなくてね。そこで君たち学生魔女の出番というわけだ」
「退治?退治って何をです?」
「ゴーレムだよ。通称『泥人形』。敵さんはもともと勢力が小さいからこういう嫌がらせみたいなことをよくやるんだよ」
なるほど今回の器物損壊は敵対魔女の攻撃というわけか。
確かに30件も捕まらずに行うとすれば魔女以外だと難しいかも。
「しかし協会の魔女って他にもいるんですねぇ。そんなに足りないくらい多いんですか?その、ゴーレムの破壊活動っていうのは」
「実は公にはされていないが、市内だけで小さな事件も含めれば今週だけで300件以上発生しているんだ。市内の教会の魔女が総出でゴーレムを叩き壊してはいるが追いつかない状況でね。今は猫の手も借りたいくらいなのさ」
「へえー……しかし嫌がらせにしても街のあちこちを壊すのに何か意味はあるんですかね?」
攻撃をするならば人質をとってみたり…っていうのはもうしたか。
魔女を攻撃するとか、もっと他に攻撃する対象はありそうなものだけれど。
「測っているんですよ」
「え?」
「目堂君の言う通り、測っているのさ。我々協会の魔女をね。まあ、よくあるだろ?ロシアや中国の航空機や潜水艦が領空、領海を侵犯したりさ。あれって警戒レーダーの範囲とかどのくらいで来るとかデータ収集しているんだけど、その魔女版みたいなものさ」
「なるほど…」
「しかしなぜ僕ら二人なんですか?空也さんとかもいるじゃないですか」
「須天王君は部活、江宇君は欠席だから。聖は…まあ今日はいいんだよ」
「私も秋季大会が近いですし部活動があるのですが…」
目堂さんが露骨に不機嫌になる。
「まあまあ、ゴーレムは目堂君みたいな魔女と相性がいいしね。これも魔女の役目だと思ってさ」
「目堂さんみたいなタイプってどんなのですか」
「うん、彼女は木刀を使って戦闘するタイプだからね。ゴーレムは強いわけじゃないが弱いわけでもない。精製される材料に左右される人形だ。今回、街に出没しているのは全てアスファルトとコンクリート製のゴーレムだ。魔法攻撃だけで倒すのはなかなか骨が折れるのさ」
泥人形と呼ばれる割にはかなり硬そうで強そうだ。
コンクリートの拳で殴られた死ぬんじゃないだろうか…。
「なら、なおさら木刀じゃ無理では…」
「いや、目堂君が使う木刀は御神木から作った特別製の木刀なんだ。魔力で強化すればコンクリくらい貫けるよ。他の物でも強化できるにはできるが、魔力というのは無機物より有機物を好む性質があってね。それが御神木ともなると霊体だって切れるんじゃないかな」
「そんなにすごいんですか。あれ…先生、僕は武器も何もないんですけど…」
「うん。そこで師匠であるボクの出番というわけさ。後藤田君、ちょっと両手を出して。そう手のひらを見せるようにして」
よくわからないが言われた通り両手のひらを出す。
瀬矢先生は両手から蒼白の炎のようなものを出した。
それを種火の火を移すように、僕の両手に移す。
手渡された瞬間温かみのある空気のような感じがした。
両手にあった魔力の塊は次第に両腕を伝い、顔までのぼり、そして下へ下へと全身に纏う。
「うつし火の儀と言ってね。魔女の師匠が弟子に魔力を分け与える儀式なんだ。弟子は師匠の魔力の色を継ぎ、師匠の色の魔法を使うようになる」
先生は両手の蒼い炎を消して頷いた。
「さて、今君の周りにある魔力を体内に留めるようにイメージするんだ。だんだんと皮膚から浸透するように、そして最後は心臓一点に留まるイメージで…」
