病の箍、十九夜目。愛の伝(?)導士
2014/08/22加筆修正。
飛び交う喧騒から離れた、生活音さえ穏やかに感じられる住宅街の一角。
ぽつぽつと建ち並ぶ二階建ての住居たち。けれどほとんどは一階平屋建ての家々が並ぶ中で、一際空へと高く突き抜ける尖塔を持つのは、町の中心からはやや外れた、どちらかと言えば町のメインである商店通りより森側に在る町の教会だった。
その教会裏で、淡い寒色の髪と瞳を持つ青年は、腰を落ち着けひとり物思いに耽っているかの風情で上体を傾がせ、片肘を太腿に突いて掌は顎を支えていた。
教会は十段弱の階段を昇降するちょっとした高台の上に建てられている。それが教会を町の風景から浮かび上がらせている要因のひとつでもあった。
彼は丁度その高台の縁に、膝下を宙ぶらりんにする格好で腰掛けていた。
□ □ □ □
ハァ、と溜息がひとつ、青い空に溶けていく。風情、ではなく今正に彼は物思いに耽っていた。
――――あと少しだった。あともう少しで……。
イヲンはこの同じ様なフレーズを、さっきからぐるぐると繰り返し、考えの区切りが来る度思い出すようにして頭の中で反芻していた。
昨日の、パサを一頻り真っ赤にさせたり悶えさせたりして気分好い時間を過ごしていたあの時。
不意に殺意にも似た禍々しい気配を感知したかと思えば、それはズンズンとこちらへ向かって近付いて来ていた。
しかもそれは近付くに連れ、輪郭をハッキリとさせていき……。
結果理解できたのは、確実に自分に向けられている激情だということ。
そしてそれを放っていたのは――――。
イヲンはルンスの事が、嫌い、と言うより絶対的に、断固として苦手だった。
あの、押し寄せる感情の波の暑苦しさ。
自分の内包しているのとは真逆のモノだとすぐに直感した。
彼女と彼の関係は知る処ではない。が、二人の事を一緒にして考えると決まってモヤッとした気分とセットになっていた。
理由なんて分からない。ただ、パサが自分には見せた事無い様なカオしてルンスに接する時があるのだと思うと、付き合いの長さも違うのだから当たり前だろう、と冷静に考えている自分の隣には、自然を装って何かを悔しがっているもうひとりが、ちゃんと居た。気がした。
あと少しだった。あともう少しで……。
ここでまた、あのループに引き戻された。
あの時パサの頬に滑らせた指。それから親指で下唇をなぞり、捉えた顎を、自分と彼女の目線が一直線に交わる様、位置を少し調節すれば準備が整っていた。
(――――何の?)
イヲンは思い切り眉を顰めると首を傾げた。
父さんは一体俺に、戦闘以外ではどんな情報を組み込んだのか。
今となっては会う事さえ叶わない父に、問い質しようも無い話だった。
虚しさを相乗するかの如く、小鳥の群れが頭上で可愛らしくさえずり合っていた。
ああ、モヤモヤする。
・
・
・
・
「ふふ、青春、だねぇ?」
「!!」
その声はイヲンにとって、余りにも唐突だった。まるで残像でも生じそうな勢いで声のした後方へ振り返った。
驚愕の表情はそのままだった為、振り返られた相手は一瞬、イヲンのその表情に驚きました、とばかりに眼を見開いた。
そしていくらもしない内に今度は「フフッ」と鼻で、零すような笑いを漏らした。
それから――――
「ごめんごめん」
とイヲンを驚かした事へ、すぐに謝罪した。
その謝罪の調子にも笑いが含まれている為、本当に悪いと思っていないだろう事は明らか。
けれど、その笑顔は嫌悪を抱かせるものではなく、安心感さえ抱いてしまいそうな、穏やかなものだった。
彼が茶目っ気ぶって首を傾げれば、やわらかそうな金の髪がフンワリと揺れた。
白に近い灰色の長衣を纏った優男は、イヲンの直ぐ後ろにしゃがんでニコニコこちらを見ていた。
――――全く気配を感じなかった。
今まで経験の無い事態だった。
まさかこんなナリでこいつは……使える者。故郷の誰かが俺に差し向けた追っ手、か?
イヲンは驚愕からすぐに立ち直ると有り得る状況を想定し始める。
「旅人さん、だよね? さっきからずっと上の空だったから、気になって声掛けてたんだけど。やっと気付いて貰えた! 何々? 何のお悩み?? 恋のお悩みなら、ボク、特に得意だよ?」
……取り敢えず、『いきなり追っ手説』はのける事にした。
尚も笑顔でいる優男。そうか、この笑顔はこいつの備え付けか。
「あ、ボクはイアンって言う、この、教会で導士をやってる者です」
イアンと名乗る優男は、一度自分の後方へ振り返り、背後の建物を指差した。それからこう続けた。
「コイツ、とかモヤシヤロウ、とか。優男とかエロ目とか、そういう仮名代名詞で呼ばずにイアン、でヨロシクね!」
優お……イアンは勝手に自己紹介を済ますと、
「で、キミは?」
勝手に振って来た。




