プロローグ
2014/08/29加筆修正
決して鮮明ではない、時折ノイズの入る、ほとんどモノクロームの世界。
耳に付く大小のノイズは強い弱い、風音にも聞こえる。
仄暗い廊下、廊下の側面を囲む壁には等間隔に並んだ扉。
スライド式のそのひとつが開け放たれ、部屋の中からは必死な呼びかけ・語りかけが続いている。
声音から初老の男が、必死になって相手である青年に説得を続けていた。
丈はそれほど無いが白に近い豊かな口ひげを蓄えた初老の男と
切れ長だが、雰囲気からは鋭さを感じさせない、心中の熱さえも抑えられた双眸で男を見つめる、青年。
青年の髪と瞳は、時折ノイズに合わせて思い出したように一瞬だけ浮かび上がる、映像の中のモノたちが本来持っているだろう色味から、色素の薄い灰とも青ともとれるような淡い寒色。
全体的には短めでツンツンとしたやんちゃさを感じさせる髪型だが
少なめの量伸ばした後ろ髪を後頭部より少し上でひとつに束ね、筒状のもので包(くる)んで腰ほどまで伸ばしている。
青年は男からの必死の語りかけに、動揺は含まれるが
いくらか感情が欠落したような、抑揚のあまり感じられない声風(こわぶり)で
「なぜ」「どうして」という問いかけを返し続ける。
しばらくして二人の会話の応酬も落ち着いた頃、青年は男から、中から水音のする、
丁度携帯用の平たい水筒のような容器を渡される。
————ブツンと切れるようなノイズと共に、一瞬の暗転。
すぐに映る次の場面では防寒服を着て建物をあとにする青年の姿が映った。
少し明るさを孕んだ鈍色の空からは吹雪とはいかないまでも、時々ひょうひょうと風音をたてて目の細かい白が降り続く。
たぶん自分が生まれたときから今まで住んでいただろう建物の輪郭は、硬質で無機質な直方体の集まりだった。
背後を仰いだ青年は初めて見たこれまでの住処(すみか)の全容に不思議と感慨も沸かない。
一歩進むごとに、青年の背景は、建物を出てからほどほどの勢いになってきた吹雪によって、徐々に白で上書きされていく。
建物の入り口に立ち、白に侵食されていく青年の背中を見送る初老の男の唇は音の無いことばをかたちどった。
「元気で」