体内に留まるイメージ…。
僕は水のように浸透させるように、そしてそれを全身が流れるように連続させ、心臓を起点とするイメージをした。
「そうそういい感じだよ。一人前の魔女になれば魔力の色は変わる。文字通り自分の色になるわけだ。魔力の調整はすぐ慣れるはずさ」
「なるほど……いま魔力というのを実感できてます。出そうとすると体温が少し上がるような感じですね」
強く魔力を出そうとすれば熱く、そして魔力を自分の意思で部分的に移動できるようだ。
「おお、なかなか筋がいいね。まあこうしなくても魔法は使えるようにできるけど、これが魔法習得の近道だし王道でもある。魔女は徒弟制だから」
「もし自分で習得しようと思ったらどのくらいかかるんですか?」
「うーん人によるかな。自力で身につけようとするのはだいたいよからぬ事を企む連中だと思ってくれて間違いないと思うけどね。まさに邪道と言えるね。ま、かくいうボクも我流なわけだが」
「先生、それより早く終わらせていただけませんか」
「おお、目堂君、そうだったね。それで後藤田君はもう魔法が使えるようになったわけだし、これから実戦訓練といこうじゃないか」
いや実戦と言われてもまだ何も教えてもらっていないんですが…。
「先生…僕はまだ何も覚えてませんよ。それに目堂さんのように武器があるわけでもないし」
「ははは、実戦は訓練の倍以上の経験になるよ。実地で身につけてこその魔法だよ。この間のようにむざむざと敵に捕まらないように少しは鍛えないと。と言っても何も覚えずに行っても危険だから今日は一つだけ覚えよう」
瀬矢先生は再び青い炎を両手に灯すと魔力を手首の少し下まで伸ばし、両手を剣道の防具の籠手のように包んだ。
「魔力を両手首より少し下に集めるんだ。これはただのガードで、基礎中の基礎みたいなものなんだけど極めるのこれが中々難しい魔法でね。ガードにもなるけど攻撃にもなる。上達すれば弾丸だって止められると思うよ、掴めればの話だけど。さあやってみて」
頭の中で籠手のようなイメージを練り、それを魔力で両手を包むように…と。
幸い剣道部の目堂さんがいるおかげかイメージがしやすい。
イメージを形に。成功。
淡い青色の魔力が両手を包む。
「これでコンクリのゴーレムを倒せるんですか?」
「いやぁ、無理でしょ。受け止めても殴っても骨が折れるだろうねえ」
「意味ないじゃないですか!もっと他の魔法教えてくださいよ!こう…ドカーンといくような」
「いやボクもこれくらいしか魔法使えないんだ。何しろ専門は道具の作成だからねぇ…ははは」
それじゃ戦うなんてできないんじゃ…。
まあ、この人は初めからそういうのを作る弟子が欲しいって言ってたし当然か…。
「じゃあ目堂さん教えてくれない?一応戦うこともあるかも知れないし…」
「私は教えるような立場でもありませんし、それに後藤田君が戦うようなことなんてあり得ないと思いますが」
「は、はあ…さいですか」
彼女は時間の無駄だとでも言いたそうな顔だ。
どうしてこう冷やかな態度を取られ続けるのか。
もう少し友好的にしてくれてもいいのに。
「ま、まあまあ。今日はゴーレムが出たとしてもボクも付いていくし大丈夫だよ。目堂君もいるし、あくまで護身くらいできるようにってことだから。じゃあ早速、見回りに行こうか」
教室の鍵を閉めて僕と瀬矢先生と目堂さんの3人は校外に見回りに行く。
校外は不思議と人気が少ないように感じられ、夕方になるというのに静かなものである。
……?
