病の箍、十七夜目。君にこのかおを捧ぐ。
---------!!注意!! ---------
今回のお話には、お話下部に挿絵が入っています。
キャラクタヴィジュアル脳内補完派の方は
次話に進む際、頁上部の項目から飛ぶようにしてください。
m(_ _)m
怖い物見たがりな方?はそのまま頁をスクロールしてください。
『ゴヅッッ!!』
盛大な衝突音。
次にその硬いもの同士の衝突音に驚いた、軒下にとまっていたらしい小鳥数羽の羽音が続いた。
「……パサ」
衝突音の発生源である相手の名を呼んでみても応答は返って来ない。
先程の、ここに来てすぐの扉でのやり取り程の焦りは無いものの、このどうにも出来ない状況というのには、パサに出会って何度か体験したけれどやはり慣れるものではなかった。
主にパサの精神が何らかの恐慌状態に陥ることで展開されやすい状況。原因は解っているのにこんな時の対処法を脳ミソに焼き付けられてはいないらしい。兄のイルォンだったら難なく善処してみせるだろう。
何せ相手が女性。イルォンの父は特に女性に関する処世術に長けていたから。
というか、それが趣味だという風にも見えた。
うちに併設されている研究施設。廊下をそこの研究員である女性のひとりと零距離で親密そうに腕を絡ませあい、歩いて来るイルォンと行き違ったことがあった。
どこに行くのか? と問えば野暮だな、と相手の女性と自分に流し目をくれて、これが答えだと言わんばかりにそれ以上語らず、奥の部屋へ二人して消えていった。
あの部屋は確か耐衝撃、遮音仕様だ。何かの実験をするのか? 判らないが。
それ以上の詮索は止めてしまったから。
いや待て、とイヲンは思い直す。こちらに相手の、特に女性の意識を向かせたい時に、彼はどうしていたか。
確か相手の頬に指をやさしく這わせ、親指で下唇に触れ、顎を捉え上向かせ……。
――――駄目だ。パサは突っ伏してる。
★★★★
アレデモナイ、コレでもない……。自分の斜向かいからウンウン唸り声とプツプツ呟きが聞こえてくる。
パサは頭の冷やしもそこそこに、そっと顔を上げてみた。唸りの発生源であるイヲンはパサが完全に顔を上げたのにも関わらず視線をテーブルに落として、未だ唸り続けているようだ。
また例の発作が始まったのかと思ったが、しかし発作にしては以前のような殺伐とした雰囲気を纏ってはいない。
声を掛けようかと口を開きかけ、手を彼に翳した所でイヲンの視線がパサを捉えた。彼は――――
「――――あ」
そう言って、わずかに目を見開いた。
「あのイヲン。……大丈夫?」
尋ねると彼は眉間に皺を寄せた。気分を害したというよりは「それはコッチの科白だ」とでも言っているかのような。
「パサの方こそ、もう大丈夫なのか」
「えっ……。あ、うん」
別に疚しい事など無いのに、何故かパサはイヲンから目を逸らしてしまった。
「本当に、今日のパサは一体どうしたんだ?」
眉間に皺を寄せたそのままの表情で心底不思議そうに彼は呟いた。
(一体どうした、って……!)
まるでパサの方がオカシくなっているような言い方に、彼女は若干ムッとした気分になった。
「元はと言えば……」
ごにょごにょ。そうだ。元はと言えば、イヲンが誤解するような言葉を、普段は見せないようなカオして吐くからこんな混乱しちゃうんじゃないか。
俯いた下で半眼になって、パサは瞳をさ迷わせる。
「パサ、なんと言ったんだ?」
耳ざとくパサの独り言を拾ったらしいイヲンが彼女に問い掛けた。
「う……」
とパサは一瞬たじろぐ。こういう時は変に誤魔化したりしようとすれば、これまでの傾向から、多分余計にイヲンは詰め寄ってくる。
何だかんだで今日まで彼に接してきたパサはイヲンのことを『知りたがり屋の負けず嫌いさん』と分析していた。『元はといえば……』と言いました、などと答えれば流れからしてその後に続きがあるのだと(当たり前だけど)気付かれる→それを更に問い詰められる→白状する、という風に事態は展開していくだろう。
(うわああぁあ)
そんな事をされたら、したら、自分で自分の頭の中を絨毯爆撃するようなモノだ。自意識過剰万歳!
(恥死ねる……!!)
「パサ……」
身を乗り出してイヲンが催促している。ええいままよ! パサは腹を決めた。
「もっと、ハッと、エヴァー!!」
そう叫びながら頭上に大きく腕を広げ、満面の笑みを浮かべながら勢い良く席を立った!
