病の箍、四夜目。夜の陰、昼の影
2014/08/29加筆修正
――――その夜――――
「ひいぃ、はぁ、はぁ、助けて…………!!」
足をもつれさせ、こけつまろびつ逃げ惑う男。
しかし、鋭い視線は男の姿を決して逃さない。
追う者と、追われる獲物。
前者の瞳の鏡には、決まった距離感で男の姿が映され続けた。
数瞬の後不意に男の姿がその鏡より消え失せる。
目前の角を曲がったところで、よろめきながらも獲物役の男は慌ててたたらを踏んだ。
追う者は既に、追われる男の進路に回りこんでいたからだ。
追う者の右手には、追う者の腰程の丈で、僅かに湾曲した片刃の刀身を持つ刃物。
「昼間 からかったことならっ、謝ってる! ……だから!!」
息も絶え絶えに口角に泡を溜め必死に訴える獲物の男。
追う者の口は一瞬嘲うように歪んだかと思うと、緩慢な動作でナガモノを持つ腕を引く、と同時に街灯の光を受けギラリと光るソレを一息に男の腹部に突き立てた。
いとも簡単に、決して細身ではない男の背からは微妙な、赤みを帯びたような銀が生える。
「いいい …… イタイ、ヒィイイ、痛いぃいィ!!」
刃を縦向きに貫いた刃物を、刺したまま四十五度回転させ、内臓(なか)をえぐるとそのまま横方向に脇腹の皮を切り裂き刃を抜く。
いつしか男は、苦しみの中、自分でも気付かない内にごく自然な流れの中で呼吸をすることを――――永遠に手放した。
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またパサの家に行った。
彼女は何の前触れもなく現れた俺を笑顔で迎えてくれた。あの変な食料もまた馳走になった。
海松色は俺の前で張り切ったようにくるくると踊っているように世話を焼いてくれた。
実際は、脚が悪いのでよたよたしていたのだが。
雰囲気がそうだったんだ。
世話、というのも何か言い方が可笑しいが、やれ、これ好きかあれ好きか。
じゃあお昼はそれにしようだの、臭うから風呂に入ってけ! だの。
とうさんから、俺たちキョウダイの躰から出る分泌・排泄物などの類いは、空気中に分解される特殊なモノだと聞いていたのだが……臭うか?
ああ、今朝目を覚ましたのがゴミ捨て場の付近だったからか。汚物に触れたりはしてなかったはずだが。
気のせいだろうか、俺の中の「飢え」が先日よりも和らいでいる感じがした。
箍は、この近くにあるのだろうか?




