病の箍、十四夜目。掠ってばかりのファーストコンタクト
2014/09/11加筆修正
イヲンがルンスに躰ごと向き直ったその瞬間、一瞬ルンスの動きが止まった。
「その、胸と、腰の飾り……」
「は……?」
飾り。意味が分からない。だから取り敢えずイヲンがルンスの視線の先を辿り見ると。
――――確かに、見覚えの無い、無駄にキャラキャラしたちょっとイヲンの趣味から外れた装飾品が、胸元と腰で映えていた。
胸には 十本ほどの、金色をした細長い板状の金属が長辺同士で隣り合って連ねられた物。イヲンの、白と黒に左右で分かれているシャツの胸元で、両方の布を跨ぐ様に両端をピンで留められている。今気づいたが身動きをする度金の板たちがぶつかり合ってシャラリと音を立てる。
腰には金の鎖が主な装飾品。イヲンが常に身に付けている、細い二本の剣帯のすぐ下に留められていた。羽飾りや色ガラスが鎖の要所要所で品良く並んでいる。
「それ、パサが宝物だって大切にしてたモノだ」
尚もルンスの視線は胸元のキャラキャラから離れずにいる。
イヲンの視線も同じように胸元へ縫い付けられる。
なぜなら、この装飾品はパサに貰ったという処か、見憶えも無いモノだったから。
「これ、いつのま――――」
「オマエっっ!!!!」
ルンスは怒鳴り口調でイヲンの二の句を遮ると距離を詰める。そのまま胸座に掴み掛かって来るかと思いきや、しかし寸での処で拳を握り締め、その衝動を抑えるかのように唇を噛み締めた。
何事かと、好奇やら戸惑いの空気を纏った衆人の目がイヲンとルンス二人に向かって……あくまで控えめに集まるのが、辺りの気配から感じられる。
「オマエはどうせっ……。今すぐでなくても、いつかは……この町から出て行くんだろう?」
怒鳴ったかと思えば、その勢いは徐々にしぼんで行くように割かし静かな口調へと落ち着いていく。いや、無理矢理落ち着かせているのか。
次にイヲンの双眸をしっかりと見据え。
「お願いだ。これ以上アイツに、パサに会わないでくれ。別れる時……、仲がよくなればなる程アイツが、辛くなるだけだ。アイツは前に――――」
そこまでで言い澱むルンス。
イヲンは黙ってルンスの目を見据え、話を聞いていた。
そうした方が良い様な気がしたから。
けれど、それから少し経っても、ルンスは話の先を続ける素振りを見せない。
それ処か、さ迷わせる様にして視線を地面に落としてしまった。
――ひとつ息を吐き、イヲンがルンスから視線を外そうとした、その時。
「それと」
ルンスの視線が再びイヲンに定まる。
この瞬間から、パサのことを話していた時とは逆に、乾いたような、尖ったような口調と雰囲気にすり替わっていた。
「近頃、人がよく死んでる。丁度、アンタが腰に提げてるような刃物で斬られたり、刺されたりして殺されてるそうだ。死んだ奴等にロクでも無い輩が多いとは言え……。アンタを疑う訳じゃあないが、……アイツを不安がらせない為にも――」
「パサには会うな、と?」
「ああそうだ。」
暫くの間――――。その間二人は睨み合う様にして視線を交錯させる。
「俺は――――」
「お~いルンス! こないだ頼んどいた酒、入ったかぁ」
「んっ。おおっ、チョット待ってろ!」
不意の来客にルンスは片眉をピクリと跳ねさせる。けれどもさすがの商売人。振り向き様一瞬で接客モードに切り替え客に応対している。
それも相手は馴染みなのかどこか砕けた感じで垣間見える横顔からも力が抜けている。
暫くはルンスと闖入者的お客との、やり取りやら、世間話の盛り上がりやらを観察していたイヲンだったが…………。
「一ケース頼んどいたから、また無くなったら言えよ」
「さっすが未来のだんな様だなコノ商売上手! じゃあ取り敢えず二、三本取っといてくれよ」
「あいよ、毎度!」
釣銭のやり取りの後すぐにハッとするルンス。
つい馴染み客との会話が弾んで時間を喰ってしまった。
お馴染みさんを人好きのする笑顔で見送った後、慌ててイヲンの方を振り向いた。
否、今となっては彼の『居た』方だった。
誰がおとなしく、くだくだしく説教たれられると分かっていながら待っているだろうか。いや、町の教会の、あのお人好しにこにこ神官くらいなものだ。
「クソ、憶えてろよイヲン……!」
勿論、イヲンならさっさとルンスの事なんて頭から放って、ルンスに足止めされた分急ぎ気味にパサのうちへ向かっていたのだった。