「!?」
声は上げていないが明らかに驚いていると判る、目を見開いたまま固まっているイヲン。
「この言葉はね、イヲンっ。言えば場の雰囲気を一変させる事ができる魔法の言葉なんだよ!」
突然のパサのテンションに若干引き気味に、イヲンは一瞬押し黙った。
「……パサ、」
そしてひとつ息を吐き、心を落ち着かせたイヲンがゆっくり喋り出す。
「『もっと、ハッと、エヴァー!!』は良くわからないが……。俺が聞きたいのは、さっき言っていた『元はと言えば』の続きだ」
しっかり聞き取られていた。
「……続、き?」
問い掛けにハッキリと首肯してみせるイヲン。
どうやら詰んでしまったらしい。ううう、と先程のイヲンではないが自然と唸り声が漏れてしまった。何気にイヲンが自分の声真似をしていたのも気に留められない程、パサは動揺していた。
「パサ」
「…………」
「なぁ、パサ」
「あああもうっ。わかりました!」
伏せていた視線を投げやりにキッとイヲンに向ければ、彼は目が合った途端にフワリ、とさっきのあの笑みをパサに向けてきた。
パサは、彼女自身自覚していないが、どうやらこの笑顔に滅法弱いらしかった。
笑顔を食らった途端、彼女の太めの眉はへにゃりと八の字に下がった。
★★★★
イヲンは生まれて初めて、湧き上がってきた優越感というものにその気分の名称は分からないまでも、いつもより五割増位で頬が緩んでいる自分に気付いた。
特にこの、パサが自分とのやり取りの中で頬を染めて悶えていたりする様は、見ていると物理的な感覚で言うなら腰周りや脚の辺りがぞわぞわムズムズするという、なんとも言えない感覚に包まれて心地よかった。
「元はと言えば、その……、イヲンが誤解するようなこと言い出すから……」
もにょもにょと後半になるに連れて更に頬の赤みを深くさせながらポツポツと吐き出すパサ。
イヲンはそうやって頬を赤らめたりもにょもにょしたりするパサを見ると、表現を飛躍させて表せば……時折無性に、飛び掛かってぐりぐりとかほにゃほにゃとかいろいろしたい衝動に駆られる。
そんな気持ちの根源やら生まれる理由やらは、現時点ではまだ掴めていない。
「誤解?」
今も正にそんな心境だったのだが、はた、と留まる。
そうだ、自分の何がパサを誤解させているというのか。首を捻る。
「やっぱり、聞いてくると思った! イヲンって無自覚で、ヘーキで爆弾発言するんだから」
「爆弾発言??」
心外だ、と言わんばかりに眉を顰めるイヲン。
ほら、やっぱり自覚してないんじゃないか、とパサは唇を尖らせた。
「それで、俺はパサに何と誤解させたんだ?」
僅かに下向かせていた視線の位置を上げ、パサのそれと合わせて問い掛ける。
「そっ、それをアタシの口から言わせるの!?」
「何かマズイのか?」
「うわぁほらっ、コレだよ!」
パサは両腕で顔面全体を覆ってアワアワ悶えている。一頻りそうしたあと呼吸を整えイヲンに向き直る。
そして彼女は口を開こうとした、が。
「え……、イヲン?」
はた、と留まる。
「なんだ?」
「イヲンって、そんなかお、するんだ」
そう言う彼女は悶えの余韻でほんのり頬を染めたまま、ぽかん、としたかおをしている。
「そんな、かお?」
首を傾げ、思わず確かめるようにイヲンは口元へ手をやった。そしてパサの次の言葉を待ってみる。
「さっきのフンワリな笑顔はどこ行ったの……」
パサ方面から何やら独り言めいたモノが聞こえて来た。
「…………。――――ああ」
パサの言葉を頭の中で何度かループさせ、三拍程置いて「意味が分かった!」とばかりに一度目を見開くと、イヲンは再びパサが指摘するその表情を再現してみせた。
それから彼はパサにとって先程よりも巨大な爆弾を落とすことにする。
それも、無意識な上ごく自然な発言の流れのつもりで。新規属性(※前話、前々話参照)を発現した彼にとって、もはやそんなものは平常仕様と同義なのだ。
「俺に対する反応で、そうやって赤くなってるパサを見ると……こう、理由は分からないが嬉しくなるんだ」
そう言って彼は、パサの頬に人差し指と中指で触れ、やさしい仕草で顎近くまで指を滑らせた。
まるでお気に入りの玩具を前にして楽しく遊ぶ算段をしているかのような、『ニヤついた笑顔』そのままに。