病の箍、五夜目。パサの人生闖入者体験記
2014/08/30加筆修正
イヲンがウチにまた来てくれた。
このウチに来てくれるのは町の方に住んでいる幼馴染で家族のような、ルンスやなんかのお馴染みさんと、一見さん。
一見さんの多くはこの町の郊外にポツンと建ってるウチに、興味本位で立ち寄る旅人や旅行者なんかがほとんどだった。それも旅人さんならこの町は通過点、旅行者だったら観光地であって、両者共通でそれ以上でも以下でもない。
だから一度立ち寄ったら「良い旅を~」なんて言ってそれっきりの一期一会が多い。
出会いこそ普通じゃなかったけど、(お茶もご馳走したけど、)イヲンもそんな一見さんにカテゴライズされる予定だった。
普通じゃないと言えば、初めて会った日の別れもまた妙な感じな締めだった。
色素の薄い、整った目鼻立ちで以って表情も涼し気にお茶しばいてたと思ったら、小鹿ちゃんみたいに震えだして、汗びっしょりになって、勢いよく立ち上がって、帰ってった。
確かに「また来てね」とは言ったけど……。
――次の日、何事も無かったかのように来てくれた。
その時は前回以上に無口でおかしかったけど、食べるものだけは食べた。
そして、無言で帰っていった。
――それで、今日です。
なんだか人の体臭の類とは違う、すえた臭いを携えてまた来てくれた。
うん、「また来てね」とは前回も言ったけど……。
でも今日は昨日と違って、話しかけたらちゃんと応答してくれた。たぶん病気の調子によるんだろう、難儀な人だな、と思う事にして、チョットした同情ついでにお昼をご馳走してあげることにした。
好き嫌いは特に無いみたいだから良かった。
私、別にお料理が得意って訳じゃないのに「ご馳走」って言い方はなんだか『してやってる感』がしないでもないな……うぅんむ、無難なこの国の郷土料理でも出そうかな。
イヲンは外国から来たらしいし!
あ、でもその前にこの体臭、気になる……夏の一晩熟成された生ゴミに似てる……!
もしかしてちゃんとした宿に泊まってないのかな……?
公共の無料開放されてる浴場や寝床があるの、知らないのかな??
まあ、まずは話は置いといて、今朝丁度お湯沸かしたし、入ってもらおう。
■ ■ ■ ■
パサは驚いた。
とにかく、驚いた。
それとなく、体臭のことを言うにしても、傷つけないよう努めながらお風呂を勧めてみたところ――。
ナント彼は、お風呂なぞ一度も入ったことが無い、水浴びでさえも経験が無いのだと言う!
こないだの『自分は兵器』発言にしろ、生まれたときから今まで無入浴発言にしろ、……彼は、一体どんな人なんだろう。なんなんだろう。好奇心旺盛なパサの中で、イヲンに対する興味がムクムクと湧いてきた。
でもまずは、入浴! とアレコレ質問攻めにしてみたい心を一先ず心の奥に繋いでおいて、イヲンに入浴を勧めた。
(着替えは……ルンスの、でいっか!)
パサにとって家族同然の幼馴染のルンスは、実家の雑貨店が休みの前日の日、お店を閉めた後によくパサの世話、というか生活の補助をしにやってくる。
彼はこの町が興ったころから構える老舗雑貨店の店主の息子。つまりは若旦那である。
まだパサの脚が健常だったちっさい頃から、一人っ子だったパサは「にーちゃ!」と少し年の離れた彼の後ろに引っ付いて回っていた。
やがて平和なはずだったこの町も巻き込んだ規模の大きな戦が起こり、パサは両親を失い、脚も悪くした。
彼は自分が傍にいなかったから、守ってやらなかったから、とパサも預かり知らないところまで深く悩んで、結果、パサのウチの中に自分の生活雑貨や着替えを常備して、いつでもお世話お泊り会をできるように部屋も自分のポケットマネーから増改築してしまった。
――――極度の心配性で、お節介な愛すべき彼女の家族。
■ ■ ■ ■
「今日は空気が乾いてるから、イヲンの服洗濯してあげる。ご飯食べてマッタリした頃には乾いてるよ!」
「すまない」
「そしたら、すまない代わりに後で聞きたいことがあるの!」
「……俺に、聞きたいこと??」
「うん、イヲンのっ…… !!」
「どうした? 俺の、なんだ?? パサ、……顔が。」
「っ……ううん、何でもない! ハイ、いってらっしゃい!!」
「ああ。」
にっこりとした有無を言わさぬ笑顔で、半ば押し出すように着替えを押し付け、浴室にイヲンを追いやってしまう。
焦った。なんだか勢いに任せて言わない方がいい事を言いかけた……。
パサは無意識に自分の胸辺りをつかんでいた。
彼は、確かに色々不思議で、不可解で、パサの好奇心をこれでもかと刺激してくる。
――――でも、彼は旅人。
探し物をしているのだと言っていた。
聞くまでも無く、遠くない日にこの町を旅立ってしまう。
別れはすぐにやってくる人だ。
たくさん知ったら、それだけ……。
『うん、イヲンのこともっと知りたい!』
知りたい、でもだめ、あんまり知ったら。