病の箍、十六夜目。しやわせの光
2014/09/16加筆修正
昼食はまたイヲンと摂る事になった。
その日の彼は珍しく手土産を持ってきていた。チーズの塊や干し肉や、生でも食べられる新鮮な葉物。
「目が合った店主に薦められた」
「アハハ、イヲンは素直さんだね。お店のものは全部オススメなんだよ」
また、イヲンの眉間に皺が寄った、ように見えた。
「ヘ、ヘソ曲がりよりはアタシ断然素直さんの方が好きだけど!」
思わず変な補足をしてしまいイヲンを窺うと、彼の表情は凪いでいた。そして――
「パサは、俺が好きなのか?」
イヲンの斜向かいの席に着く、再び目ん玉を剥いているパサ。
「な、な……」
顔は徐々に赤みを帯びていく。それを目の当たりにしたイヲンは少し目を見開き、それからパサの顔を覗き込むように小首を傾げると————
「パサはコロコロ顔色が変わって、面白い。オレもそういうパサが、好きだ。」
彼はさらりと言った。言われた途端に、ここいらでは少し高級な某魚貝を茹でた時の様に、パサの顔は一瞬にして真っ赤になった。
次に熱くなった顔を隠したくて、パサはテーブルに突っ伏した。そんなパサの行動に、今度はイヲンが慌てる番だった。
「パサ、どうした、調子が悪くなったのか!?」
イヲンの問い掛けに、少しくぐもった声で返答が返ってくる。
「……違うの。でもチョットだけ放っといて」
尻すぼみになるその語尾。
「……ああ。」
取り敢えずという感じでイヲンは首肯した。
この地方では有り触れた小鳥たちの囀りが、発せられては辺りに馴染んでいく。長閑。
ひと心地着いたらしいパサは、ゆっくりと顔を上げた。顔色も既に素面に戻っていた。
斜向かいに視線を遣ると、すぐにイヲンの視線とかち合った。
突っ伏している間も衣擦れなどの物音はしなかったので、もしかして彼にずっと見つめられていたのだろうか。と思ったが、思い上がり万歳! とパサはすぐに考えを改めた。
実際は正にその思い上がり通りだったのだが。
それでも目が合ったままだとすぐに照れやら気不味さやらがごちゃ混ぜになったものが湧き上がって来たので、パサは自然を装って目を逸らす事にした。
視線を遣った先は彼の襟元、鎖骨辺り。と、そこで目に入った物に思わず視線が釘付けになり、ほう、と息を吐いていた。
彼が身につけている首飾り、それは、ーーーー『サカマキノタマ』。
「イヲンって、もしかしてお金持ちなの!?」
藪から棒に勢い付いて問い掛けてしまった。でもパサはその藪棒的な自分の行動にハッとする事もできなかった。それ程彼の身に付けている首飾り、『サカマキノタマ』とは貴重で稀少な珠だったから。
確か、彼は出会った時からこの首飾りをしていた筈だ。なのにどうして自分は今の今まで気付かなかったのか。
それにお昼に食べた彼のお土産。あれってかなり上質な部類じゃなかった??
ああそういえば、こないだ洗った彼の服も、下着から何から、飾り気はほとんど無かったものの、今思えば上質の生地で造りのしっかりした上等なものだったな……。
今更ながらの発覚事項の数々にパサは自然と唸り声を上げてしまった。
「いや? 俺自身はそうでもない。」
そこにさらっと返された返答。
嫌味なのか、これは嫌味なのかな。そうだよね、ナチュラル大富豪って自分がそうだって自覚のある人、居る??
心の中で半眼になりながら、パサは少し失礼な事を考えてしまった。
でも卑屈な自分に嫌気が差したので、すぐに考えることを止めた。
実は富豪と言えば、ポケットマネーで彼女のうちを増改築したあの方が居る事を、スッキリ失念しているパサなのだった。
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
心底疑問そうに問い掛けて来るイヲンに、一番分かりやすい理由で答えることにした。
「イヲンのしてるその首飾りね、すっごく高いものなんだよ。それひとつで豪邸が幾つも建っちゃうくらい!」
「……これで?」
「あ、ホラホラ見て!」
パサがワッと声を上げた。
彼女に言われて自身の首元に映える珠を確認すべく、イヲンは鎖を外して翳す様に珠を覗き見た。
父から贈られて身に付けるようになってから今まで、マトモに観察する事も無かったその首飾り。仕組みは分からないが内部に淡い虹色の光を帯び始めたと思ったら、その光は珠の中心に沿って時計と反対周りにゆっくりと動いていた。
「キレイだよね。アタシこんな近くで初めて見た! あ、まあこの虹色が無かったらただの水晶と変わらないもんね。気付かないっていうのも無い事もない、か……」
パサは後半ポソポソ呟くと、いつぞやのように瞳をキラッキラさせて、サカマキノタマが内部に宿す淡い光の踊りに見入っていた。
「俺も……初めて見た」
「ええっ!? まぁ、あんまし外した事ないなら、位置的に見えないよね。持ち主がしあわせを感じてる時に、こうやって光るんだって。本当なのかな。イヲン、今しあわせ?」
頬杖を突いてじっと光のダンスに見入っていたパサが、つと体格差的に上方にあるイヲンの顔を見上げた。
余りにも唐突に、余りにも唐突な事を聞かれたものだから、イヲンはパチパチと切れ長の双眸を瞬かせた。
珠と、上目遣いにこちらを窺うパサと交互に見遣れば、パサはにこにこと笑みを向けてくれた。
そうして、イヲンは素直に今思ったことをパサに告げることにした。それを言葉にした瞬間から、今度こそパサの目にするところで、フンワリと緩やかに、でも確実に笑顔と呼べる表情を初めて彼女へ向けた。
「ああ。こうやって、パサの笑顔を見てるときは、しあわせだな」
A:天然たらし属性。