いや静か過ぎるだろう。
さっきから道を歩いていても誰ともすれ違うこともないし、自動車やバイクも1台も通らない。
「どうも人払いの結界を張っているみたいだね。それも時限式だ。ゴーレムは時間経過で勝手に自壊するという報告もある。おそらく人払いは敵の仕業だね。わざわざご丁寧にまあ…」
「ということはゴーレムはもうすでに…」
「ああ。ひょっこり顔を出すかも知れないから二人とも気をつけて。特に後藤田君はボクと目堂君の傍を離れないように」
僕は身構え、目堂さんは竹刀袋から木刀を取りだす。
木刀はツヤのある黒褐色で、一見して普通の物となんら違いはないように見える。
だが目堂さんが木刀を両手で持つと、自然と彼女と木刀、両方から気迫を感じた。
「じ、地震…いや地響き?」
下から突き上げるような振動を感じたかと思うとコンクリートブロックでコンクリートブロックを打ちつけるような音が地響きのように聞こえた。
「来るぞー、頑張っていこうか」
瀬矢先生の緊張の欠片もない言葉と同時に、地面からゴーレムが3体出現した。
1体1体大きさやフォルムが異なり、ゴーレム本体にはヒビが入っていたり穴が空いていたりしている。
「でかい……!」
大きさはまちまちで1,8m、2m、2,5mと大中小といったところだ。
それでも人間を破壊するには十分な大きさだ。
「粗製ゴーレムだな…こいつは自動で動いているかも」
瀬矢先生はそう言うや否や手近な1番大きなゴーレムに高速で右足中段蹴りを繰り出し、脚を引き、すぐさま間合いを取りなおす。
ゴーレムには何も効いていないかと思われた蹴りだが、ゴーレムの巨体が震え蹴られた部分から崩れ落ちていく。
「凄い…今のは魔法かなにかですか!?」
あるならあると教えて欲しいものだ。
「いやただの蹴りだよ。これくらいなら魔力も使わずに済むから楽なものさ。それより倒した後、すぐに離れないとコンクリートに埋もれて怪我するから注意すること。毎回、これで怪我人が出るんだ」
あなたはただの蹴りでコンクリートを砕くんですか…。
薄々、この人はいい加減な人だとは思っていたけど…。
「相変わらずでたらめな人です。魔女と言っていいのかどうかも怪しいですねッ!」
目堂さんは2mサイズのゴーレムに1撃、2撃と木刀をヒビや裂け目に素早く突き刺し、一刺しする度に距離をとり、ヒット&アウェイを繰り返す。
まるで黒ひげ危機一髪のようにさくさくと刺していくので、ゴーレムは見ている分にはパイ生地のように柔らかいのではないかと思ってしまう。
4、5回刺したところで巨人は動かなくなり、巨体を震わせ崩壊する。
蝶のように舞い、蜂のように刺すとは彼女のような戦闘スタイルを言うのであろう。
振り向くと瀬矢先生が最後の1体を相手しているところだった。
先生は左腕を九の字に曲げ、その腕でゴーレムの振り下ろした唸るような剛腕を受け止めた。
左腕は蒼く揺らめき、構えた姿勢は空手の突きの動作になっている。
そして受け止めた腕を流し、右手を一瞬輝かせて、ゴーレムの胴体を貫通させて、体を退くと同時に腰の回転を利用して一気に右腕を引き抜いた。
ゴーレムは体を震わせながら砕けた。
「見たかい?今のがガードの正しい使い方だよ。ただ防御するにあらず、防御に始まり攻勢に終わる。これが極意だよ」
「先生が人間離れしているのはよくわかりました…通りで魔法を全然覚えていないわけですね…」
「ははは、腕以外を攻撃されるとボクも危ないんだけどねー。それにしても目堂君の太刀筋はいつ見ても華麗だねえ。正直な直線的だけど速いからなかなかいい。見事だよ」
「どうも」
なるほど戦闘スタイルにその人の性格的なものも出るらしい。
「さて、ゴーレムを倒したら人払いの結界解けたみたいだね。ほら、向こうから白と黒の車が来てるし」
「先生!あれは警察ですよ!」
「おお!では面倒なことになる前に退散しよう!この瓦礫の山を片づけるのは彼らに任せよう。税金分の仕事はしてくれるだろうしね。さあ早く」
僕たちは急いでその場から撤退し、今日の見回りを終えた。
以外に早く片付いたので目堂さんは部活動に戻り、僕と先生は解散となった。
まあ、土曜日も手芸部(魔女)の活動をするらしいのでどうなることやら…。




