病の箍、二十九夜目。本物のイヲン?
R15的。そういうのを連想させるような表現があります。
2014/04/19加筆修正
「……う、……ん」
呻きの様にも聞こえる呼気に混じった声は、部屋の中央に移動したイヲンのすぐ横から聞こえてきた。————壁際に据えられている、寝台の方から。
「パサ、そこか」
イヲンは盛り上がっている布団を思い切りに剥ぐ事を遠慮して、寝台でこっぽりと掛布に覆われている暫定パサの、顔だけでも確認する事にした。
掛ける、と言うよりはどこか隠す様にあべこべな方向で皺の寄った掛布が被せられている、塊。イヲンはその全体像を見渡す様に視線を移動させていると、ふと、ヘッドボードの柱部分に何かが括り付けられているのを、掛布の陰に覗く僅かな隙間に見付けた。ゆっくりとヘッドボード側から捲って行くと、それが何なのか直ぐに判明した。
始めに現れたのは、いつもは丁寧に纏められている筈が所々に髪の乱れた頭と、肘から下の腕。腕はヘッドボードに括られている細長く捻られた長めの布で、手首の部分を繋がれている。両手首を一纏めにされ、繋がれている部分付近は強く擦れたのか真っ赤になっていた。
痛まし気な痕だが寝台に横たわる人物は瞳を閉じて、規則的な呼吸を繰り返している。
「パサ……?」
イヲンは状況が飲み込めず、数度の瞬きを繰り返した後我に返ると、取り敢えず縛り上げられているパサの腕を解放すべく動いた。理由は解らないが随分と疲弊しているらしく、イヲンの手が括られている布を解く際肌に触れても、目は覚まさなかった。
縄の様に纏わり付いている布からパサの細い手首を取り出すと、布が直に締め上げていた部分は鬱血して紫色に変色していた。ドクリ、とイヲンの胸が一際大きく脈打った気がした。もう一度、よくパサの顔を窺うと、瞼が赤く腫れている事に気づいた。
————ここで、何があったんだ?
パサの顔を見て一瞬何も考えられなくなり、無意識に彼女の頬に触れようとイヲンは手を伸ばした。その時。声を掛けても腕に触れても反応の無かった瞳がカッと見開かれた。
急な事だったので一度ピタリと動作を止めてしまったイヲンだったが改めてパサが目覚めた事に気付くと、ゆるゆるその手を引っ込めた。
「パサ」
名前を呼ぶとパサの肩が大きくビクリと震えた。
「……パサ?」
「……ゃ」
「何?」
「いや。いや。もうやめて、もう嫌だ」
顔色を青褪めさせてガタガタと震え出したパサは、イヲンの顔を凝視したまま何かを拒絶している。勿論イヲンにはパサの嫌がる行為を強要した憶えは無いし、パサの言動には首を捻るばかり。
「パサ、一体何が……」
そう言ってイヲンがパサに手を伸ばした時だった。
「いやあああ! 来ないで、もうやめてええ!!」
腹の底からの絶叫をパサは張り上げた。そして寝台の壁際、イヲンとは反対方向へ飛び退く様にして後退る。
これにより彼女の躰の布団に隠れていた部分も、それが捲れる事によってイヲンの眼前に晒される事となった。
手首の鬱血した腕で自分自身を掻き抱き、寒さから身を守ろうとする様にして小刻みに震えているパサ。出来るだけイヲンから遠い所へ、遠い所へ逃げようと、壁に背を擦り付けている。そんな彼女の衣服は、上衣は胸を露わになる迄捲り上げられており、胸の膨らみや鳩尾、腹など所々に赤い小さな、花びらの様な痕が散っているのが見えた。そして下衣は。
下着ごと膝まで摺り下げられており、思わず目を遣ってしまった脚の付け根辺りからは何かが垂れ、流れていた。すぐにイヲンは顔を背けてそれらを視界から外した。背後からはぐずぐずと鼻を啜る音や、嗚咽が聞こえてくる。
どれ位そうしていたか、尚もイヲンはパサを背にして微動だにしない。イヲンが聴覚だけで確認するに、パサの方も錯乱状態から持ち直した様で静けさが戻って来ていた。
さてどうしたものかとイヲンは考えていた。余り得意な相手では無いが……この町の治安維持組織である警安隊に通報するにしても、町まで一旦降りなければいけない。その間今のパサを独りにするのは躊躇われるし、かと言ってこのまま誰か、それは主にルンスになるだろうが……、とにかく誰かの来訪を待つにしても、いつになるか不確か過ぎる。と言うかイヲンはルンスに会いたくない。
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「————イ、ヲン?」
不意に、後方のパサから声を掛けられた。イヲンは思わず振り返りそうになってしまったが、慌てて思い留まった。
「パサ、」
パサを背にしたまま、名前を呼ぶ。
「ねぇ……、本物の、イヲン?」
恐る恐る、といった声風。イヲンを前にして、イヲンかを確認している。
「……ああ、」
少し間を置いたが、迷い無く肯定で返した。少し声が小さくなってしまったのは、「お前は本物か?」などと、イヲンを見知っている筈の者にイヲンがイヲンであるかを聞かれる事が初めての経験で、戸惑ってしまったからだった。
「……こっちに来て」
次に再びパサから思わぬ事を言われて、イヲンは更に戸惑った。




