『合同探索、序列の崩壊』
学園の『試練の迷宮』第三層。そこは、これまでの岩場や湿地とは一変し、巨大な結晶が突き出す幻想的かつ危険な「水晶洞」だった。
今日は学園上位陣による『合同探索演習』。アルトリウス率いる選抜パーティを筆頭に、複数のグループが最深部を目指して競い合っている。
「……遅いわね、あの三人は」
生徒会長のフィオナが、背後の闇を振り返りながら呟いた。
彼女の視線の先には、最後尾を悠然と歩くシュウ、ガストン、そしてミーニャの姿がある。
本来、三層は最低でも五人の熟練パーティが義務付けられている。だが、実技査定でゴーレムを一刀両断したシュウに対し、教官たちは特例として三人のみの出走を認めたのだ。
「放っておけ、フィオナ。あのような野蛮な連中、水晶の魔獣にバラバラにされるのがお似合いだ」
アルトリウスが忌々しげに吐き捨てる。彼の聖剣は眩く輝いているが、その光はどこか焦燥に震えていた。
その時、パーティの最後尾で地図を広げていた狐耳の才女、リィネが足を止めた。
彼女のスキル『千里眼』は、周囲の魔力の流れを完璧に予見する。その彼女が、驚愕に目を見開いていた。
(……おかしいわ。シュウの周りだけ、魔力の『空白』ができている……?)
リィネの視界には、迷宮の凶悪な魔力すらも、シュウが呼吸をするたびに「吸い込まれ、消えていく」光景が映っていた。まるで彼自身が、この迷宮そのものを飲み込もうとする巨大な胃袋であるかのように。
「――来るわ! 上方、結晶の隙間から!」
リィネの警告と同時に、天井から透明な刃を持つ魔獣『水晶鎌』が数体、音もなく降り注いだ。
アルトリウスのパーティが応戦するが、物理攻撃を透過する魔獣の特性に苦戦を強いられる。聖剣の光すら、結晶の体に乱反射して決定打にならない。
「くっ、私の聖剣が……通用しないだと……!?」
「アルトリウス様、下がって! 精霊よ、我が――」
エレインが極大魔法を唱えようとした瞬間、彼女の横を「黒い疾風」が通り抜けた。
「……どけ。そいつの核は、硬くて喰いごたえがありそうだ」
シュウだった。
彼は魔銀の出刃包丁を抜き放つと、魔獣の透過能力など無視するかのように、その実体を直接掴み取った。
いや、掴んだのではない。彼の左手に宿る『捕食者』の魔力が、魔獣の存在そのものを「固定」したのだ。
――ガギィィィン!!
金属が砕けるような轟音。
シュウの一振りが、水晶の魔獣を文字通り「粉砕」した。
飛び散る結晶の破片。シュウはその中から、淡く光る核を拾い上げると、躊躇なく口の中へ放り込んだ。
【条件達成:『水晶鎌』の核を摂取】
【固有能力:『物理透過無効』の兆しを確認】
【全ステータスが 200.00 上昇しました】
「…………」
静寂が訪れる。
アルトリウスが手も足も出なかった魔獣を、シュウは「ただの軽食」として片付けた。
「……シュウ。……これ、おいしい?」
ミーニャがシュウの袖を掴み、期待に満ちた目で結晶の破片を指差す。
「……少し、砂っぽいな。ガストン、火を通せばマシになるか?」
「ははっ! 水晶の丸焼きか、腕が鳴るぜ、相棒!」
そんな三人のやり取りを、フィオナは震える唇で見つめていた。
彼女の『王威』が、無意識にシュウの前に跪こうとしている。それは恐怖ではなく、圧倒的な「個」としての強者に対する、抗いようのない本能的な心酔。
(私は……何を考えているの。彼は平民で、野蛮な男なのに……。それなのに、あの背中が、誰よりも気高く見えるなんて……)
そしてリィネもまた、自身の千里眼を疑っていた。
彼女の予見によれば、この迷宮の主はアルトリウスの聖剣で倒されるはずだった。だが今、未来の線が書き換えられ、全ての因果がシュウという一点に収束していく。
(……面白いじゃない。私の予見を食い破る男なんて、初めてだわ)
リィネは口元を扇で隠し、妖艶な微笑を浮かべた。
彼女の知略の対象が、学園の序列から「シュウという個体」へと、急速にシフトしていく。
「……ふん、運が良かっただけだ! 行くぞ!」
アルトリウスが絶叫し、さらに奥へと突き進む。
だが、もはや誰もが気づいていた。
この迷宮の真の主導権が、既に誰の手に渡っているのかを。
学園の四華――。
ミーニャに続き、フィオナ、リィネ、そしてエレイン。
彼女たちの視線が、無意識のうちに一人の少年の背中を追い、絡み合い始めていた。
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