病の箍、七夜目。続・パサの人生闖入者体験記(後編)
2014/09/02加筆修正
「もうっ、早く上の服着てよ!」
「あっ……ああ」
パサの切羽詰まったような声に、イヲンはハッと心をここに戻したようだ。
しかし、彼は返事を返しはした……が。
イヲンは上半身に何も纏わなかった。パサも黙って待っていたが一向に。
返事はしたものの何か戸惑っているようだ。
「手に持ってるじゃない。早く着てよっ」
パサは先ほどまでではないが、顔を赤くして訴える。
「無理だ、パサ」
ハァ、と困ったようにイヲンは息を吐く。なんだか色っぽい。ではなくて。
確かにイヲンの手には先程パサが手渡した衣類が握られている。今現在イヲンの穿いている部屋着の、片割れと思われる、同系色のモノが。
「……どうして?」
少しの沈黙。
「……俺の国では、下に穿く衣類と同じ形状のものを上に着る習慣は無かったから、着方がわからない。だから、さっき他のと替えてもらおうと声を掛けたのに、パサに拒否された。」
視線を自分の握る衣類に落とし、もうひとつハァ、と悩ましげに、更に困ったように息を吐く。
「……へ??」
意味がわからない。
パサは恐る恐るイヲンの傍に歩み寄ると、彼が手に持つ彼の穿いている部屋着と同じ色をしたそれを受け取る。なるべく彼の上半身が視界に入らないよう、目の前で広げてみた。
――――ズボンだった。
てっきり、箪笥の中で同じような色の衣類がふたつ寄り添っていたものだから、上下が揃っているのだと勘違いして、よく確認もせずに渡してしまったらしい。
「ゴメーーン、イヲン!!」
「いや……」
「すぐっ、取って来るからっっ」
しかし、パサは慌てる余り、自分の力弱い脚が体重を支えきらない内に、ウッカリ次の一歩を踏み出してしまった。普段なら絶対に有り得ない事だったのに、イレギュラーな事態のお陰ですっかり失念してしまっていた。ほんとうに、長閑な日常でなら、有り得ない。
脚が、ガクンと体重に負ける。体が傾ぐ。彼女の感覚としてはスローモーション。でも地面は着実に自分の眼前に迫ってきていた。
――転ぶ。顔面強打!! と、覚悟したかしないかのその時。
再びガクン、と。
今度は、体が倒れる途上で固定された。
目を閉じたパサに、いつまで経っても地面がランデブーしてくる気配は無い。
「――――え?」
ゆっくりと目を開くと、どうやら硬い壁に無意識咄嗟に掴まったお陰で難を逃れていたようだった。
「……ふぅ、」
状況はよく掴めてはいないが、パサはとりあえず安堵の息を吐く。
それにその壁からは、いつもの石鹸のいい匂いがふわりとして、酷く落ち着いた。
「危なかったな」
「……うん」
「…………」
「…………」
もう大体察しはついていたが。
パサはゆっくりと視線を起こした。
――もしかして。なんて、ふるふる思うも何も、パサが必死に、掻き抱くようにして掴まっているのは――――イヲンの腕。頬が触れそうな位置、眼前に在るのはさっきの眼福的上半身。
更に視線を上昇させると、切れ長の双眸とかち合った。それには、間近で見てもやっぱり鋭さなんてなくて、きょとん、と不思議そうに、観察するようにパサのことを見つめてきた。
「うやぁああぁああぁぁあ!! いひゃあああぁあ!!!!」
「!!」
イヲンもビクンと吃驚。今日はよく奇声を発するパサだ。
とりあえず、落ち着く迄はこのままの体勢でいた方が良いか。
「ハアッ、ハアッ……!」
「…………」
「ハァ、ハァ……」
「…………」
「……――――フウ。」
「……落ち着いたか。」
「ん……、うん」
「このまま立てるか?」
「……ぅん、チョット待って」
「ああ」
しかし、一向に動く気配の無いパサ。覗き込んで表情を窺おうとするが、俯くパサの表情はいつぞやのように読むことができない。
「パサ?」
「……ア、ハハ」
「何がおかしい」
嘲笑われた時に憤りを込めて返したりするああいう科白ではなく、純粋に、疑問の言葉としてパサに問い掛けた。
「アハ……。全っ然、脚に力が入んない……」
「ん、」
「え?」
軽く息を詰めるような、そんな一文字が聞こえ、イヲンの上体がスッ、と低くなった。
不思議に思った矢先に、次はパサの視界が上下に揺れた。その直後重たい身体が一瞬軽くなる。
「えっ、えっ??」
「とりあえず、ウチに入ろう」
そう言って彼は歩き出す。
眼福的上半身さんに横抱きに抱えられ、お姫様宜しく運ばれる。
自分がお姫様……。相手が王子様と言うなら、上半身裸だというのはいささか不自然なので差詰め騎士様か。……いやでも騎士様でも脱ぐなんてそうそうあり得ないよね。
おとなしく固まってるより他パサにはする事が無かったので、自由な頭の中で、パサはこんな下らない思いを巡らせていた。
ON/OFF共に、最近になって小説を読んで表現の勉強中です。
(身についているかはおいといて)
もう、ここで執筆されてる他の方の小説世界に圧倒されっ放しです。
小説は、ワタシにとってはマンガを直接読む以上にマンガの勉強になります。
この出会いにカーンシャ(-人-)
遅くなりましたが、続けて読んでくだすってる方には感謝感激雨霰、です。